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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編3
401/518

・あいつは二十歳の女戦士

今回長いです。

・あいつは二十歳の女戦士


 ※このお話はサチコがミトラスたちと合流するまでの場面となります。


 一時間が経った。たぶん現在の時刻は二時過ぎ。時計を確認する暇がないけど、平静を保つために数を数え続けたから、恐らく間違いない。だいたい五分刻みで。


「ぜえ、はぁ、チビ共が。どうってことねえぜ」


 俺を取り囲む七人ミサキは、依然として執拗に攻撃を繰り返していた。単調ながらも数の利点であらゆる隙を消しているので、守るも攻めるも難しい。


 取り合えず荷物が邪魔になるから放り投げてみたものの、連中の体を素通りして地面に落ちただけ。持ち去られないだけマシか。


「待ち伏せしたり数で押したりするが、他のことには目もくれない所を見ると、どうやらお前ら自身で考えてる訳じゃなさそうだな」


 本能的な行動の範疇で襲っているんだ。幽霊の中にも理性と知性を保った奴がいるのに、こいつらは雁首揃えてこの様だ。天国や地獄じゃなくても、人間の差が出るものか。


「そろそろか、いっせえのぉ、せっ!」


 壁を背にして六人と対峙、全員の中で中肉中背のチャイナミサキが動いた。俺の左手の石の棒に手を伸ばすのとほぼ同時に、右手に持った斧で切り掛かる。


 タイミングは合ってたはずだが、身を捻って躱されてしまう。そこに殺到する五人の追い打ち。右からの拳と蹴りが、肩と足を打つ。


「分かってんだよ!」


 左から石の棒を二人が掴もうとするので、体を右、左に腕と手首を大きく回しながら捩る。ぶん回された棒が数人の頭を叩くも効果はない。


 最後に日本ミサキの頭を飛び越えると、近くにいた奴が背中を引っ掻き、服を掴もうとする。それを逃れて逆の壁を背にすると、再び囲まれて振り出しに戻る。こんなやり取りをもう何度しただろう。


 こいつらは畳み掛けるということをしない。そりゃそうだ。言ってしまえば逃がさないだけで、獲物を取り殺すことが出来るからだ。


「それなのに待たないってことは、それが理由なんだろ」


 喋っても返事はないが、それでも幾らか気分は紛れる。こいつらがお話の中にあるような、ステレオタイプのミサキなら、獲物の餓死や衰弱死は避けたいのではないだろうか。


 取り殺した相手を取り込み、逆に誰かが一抜けする。同じ罪を犯したとか、誰が止めを刺したかとか、基準は様々だけど、つまりは何らかのマッチングが必要なのだ、こいつらのルールでは。


 成仏するためには手柄首を上げる必要がある。全員で祟り殺すなんてこともない。相手を死なすのではなく、自分で殺さなくてはならない。


「最後の最後で抜け駆けするチキンレースってことだ」


 だから俺を休ませない。嬲り殺しの最後が貰えればいいのだ。しかしこいつらは知らない。俺には味方がいることを。


 こいつらは俺が死ぬまで小突き回せるが、現実には俺を殺せるタイムリミットがあることを、知る由もない。


 無制限の持久戦なら勝ち目はないが、区切りがあるなら条件は対等だ。だったらどうする。こいつら相手に殺されずに粘り切るのが第一。


「踏み込みが早い!」


 懐に入り込んできたアメリカミサキが、頭部目がけて鋭いワンツーを放ってくる。当然回避できないので反撃する。棒をチラつかせてから体ごと思い切り倒れ込む。伸ばした右腕が下腹を捉えるが、ダメージはないらしい。


「打ったり蹴ったりじゃ埒が明かないか」


 死んでるから死なねえし気絶もしない。意識あっての狼藉かも怪しい。こいつらから逃げ回るのに体力を使うし、軽い攻撃でも頭狙ってくるから、あんまり揺らされても危険だ。


 現に今疲れてるし、変身が解けたら死ぬ。極力魔法は体力の回復に回して、今の状態をなるべく維持することが大事。


「どうにかしてお前らを弱らせるなり、倒すなりしないといけないが、さてどうしたものか」


 異世界のエルフは祈りでゾンビを浄化してたが、俺にそんな芸当は無理だし、こういうときに使える必殺技みたいなものもない。


「俺は神職じゃねえしな」


 今度は米中のミサキが同時に仕掛けて来たので、土下座のスタイルを取って追撃を誘って見せる。予想通り全員で踏みに集まったので。


(こう)(じん)万丈(ばんじょう)!」


 三つ目の変身を唱えると、虚空に白い真砂が吹き荒れて、防具の上から更に体を覆う。最早ここまで来ると着ぐるみというより繭。


「くらえ!」


 全力で壁を蹴って連中の足元を掬う。自分でもちょっと驚きの飛び出しを見せて反対側へ。変身を解除して立ち上がり、後ろを振り向くが誰も倒れていない。


 足が消えて宙に浮いている。ずるい。そしてまた包囲を受く。折角第三の変身までお披露目したのに。


「ゲームだったら薬草の一つも食う暇あるんだけどな」


 薬草か。いつかのサメ相手のときみたく、こいつらにも草生やすか。でも生えるかな。土葬すれば死体も何時かは土に還元されるし、いけるか。


 どこぞのホラーゲームだと、ゾンビに木の枝ぶっ刺して倒すなんて方法もあるし。いかんな、ゲームと現実をごっちゃにしてる場合ではない。木でこんなの倒せる訳が。


「うお!」


 おもむろに放たれたロシアンミサキの全力ストレートがヘルメットを擦る。危ねえ! 逆だ! え、逆って何がだ。何を思いついたんだ俺。頭がおかしくなったか。


「あ、そうか、木だ!」


 何でゲームじゃ木で倒せるかって、ゲームだからじゃない。木で倒せるからだよ。すっかり毒されていたが順番が違う、ああいうのは現実から輸入してんだ。


 お祓いだよお祓い!

 フィクションのは単なる誇張表現だ! 


「桃とかハッカもそうだけど、植物にはやたらと魔除けの話がある。草木ってだけで、ある程度効果があるんじゃないのか、なあ」


 再び手を出して来る米中ミサキをいなしてから、追って飛び掛かって来た日本ミサキを拳骨で叩き落とす。起点が誰かはもう分かってる。俺のほうが肉体的にも優れている。


 分かりかけて来てる。俺のほうが強いって。

 だったらあと一押しだ。


「カルス!」


 地面に拳を付いて魔法を唱えると、暗がりの中に俺の薬草が芽吹いていく。ここぞとばかりにミサキ共に殴られるが、その動きが徐々に遅くなっていく。


 地面から青臭い香りが広まっていくと、何故だか奴らは少しずつ後退していく。生えたばかりの薬草を必死に踏み躙り、尚も攻撃を続けようとするが、動きが鈍い。


「やってみるもんだな。となればこいつも効いてくれるかい。光よっ!」


 俺は石の棒と斧に念じると、両方の刀身が輝き始める。所謂一つのエンチャントだ。蓮乗寺ほどには魔法が得意じゃないからな。自分や武器に効果足すのが一番安定する。


 ミトラスとの修行で培った技だが、本当に使うことになるとは。ともあれ相手がアンデッド枠ならば、こいつも効果があっていいだろ。


「名付けてライトセイバーだぜ!」


 後はこいつらに達人らしい動きをさせなきゃいいんだ。この魔法が解けないように気を遣いながら、次は頭に意識を集中させる。妖術は肉体を操る分には呪文が要らない。


 背中で髪の毛がもぞりと動くのを感じる。ミトラスに呪われるまでは、長さだけが取り柄の汚い髪だったが、それでも俺の人生で一番長い付き合いだ。ちゃんと使える。


 操った毛髪を背中に流して、ミサキたちを見る。

 背中には一匹、一匹だけを回す。あいつだ。


 この機に反撃を伺う振りをしてミサキ共に近づき、背中を見せる。必ず食いついて来る。自然な動きのはずだ。女を襲うなら。


 そう思った矢先、毛根が強烈に引っ張られ、後頭部に激痛が走る。


「馬鹿め!」


 全神経を髪の毛に注ぎ、触れている者を感じ取る。出来る。髪の毛で腕を掴み返せる。足を踏ん張って耐えながら、増毛してバランスを崩させる。


 斧を頭上まで掲げて、振り向き様に相手へ、倒れるようにして飛び込む。


「もらったあああああーーーーっ!!」

「ばうっ」


 振り下ろされた斧は、韓国ミサキの顔面の斬り潰しながら首の付け根までめり込んだ。奇妙に柔らかく、血は出なかったが、斧のプラスチックと金属の部分は割れて砕けた。


 霊体が爆発するかのように霧散する。眉唾物ものだったが光属性なんて本当に効くんだな。でもこれで無力化できたのだろうか、何にせよこれであと六ひ。


「ぐああ!」


 なん、誰。あ。


「てめえかっ」


 急いで駆け寄って来た黒人ミサキに殴られて、俺は地面に倒れた。暗いと保護色で分かり難い!


 続けざまに後頭部を思い切り踏んづけられて嫌な音までした。不味い、ヘルメットにヒビでも入ったのか。畜生、地属性に耐性ありそうだもんな!


「がああー!」


 武器を振り回してみるも今度は当たらない。躱されたことで距離を稼げたが、しんどい。動きを鈍らせてもモロには食らわせられないし、出口を塞いでた黒人ミサキもアクティブになってしまった。


 事態が好転するかに見えて、物事の難易度が上がっただけだ。辛い。


「ぜえ、はあ、カルスが光属性なら良かったのか、なら」


 右拳を地面に付いて呪文を唱え、カルスを発動している腕を左手で掴みライトセイバーを唱える。雑な合体魔法だったが、それは確かに発動した。


「カルス! そして光よ!」


 地下トンネル内に薬草が生い茂る度、光が闇を塗り潰していく。『光カルス』の誕生の瞬間だった。


 俄かに悶え苦しむ悪霊たち。狩場の様相は、遂に逆転を見たのである。


「ついでにちょっと燃やしてみるか」


 こういう発想する辺り、自分でも育ちが良くないと思う。まあ線香とか神社のお供養とかお焚き上げみたいなものだ。食らえ。


「燚火」

『うぐぐうわああうぅぅ』


 火の粉が足元の薬草に着火して、ぶすぶすと煙が上がる。煙は花の匂いのような甘ったるさで、ミサキ共の苦しみが一層激しくなるが、何だかこっちも具合が悪くなってくる。


 しかしこれでミトラスたちが来るまでは大丈夫そうだ。

 

 ――そして数時間後。


 残りの魔力の大半を光カルスの繁茂と焼却に費やした。荷物を回収して、たまに来る攻撃を避けつつ、立ちっ放しで見張る。俺も大分疲れたが、こいつらだって弱ってる。決着の時は近い。


『ぐっ』


 ミサキたちが俺ではなく、旧校舎のほうを見た。俺を襲ったときよりも明らかに反応が違う。何かを警戒するような、言わば負けてるほうの緊張感を漂わせ始めたのだ。


 間違いない。皆が来てくれたんだ。


「ありがたいだろ。お前らと違って、俺のは友だちなんだ」


 大丈夫だ。上手く言えないけど、不味いって感じは何一つない。動いたら勝てるって予感だけがある。


 鞄を拾って体に括る。ガスバーナーを取り出してと。


 燚火とガスバーナーを使い、壁や天井に生やした光カルスを燃やしてお焚き上げの煙を充満させる。俺には一酸化炭素の集まりだか、中毒になる前に片を付ける。


 焦るな。残り六匹だ。ここまでのこいつらで分かってる動きがある。石の棒を一度消して、鞄から杖と槍を出す。敢えて光属性は付けない。


「おわああーーっ!」


 両手の武器を振り回して近くの黒人とチャイナミサキに襲い掛かると、二匹共避けようとはせず、そのまま攻撃を受けた。受けた上で武器を抑え付ける。


「その辺の判断は出来るんだよな、ぐふっ」


 背後に回ったミサキの一人が俺を羽交い絞めにする。体を密着させて、髪の毛の動きも阻害してる。少しは対応したようだが。


「ぐ、ふふ。一つ教えてやる。ぐ、俺の角はな、変身を解かない限り、いつでも好きに生やせるんだぜっ!」


 内側からヘルメットを貫いて角が伸びる。後ろの奴の顔面を突き刺す傍らで武器を手放し、さっきから俺を殴っているアメリカミサキの胸倉を掴み上げる。


 即座に奪われた杖と槍が迫るが構わん。


「槍よ伸びろおおおおぉーーーーーーっ!」


 手の中に生まれた石の切っ先が、白黒のアメリカミサキを貫く。ざまあ!


「よし、おっと逃がさん」


 逃げ出そうとしたチャイナミサキの頭を掴む。思い返せばこいつらは、これだけの力があったのに、変に弱かった。


 相手の背に回る。髪を掴む、武器を持つ。逃げ場を塞ぎ、数を頼る。言葉の上ではもっともだが、戦ってみれば、こいつらにやらせるようなことじゃなかった。


「勝ち方が悪かったな」


 そのせいで動きにムラがあり、全力で袋叩きにするという、一番簡単かつ強力な攻撃もできなかった。恐らくは今日までの成功体験が、弱かった頃の強みを忘れさせ、犠牲者たちの力を活かせなかったのだろう。


「後はお前で最後だ」


 チャイナミサキに頭突きをしながら、ドイツミサキに髪を絡ませる。抵抗は激しかったが、只管量を増やしていくと、やがて動かなくなった。


 最後に地下道のほうを見れば、遠ざかる日本ミサキの姿が見えた。


「やっぱり俺、結構できるようになってるじゃないか」


 あいつを取り逃がすのは嫌だけど正直な話、もういっぱいいっぱいだ。頭もくらくらする。こんなに頑張った俺の姿をミトラスに見せてやりた、いやどうだろう。


 学校のことを家族に話す子どもじゃあるまいし。でも。


「どうだい。番狂わせって奴だろう」


 思わずそう呟いたとき、小さな何かが、飛び込んできたように見えた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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