・過度なレベルアップは控えましょう
肝試し編3
・過度なレベルアップは控えましょう
夏の日差しが差し込む部屋にいると、自分が夏休みを過ごしているという気分になる。その上でこんなザマでいると、自分は何をしているんだという気分になる。
エアコンの効いた部屋の中で、レベルアップを終えた俺は、力尽きて床に倒れていた。最終決戦を前に修行をやり遂げたようなもんだ。
今回取得したパネルは肉体が『握力強化』である。何故取れそうな変身系のパネルを取らなかったのかといえば、その変身が問題だからだ。
鬼と悪魔への変身で増した状態でさえ、強化外骨格状態で動き回るには筋力が不足していたのだ。ミトラスが言うには、馴染んでいないだけらしいが、だからって物も掴めないのは困る。
「大丈夫サチウス」
「しんどひ」
重くはないがとにかく固い。固い体を引っ張り、何度も動き回って作業をした。体全体はまだ良いが、手だけは如何ともし難いものがあったので、強化したという訳だ。
おかけで俺の握力はチンパンジーよりも強くなってしまった。より強い体を得るためには、より一層の原資が求められるということだな。強さや力を求めるのは空しいことだな。
「肉体の疲労よりも頭のほうが辛そうだね」
「うん、頭の中が気持ち悪いよミトラス」
「じゃあもうちょっとこうしてようか」
そう言って彼、猫耳を生やしたファンタジックな緑髪の少年は、倒れた俺の頭にしがみついてくれる。おなかと下半身の匂いを嗅いでいると、頭の中の不快感が薄まっていく。
「流石にやり過ぎたな」
「そうだね、魔法の成長点はもう上がらないかもしれない」
今回は魔法のパネルは取得してない。敢えて言葉にするなら『全系統魔法レベル+1』だ。到底一月のレベルアップでは達成できないことを、どうやって達成したのか。
簡単に言えば、不具合の利用である。
俺はこのレベルアップの他に、愛同研連盟部の一つ、オカルト部の蓮乗寺桜子との交流によっても、自分を強化することが可能である。
彼女と自分の超能力を使い、お互いの情報を交換し合うことで、不得意な分野を補い合う、双方向のアップデートだ。
ここにちょっとした抜け穴があった。
「お礼にお中元送らないと」
「桃買って送っておいたよ」
「ありがとう」
「人の股座に顔を埋めながら喋らないで」
僅かに厚みを増したズボン越しに熱が伝わってくるが、ごめんなミトラス。俺今こんな状態だから相手できないわ。
「まさか知能も頭打ちになるとはなあ」
「そうだね」
俺の魔法系パネルにあった『得意魔法』は、特定の魔法や系統そのものを登録しておくと、魔法が強化されたり、系統のレベルそのものが、上がったりするというものだった。
この『得意魔法』で指定した魔法を蓮乗寺に伝えた後、得意魔法の登録を解除して、彼女から魔法の情報を伝えられるとアラ不思議。得意魔法の欄は埋まらず、強化された情報がそのままこちらに丸写しされるのだ。
その状態で強化された魔法を、もう一度得意魔法で強化するというような、無限ループはできなかったものの、それでも十分過ぎる効果があった。
だから俺たちはそれを、覚えている全ての魔法でやった。
昨日のことである。そう、全部の魔法で。
おかげで反動が来て頭の中がグチャグチャだ。家に帰って来た辺りから頭痛が酷くなり始め、目がチカチカして立っていられなくなった。気持ち悪いけど、吐き気を催す類じゃなかったのが救いか。
でも魔法の成長点はゼロになってたし、今後はしばらく天引きの状態が続くだろう。卒業までのびのびダラダラしていたかったが、そうも言ってられないしな。
「あいつ全然平気そうだったのになあ」
つまりこのダウンは体力による疲労ではないのである。
「魔法の適正では完全に上を行ってるからね」
「ああ、だからかあ」
考えてみれば当然か。相手より魔法が使えないとなれば、その分を真似するような芸当はできないんだ。格上相手に、俺をベースにやってたから、分からなかったんだ。
お互い手軽なパワーアップイベントのはずだったけど、こっちのおつむは容量いっぱい。うむむ、先輩は知力で、南は総合力で、蓮乗寺は魔法か。皆得意分野あるのね。
向こうは低スぺパソコンからアプデのパッチが上がってくるし、自分のプログラムをダウンロードさせるだけでいい。イメージ的にはこんなだったけど、俺というHDDにはこれ以上入らないっぽい。
「今回はなんとか耐えられたけど、この手段は当分無理だ」
「そうだね、今後は君でも使える魔法だけってことだよ」
ああ、元からだったけど、蓮乗寺は完全に上に行ったってことだな。ちょっと悔しいような、申し訳ないような。
「俺ではもう経験値を入れてやれないか」
「そうだね。君は今までよく頑張ったよ」
「うん……」
そうしてミトラスに看病して貰って日を跨いだのが今日、容態が落ち着いて来たから、気晴らしにいつものレベル上げをして、それもさっき終えた。
知能で取得したパネルは『つめこみ耐性』で、特技で取得したパネルは『なまけ上手』だ。一見相反する事柄だが、現状を緩和するのにどちらも大いに役に立った。
『つめこみ耐性』:短期間に急速に知能を成長させたり、知識を獲得したり、脳の時間辺りに対する学習限界を振り切ってしまった際、自動的に習得されます。脳の総耐久力と学習限界が上昇します。
そう、自動的である。空っぽの頭に死ぬほど夢を詰め込んで死にかけると、どうにか我慢ができるようにしてくれるのだ。一度できっちり3,000点消費。複数回取れそうだから、今後も取って行こう。
「しかし頭が良くなるんじゃなくて、容量と頑丈さが上がるのって如何にも俺って感じがする。微妙に都合が良く成りきらないというか」
瀕死の状態から回復すると、もっと強くなれるようになるだけで、強くはならない。この辺がなんていうか主人公してないんだよなあ。
「俺にもなんか異能欲しいなあ」
「異能って脈絡のない特殊能力でしょ」
「どんな達人もワンパン出来て対策し難いズルがしたい」
「欲望に素直過ぎる」
だっていつもいつもトラブルと直面するのしんどいし、何気に人と揉めるのだって結構怖いし、俺は勇気が持てるほど世の中甘く見てないんだ。
「なまけ上手なんて言うけど、最初からチート能力あるのが一番なまけ上手だよ。クッソ羨ましいよ。俺だってショタ奴隷ハーレムがほし、いやなんでもない」
『なまけ上手』:『なまけ無効』の上位パネルです。度重なる重度の疲労や衰弱に陥った場合、それらが回復するまでの間、指定したパネルの成長点を獲得します。このパネルを取得するとあらゆるダメージの回復が早まります。
休んでることを怠け呼ばわりするのは酷いが、かなり強力である。指定先は底が割れて成長点が天引き状態の魔法にした。ただ折角休んでるだけで成長点が入るのに、回復してる間だけ、しかも回復を早めるという辺り、中々ままならない仕様してる。
「最後どうしたの」
「なんでもないって言ってるだろ!」
「わわっ」
よし。何とか身動きが取れるくらいには落ち着いてきたな。ミトラスを顔から剥がして、ゆっくりと立ち上がる。まだ軽く眩暈がするけど、この分なら間に合いそうだ。
「うっし、動ける動ける。ふう」
「大丈夫なの、レベルアップの前倒しでボロボロなのに」
「大丈夫じゃないがやるしかないし、最悪お前にも頼る」
「それは構わないけどさ」
何とかリビングのテーブルまで歩いて椅子に座る。使い慣れた木製の台の上には蓮乗寺が描いた予知夢の絵。いつものクレヨンではなく、素人ではない技量で表された水墨画。
「こんなん相手にしたくねえけど、やらなきゃ絶対犠牲者が出る」
数枚の画用紙を貼り合わせた紙面には、おどろおどろしい筆致で、地獄のようなものが踊っていた。骸骨、幽霊、やたら白い人、たぶん死人だろう。それらが余白を埋め尽くし、その中央には山伏の姿をした七人。そして。
明らかに一線を画す巨大な髑髏。
「俺はもう先輩を怒るべきか褒めるべきか分からないよ」
外は晴れているが、天気予報では来週に超大型台風が直撃する。しかもこれ、実は二度目なんだ。既に先週一度目が来てる。今年はおかしい。
「台風の後に旧校舎行こうって言いだして、蓮乗寺がこれを見た。出来過ぎている」
「北さんが思いついたから桜子さんが予知したのか、はたまた桜子さんが予知する場所を北さんが閃いたのか」
どっちにしろおかしいことには違いないから、この際どっちでもいい。今俺が考えるべきことは、どうにかしてこの妖怪軍団の中に、面白十割で飛び込む先輩を守ることだけだ。
「北さんはこれ見たの」
「見せた、ダメだった。やるしかない」
口では『流石にこれはヤバイし駄目だよねえ』とは言っていたが、その後の好奇心に濁った眼、何より心の声がダダ漏れで『行こ』と言っていた。
「外はこんなにいい天気なのにな」
「嵐の前の静けさだよね」
太陽が燦燦と輝く夏、世界は季節を廻らせて、今日も生きていくだろう。だが、俺がその中に戻れるかはわからない。ここまで大分準備をして来たんだ。自分の力が通用すると信じたい。
恐らくこれが、俺にとって、この世界での最後の戦いになるだろう。
最後になってくれないと困る。本当困る。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




