・最後の巨大化
今回長いです。
・最後の巨大化
蓮乗寺が言ってたのはこういうことか。この剣は元々修羅や天女の剣。そういう生き物じゃないと使えないって生体認証がされていて、俺じゃ真の力を引き出せないはずだった。
しかしだ、俺が名前を呼んだことに貴童丸は応えた。理屈は分からんが理由は分かる。この剣が蘇ったとき、俺が名付け親になったからだ。
例外的に今、俺はこの剣に許されている。剣のほうから、持ち主として。考えて見りゃ、お前親なんだから苗字で呼ぶなよってことだったのか。
「苗字じゃなくて名前が二つってことなんだけどな」
何にせよ今はありがたい。自分じゃ使い熟せないからって、手入れをサボらずにおいて本当に良かった。物には魂が宿るって本当なんだな。
「サチコ、それ大丈夫なの!」
「ああ、どうやら取って食ったりはしないらしい」
滝のように迸る赤い殺気が不思議と手に馴染む。昔は人の姿になれたらしいし、気性とか人格というものがあるのかも知れない。何にせよ今はありがたい。
「悪かったな、今まで気付かなくて。改めてよろしく」
貴童丸に一言謝ってから、俺を掴んでいるガシャドクロの腕を刃を落とすと、赤はいとも容易く白を塗り潰し、手首を斬り落とした。
「サチコ! 焦ったよおほんとに」
「先輩、無事で良かった……」
先輩と栄に助け起こされながら、どうにか刀を構え直す。見れば落ちた手首はバラバラと弾け飛び、再び本体に吸い込まれ元通りになっていた。
「まるで餓鬼だな。落ちた自分の手を食って治しやがった」
「かと言って術で攻めれば吸収するようになりますぞ」
「放っておいても、ゆっくりとではあるけど治っちまうし」
攻撃力は足りてると思う。こいつの回復力を上回りつつ、吸収や自食を防いでいけば弱らせることは可能のはずだ。そうしたら後は、奴の首の珠を壊して、直剣で首も落とす。
「弱点まで取り込んでてくれると楽なんだけどね」
「ああ、最終的に全部弱点になったら楽よね」
「現実的に考えるとどっちも効かなくなりそうだけど、この場合の現実って何だろう。でもまあ『戦う』以外に手が無くなる前に、出来ることはやっといたほうが良さそうだけど」
栄と先輩が疲れた様子で呟く。無理もない。言うと自覚してしまうから言わないだけで、俺たち全員疲れてる。
疲労している自分を誤魔化す最も原始的で効果的な手は、疲れたと口が裂けても言わないことである。逆に自分を休ませようと思ったら言うのが一番良い。
タイミングをちゃんと図って口にしないと、過労と永眠のスイッチにしからならないから、良い子の皆は気を付けようね。甘やかせ自分。甘やかすな自分。
「弱点か、ゆっくり探してみたかったが、桜子」
「何。私もう帰りたいんだけど」
「俺が斬り込むから、お前はアレを観察してくれ」
傷は治っているのに、貴童丸を嫌がってか手を出して来ない。二つの意味で露骨だな。ヤバい、真剣なときとか緊張してるときほど、どうでもいいことを考えてしまう。
集中しろ。時間がある今のうちに行動を決めなければ。
「そんなの何も私じゃなくていいでしょ」
「斎も栄も他にできることがある。嫌なら帰っていいぞ、死なれるよりはずっといい。今日は助かったよ、ありがとう」
桜子は酷く傷付いた顔をしたが、生憎と俺も余裕がない。軽口の叩き合いをする暇が惜しい。取り敢えず数には入れないでおこう。こいつは先輩とは別の意味でままならない。
「私はどうしますかな」
「ウルカさんは援護を頼む。刀を前に出しとけば、転んでも奴に突き刺せるだろ。俺が捕まりそうなら、そのまま風で撃ち出してくれ」
斬って受けて返すという綺麗な攻防を、成立させられるかどうかは怪しい。下手をすればサッカーボールにされる恐れもある。
「しかと承りました」
雨が一層強くなる。傘はどっかやっちまったし、また全身ずぶ濡れだ。皆の様子も似たり寄ったりで、もうすっかりホラー路線じゃなくなっちまったな。
ウルカ爺さんはまだ余裕がある。蓮乗寺は本音を言うと休ませてやりたい。先輩は脳がハイになってるから、殴られなければ大丈夫だ。心配なのは栄だが。
「栄、お前には先輩を助けるか、先輩と帰るかこの場で選んで欲しい」
「私がですか」
「大事なことだから文句言わないよ」
栄は誰かと二人で組むのが向いてるし、斎を動かす場合は必ず誰かの補助が要る。相性の良い奴は他にもいるが、二人共お互いの特性の出発点なんだ。
だったらそのままが良い。
「私は帰りません。斎も帰らせません」
「え、それはどういう」
「ありがとう。先輩、お札以外にも使えそうな物は」
「まだまだあるよ。何を使えばいいかな」
「臨機応変に頼む。栄もいるから手数は増えるだろ」
「ああそういうことね。分かりました」
これで会議は終了。睨み合いもおしまい。陣形は俺が戦闘で、その後ろにウルカ爺さん。後ろに残りの三人。つべこべ言ったが俺のやることは一つ。突っ込んで斬るだけだ。
「いくぞぉーっ! 全員かかれぇー!」
大声を上げて走る。後ろを振り返る暇はない。誰かの後を追わず、自分だけ前を走るのは、なんて心細いのだろう。
真っ暗な雨夜、巨大な相手、自分が先頭。刀なんか握り締めて少年漫画じゃあるまいし、できれば異世界にいたとき、こう在りたかったな。
「うおおああっ!」
下がろうとするガシャドクロの足を斬り付けると、そこに黒い淀みのようなものが生まれる。倒れることを期待するな、こいつらは幽霊なんだ。ミサキのときみたいに、足が無くなっても浮くだろう。
「サチコ殿、上です!」
ウルカ爺さんの報せに慌てて両腕を頭上に構えた。足を前後に開いて踏ん張り、『工』の字を作る。
そう直後に脳天と首を押し込まれる。気持ちの悪い衝撃が体を縦に貫く。
「ごっ、くふ」
無理矢理窒息させられるような感触。畜生、斎たちのときは素通りだったのに、霊感あるとデメリットばっかりだ。昔『霊感強耐性』なんてのを取ったけど、アレもしかして地雷スキルだったんじゃないのか。
更に横からも拳が迫る。ゴーストタイプのクセに物理技ばっかり使いやがって。耐えられると信じて歯を食い縛る。
「發! 念動弁風! サチコ殿、構えなされ!」
「爺さんか、わ、分かった、頼む!」
しかして殴りつけられる直前、体が宙に浮いた。体中を包む風で上手く身動きが取れないが、この後やることは分かってる。刀を前にして、しっかりと持つ。
「人間鎖鎌ですじゃああーー!」
「ぎいいぃぃ――っ!!」
超自然の気流によって体が天高くへと持ち上げられ、物凄い勢いで落下する。さながらジェットコースターだが、違いを言うなら俺がぶつかることだろうか。
痛くてとても苦しい。振り回される度に加わる重力的な力のせいか、瞼を閉じ切れない。辛うじて見えたのは、ウルカ爺さんが腕を振るのと、俺の動きがリンクしていること。
不可視の鎖鎌の先端となった俺は、自分の注文以上の力と速度と回数で、ガシャドクロの全身を叩き、抉った。凄い威力だが俺も危うい。砕けた骨に体当たりをすれば刺さり、飛び散る骨で擦り傷だらけになる。
「効いてるわよ二人共!」
「栄、救急箱の準備」
「はい」
興奮している桜子を他所に、冷静に事態を眺めていた斎たちが、手当の用意をしてくれるのが聞こえた。これさあ、鋭く尖った骨に頭が刺さったら俺死ぬよね。
追い詰めるとスパイク上になっていくなんて、想像できなかった。俺の手の甲と額は恐らく傷だらけになっている。
しかし相手の回復も遅れている。貴童丸が戦局を好転させたんだ。
「ぐああ!」
そう思った矢先、急に壁が出来たのかってくらい硬い物にぶつかって、体が跳ね返された。加速が解けて、落ちるときの浮遊感と交代する。
「待って、これ以上は駄目!」
「むう、やはり耐性を獲得しましたな」
落下して地面に強かに打ち付けられた。ああ、そうか。やっぱり吸収し始めるようになったんだ。もう少し遅ければ、このまま押し切れたろうに。
ていうかどうして今回は誰も受け止めてくれないんだ。
「先輩、傷口洗います」
「骨折無し。スプレー全部使うよ」
「斎、俺の鞄からアレを組み立ててくれ」
倒れ伏した俺を後ろへと引っ張りながら、二人がてきぱきと応急手当をしてくれる。ペットボトルの残りを開けて、傷を洗った後、止血用のパウダースプレーを吹き付ける。
「いいけど通用するかな、それにサチコ突っ込むでしょ」
「桜子と栄の三人がかりなら使えるはずだ。弾は」
「私かよ。用意したけど効かなくても恨むなよ」
俺は校庭の端っこに転がっている荷物を見た。半ば冗談で用意した、怪物用の当初の切り札がそこにある。今となっては話が全く違ってしまったが、この際使える物は全部使う。
「見て、あの化け物もかなりのダメージを負ってるわ」
桜子の言う通り、ガシャドクロの全身には黒い染み広がり、腐ったような臭気を放ち出した。骨も腕もズタズタなのに治る気配がない。白い部分も随分減った。
体を張った甲斐があったよ。
「ここまで来ればもう一息です。最後の抵抗が予想されますが、それを凌げば残すは首を取るだけです。そのためには休ませないことですが」
ウルカ爺さんがこっちを見る。限界が近いのは見て分かるんだろう。藤甲鎧はもうザル同然で、息も上がってるし。
「畳み掛けよう。俺には時間が無い」
爺さんに剣を渡しながら答える。ようやくここまで来た。アレの首を落とすのは、俺じゃなくてもいい。だから、この場で取る次の手は。
「…………」
「どしたのサチコ」
斎が心配そうに、こっちの顔を除き込んで来る。
振り返れば高校の思い出って、大体こいつ絡みだったな。
「いや、昔のことを思い出してさ」
「何走馬灯? そんな重傷だったっけ」
あの頃は人間に未練なんか、無かったんだけどなあ。
「気が付けばお前らの前では、人間の姿でいたいって、思うようになってた。不思議なもんだな」
「先輩、何を言ってるんですか」
「栄、今更これくらいのことで狼狽えないの」
本当に気にしてないんだろう。この人はそういう人だ。
自分と違うことが、人を嫌う理由にはならない。誰もが違う生き物だから。
仮に理解し合えたとしても、無くせない断絶、永遠に埋まらない溝がある。
それは乗り越えるものではないと分かっているんだ。
誰とも同じでないことで、誰とでも友達になれる力。
だから俺はお前と友だちになりかたったんだと思う。
どの姿でも同じ『俺』としてではく、人間のままで。
変な話、斎と違うことが、今になって少しだけ怖いんだ。
「サチコ。私たちはさ、とうとう同じ『だから』友だちっていう風にはならなかったし、これからお前がやろうとしてることも、私たちの間には、何一つ影響がない。それが気に入らないんだろうけど、私にとっては一番良いんだ」
「斎」
「もしも自分が二人いたら、私は絶対そいつとは友だちにならない」
ああ、そうか。俺の不安を俺の望む形で解決すると、この人とは一緒にいられないんだな。もうとっくに、別れ別れになったはずなのに。
「だから友だちでいてくれるなら、私のこういう所、許して欲しいな」
見抜いてたつもりが、逆にこっちの内心が見透かされてたみたいだ。ままならないもんだよ。
許すか。自分でも、この期に及んでこんな我が侭考えるなんて、思っても見なかった。
「先輩、私」
「栄、巻き込んでごめんな」
「いいんです。私だって大丈夫ですから」
心配してくれてる。二人共、それぞれの形で。結局俺の不安も、独り善がりの真似事だったな。いつまでも管巻いてねえで、そろそろ行くとするか。
「桜子、眼鏡と貴童丸とこの剣頼むわ」
「アレをやるのね」
変身ヒーローは最後に正体をバラすって相場が決まってるし、この場にいるのは女と保護者の爺さんだけだ、でも後で服代を集ろう。
「危ないからな、皆下がってくれ」
鎧の下は半袖のシャツ。両腕を顔の前で閉じれば、浮かび上がるのは『橋』の模様の入れ墨。片腕のアーチが合わさり∞となり、真っ赤に輝き始める。
『橋』を開いて拳を合わせれば、手の甲に描かれた〇が合わさり、もう一つの『∞』が生まれる。腕の模様が伸び、『∞』と繋がって再び橋が架かる。それを跳ね上げて、天へと拳を突き上げる。
たぶんこれが、高校最後の巨大化だ。
「変……身! ダイダラアアァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




