・領土防衛戦争勃発
・領土防衛戦争勃発
料理部が負けた。その報は既に学校中に知れ渡り、彼らの料理を食べたことのある生徒たちは、動揺し、また深い悲しみに包まれた。
俺が部室に戻ったときには、招集をかける前から、各部の部長たちが揃っていた。全員が厳しい表情で、無言のままにこちらを見ている。
部室内を直ぐに整えて、黒板とホワイトボードの準備をすると、愛同研と料理部を除いた八つの部、八人の部長たちが着席する。
「飯泉。もう一度説明を頼む」
「あ、はい」
部室内には飯泉、清水、川匂の一年生三人組がいた。ピリピリとした空気に落ち着かない様子だ。突然の緊張状態に巻き込まれたのだから、無理もない。
「えっと、あの、部勝負ってありましたよね。部の廃部を賭けた勝負」
「うーむ。俺たちが野球部を潰してからは、周りも大人しくなってたのに」
「ですが勝負は前々から申し込まれてたらしくて、今日その試合があったんですよ」
部勝負とは、色んなことで進退窮まった貧乏校である、我らが米神高等学校に導入された、悲しい終活制度である。予算が無いのでクラブ活動の統廃合をしよう、というのが表向きの理由だ。
実態はうちへの嫌がらせである。基本的に愛同研には、部費などという紐付き財源は存在しない。基本的に生徒の自給自足である。
だからうちや連盟している部を潰しても、何も得はない。
でも狙って来たんだよなー。変だなー。
「何処の部が突っかかって来たんだ」
「家庭科部です」
「家庭科部って、あの中学の授業の復習ばっかりやってる」
「はい、アレです」
家庭科部は文字通り家庭科の内容を繰り返しやるクラブだ。料理部が料理しかやらないのに対し、家庭科部は他に裁縫とか、掃除とかアクセサリー作りとか、パソコンで通販とかやってる集まりだ。
「料理部とぶつかる要素あるか。何だってこんなことに」
「サチコさん、私知ってるわ」
「いたのか蓮乗寺。珍しいな」
こういう集まりには滅多に顔を出さないのに。それだけ料理部が失われたことの影響は、大きいということか。そりゃそうだよな。飯を食わしてくれるもん。
「ええ。それでね、今朝の職員会議で、部の統廃合が全然進んでないって、校長が先生方に嫌味を言ったらしいの。これでは野球部を潰しただけの、悪い思いつきに過ぎないって」
「分かってんじゃねえか」
ていうかお前ホームルーム出ろよ。
何で朝の職員室を見張ってたんだ。
「効力を疑問視されたくないとか、体裁が悪いみたいなことを時間をかけて言った後、校長はこうも言ったの。この分だと活動内容が会と被ってる所は、その活動の分の予算を削ったほうがいいかも知れないって」
馬鹿だなあ。部と同じ活動をしてる部分の予算を、会にも与えるのが筋だろ。そうでなくても部には予算を出して、会には出さないってのでも筋が通ってるのに。
どうしてその理由で部の予算を削るんだよ。とはいえ潰し合いをさせるために、他の部を嗾けて来たんだな。学校側はクラブが勝っても負けても損はないからな。
勝てばその分俺たちを消せて気分が良いし、実績ってことにできる。負けてクラブが消えれば予算が浮く。大方そんなところだろう。でもなあ。
「根拠ってあったのそれ」
「予算のない会が出来てるんだから部も出来るだろって」
「いかにも日本的な馬鹿だ」
どうしてこう学歴に脳みそを吸われた人間をトップに据えるんだろう。
コネは折衝の機能を簡略化するから有意義なんていうけど、それは他の部分が機能してることが前提なんであって、死んでるセクション同士を繋げたって意味がないんだぜ。
「事情は分かった。だがうちは部と名乗ってはいても、実際は会だ。潰されたって痛くも痒くも無い。料理部はまた部の設立申請をすればいい」
俺がそう言うと、何故か一年生たちが、沈痛な面持ちで俯いてしまった。言い難いことなのだろう。こちらの顔色を窺いながら、一言ずつ喋る。
「先輩、知らないんですか」
「三年生だからじゃないか」
「卒業しちゃうからね」
そして清水が持っていた鞄から、一枚のプリントを差し出して来る。手に取った紙切れには、次のような一文が書かれていた。
『今後既存の部と活動内容の重複する部活動及び会の設立申請を認めないこととする。活動内容が重複する場合は速やかに、該当する部へ入部すること』
「また教育委員会案件か」
「あの人たち上役から怒られても懲りないわよね」
とはいえ一つの理もない訳ではないのが厄介だな。頭越しに訴えても、取り消すには時間が掛かるだろう。それに。
「この分だと料理部に限らず、衣装部や運動部も狙われかねないな。衣装部は演劇部と被る分野があるし、運動部はこじつけに困らん」
「科学部もその気になれば、電機部やバイク部に向かって来るわよ。うちって特定のことだけしてたいって集まりだし、言いがかりを防ぐのは難しいわ」
そうなんだよな。平和に暮らしてたいのになあ。
「とはいえ料理部が料理しかやらないように、うちの連中は専門分野以外で挑まれたら一溜りもないぞ。そうだ飯泉、料理部は何の勝負でやられたんだ」
「え、料理ですけど」
部室内が一瞬ざわつく。今聞き捨てならねえこと言ったな。校内で弁当販売して、最低でも毎回30食作って必ず完売するような連中だぞ。それが。
「料理対決で料理部が負けたのか」
「助っ人でもいたのかも知れないわね」
そんな人材いたかな。OBでも呼んだんだろうか。
「審査員の生徒と先生が、全員家庭科部に点をやったから、たぶん八百長です」
「あ、しーちゃんがお料理の写真を撮ってます」
「これですこれ。お弁当勝負だったんですよ」
清水が携帯電話の写真撮影機能で、望遠ながらも美味しそうに撮影したのは、料理部の伝統看板こと、生姜焼き弁当である。素朴ながらも味は保証できる。
対して家庭科部の弁当は冷食の山。自前で作ったおかずが見当たらない。これは露骨だ。こういう生徒の意欲や、将来への悪影響を考慮しないのがうちの教師だよ。
「味については誰も言わなかったのか」
「先生が『どっちもよく出来てる』って仕込まれた九官鳥みたいに騒ぎ立てまして、他の審査員は無言のまま家庭科部に票を入れました」
露骨な不正。清々しい買収。いかに料理勝負が個人の好き嫌いという、主観しかないものだとしても、それを盾に出来レースをするとは許せん。自分の好き嫌いでいいから、美味いか不味いかはっきりしろっつーの。
「とりあえず審査員をした連中の、名前と所在は後で検めるとして、これからどうするかな。料理部がないってことは、土曜日の弁当や、他の日のお菓子が食えないってことだぞ」
当然だが俺も含めた固定客からすれば、こんな事態は甚だ迷惑だ。そしてその固定客というのは、この場に集まっている連盟員たちの中にもいる。
「ふざけんなよ。土曜の弁当がなくなったら、俺たちが校内を走る理由が無くなっちまうよ。どうにかならねえのか」
そう呻くのはバイク部の男子だ。食べたいものはないけど、学食一番乗りとかやりたがる奴がいる。こいつらがそうだ。元気と馬鹿を振りまく馬鹿だ。
「あの、五百円でお肉とお米が食べられるのって、牛丼か料理部しかないんですよ。割りとお肉が選べるって大事なことなんですよ、部長さん」
ハラハラしながら訴えて来るのは漫研の部長だ。コンビニのナゲットとかチキンとか唐揚げって結構味気ないもんな。そこそこのガッツリ感のある飯って言ったら丼しかない。
「放課後にお疲れ様ですってお茶を出してくれて、すごい嬉しかったんだけど、せめて何かお礼をしておけば良かった」
一日の終わりまで土いじりをしている、園芸部部長が寂しそうにつぶやく。結構よく喋って品のないおばちゃんみたいな所もあるけど、花や肥料の取り扱いを語るときの彼女は、結構かわいい。
人間にとって胃袋を掴む善良な存在というのは、良心の原風景である。別に他の生徒のことはどうでもいいが、俺もこいつらも困ったことになったのは確かだ。
「清水、さっきのプリントもっかい見せてくれ」
「はいどうぞ」
活動内容が被ってる部があると、復興はできないか。先に仕掛けて来たのは向こうだし、正攻法じゃないが、こうなった以上、こっちも正々堂々と不正をやるしかねえか。
「分かった。手を打とう」
この一言に皆がほっとしたような声を漏らした。
俺のしようとしていることが、正しいと思わせてくれる。
「でもさっちゃん先輩。手を打つって言っても、いったいどうするんですか」
川匂が胸の前で両手をもじもじさせ、上目遣いに聞いて来る。分かり切ったことだが、いざ口に出すとなると少し緊張する。しかしやらねばならないのだ。
「簡単だ」
自分に言い聞かせて、一度深呼吸をする。
人は何故、他人の平穏を脅かすのか。
「家庭科部を、消す」
こうして俺たちは、何度目か分からない校内紛争へと臨むのであった。
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