・たまたま出目が走ったくらいで流れが来てると勘違いする奴
・たまたま出目が走ったくらいで流れが来てると勘違いする奴
「まるで蟻の巣だな」
独り言を呟きながら地下を探索する。前後に伸びた通路だが、後ろから調査することにした。濡れた土壁の中はひんやりとして快適で、時折混じる生臭ささえ無ければ、人によっては夏の間棲めるだろう。
「この穴で五つ目、ハズレか」
こんな状況だから、ハズレを引いたほうがむしろ当たりだ。地下の後ろ側は最初こそなだらかな坂だったが、途中から勾配がきつくなっていった。
前のほうを先に選ばなかったのは、元より車庫の地下通路は校庭の側へ伸びていたし、何かの拍子に校庭の穴に溜まった水が、流れ込んで水没する可能性を考えたからだ。
行き止まりだったとして、壁の向こうが何処かは分かってる。校庭の穴だって言ってしまえば水道なんだ。そんな場所に一人で行って足を滑らせでもしたら。
近づかないに越したことはないな。
「だがこっちは明らかに人為的だ、誰が掘ったんだ」
後ろ側の道は最初に比べて狭くなっており、身を屈めなければ歩けない。坂を下れば、そこには不自然な横穴の数々。
「一旦描くか」
一度坂まで戻り、斧の柄で地面に穴を掘ると、そこにライトを差し込んで周囲を照らす。今はまだ何もない。
鞄から何枚にも畳んだ画用紙を取り出して広げたら、懐から三色ボールペンを出して簡易な地図を描く。横から見たのと、上から見たの。横に棒線を一本引いて、後ろに坂と穴をぶら下げるようにして足す。
「爺さんの話によれば、他の霊のいる場所と繋がったって言ってたが、台風のせいなら増水が原因だろう。水が引くってことはまだ下がある。何だか肝試しの度に降りてばっかりだな。たまには高い所に」
いや、止そう。滅多なことを口走るんじゃない。髙い所になんか行ったら落ちる危険が出てくるだろうが。迂闊なことを考えると、最悪空港とか宇宙まで行ってホラーやることになるぞ。
「ごほん、仮に車庫の通路が地下一階で、ロープで降りたのが地下二階とする。地下二階は昔から人を投げ捨てていた。水の流れがある以上、どちらかが水の入る場所で、どちらかが水の出る場所ってことだ。よしよし、ここまではいい」
ただし台風で他の場所と繋がった、ということは水の入る箇所、または出る場所が増えたということ、更に今回の悪霊は新しい場所から湧いたと考えていい。
とはいえ俺ではどっちがどっちか分からない。漫研辺りから治水に明るい奴を借りてくれば良かったか。そうすれば明かりと地図に関しては、負担を減らせただろう。
今度からはそういう知識や技能のある人間を雇おう。
今度なんてあってたまるか。
「気になるのは壁の穴だ。旧校舎で犠牲になった人たちが助かろうと掘ったのか。白骨の類は見つからないのは、警察が引き上げたのかな」
水の流れが分かれば、ある程度動きの予想もつくのに。いかんな、校庭の水道の見取り図でもあれば良かったんだが。
そうすれば何処に排水してるのか、どこから水を引っ張って来てるのかが分かったし、水の流れも把握できたろう。
ただ、水が引いた今、出口が何処に繋がっているのか。歩いて調べることは出来る。
「今のところ、校舎にいた幽霊たちとも遭遇していない。地面から白い腕が突き出してもいない。引き返して前のほうも見てみるか」
校庭側だから、最悪崩落しても巨大化すれば地上に出られる。でもなあ、こっちはハズレっていうなら、当然向こうが当たりな訳だから、幽霊たちはいるだろう。
幽霊とはいえ落ち武者は刀を振り回すし、ゴーストは死体に乗り移って公共工事もできる。物理的に結構干渉できるから危険だ。
あいつらゾンビと違って肉体があるんじゃなくて、やろうと思えば物理的に干渉出来るっていう、インチキじみた特性あるからな。まあ倒そうと思えば倒せるんだけど。刀はそれで手に入れたんだし。
うーん。
「帰って上で待つか」
このまま一人で奥まで進むのは危ないが、かといって当たりと予想されるほうに、単身乗り込むのも危ない。調査はほぼしないことになるが、危険に対して見返りがしょっぱい。
「一応ビデオカメラだけでも置いておけばいいだろう」
先輩たちと合流したときに引き上げて、映像を確認すれば少しくらいは役に立つ、かも知れない。何にせよまだ無理をする段階ではない。
短い調査ではあったが、一応この旧校舎というダンジョンを簡単に図にまとめて出よう。地上と地下をそれぞれ正方形のマスにして、建物などを記号にして置くとこうだ。
地上車庫 やま 無し 車庫地下無無車 地下二階無後無
駐輪 校舎 体育 無無道 無穴無
駐車 校庭 無し 無無穴 無前無
実際のところ校舎はもっと大文字で表しても良い。立地も右斜め下に寄ってるし、校庭も下に迫り出している。駐輪場と駐車場は小規模で、校舎との間隔も狭い。
たぶん正しく書くと、相当汚い並びをしていると思う。下へ向かうと徐々にズレ込んでくるのも、歩いて見ないと地味に把握がし難い。
こんな感じか。後はこれを清書すればいい。何もこんな暗がりで作業を続ける理由もないし、外に出よう。
そう考えた矢先。危機感が頭痛を起こした。
直ぐ分かった異変は、耳の聞こえ方がおかしいこと。
「出たな」
わざと独り言を言って見ると、先ほどまでの音の響きではなかった。空洞の中ではない。部屋の中で喋っているときの、聞こえ方。
見た目は変わらないが、感覚は屋内に近い。
地面のライトを引き抜いて再装着。側頭部二つを後頭部へと向きを変える。額の一本で坂の上を照らすと、二本の足が三セット。何れもデカい。
問題は、足から上が無いってことなんだが。
「今回の俺はパトロン付きで三度目の探索者だ。一筋縄では行かんぞ」
そう言って俺は斧を足元に置くと、背中にマウントしておいた折り畳み式自撮り棒を展開した。ブームが過ぎて道端に捨てられていた奴だ。
最大三メートルにも伸び、二メートルの俺が上に伸ばせば、地面から五メートルまで調査が可能だ。六フィート棒より長いぜ。
棒を伸ばして足元を突くと素通りした。続けて上のほうまで伸ばす。
すると天井に触れていない内から、何かに棒が掴まれて動かせなくなる。幾ら力を込めてもびくともしない。
それどころか逆に引っ張り上げられる感じがしたので、慌てて棒を手放すと、今度はそれが勢いよくこちら目掛けて投げ返された。急いで斧を拾い直して自撮り棒を仕舞う。
腕は見えないがたぶんそうだろう。
「完全に塞がれたか」
足はどれも太く分厚い。坂の上は広いが下は狭い。幽霊だから透けては壁にめり込んで、その状態で襲い掛かれば良さそうなものだが、連中は降りて来ない。
案外幽霊というものに関して、生前のリテラシーが無かったのかも。知らないものは知らないし、分からんことは分からんままだ。
「てめえらが例の七人っていうなら、この先にもう四人」
ライトが照らす土壁に、俺以外の誰かの影が浮かんだような気がした。
背後に突如現れたはずのそれに向けて。
「いるよな!」
斧を背中まで振りかぶる。思い切った勢いで後方へ伸びた腕が、自分に振り下ろされるはずだった何かを受け止めた。振り向きざまに殴りかかったが、追撃は空を切った。
白い服を着た何者かが奥へと逃げていくのが見えた。
せめて幽霊らしく消え去れよそこは。
待ち伏せだろうか。いや、どっちに人が来てもいいように二手に分けていたのか。ミサキって七人一組じゃないといけないってルールなかったっけ。
そんなルールねえか。成り立ちならまだしも。
「今なら戻れるか。いや」
背後を警戒して坂の上を見るが、さっきの足は消えていた。どうも物の怪を相手にしているのか、人間と戦っているのか、自分の中ではっきりしない。
人間の物の怪だから、両方と言われればその通りだけど。
「今の手応えからすると、俺でも戦えそうではある」
頭の中で己の自信を、迂闊な慢心だと厳しく叱る声がする。我ながらちょっと調子に乗ってるだろう、たかが不意打ち一つ防いだくらいで、という極めて冷静かつ客観的な指摘がある。
相手の手の内だってまだ何一つ明かしてない。
しかし俺とてまだ変身を残している。この狭い通路なら挟み撃ちには遭うだろうが、七対一にはまずならない。戦えるはず。
冷たく濡れた土壁に手をやり、自分の意思を再確認する。
ていうかさあ、やっぱ俺ちょっと『できる』って感じしてたよなあ。
イケるんじゃないのか、これは。ひょっとすると。
――行って見るか。
ライトで暗闇を削り取り、坂の先へと歩き出す。思えばまだ消えた幽霊たちのことも、蓮乗寺の予知夢の絵のことも掴めてない。さっきは見返りがしょっぱいと思ったが、案外調べられるんじゃないか。
幽霊とはいえ元はただの人間なんだ。
防具で身を固めている以上、そこまで恐れることはない。自分にそう言い聞かせたことで、俺は再び歩き出してしまった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




