・出動要請
・出動要請
軍事部の部室はバイク部の隣である。ではバイク部の部室はどこなのかは、大抵の生徒は知らない。何故ならバイク部は、いつも駐輪場かグラウンド、たまに他の場所に屯しているからだ。
つまり、俺が今いる場所の隣が、バイク部の部室ということである。
「こんにちは、東条いるかい」
他の会と違ってちゃんとした部室なので、本棚やロッカーを始めとした備品が、きちんと整理されている。放課後の仮住まいではないのだ。
室内の壁の一方には世界地図が貼られ、もう一方には、日本から各所に移動した場合、それに掛かる時間を記した表が貼られている。飛行機や船や車、電車や徒歩など非常に細かく分類されている。
夏休みに全員で旅行に行って、実際に調べて来るという自由研究を行ったそうだが、実に大したバイタリティだ。
「おやサチコさん。聞きましたよ。他の部と戦うそうで」
目の前にいるゴリラ系の青年は東条。軍事部の部長であり、小田原の地名だらけの部長たちに混じり、一人だけそうではない苗字の持ち主だ。ジャージ姿で、どうやらエアガンの整備をしていたらしい。
本来なら学校に持ち込んではいけないのだが、正式な部であれば、そういうのが認められちゃうのが、許可の魔力というものである。
「うむ。それなんだが一つ頼まれて欲しいんだ」
「何でしょうか」
「代理で戦争してくれ」
「え!?」
東条はとても驚いたようで、しばらく部室内の何かを探すみたいにキョロキョロした。非常に良い反応だ。残念ながら誰も顔を合わせようとしないが。
「ごめんな、これも部長の仕事なんだよ」
俺は愛同研の部長だ。つまり連盟の盟主ということだ。今回の件で陣頭指揮を執る羽目になってしまったので、こうして解決のために動いている。
「どういうことですか。うちは確かに軍事部ですが」
「落ち着け。ちゃんと真面目な話だから」
「だから余計に焦ってるんですよ……」
うむ、冗談では済まさないからな。なんやかんや三年の付き合いだ。面倒事とは分かるみたいだな。まあそうと知っても巻き込むんだけど。
「そう邪険にするなよ。俺たちは会だから、部に勝負は挑めないんだ」
「え、本当なんですか」
「どうやらそうらしいんだよ」
先日料理部が家庭科部との部勝負に敗北し、復活を阻止されていることを知った。活動内容が被っている部がある内は、愛好会等の会を設立することはできない。
なので家庭科部を潰そうと思い、俺は家庭科部に部勝負を挑もうと、事務局でそのための書類を入手し、必要事項を記入して提出をしようとしたのだが。
「会が部と勝負をする理由がないから駄目だと」
「一応料理部の復活に邪魔だから潰したいと言ったんだが」
何故か東条がひどく動揺した様子でこちらを見て来る。こんなこと包み隠しても意味がないだろ。こういう状況でお行儀よくしても、こっちが座死するまでの間、相手がニコニコするだけだ。
「部を潰した所で会が部になれる訳でも、部費が得られる訳でもない。この部勝負はあくまでも、部と部の生き残りを賭けたものに過ぎないから、会が出る余地は無いって」
春先の部勝負も、部として独立してる軍事部と野球部の戦いだった。だからこそ部勝負は成立したのである。
それなのに。
「あれ、ですがそれだと、家庭科部も料理部には挑めないはずじゃ」
「それは俺も気になって言い返したんだが、例の活動内容が重複するって下りが、大義名分になってるらしくてさ、何か被ってるほうが悪いみたいに言うんだよ」
「悪かったら何だって言うんです」
東条の顔が険しくなる。こいつは結構純朴で面倒見の良いところがある。筋肉がばっちり付いてて、趣味が偏っている以外は、善良な好青年そのものだ。
加えて軍事部は、生徒や教師の好き嫌いがはっきり分かれるものの、人気そのものは高い。だが高い人気の割には、肩身が狭いというジレンマもある。故にいつも周りの目を気にしている。
こういう『いちゃもん』には人一倍敏感になる。
「学校はそれを問題として廃部、解散させることはできないが、抗議等の要請がある部に関しては、当事者間で話し合うようにってことで、その手段というか解決の一環として、部から会に挑んで解散させるのは構わないんだと。酷い時代錯誤だな」
「そんなの完全にいじめじゃないですか!」
東条が思わず声を荒げる。邪悪なものを見たときの、良心が感じる焦り。或いは悪意を向けられるであろう自覚から、心が憤り噴きあがるのだろう。
こいつらは連盟しているとはいえ『部』だからな。学校側にコントロールがある。この辺は軍政と軍令みたいなものだ。たぶん。
とはいえこういう場合、うちらの側に立って、飼い主の手を噛み千切って貰わないと困る。こっちからしたら軍事部は正に軍隊だ。防衛のための戦力になって貰う必要がある。
表向きは互助の関係だが、うちらが学校から攻撃されて、部である軍事部が連盟を解消するのが得ではある。東条に限ればそんな不義理はすまいが、他がそうとは限らない。
「他人事じゃないぞ。何より最初にやられてるのはお前らなんだ。まあ仮に潰れても、軍事部の個性は他所と被らないから、復興は簡単だったと思うよ。その場合は俺たちが詰んでた訳だが」
プリントの配布が二学期なことを考えれば、会が部に歯向かえないようにする案は後付けだろう。しかしならばこそ、軍事部が存続していなかった場合が辛い。
一応は会のどこかを部に昇格させて挑むという手もあるが、どこまで上手くやれるかは見当もつかない。幸いにも軍事部の制御が学校にあるとは言え、その学校側が切り捨てようとしたことで、不信感や失望感は浸透している。
学校に言われたからって『はいそうですか』とは行かないはずだ。まあ仮にこいつらが、万に一つも良心や理性に則ったとしても、頑張って悪感情を植え付けたり、焚き付けたりするだけなんだがな。
「まさか部として独立したうちが、こんな形で皆の役に立つ日が来るとは思いませんでしたよ。北先輩は、いつかこんな日が来ると分かってらしたんでしょうか」
「まさかとは思うよ」
一年生のときは周りと上手くやって行けず、こっちの安全のために煽って切り離したお前らがなあ。やはり言い方って大事だ。もしも俺が異世界で、パーティーから誰かを追放する際は、くれぐれも後々が宜しくなるように気を付けよう。
「ただな東条、俺も無理にとは言わないからさ、部員たちとよく相談して決めてくれよ。あんまりお前らが学校から睨まれても、俺は寝覚めが悪い」
ここでがっついてはいけない。サービスや契約上そうだとしても、自分たちのために戦うのが当然だと、相手に迫ってはならない。所詮俺たちは人間だ。頭に来れば全てをご破算にして、逃げ出すことくらい幾らでも有り得るんだ。
「水臭いですよ。四月のときだって、部員が足りないのを加勢してもらったじゃないですか。例え心象や内申に響いても、うちは恩返ししますよ」
東条は不機嫌そうな顔から一転して、穏やかで優しい表情を浮かべた。
「お前なあ、気持ちは嬉しいけど責任者なんだぞ。軽はずみに言うな、そういうこと。そりゃこれで貸し借りは無しにできるけど」
流石に腹の探り合いなんぞせんでもいい相手に、下衆いことを考えながら話すと、気持ちがしんどくなってくる。『お願いします』『良いよ』で済むと分かっているのに。歳は取りたくないな。
「サチコさん、出る杭は打たれるんです。媚びても頑張ってもね。そして、自分たちが何処から出た杭かと聞かれれば、愛同研なんですよ。何、我々はまだ高校生です。大事にはなりません。きっと大丈夫ですよ」
まるで子供を勇気付けるお兄さんみたいだよ。すっかり立派になって。一年生のときはちょっとイタイ、ハンサムなお坊ちゃんだったのに。
「軍事部は、愛同研を守るために、戦ってみせますよ」
勝利までは約束できませんが、と言って東条は小さく肩を揺らして笑った。大人の目線から見れば、まだまだ青年なんだろう。でも同じ目線で見ようとすると、少し上にいるように見える。
「ありがとう。それじゃあ部勝負の申請頼むよ」
「任せてください」
ごめんな東条、皆で幸せになろうな。
「あ、そうだ。サチコさん」
「どうした、何か気になることでもあったか」
「家庭科部とは何で勝負をするんですか」
聞かれて少し考える。野球部が野球で勝負を挑むのが罷り通るんだ。だったらこっちも、絶対的に有利な勝負を選びたいが、審判がグルだったり、部外者の嫌がらせがあったりするからな。
うむ、ここはやはり。
「料理勝負で頼む」
「分かりました」
よし、これで勝負の申請は出来た。次は人集めだが、俺たちが集めなければならないのは、学校の息のかかっていない審査員の確保である。
こいつらにうちへと投票するよう話をつける。相手が不正を働いた以上、こちらも正々堂々不正を働いてやるのだ。
とはいえそんな奴が果たして見つかるだろうか。
俺は暗闘とか政争の自信なんか無いんだけどなあ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




