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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編3
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・容赦と躊躇の理由と死ぬ心配がない相手に対しては

今回長いです

・容赦と躊躇の理由と死ぬ心配がない相手に対しては



 ミトラスは走っていた。地下道の坂を下り、光の届かない中、己が身を矢として。サチコから守れと言われた頼みも忘れ、後続を置き去りにして。


 旧校舎に来てからずっと、彼女の気配を感じなかった。匂いこそするが、瘴気や妖気とでも呼ぶべきものが、辺りに充満していたからだ。


 北斎は何も感じていなかったが、他の二名は気取っていたはずである。それぞれ似て非なる悪意が、お互いに共鳴しては高まる悍ましさ。人間の息吹に周囲が包まれている。


(サチウスの身に何かがあったんだ)


 彼女が二年生のときもそうだった。何か大きな力や気配に一帯が包まれると、どれほど見張っていても、存在が紛れてしまう。


 自分という最強の力がありながら、滅多なことでは頼らない。日頃の家事では怠けたがるが、鉄火場の匂いがすると、先ずは自分で何とかしようとする。


 ミトラスはそれを喜ばしく思うようになったが、その実いつも心配であった。杞憂で終わったことがないのが、理由の大半である。


(人間ではない大きな気配が一つ、何者だ)


 少なくともミトラスの中では、今日までに見たサチコの全力を、現状での予測を含めて大きく上回っている。彼女であるとは思えなかった。


 鬼や悪魔と化しても、人間臭さが抜けなかった。

 その気配が今はない。代わりに何かが燃える臭いがする。


(何が起きてるんだ)


 人の気配が消える理由など限られる。

 死ぬか、変わるかだ。

 サチコはミトラスの力で死ぬことはない。ならば何故。


(サチウス……!)


 暗がりの先で闇の質感が変わる。地下から外に続いているのだ。強烈な殺気が吹き付けて来るのを感じ、彼は自らの変身を解いた。


 もしもこの先に、皆の手に負えないような強力な怪物がいたなら、自分が片を付ければいい。最悪北斎に自分の正体を知られてもいい。


 そう考えてミトラスは普段の姿となり、土壁の外へと飛び出した。


 ――そこには。


「どうだい。番狂わせって奴だろう」


 ヘルメットの後頭部から飛び出した長く赤い角は、鼻の太長い外人山伏の顔面を貫いて、壁に突き刺さっていた。男の霊は必死に藻掻いているが、びくともしない。


 左手に持った石の槍は、鼻の曲がった白人と黒人のミサキの腹を串刺しにして、ミトラスが出て来たほうの壁へと磔にしている。


 右手は中国人と思しきミサキの頭を鷲掴みにしており、その真下には、毛髪で埋め尽くされた何者かが、力任せに踏み付けられている。


「サチウス……?」

「ほあ? ああ、ミトラス、か。遅かったな」


 着ている防具がはち切れんばかりに体を膨らませ、首からは滝のように髪の毛を吐き出し、ヘルメットから角を生やし、僅かに覗く肌色は緑。


 人間によく似た異形。


 そこには、五人のミサキを討ち取ったサチコの姿があった。



 暗闇の中に灯りを灯し、ようやく休憩することができた。

 LEDライトの光の先には、俺にとって馴染みの緑髪が浮かび上がっている。


「凄いな、これ全部君がやったのかい」

『ギャアアアアァァあああーー!』


 音も無く紅蓮の炎をに包まれて、悪霊たちは最期の時を迎えていた。


「うん。つってもぶっ殺すまでは届かなかった」

『うああ、うあ、わああアアァァ!』


 動きを封じたミサキ共のトドメを、合流したミトラスに刺してもらいながら、俺は人間状態に戻った。体全体がヒリヒリと痛い。まるでインフルエンザに罹ったときみたいだ。


 切れた息を整えながら、装備と荷物の点検を行う。武器は粗方使い切ってしまった。


 中がゴム紐で吊ってある折り畳み可能な杖に、木組みの彫り方を真似した、組み立て式の竹槍。斧とガスバーナー。こんなことなら木刀も持っておけば良かったか。


『ギイエアアアアーー!』

「うるせえ早よ死ね」

「じゃあ火力上げます」


 あまりに断末魔がやかましいので催促すると、ミトラスがサービスしてくれる。ミサキたちは透明度の高い青紫色の炎に包まれて、どんどん燃えて行っている。


「全く手強い相手だった」

「疑う訳じゃないけど、どうやってコレを追い詰めたの」

「まあ最後は勢いで」

「過程の話だよ」


 正直なところ俺が勝てたのは、相手の思考がかなり制限されていたからだ。連中は体力が尽きるなんてことは無く、意思に乏しいのか慌てもしなかった。


 要は相手を追い込んでからのパターンの乏しさ、とでも言おうか。


 追い詰められた俺は肉体を強化してしばらくは、只管防戦に努めた。体を鍛えていたであろう、大の大人のグーパンなんて食らえば、頭の骨でも平気で陥没するのが人間の力だ。


 しかし防具を着込んで、別の種族に変身し、魔法でバフをかけた俺の肉体は、それを痛いで済ませた。千日手の始まりである。


「あいつらな、俺を逃がすまいと囲んだのはいいが、攻撃がずっと同じだったんだ。最初に手を出す奴が二人いて、反撃しようとすると逃げる。そこに残りが追い打ちをかけて来る。無視して他に仕掛けると足や腕を取ろうとする」


 起点となるのはアメリカミサキとチャイナミサキだった。他はそれに続く形だったのが、現実の縮図のようで悲しい。


 ただあいつらが、俺を逃がさないための人員だけ残して、残りが武器を調達して来たらと思うと、かなり危うかった。旧校舎に銃とか肉切り包丁が落ちて無くて本当に良かった。


「逆に手を出さずにいると、そこの穴を塞ぐ奴以外全員でかかってくる。俺の攻撃は当たらないし、連中の攻撃で俺は倒れないし、この辺りをウロウロしながら、ずっと同じことをの繰り返しだった」


「なるほど、それは確かに気付くね」


 実際は一時間くらい経ってから気付いたんだけどね。

『毎回コイツからちょっかいかけてくんな』って。


「この辺はいじめに遭った経験だな。ただそれが分かっても、連中は手を出し続けてたし、次はこれを減らす方法を考えないといけなかった」


「それはどうしたの」

「カルスを使った」


 カルスは俺が一年生の頃、停学を食らって、自棄になった際に編み出した俺のオリジナル魔法だ。効果は薬草を生やすというもの。


「アレをな、光魔法と合体させたんだ。薬草の属性というかバリエーションがあるのは、前から分かってたからな。光属性の薬草を周囲に生やしたんだ。鬼灯や柊みたいに魔除けになるんじゃないかと試してみたが、上手くいったよ」


「でも周りにそれらしいのは、何だか焦げ臭いし」

「ああ焚いた」

「は?」


「足元に光カルスを生やしたら、ミサキたちの動きが悪くなったからな、お香の真似をしてガスバーナーで焼いたんだ。煙は俺も辛かったが奴らにも覿面に効いた」


 ミトラスが非常識な輩を見るような目でこちらを見て来る。確かに生やしたや薬草を燃やすとか、あまり善玉の撮る絵面ではない。


「即席の結界だったが、おかげで大分粘れたよ」

「ああそう」


 如何に俺でも執拗に殴られ続けたら、そのうち変身は解けていただろう。長期戦が出来る手段を予め持っておくのも大事だと今回のことで良く分かった。


「じゃあ、後はどうやって五人も畳んだの」

「六人だ。でも仕留め切れずに二匹逃げられてしまった」


 ミトラスに説明した内容はこうだ。


 首から髪の毛を外に出して、背後にチラつかせる。絶対に掴む奴がいると踏んでのことだ。事実韓国ミサキが掴んだので、逆に妖術で操った髪の毛を腕に絡み付かせ、振り向き様に斧で頭をカチ割った。


 斧が砕けるくらいの力で叩いたが、今燃やしたミサキたちと違って、手応えがいまいちだったから、恐らくまだどこかにいるだろう。復活まで時間が必要なんだろうか。


「この妖術はいいな、俺にも使い易いよ」

「女性の妖怪も多いからね」


 囲みが六人になったとき、辺り一帯に光属性のカルスを一斉に繁茂させ、これを『燚火』で着火した。『燚火』は火の粉を指先から猛烈に発射する魔法だ。威力は控え目だがこういうとき便利。


 魔除けの煙に巻かれた相手に、俺は石の棒を消して鞄から杖と竹槍を取り出すと、滅茶苦茶に振り回した。あっさりと黒人ミサキとドイツミサキに受け止められてしまった。


 その際にロシアンミサキに後ろから羽交い絞めにされたんだが、後頭部から全力で角を生やすことで返り討ちに出来た。そのときは考えもしなかったが、角がヘルメットを貫通できなかったら詰んでた。


「そういえば角、もう仕舞ったほうがいいよ」

「おっとそうだな。先輩が来るしな」


 つってもメットの後頭部の穴見たら絶対不安になるよな。内側から開いたってことくらい、あの人なら絶対分かるよ。


「それで、武器を手放してさ、俺を殴ってたアメリカミサキの胸倉を掴んで持ち上げたんだ。そのとき周りの連中の手に渡った武器で頭を狙われて、こんなんになっちまったけど、石の魔法剣、槍か。これの穂先を一気に伸ばしてやった。後ろの黒いのまでぶっ刺さってざまあ見ろだ」


 流石に骸骨の首を切り落とすのとは、感触が違ったけど、思ったほど胸は痛まなかったな。まあ当然と言えば当然か。


「とはいえ、こっちも無事とは程遠いけど」


 ボロボロになった自作鎧の上二つを脱ぎながら話を続ける。防火エプロンは破れ、プラ板の鱗は下の竹アーマー共々割れ砕けている。布地と一緒によく打撃の威力を殺してくれたものだ。


 ヘルメットは俺の角以外にも、黒人ミサキの手に渡った杖と、チャイナミサキの手に渡った竹槍による攻撃で、大きくひび割れてしまった。


 丸みのある形のおかげか運よく貫通を免れたが、もしもシールドの部分を破られていたら、眼球を抉られていたことは間違いない。


「思い切ったね」


「あいつらが何かを気にするような素振りをし始めたから、きっとミトラスたちが来てくれたんだと思ってさ、読みは大当たりだったし、俺もまだまだ捨てたもんじゃないな」


 下の藤甲鎧は汗を吸って強度を増していたのも大きい。これはまだまだ無事だ。用意は無駄にならなかったが、一抹の寂しさがある。


「残った三匹だけど、チャイナミサキは俺への攻撃に踏み込み過ぎたせいか、武器を捨てて逃げようとしたけど、後ろのドイツミサキが邪魔になって逃げ損ねたんだ」


 槍を持ったままならまだ抵抗は出来ただろうが、お国柄が出たな。だから頭を掴むことが出来た。後はそのまま地面や頭に何度も叩きつけた。


 思えばアレはやたらと動く割に、誰とも息が合ってなかったような気がする。死人にこう言うのも変だけど、もっと息がぴったりだったら、こうはならなかっただろう。


「ドイツのほうには髪の毛をありったけ伸ばした。あんまり藻掻くから頭が痛かったぜ」


 アガタに思い切り引っ張られたときの経験が活きたな。おかげで集中が途切れず術を維持することが出来た。


 国連ミサキ(今命名した)の敗因は、全員が武器や道具に頼らない猛者を集めたことだろう。道具を一々用紙しなくてもいいメンバーで固めたのが仇になったな。


 タコ殴りにされたし、技量差で攻撃も当てられず、コンセプトは間違ってなかったが。俺の反撃が成功したのは、相手がプロではない動きをしてしまったからだ。


 基本的にあんなのに襲われた一般人は死ぬしかないが、まさか獲物が魔法を使うモンスターみたいな人間とは思うまい。これが生きた犯罪者のように逃げ隠れされて、武器まで使われ、家まで来られたらお手上げだった。


「関節技を極められてても危なかった」

「巨体になってその上で着膨れてたのが功を奏したね」


 うむ。やはりサイズとウェイトは大事だな。


 奴らは極めて現実的な運営方針をしていたが、死人となったことと、達人という持ち味のせいで、犯罪者としての取柄を失ったのは皮肉だな。


「ただ最後の日本ミサキだけと、倒し損ねた韓国ミサキは取り逃がしてしまった。ごめんな」


「いいんだよ、大金星じゃないか」


 ミトラスは胡坐をかく俺の肩によじ登ると、そのまま猫に変身した。直後に、地下道のほうから幾つかの物音が聞こえてくる。


 先輩たちがやって来たのだ。


「大金星か」

「見違えるほど、君は立派になったよ。サチウス」

「そっか。ありがと」


 完璧とは行かなかったが、そうか、俺は勝ったんだな。変身して、培った能力で怪物相手に戦うとか、それこそ異世界でやるようなことを、現代でやるってのも妙な話だな。


 でも、一先ずは何とかなったな。


「おーいサチコー! 無事かーい!」

「おー撮影は出来なかったけどなー」

「ええええええええええええぇーー!!


 思わず苦笑をすると、頬にミトラスの頭が擦り付けられる。その後に舐めてくれたが、猫舌はざりざりしてあまり気持ちよくなかった。


「そこは撮れ高重点だろー!」


 これだもんなあ。もうほんっと、頑張った甲斐があるよ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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