・撮れ高は十分
・撮れ高は十分
※このお話は斎視点となります。
サチコが落ちた。これはヤバい。急いで救助しないといけないけど、果たして深さはどれ程あるのだろう。三十メートルのロープを垂らしてみたものの、全然長さが足りない。
「消防、消防に連絡しないと」
「そうだね、でもそのためには一旦ここを出ないと」
「あ、そ、そっか。ここ地下だから電波入らない」
いや、旧校舎の敷地内とその周辺は電波が入らないから、もっと外まで出ないといけないんだけど。今はその説明を優先する場合じゃないな。
「荷物を持ってと」
「急ぐんだから置いていきなさいよ」
これ以上の崩落に巻き込まれるのを恐れ、私たちは陣地に戻った。そこから荷物と共に穴の上へと避難する。ロープと松明は残しておいた。万が一サチコが登って来るかも知れないから。
「何を言うんだ。後で警察沙汰になったとき、身元が割れたら困るのは私たちだよ。あ、もしものときには主犯は栄ってことにして、私の存在は伏せてね」
「お前人の命が掛かってるんだぞ!」
栄が顔を真っ赤にして怒鳴る。最近サチコに似て来たなあこいつ。他の二人も冷たい目を向けて来るが、冷静に考えてみて欲しい。
栄は初犯だし高校生だから、もしも学校からお咎めがあったとしても、いきなり退学にはならないはずだ。うちは私立じゃないし。
しかし私はもう大学生だ。学校に連絡が行ったら、即座に除籍なんてことに有り得る。これが高校生と大学生の違いだ。今後のことを思えばこそ、慎重に立ち回る必要がある。
「それならこんなこと止めとけば良かったのに」
「え、な、何のことかな蓮乗寺さん」
「今しか打ち合わせの時間は残ってないけど、それでも今やることじゃないと思うな。私でも」
ぐぬぬ、心を見透かしたようなことを言われてしまった。実際に読めているのかも知れない。まあいいか。それよりも先ずはここを出なければ。
「そんなことより、さっきサチコに刀を渡したのは何で」
「そんなことって。ううん、あの下にたぶん“いた”からよ」
「例の髑髏ですな」
話し込みつつ全員で車庫の通路を引き返す。しまった、サチコの木刀を拾うのを忘れていた。今から取りに戻ろうか、いや危ないから止しておこう。
「サチコさん丸腰じゃ戦えないと思って」
「とはいえお嬢。あの刀の持ち主はお嬢ですぞ」
「いいえ、あの刀は待っているだけ。自分の名前が呼ばれる、その時を」
あれ、なんだ急にシリアスな感じになったぞ。刀の持ち主交代とか、ファンタジーの王道みたいなことになってる。
でもあれって、魔剣とか妖刀の類だったような。
それの本当の持ち主になることっていいことなの。
「しかし銘は鈴鹿のはず。あ!」
ウルカさんが何かに気付いた辺りで、私たちは車庫の階段を登り切った。外は既に土砂降りの雨で、街灯の無い夜ということもあり、見渡す限りにお先真っ暗。
「駄目、全然電波が入らないよ」
「じゃあ入るとこまで行けばいい」
そう言って二人が傘を差して、もう二人が荷物を持つという形で来た道を引き返す。傘を差すのはウルカさんと栄、荷物を私と蓮乗寺さんで持つ。
「北さん大丈夫!」
「雨で声が消えそう!」
足も跳ねる雨粒と泥でずぶ濡れだ。撮れ高の代償はいつも大きい。
「すいませんウルカさん、サチコの分までお願いして」
「いやいや、これくらいどうってことありません」
サチコの荷物、正確にはその中で『一番重たい物』はウルカさんに持って頂いた。私たちでは誰も持てないほどの重さだったから。
正直これを持ち歩いていたサチコの力はおかしい。
「全くとんでもない塾帰りになっちゃったなあ」
「フレックスタイムなら残業は無かったんだけどね」
「勤務形態に一工夫盛り込まねばいけませんぞ」
緊張を解そうと軽口を言ったら、栄に思いっきり睨まれた。こういうときノリが同じだったみなみんが懐かしい。
「うわあ旧校舎が大変なことになってるな」
「天井も壁も窓ガラスもないものね」
「あれも撮っておこ」
「斎!」
怒られたってこれだけは止めないもんね。無駄足になったら私はまた同じことをやるだろう。だからここで何としても、ビデオを回し続けるもんね。
「足元に気を付けて。穴に落ちますぞ」
「校庭の穴、そうだ。あそこからでも地下へ入れる!」
校庭の外側まで崩れてくるとは考え難いし、そこから只管ロープを結んで投げ入れていけば、その内サチコの所まで届くはずだ。
問題はこの時間にロープが買えるような場所は、軒並み閉まってるってことだろう。一応三百メートルのロープが一つあるけど、果たして足りるかどうか。
「でもなあ、あれがどこまで届くかなあ」
車庫の分を回収しても三百三十。とはいえその長さで届かないとなると、生存はかなり絶望的だ。やっぱりここは素直に消防に連絡するべきだろう。
でもこんな時間であることを考えると、消防の最初に取る行動は、たぶん朝を待つことだろう。当たり前だけど、今はその当たり前が辛い。
自分の企画で公共の助けを求めることは、計画に含んでなかったもんなあ。
「電波入るよ斎。どうする、119番する?」
「するなら朝だけど、今できることって何かあるかな」
栄と蓮乗寺さんが交互に聞いて来る。どうするどうする。落ち着け私は年長者。こんなときこそ冷静にならなければ。
「ウルカさんどうしましょう」
よし。最年長者に聞こう。
「先ずは安全を確保しつつ、穴の様子を見に行きましょう。現場を知らずに考えることは何より危険です。判断のための判断など以ての外ですぞ」
「じゃあそれで!」
方針を決めた私たちは、大粒の雨の中を足早に駆け戻る。半壊している旧校舎を通り過ぎ、大きく外側に迂回しながら、校庭へと差し掛かる。
明かりがないから自分たちのライトで照らすしかない。それでも近付き過ぎないよう注意して、そろそろと穴へと近づいていく。
「待って! 止まって!」
「おう、ん? あ、これか!」
栄に服を掴まれて立ち止まる。何だか急に地面が黒くなってると思った。あまりに経験の無いことだから中々頭に結びつかない。
「斎殿、ライトを」
「はい。地下までは二十メートルも無かったはずだけど」
鞄から取り出したロープに、LEDの懐中電灯を一本だけ括り付けて、穴の中へゆっくりと下ろしていく。五メートル、十メートル、十五……。
あれおかしいな。全然地面につかないぞ?
「校庭の底が抜けてるわ」
蓮乗寺さんの言葉が一瞬理解できなかった。校庭の底が抜ける。現に目の前で起こってるんだけど。そんなことってあるだろうか。
「さっきのでここまで崩れたってこと、だよね」
「段階的に降りるのは無理よ」
どうする。サチコが生きていて、尚且つ溺れたり生き埋めになったりしてないと仮定すると、どうするのが良いんだ。
今までの経験から言って、たぶんあいつは本当に何者かと戦っているはず。この雨は一晩中降るっぽいし、そうなるとこの水は下へと流れ込んでいくだろう。
まあダムって訳じゃないから、地上まで溢れてくれないだろうけど、うーむ。
「荷物を一つにまとめよう。余った鞄の金具と帯を繋げて即席の籠を作るんだ。後はロープを結んで下に流す。サチコが無事で、籠を見つけたら必ず引っ張るはずだから」
籠には提灯を乗せておけばいいか。
即興にしてはそれなりの判断だと思う。
「分かった」
「早速取り掛かりまし、う!?」
「皆さん、危ない!」
「うわっ」
いきなりウルカさんに抱えられた私たちは、次の瞬間後ろの地面に大きく投げ出された。雨と泥に塗れて最悪だ。何とか立ち上がろうとするけど、立てない。
地面が揺れていた。地震だ。それもかなり大きい。下手をすると穴に転がっていってしまう。それだけは不味い。
「今度は何なの爺や!」
「気を引き締めて、いよいよ来ますぞ!」
ウルカさんの警告の直後、地響きに異音が混ざる。地震による周りの音が急に聞き取り難くなる。鈍い私でもこれは分かる。穴の底から何かが迫り上がって来る。
「栄! 下がるよ!」
「分かったあ!」
みっともなく四つん這いになって、大慌てで穴から離れる。そして苦労してもう一度、四人が集まった、その矢先だった。
「何、間欠泉。違う、ああ!」
栄が悲鳴を上げる。夜の黒さの中で、大きく水の柱が吹き上がった。残りのライトで照らして見ると、白い物が無数に浮かび上がってくる。光を幽かに反射する中身の大半は、人間の白骨。
しかもその骨は、全体像が人間の上半身に見えるほど、乱暴に絡み合っていた。水の柱じゃない。穴から吹き上がったのは、この骨たちだ。頭蓋の目の部分、一つ一つが鬼火のように赤く光っている。
恐らくそこの校舎ほどの大きさはあろうか、それくらい巨大な骸骨が、私たちの前に姿を現したのだ。ああ何かすっごい感動する。
「すっげ、本当にこういうのいるんだな」
「見て、あそこ!」
蓮乗寺さんが指さした先、巨大骸骨の腕と口に、誰かが捕らわれていた。口と右手には山伏姿の男、そして左手には。
「サチコ!」
目上の後輩が骸骨の指に刀を突き立てて、必死になって藻掻いていた。去年の化け物とはまた趣が違うな。不謹慎なのは分かってるけど、やっぱりこの企画やって良かった!
ビデオもばっちり回ってる。
だったらやることはもう一つだけ。
「待ってろサチコ! 今助けてやるからなー!」
よし格好良い台詞も言った。あとは成り行きに任せよう!
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




