表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
キッチンリベンジャー編
417/518

・出動要請

・出動要請



 軍事部の部室はバイク部の隣である。ではバイク部の部室はどこなのかは、大抵の生徒は知らない。何故ならバイク部は、いつも駐輪場かグラウンド、たまに他の場所に屯しているからだ。


 つまり、俺が今いる場所の隣が、バイク部の部室ということである。


「こんにちは、東条いるかい」


 他の会と違ってちゃんとした部室なので、本棚やロッカーを始めとした備品が、きちんと整理されている。放課後の仮住まいではないのだ。


 室内の壁の一方には世界地図が貼られ、もう一方には、日本から各所に移動した場合、それに掛かる時間を記した表が貼られている。飛行機や船や車、電車や徒歩など非常に細かく分類されている。


 夏休みに全員で旅行に行って、実際に調べて来るという自由研究を行ったそうだが、実に大したバイタリティだ。


「おやサチコさん。聞きましたよ。他の部と戦うそうで」


 目の前にいるゴリラ系の青年は東条。軍事部の部長であり、小田原の地名だらけの部長たちに混じり、一人だけそうではない苗字の持ち主だ。ジャージ姿で、どうやらエアガンの整備をしていたらしい。


 本来なら学校に持ち込んではいけないのだが、正式な部であれば、そういうのが認められちゃうのが、許可の魔力というものである。


「うむ。それなんだが一つ頼まれて欲しいんだ」

「何でしょうか」

「代理で戦争してくれ」

「え!?」


 東条はとても驚いたようで、しばらく部室内の何かを探すみたいにキョロキョロした。非常に良い反応だ。残念ながら誰も顔を合わせようとしないが。


「ごめんな、これも部長の仕事なんだよ」


 俺は愛同研の部長だ。つまり連盟の盟主ということだ。今回の件で陣頭指揮を執る羽目になってしまったので、こうして解決のために動いている。


「どういうことですか。うちは確かに軍事部ですが」

「落ち着け。ちゃんと真面目な話だから」

「だから余計に焦ってるんですよ……」


 うむ、冗談では済まさないからな。なんやかんや三年の付き合いだ。面倒事とは分かるみたいだな。まあそうと知っても巻き込むんだけど。


「そう邪険にするなよ。俺たちは会だから、部に勝負は挑めないんだ」


「え、本当なんですか」

「どうやらそうらしいんだよ」


 先日料理部が家庭科部との部勝負に敗北し、復活を阻止されていることを知った。活動内容が被っている部がある内は、愛好会等の会を設立することはできない。


 なので家庭科部を潰そうと思い、俺は家庭科部に部勝負を挑もうと、事務局でそのための書類を入手し、必要事項を記入して提出をしようとしたのだが。


「会が部と勝負をする理由がないから駄目だと」

「一応料理部の復活に邪魔だから潰したいと言ったんだが」


 何故か東条がひどく動揺した様子でこちらを見て来る。こんなこと包み隠しても意味がないだろ。こういう状況でお行儀よくしても、こっちが座死するまでの間、相手がニコニコするだけだ。


「部を潰した所で会が部になれる訳でも、部費が得られる訳でもない。この部勝負はあくまでも、部と部の生き残りを賭けたものに過ぎないから、会が出る余地は無いって」


 春先の部勝負も、部として独立してる軍事部と野球部の戦いだった。だからこそ部勝負は成立したのである。


 それなのに。


「あれ、ですがそれだと、家庭科部も料理部には挑めないはずじゃ」


「それは俺も気になって言い返したんだが、例の活動内容が重複するって下りが、大義名分になってるらしくてさ、何か被ってるほうが悪いみたいに言うんだよ」


「悪かったら何だって言うんです」


 東条の顔が険しくなる。こいつは結構純朴で面倒見の良いところがある。筋肉がばっちり付いてて、趣味が偏っている以外は、善良な好青年そのものだ。


 加えて軍事部は、生徒や教師の好き嫌いがはっきり分かれるものの、人気そのものは高い。だが高い人気の割には、肩身が狭いというジレンマもある。故にいつも周りの目を気にしている。


 こういう『いちゃもん』には人一倍敏感になる。


「学校はそれを問題として廃部、解散させることはできないが、抗議等の要請がある部に関しては、当事者間で話し合うようにってことで、その手段というか解決の一環として、部から会に挑んで解散させるのは構わないんだと。酷い時代錯誤だな」


「そんなの完全にいじめじゃないですか!」


 東条が思わず声を荒げる。邪悪なものを見たときの、良心が感じる焦り。或いは悪意を向けられるであろう自覚から、心が憤り噴きあがるのだろう。


 こいつらは連盟しているとはいえ『部』だからな。学校側にコントロールがある。この辺は軍政と軍令みたいなものだ。たぶん。


 とはいえこういう場合、うちらの側に立って、飼い主の手を噛み千切って貰わないと困る。こっちからしたら軍事部は正に軍隊だ。防衛のための戦力になって貰う必要がある。


 表向きは互助の関係だが、うちらが学校から攻撃されて、部である軍事部が連盟を解消するのが得ではある。東条に限ればそんな不義理はすまいが、他がそうとは限らない。


「他人事じゃないぞ。何より最初にやられてるのはお前らなんだ。まあ仮に潰れても、軍事部の個性は他所と被らないから、復興は簡単だったと思うよ。その場合は俺たちが詰んでた訳だが」


 プリントの配布が二学期なことを考えれば、会が部に歯向かえないようにする案は後付けだろう。しかしならばこそ、軍事部が存続していなかった場合が辛い。


 一応は会のどこかを部に昇格させて挑むという手もあるが、どこまで上手くやれるかは見当もつかない。幸いにも軍事部の制御が学校にあるとは言え、その学校側が切り捨てようとしたことで、不信感や失望感は浸透している。


 学校に言われたからって『はいそうですか』とは行かないはずだ。まあ仮にこいつらが、万に一つも良心や理性に則ったとしても、頑張って悪感情を植え付けたり、焚き付けたりするだけなんだがな。


「まさか部として独立したうちが、こんな形で皆の役に立つ日が来るとは思いませんでしたよ。北先輩は、いつかこんな日が来ると分かってらしたんでしょうか」


「まさかとは思うよ」


 一年生のときは周りと上手くやって行けず、こっちの安全のために煽って切り離したお前らがなあ。やはり言い方って大事だ。もしも俺が異世界で、パーティーから誰かを追放する際は、くれぐれも後々が宜しくなるように気を付けよう。


「ただな東条、俺も無理にとは言わないからさ、部員たちとよく相談して決めてくれよ。あんまりお前らが学校から睨まれても、俺は寝覚めが悪い」


 ここでがっついてはいけない。サービスや契約上そうだとしても、自分たちのために戦うのが当然だと、相手に迫ってはならない。所詮俺たちは人間だ。頭に来れば全てをご破算にして、逃げ出すことくらい幾らでも有り得るんだ。


「水臭いですよ。四月のときだって、部員が足りないのを加勢してもらったじゃないですか。例え心象や内申に響いても、うちは恩返ししますよ」


 東条は不機嫌そうな顔から一転して、穏やかで優しい表情を浮かべた。


「お前なあ、気持ちは嬉しいけど責任者なんだぞ。軽はずみに言うな、そういうこと。そりゃこれで貸し借りは無しにできるけど」


 流石に腹の探り合いなんぞせんでもいい相手に、下衆いことを考えながら話すと、気持ちがしんどくなってくる。『お願いします』『良いよ』で済むと分かっているのに。歳は取りたくないな。


「サチコさん、出る杭は打たれるんです。媚びても頑張ってもね。そして、自分たちが何処から出た杭かと聞かれれば、愛同研なんですよ。何、我々はまだ高校生です。大事にはなりません。きっと大丈夫ですよ」


 まるで子供を勇気付けるお兄さんみたいだよ。すっかり立派になって。一年生のときはちょっとイタイ、ハンサムなお坊ちゃんだったのに。


「軍事部は、愛同研を守るために、戦ってみせますよ」


 勝利までは約束できませんが、と言って東条は小さく肩を揺らして笑った。大人の目線から見れば、まだまだ青年なんだろう。でも同じ目線で見ようとすると、少し上にいるように見える。


「ありがとう。それじゃあ部勝負の申請頼むよ」

「任せてください」


 ごめんな東条、皆で幸せになろうな。


「あ、そうだ。サチコさん」

「どうした、何か気になることでもあったか」

「家庭科部とは何で勝負をするんですか」


 聞かれて少し考える。野球部が野球で勝負を挑むのが罷り通るんだ。だったらこっちも、絶対的に有利な勝負を選びたいが、審判がグルだったり、部外者の嫌がらせがあったりするからな。


 うむ、ここはやはり。


「料理勝負で頼む」

「分かりました」


 よし、これで勝負の申請は出来た。次は人集めだが、俺たちが集めなければならないのは、学校の息のかかっていない審査員の確保である。


 こいつらにうちへと投票するよう話をつける。相手が不正を働いた以上、こちらも正々堂々不正を働いてやるのだ。


 とはいえそんな奴が果たして見つかるだろうか。

 俺は暗闘とか政争の自信なんか無いんだけどなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ