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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編3
406/518

・撮れ高は十分

・撮れ高は十分


 ※このお話は斎視点となります。


 サチコが落ちた。これはヤバい。急いで救助しないといけないけど、果たして深さはどれ程あるのだろう。三十メートルのロープを垂らしてみたものの、全然長さが足りない。


「消防、消防に連絡しないと」

「そうだね、でもそのためには一旦ここを出ないと」

「あ、そ、そっか。ここ地下だから電波入らない」


 いや、旧校舎の敷地内とその周辺は電波が入らないから、もっと外まで出ないといけないんだけど。今はその説明を優先する場合じゃないな。


「荷物を持ってと」

「急ぐんだから置いていきなさいよ」


 これ以上の崩落に巻き込まれるのを恐れ、私たちは陣地に戻った。そこから荷物と共に穴の上へと避難する。ロープと松明は残しておいた。万が一サチコが登って来るかも知れないから。


「何を言うんだ。後で警察沙汰になったとき、身元が割れたら困るのは私たちだよ。あ、もしものときには主犯は栄ってことにして、私の存在は伏せてね」


「お前人の命が掛かってるんだぞ!」


 栄が顔を真っ赤にして怒鳴る。最近サチコに似て来たなあこいつ。他の二人も冷たい目を向けて来るが、冷静に考えてみて欲しい。


 栄は初犯だし高校生だから、もしも学校からお咎めがあったとしても、いきなり退学にはならないはずだ。うちは私立じゃないし。


 しかし私はもう大学生だ。学校に連絡が行ったら、即座に除籍なんてことに有り得る。これが高校生と大学生の違いだ。今後のことを思えばこそ、慎重に立ち回る必要がある。


「それならこんなこと止めとけば良かったのに」

「え、な、何のことかな蓮乗寺さん」


「今しか打ち合わせの時間は残ってないけど、それでも今やることじゃないと思うな。私でも」


 ぐぬぬ、心を見透かしたようなことを言われてしまった。実際に読めているのかも知れない。まあいいか。それよりも先ずはここを出なければ。


「そんなことより、さっきサチコに刀を渡したのは何で」

「そんなことって。ううん、あの下にたぶん“いた”からよ」

「例の髑髏ですな」


 話し込みつつ全員で車庫の通路を引き返す。しまった、サチコの木刀を拾うのを忘れていた。今から取りに戻ろうか、いや危ないから止しておこう。


「サチコさん丸腰じゃ戦えないと思って」

「とはいえお嬢。あの刀の持ち主はお嬢ですぞ」


「いいえ、あの刀は待っているだけ。自分の名前が呼ばれる、その時を」


 あれ、なんだ急にシリアスな感じになったぞ。刀の持ち主交代とか、ファンタジーの王道みたいなことになってる。


 でもあれって、魔剣とか妖刀の類だったような。

 それの本当の持ち主になることっていいことなの。


「しかし銘は鈴鹿のはず。あ!」


 ウルカさんが何かに気付いた辺りで、私たちは車庫の階段を登り切った。外は既に土砂降りの雨で、街灯の無い夜ということもあり、見渡す限りにお先真っ暗。


「駄目、全然電波が入らないよ」

「じゃあ入るとこまで行けばいい」


 そう言って二人が傘を差して、もう二人が荷物を持つという形で来た道を引き返す。傘を差すのはウルカさんと栄、荷物を私と蓮乗寺さんで持つ。


「北さん大丈夫!」

「雨で声が消えそう!」


 足も跳ねる雨粒と泥でずぶ濡れだ。撮れ高の代償はいつも大きい。


「すいませんウルカさん、サチコの分までお願いして」

「いやいや、これくらいどうってことありません」


 サチコの荷物、正確にはその中で『一番重たい物』はウルカさんに持って頂いた。私たちでは誰も持てないほどの重さだったから。


 正直これを持ち歩いていたサチコの力はおかしい。


「全くとんでもない塾帰りになっちゃったなあ」

「フレックスタイムなら残業は無かったんだけどね」

「勤務形態に一工夫盛り込まねばいけませんぞ」


 緊張を解そうと軽口を言ったら、栄に思いっきり睨まれた。こういうときノリが同じだったみなみんが懐かしい。


「うわあ旧校舎が大変なことになってるな」

「天井も壁も窓ガラスもないものね」

「あれも撮っておこ」

「斎!」


 怒られたってこれだけは止めないもんね。無駄足になったら私はまた同じことをやるだろう。だからここで何としても、ビデオを回し続けるもんね。


「足元に気を付けて。穴に落ちますぞ」

「校庭の穴、そうだ。あそこからでも地下へ入れる!」


 校庭の外側まで崩れてくるとは考え難いし、そこから只管ロープを結んで投げ入れていけば、その内サチコの所まで届くはずだ。


 問題はこの時間にロープが買えるような場所は、軒並み閉まってるってことだろう。一応三百メートルのロープが一つあるけど、果たして足りるかどうか。


「でもなあ、あれがどこまで届くかなあ」


 車庫の分を回収しても三百三十。とはいえその長さで届かないとなると、生存はかなり絶望的だ。やっぱりここは素直に消防に連絡するべきだろう。


 でもこんな時間であることを考えると、消防の最初に取る行動は、たぶん朝を待つことだろう。当たり前だけど、今はその当たり前が辛い。


 自分の企画で公共の助けを求めることは、計画に含んでなかったもんなあ。


「電波入るよ斎。どうする、119番する?」

「するなら朝だけど、今できることって何かあるかな」


 栄と蓮乗寺さんが交互に聞いて来る。どうするどうする。落ち着け私は年長者。こんなときこそ冷静にならなければ。


「ウルカさんどうしましょう」


 よし。最年長者に聞こう。


「先ずは安全を確保しつつ、穴の様子を見に行きましょう。現場を知らずに考えることは何より危険です。判断のための判断など以ての外ですぞ」


「じゃあそれで!」


 方針を決めた私たちは、大粒の雨の中を足早に駆け戻る。半壊している旧校舎を通り過ぎ、大きく外側に迂回しながら、校庭へと差し掛かる。


 明かりがないから自分たちのライトで照らすしかない。それでも近付き過ぎないよう注意して、そろそろと穴へと近づいていく。


「待って! 止まって!」

「おう、ん? あ、これか!」


 栄に服を掴まれて立ち止まる。何だか急に地面が黒くなってると思った。あまりに経験の無いことだから中々頭に結びつかない。


「斎殿、ライトを」

「はい。地下までは二十メートルも無かったはずだけど」


 鞄から取り出したロープに、LEDの懐中電灯を一本だけ括り付けて、穴の中へゆっくりと下ろしていく。五メートル、十メートル、十五……。


 あれおかしいな。全然地面につかないぞ?


「校庭の底が抜けてるわ」


 蓮乗寺さんの言葉が一瞬理解できなかった。校庭の底が抜ける。現に目の前で起こってるんだけど。そんなことってあるだろうか。


「さっきのでここまで崩れたってこと、だよね」

「段階的に降りるのは無理よ」


 どうする。サチコが生きていて、尚且つ溺れたり生き埋めになったりしてないと仮定すると、どうするのが良いんだ。


 今までの経験から言って、たぶんあいつは本当に何者かと戦っているはず。この雨は一晩中降るっぽいし、そうなるとこの水は下へと流れ込んでいくだろう。


 まあダムって訳じゃないから、地上まで溢れてくれないだろうけど、うーむ。


「荷物を一つにまとめよう。余った鞄の金具と帯を繋げて即席の籠を作るんだ。後はロープを結んで下に流す。サチコが無事で、籠を見つけたら必ず引っ張るはずだから」


 籠には提灯を乗せておけばいいか。

 即興にしてはそれなりの判断だと思う。


「分かった」

「早速取り掛かりまし、う!?」

「皆さん、危ない!」

「うわっ」


 いきなりウルカさんに抱えられた私たちは、次の瞬間後ろの地面に大きく投げ出された。雨と泥に塗れて最悪だ。何とか立ち上がろうとするけど、立てない。


 地面が揺れていた。地震だ。それもかなり大きい。下手をすると穴に転がっていってしまう。それだけは不味い。


「今度は何なの爺や!」

「気を引き締めて、いよいよ来ますぞ!」


 ウルカさんの警告の直後、地響きに異音が混ざる。地震による周りの音が急に聞き取り難くなる。鈍い私でもこれは分かる。穴の底から何かが迫り上がって来る。


「栄! 下がるよ!」

「分かったあ!」


 みっともなく四つん這いになって、大慌てで穴から離れる。そして苦労してもう一度、四人が集まった、その矢先だった。


「何、間欠泉。違う、ああ!」


 栄が悲鳴を上げる。夜の黒さの中で、大きく水の柱が吹き上がった。残りのライトで照らして見ると、白い物が無数に浮かび上がってくる。光を幽かに反射する中身の大半は、人間の白骨。


 しかもその骨は、全体像が人間の上半身に見えるほど、乱暴に絡み合っていた。水の柱じゃない。穴から吹き上がったのは、この骨たちだ。頭蓋の目の部分、一つ一つが鬼火のように赤く光っている。


 恐らくそこの校舎ほどの大きさはあろうか、それくらい巨大な骸骨が、私たちの前に姿を現したのだ。ああ何かすっごい感動する。


「すっげ、本当にこういうのいるんだな」

「見て、あそこ!」


 蓮乗寺さんが指さした先、巨大骸骨の腕と口に、誰かが捕らわれていた。口と右手には山伏姿の男、そして左手には。


「サチコ!」


 目上の後輩が骸骨の指に刀を突き立てて、必死になって藻掻いていた。去年の化け物とはまた趣が違うな。不謹慎なのは分かってるけど、やっぱりこの企画やって良かった!


 ビデオもばっちり回ってる。

 だったらやることはもう一つだけ。


「待ってろサチコ! 今助けてやるからなー!」


 よし格好良い台詞も言った。あとは成り行きに任せよう!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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