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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編3
411/518

・光白の花と散る

今回長めです。

・光白の花と散る



 全力の一足で間合いを詰める。ガシャドクロは攻撃を防ぐ素振りもなく、両手を伸ばして掴みかかってくる。腰を落として右の正拳突きを放てば、難なく胴体を貫通する。


「突っ込むのじゃ!」


 ウルカ爺さんが幾度も風を吹かせながら叫ぶ。それに嫌な予感がしたので、左腕をかち上げながら、言う通りして全身をぶつける。


『ばああああっ!』


 奇妙な感触だった。肌触りは硬いのに、衝撃が吸収されるような弾力が伝わってくる。目の前の骸骨は、全身の人骨たちを網のように組み直し、俺を受け止め絡め取ろうとしていたのだ。


 しかし先にこちらがぶつかり終えたことで、包囲が完成する前に吹っ飛ばすことができた。校舎の上へと盛大に倒れ込むガシャドクロ。倒壊する古い建築物。


 遂に自力で浮けなくなったな!


「おわー校舎が!」

「あ、あーあー、あー」

「大丈夫よ、これは超自然のことだから」


 金が無くなって放置された物件の解体を、ボランティアでやらせて頂きました。これは在校生としての奉仕活動だから問題ないですね。


『うおお!』


 そのまま飛び掛かってマウントを取る。こいつらはこの状態でも、ある程度形は変えられるようだが、四散して逃げ出すことは出来ないようだ。


 その場所を崩して攻撃を避けるにも、限度があるということ。具体的には頭と首だ。ここを掴めれば他は関係ない。


「ここまで来れば私も、とわ!」


 髪の毛の中に隠れていたウルカ爺さんが、ガシャドクロの胸の珠目掛けて飛び乗った。人一人分くらいの大きさだが、どうやらアレは動かせないらしい。


 爺さんは懐から例の直剣を取り出すと、勢い良く首の黒い珠に突き立てた。が、刃は通ることなく、滑ってしまった。


「うぬ、やはり刀としての出来はどうにも」

「見てる場合じゃない、私たちも急ごう」

「そうね、せめて残りの弾を撃ち切ってしまいましょう」


 斎たちの声が後ろから聞こえて来る。そうだ、こいつの首をウルカ爺さんに渡した剣で落とさないといけない。押え付けるだけじゃなく、こっちも狙っていくか


 ていうか下手をすると先に剣が壊れてしまうぞ。何とか折れる寸前まで痛め付けて、最後だけ持って行かせなくては。


『ふん』


 一転して骸骨の姿を止めて、珠を掴む。

 こいつを握りつぶせば……。


『ひああああああああああ!』

『ぐっ!?』


 それまでの鈍い動きとは一転して、ガシャドクロは猛然と抵抗を示した。俺の顔を殴りつけたかと思えば、拳から更に手足が生えて襲ってくる。


 狂ったように攻撃を繰り出し、その都度新しい手足が生える。見れば奴の肺の中にあった光が、どんどんと失われていく。予備のエネルギーでも回したのか。


『ギャアアアアアアッ!』

『ガグ、グウン、げほ』


 顔、腕、足、とにかく俺を撥ね退けようと必死に攻めてくる。だからって手を離したりなんかしない。ここまで形振り構わなくなったってことは、もう後がないってことだ。


「爺や、これを!」

「く、登って来れませんか」

「ごめんなさい無理です!」


 視界の端で斎たちの足が止まっているのが見えた。ガシャドクロの体は無数の霊体だ。疲れた桜子は元より、ウルカ爺さんも降りるのを躊躇っている。


 貴童丸を抑えたとき何とも無かったんだから、霊力の『れ』の字もない先輩と栄は素通りするはずだ。


 しかしだからと言って『お前たちは平気なんだからこの中を進んで来い』というのは無理だ。誰だって怖いものは怖。


「お、意外に素通り、ホラホラ!」


 斎が骸骨たちの中に腕を突っ込んではしゃぐ。霊たちに群がられるも、特に異常はない。まるでSF作品でホログラフィー映像を触るときのような反応だ。


「北さん何ともない訳」

「さっきのアレで無事だったんだし私らは平気なんでしょ」


 こいつ自分の優位が確定したことに対して、あまりにもポジティブ過ぎる。もう少しまぐれや幸運を疑わないのか。


「栄、そっち持って、行くよ!」

「後で祟られたって知らないわよ」

「だからサチコが祟られてる間にケリを付けるの!」

「あ、そっか!」


 こいつら姉妹だな。こっちが首の珠を引っこ抜こうとする横で、二人が猟銃を持ち運んでくれる。骸骨の抵抗は激しく、首を伸ばして腕に噛みついてくる。


 左手で掴み直してからボロボロになった右手を離す。少しすればまた傷が塞がる。そうしたらまた左手と交代だ。俺の手足はそう簡単に欠損するほど安くねえんだ。もし両腕が駄目なら食い付いてやる。


『わああああああああ!』

『ウォオオオオオオオ!』

「うぅるっせ!」


「持って来ました!」

「よぉくやった、こっちへ!」


 悲鳴と絶叫と雄叫びを聞いて斎が文句を言う。どうにかガシャドクロの首筋に接近した二人は、頑張って銃を持ち上げる。ウルカ爺さんも手を伸ばして銃口の先を掴んだ。


「これが弾だから、あとはお願いします!」


 斎はそう言って鞄を振り回し、上へと放り投げる。これで銃と弾丸が両方とも届けられた。霊たちはこれを遮ることが出来なかった。生きてる人間に、死んだ連中は無力か。


 たぶんこれが本来の形なんだろうな。


「撃ちます、跳弾ご容赦めされよ、喝!」


 ウルカ爺さんは金熊に先輩の特性弾を詰めると、躊躇なく引き金を引いた。白黒のまだらの煙が噴き出し、弾丸は足元の珠へと放たれた。


 びくり、とガシャドクロの体が震える。続け様に撃ち込まれ、二度、三度と跳ねる。珠の表面には一発目で傷が付き、二発目で亀裂が走り、三発目で中央部に穴が開き、血のような水が溢れる。


 乾いた音と共に首筋にヒビが広がっていく。やはりここが弱点か。


「うぬしぶとい奴」

「爺や、その穴に剣を差して押すのよ!」


 それまで遠くに離れていた蓮乗寺が叫んだ。ここに来てまた何か変化が現れたのか。思ったよりも真面目に言うことを聞いてくれてたらしい。


「その首の珠は“くさび”なのよ! たぶん完全に押し込めば首を落とせるわ。それ自体は霊たちのものじゃないの!」


 この幽霊の集まりの中で、それ以外のってことは。

 いいや考えてる場合か、たぶん合ってるはずだ。


『光よ』


 掴んでいる首の珠にライトセイバーを使い、光属性を付与する。すると、ああやはり。ギリギリ守護霊って言ってたもんな。もっと早くに気付くべきだった。


「むう、これは!」


 表返れよ。


『ひあああ、あお、おおお、おお……』


 ライトセイバーは一応攻撃魔法だけど、ガシャドクロが吸収する力は微々たるもので、自分が光属性になったことで、また全身から煙が上がり始める。


 やっぱり貴童丸は闇属性っぽいな。あれで攻撃したことで属性が変わったんだろうが、そこに光を与えたことで相殺が発生しているようだ。


 光と闇の両立は出来なかったということか。まあいいさ、てめえが本当はそうだったって言うなら、さっさと善玉に戻りな。


『カルス』


 一言呪文を唱えれば、骨と腕の隙間に無数の薬草が根を張り、生い茂る。夜の闇の中に薄らと輝く『光カルス』が、邪気を祓っていく。


「うおお、なんか大変なことになってきたぞ」

「見て斎、骸骨が」


 ガシャドクロの体からポロポロと何かが落ちていく。それは蜘蛛の子を散らすように逃げようとする、霊たちの姿だった。虫を想起させる動きで地面に潜ろうとする。


「無駄ね」


 しかし巨大な骸骨が大きく息を吸うと、霊たちは体ではなく、肺の檻の中へと連れ戻された。徐々に清められ、癒されていく宿主によって、霊魂は溶かされ逆に食われていく。


「どういうことだろう」


「不純物が取り除かれただけよ。何でもかんでも取り込むから、被害者たちの怨霊も、無関係な悪霊も力には出来たけど、逆に彼らに使われてしまった。たぶんくさびに繋がれていり、あの姿が、霊たちが剣と癒着した最初の姿だったんでしょう。契約というか、支配下というか、主従というかね」


 蓮乗寺の言葉が本当なら、悪霊の成分が増えすぎてこいつは守護霊から悪霊側になって、霊を集めるだけの装置になっていたってことか。その証拠が、楔の消失。


「となれば、弱らせ、清め、完全に怨霊たちを飲み干した今、ガシャドクロは元に戻ったということですな。ならばあとは、サチコ殿!」


 ウルカ爺さんが首の珠に開いた穴に、直剣を差し込んだ。不思議なことに、鍵と鍵穴のようにぴたりと収まった。珠の傷が見る見るうちに塞がっていく。


 それだけじゃない。骨と腕で出来ていた歪な体が、一つ一つ本当の骨のように変化していく。


 敵意もなく、反抗も止んだ。


「で、これからどうするんです」

「どうって、することは変わらないわよ北さん」

「大詰めということですぞ」


 ウルカ爺さんが地面に飛び降りると。俺はガシャドクロに改めて馬乗りになって首の珠、いや、くさびに両手を乗せた。首の傷だけは治っていない。


 静かに体重を乗せて、押し込む。

 自分の体からではない、他人の骨の軋む音。

 両腕を振り上げて、一度だけ深呼吸をする。


 これで、終わりだ。


 拳を合わせてくさびに叩き付けると、乾いた音の後にごろりと首が転がった。


 次の瞬間、ガシャドクロの体から無数の花が飛び散った。稲や麦のような小さな白い花だった。舞い散る花びらは、しばらく宙に漂ってから、首の珠へと集まっていく。


 全ての花が集まる頃には、抜け殻となった無数の白骨と、一振りの金色の剣が大地に横たわっていた。


「終わったんですよね……」

「そうね。この戦いだけは」

「それっていったい、あ、まさかサチコ、止せ!」


 日も明るい内から乗り込んだこの旧校舎、休憩込みとはいえ、いったいどれだけ戦ってたんだろう。ともあれこれで、俺は行くことができる。


「お前あの穴ん中行こうってんだろ! あの猫がどんだけ大事か知らないけど、幾らなんでも止めとけって! 巨体になれば戻り易い訳じゃないよ!」


 なんだ、斎の奴が珍しく真剣だ。嬉しいけど悪いな。こんだけ我が侭聞いたし、撮れ高も十分だろ。最後くらい、俺の好きにやらせてくれよ。


「行きましょ、私たちに出来ることはたぶんもうないわ」

「え、でもそんなことしたら先輩が」


「うっせうっせ! いいかサチコ! 今からロープになりそうなもんかき集めて、穴に垂らしてやるから! もしも駄目そうならそれを使えよ! なんかもう今日は本当ごめんねありがとう!」


 詰め込み過ぎなんだよ。まあでも、覚えとくよ。


『ありがとう』


 軽く手を上げて、皆にゆっくりと背を向ける。最後はちょっと地味だったけど、全員無事だったからよしとしよう。正確にはまだ一人、これから迎えにいくんだけど。


 穴の底は全く見えない。縁に座って足を下ろしても底に付かない。今度は本当に俺一人で行かなきゃいけないんだな。けど。今もあそこにいるはずなんだ、あいつが。


「サチコ!」


 意を決して飛び込むと、彼女に続いて他にも名前を呼んでくれる声が聞こえた。じゃあな先輩。そして、遅くなったけど今行くよ、ミトラス。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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