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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
帰ったら歴史が改変されてたけど関係なかった編
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・話が早いぞ(北斎視点)

・話が早いぞ(北斎視点)


 私の名前はきた・いつき。あだ名は北斎。高校二年の今年十七歳。一昔前の学園ものなら、主人公を務めていてもおかしくないお年頃。お年頃だけは。


 今時、いや、正確には前の世界の今時では、特に珍しくも無い、冴えないサブカル趣味の女子高生だった。理工学系のオタクたちとは違い、身を立てられそうなくらい入れ込み、打ち込めるようなものもない。せいぜい漫画エンジョイ勢(自作含む)ってくらい。


 そんな私にある日、というかこの春転機が訪れた。始業式の前日、新入生の入学式の日からこの世界は変わってしまったのだ。


 そう、変わってしまった。歴史ががらりと。一部の国はなくなっており、日本は内政がちゃんとしており、バブルっていうのは無かったことになっている。


 ザリガニやカメやタニシやアライグマを、どっかのアホな先人が持ち込んでは野生化させ、無責任に国内に被害を齎すなんてこともない。ラッコや鴉だって殺していい。ここまで聞くと良いこと尽くめに思える。しかし問題が一つあった。


 アニメと漫画がそこまで進んでないのだ。二十一世紀なのに、エロ同人のジャンルや絵の水準が九十年代と言えば、私と同じ状態にある奴は分かるだろうこの辛さ。


 一応パソコンの十八禁相当のソフトは、未だにモザイク無しで諸々規制が緩いのは嬉しいけど、でもつらい。


 辛いことから目を背けることに、一部の国民が連綿と総力を注ぎ続けた分野だけあって、ある程度上手く行っているこの世界だと、それが発展しなかったことになっているのだ。


 深夜アニメがほとんどやってない。アニメ不毛の地だって未だに不毛のまま!


 そもそもこの状況に気付いている人間が、どれだけいるんだろう。と思いまして。


 私の気が元々おかしかったんじゃなかろうかと不安になっちゃったから前の世界のことをふんだんに盛り込んだ漫画を描いてあちこちに見せてみた。


 でも批評込みの感想が帰ってくるだけで、それらしい手応えは無かった。少なくとも、部活内では。


 なので今日の部活紹介の日に託けて、その漫画を配布物として置いてみた。四月の最初のほうはオリエンテーションだらけで、授業も半日ばかりだけど、それでもうちを見に来た新入生たちは、それを手にとってくれた。どれもこれも反応はなかったけど。


 ていうかこの部活がふざけてんだよなあ。解散予定の愛好会、同好会、研究会が片寄せ合ってさあ。自分で立ち上げといてアレだけど。


 学校側も生徒の集まりを無碍にするよりはって、お情けくれたみたいだけどさ。前は漫画部ちゃんと存在してたんだよ。それがこんな貧民窟に追いやられてさあ。


 ペンタブ持ってるのが私だけになってたときは焦ったよ。盗まれやしないかと思って、家から持ち込めなくなった。


 そんなふうなことを、部員の話を聞く裏で考えていると、部室の入り口から誰かの訪ねる声がした。


 振り向いてみれば、そこには背も高く、長く艶やかな黒髪の美じ、いや、よく見ると普通の顔だ。顔だけは普通だ。なんか安心した。他が高水準だけにそこに安心した。けっこうわがままボディしてる。


 同じ眼鏡っ娘だし、髪を野暮ったいゴムで縛ってるし、制服だってうちの学校のもっさくて安っぽいセーラー服だけど、それでは差は埋まらない。


 自分の低身長つるぺたガリガリの体とは比べるだけ失礼だ。でも私のほうがするときに体格差から犯罪臭がして興奮すると思う。よそうこんな張り合い方。


『すいません、愛同研総合部ってここでしょうか』

『あ、はい。見学の方ですね。好きに見ていって下さい』


 練習しておいたテンプレの返事をすると、彼女は部室内を一通り物色し始めた。


 その後さながら冒険者ギルドみたいな、うちの部費獲得運動についての説明をする。そのとき新入生、臼井祥子とかいう幸薄そうな名前の女子は、それを笑った男子に向けて憎悪もむき出しに舌打ちした。分かり易い地雷だ。


 彼女は気を取り直して、挨拶と入部のつもりがあることを告げてくれた。丁度いいタイミングだったので、前の世界のことを描いた漫画を渡しておく。


 ああ、一目でロボットに興味がないことが分かる反応が痛い。でもこういうのは個人の好き好きだからいいんだ。


 そして祥子はしばらく私の漫画を立ち読みすると、感想をいうべく私を手招きした。実を言うとかなり期待していた。何をと聞かれると感想を。


 かなりの勢いで漫画の裏に何かを書きつけていたから、もしかしてかなりツボに入ったのかと思った。でも違った。そこにはこう書かれていた。



『歴史変えたのって、お前?』



 来たな。始まったな私。私の激動の青春。そう思った。でもそれはすぐ終わった。何故かと聞かれると、恐る恐る見上げた祥子の顔がかなりこわくて、しかもぞっとするほど綺麗だったからだ。


 有り体に言えばびびったんだな。ちょっと洒落にならない空気っていうの? ちょっと私には無理だなって思った。


「放課後、ゆっくり話したいんですけど」

「ああ、うん、その、できればこういうのって二人きりがいいよね。どこがいいかな」


 祥子が顔を動かした。視線を向けた先は非常階段か、或いは屋上か。どっちにしろ詰んでる感じがするけど落ち着け私。彼女の質問から考えれば、彼女は歴史を変えた相手を探す側なんだ。


 言い替えれば私と同じ変えられた側。誤解されないように、そこさえきちんと説明できればいいんだ。そう、私は悪くない。


「あ、じゃああっち行こうか。話し難いし。屋上はなんか違うから」

「すいません」


 未だにそっぽ向いたままの部員たちに、ちょっと出かける旨を伝えてから、私たちは部室を出て、廊下の突き当たりにある、非常階段の鉄扉を開けた。こもった空気が気持ち悪い。そして祥子はゆっくりと後ろ手に扉を閉めた。


「ええとね、最初の質問に答えるとね、その、私は歴史変えてないんだ。ほんとほんと。その、朝起きたら世の中変わってたの、うん。言い方が悪いけど本当なの。知ってると思うけど、漫画描いたのも、私以外にこのことを知ってる人を探すためだったの。だから、別に私は怪しくないし歴史も変えてない」


 やばい相当テンパってるのが自分でも分かる。同じこと二回も言って声が上擦ってる。どもりも出始めて、息も苦しくなってきた。落ち着け落ち着け何度も言うけど落ち着け。


「ほら、自分だけしか認識できてないと自分がおかしくなっちゃったんじゃないかなって不安になるし、家族もそうならまだいいんだけど、私だけ記憶そのままだったし、とにかく現状把握をしたかったのね」


 真後ろに立つ祥子、いや臼井さん、いや祥子は相槌を打つと、しばらく何事かを考え込んでいるみたいだった。そうだ私のほうが年上なんだ。びびってたって内心でまで謙ってはいけない。


「すいません。俺の早とちりだったみたいです。実は俺も同じことになってて、それでさっきの漫画を見たら、まさかと思ってしまって」


 おお、意外にもすんなりと話が通ったぞ! 脇汗を滝のようかいた甲斐があった! 偉いぞ斎! 頑張ったぞ斎!


 でもそうだよなあ。不安になるよなあ。誰だってこんなときはさあ。祥子も不安だったんだろうな。


 振り返ってもう一度顔を見れば、落ち込んだ表情を浮かべている。結構可愛いじゃないか。このスタイルで一人称『俺』だよ? 豊満な地味子かと思いきやアンバランスな『俺』。これは夜の営みの妄想が捗る。


「いや、私も仲間が見つかって良かったよ。でも臼井さん。いきなり黒幕に会うっていうのは、ちょっと考えすぎじゃないかな。仮に私たちみたいなのを狙い撃つにしても、こんな方法とらないって」


 顔に浮いた汗をハンカチで拭きながら言うと、彼女は「それもそうですね」と納得してくれたようだ。でもそうか。異常事態に巻き込まれて、自分だけ違っていたら、同じ境遇の人なんかいないって考えても、不思議ではないのか。


 むしろそんなときに、まだ自分と同じ奴を探すってのが変なのかな。まあいいや、こうして一人同じ境遇の子を見つけられたんだから。結果的には私が正しい。


「まあでもさ、そんなに心配しなくていいと思うよ。じきに私たちみたいなのが、すぐ集まってくるから」

「どういうことですか?」


 きょとん、とした祥子が小首を傾げる。見下ろす視線が失礼だと思ったのか、少し前屈みになってくれた。


 彼女のバストが顔よりもやや前に出る。本当に腕のほうにはみ出す乳なんかあるんだ。後ろで揺れる黒髪が地面に付きそうで、そっちのが気になるけど。


「ちょっと髪、髪、付いちゃう付いちゃう」

「あっと、すいません、ありがとうございます」


 咄嗟に自分の黒髪を、マフラーのように首に巻いて片付けた彼女の姿に、私は心のシャッターを切った。話を続けよう。


「で、さっきの質問だけど、あの配布物の漫画ね。あれをそのまま学校で配ってるだけでも埒が明かないって思ってさ、実はあれ、ネットのイラスト投稿サイトにアップしたんだ。プロフにはこの学校のことも書いてあるしね。臼井さんがいたってことは、他にも同じ人がいるはずだし。もし前の世界のことを言って来る人がいたら、前の世界のことで誘導して会えるはずだよ」


 我ながら名案だったと思う。少なくとも私を見つけた人は私のところに来る。一々探しに行かなくてもいい。


「え、上げちゃったんですか」

「そうだよ?」


 でも祥子はそうは思わなかったらしい。信じられないくらいのアホを見るような目で私を見てくる。やめて、同情はいいけど、諦めと怒りが混ざったような顔しないで。


 祥子はそのまましばらくの間、再び沈思黙考した。口を手で隠して眉間に皺が寄る。やがて彼女は私の肩に、空いてるほうの手を置いて。


「先輩、家に連絡して、今日友だちの家に泊まるとかって、できます?」


 と、そんなことを言い出した。


 あれ? 私もしかして何か間違えちゃった?

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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