・ニアミス推察
今回長いです。
・ニアミス推察
※このお話は川匂視点となります。
20xx年七月〇日。記録製作者、現地名『川匂伽織』
現在地:日本国神奈川県小田原市:同市立米神高等学校:家庭科室。
前任者:現地名『南号』
外部調査団体『時空アメリカ警察嘱託公安部』(以下アメ公)より、不正歴史に対する調査及び修正案件を引き継ぎ、四月から改変の出発点と思しき地点へ到着。
歴史改変による出発点への影響は、正史とは異なる人物、異なる発明等を齎すものの、首謀者ないしは近しい存在が置かれた、様々な環境の改善・改変が本質にある。
つまり、歴史が変更される前と後で、最も人生に振れ幅が生じた人物が、歴史改変の首謀者、または近しい人間である可能性が高い。本部の記録からも判明していることだ。
――先ぱーい材料、持ってきたからご飯作って下さーい。
――飯泉お前夏休みなんだから学校来んなよ。
――先輩だって来てるじゃないですか。
――俺にはやることがあるんだ。
より正確な数値を求めるならば、丸三年の経過観察と、それによる正史との対比が望ましいが、解決を急ぐ本部の意向により、三年目からは実地調査と並行して進めることが、決定付けられた。
歴史改変の手順は基本的に、年代の過去から未来へ向けて、順番に行われるものである。
現代に近い過去を改変してから、更に遠い昔を変えた場合、遠い昔の改変の影響により、先の時代まで変化に晒されてしまうからだ。
故に通常の案件ならば、改変における最古の年代まで移動し、首謀者を捉えるのが、歴史改変捜査の常道である。そう、通常ならば。
――この前作ってくれるって言ったじゃん。
――ちっ。分かったよ。そうだなあ、お茶漬けでいいか。
――え (・ω・`)
――そんなにしょんぼりすんなよ。本当は先約がいたんだからな。
しかしこの件には特異な点があった。当局の歴史改変に対する観測は、戦前よりも前ではなく、この時代から始まっているという追跡結果を示した。
歴史改変の影響は非常に大きく、何らかの手段で『現代の』首謀者を影響から隔離、保護しなければ、改変の波に曝され、歴史を変えた自分を失い、何も行動を起こしていない状態に逆戻りする。
運命を変えようとする者は決して失われないが、それ故に決して運命を変えることは出来ないのだ。
歴史を変えたままでいるには、それを行った誰かが新しい世界に染まらず、自らを棚上げするような、言わば部外者や無責任に近い状態である必要がある。
当局の観測に寄れば、これまでにもこの時代に、何度か改変を試みた形跡があるものの、いずれも失敗していたことが判明している。
首謀者は自分を守れていなかったのである。
(少し休憩を挟もう。まとめた考えを思い出せないようでは、情報を整理したとは言えないものね)
――薄く切れば鮭が直ぐ焼けるだろ。焼けたら取り出して解す。で、その後にカブと大根の葉を加えて軽く炒めるんだよ。そしたらこれを浅く炊くわけ。食感が大事だから柔らかくし過ぎたらいかんの。
――本格的だなあ。
――そんで残り物のごはんをレンジで温めてから、さっきの具材を乗せて玄米茶を注ぐ。海苔を千切ったらこの業務用のあられを振りかけ、最後に摺り下ろした山葵を添えれば。
――あ、茶漬けのくせになんか贅沢!
(お茶の香りがここまで漂ってくる。淹れ方にも習熟してると思って良さそうね。わざわざ炊き立てのお米を使わないところにも理由がありそう。よし、作業に戻ろう)
では如何にして今回の改変が行われたのか。
可能性は共犯者の誕生である。それまで自らの保護が出来ていなかった首謀者が、歴史改変を幾度も試みる内に、偶然にもその影響を免れることがある。
針の穴を通すような偶然の場合もあるが、歴史改変の影響で変化した第三者の干渉により、自身の影響を回避できてしまうことがある。
このような場合の歴史改変では、通常の首謀者と同じく、過去から未来へと伸びる一直線上の時間と、別の点に存在する訳ではない。
今回の歴史改変が成功したケースでは、首謀者の安全は変化した第三者に依存している。本来なら堂々巡りに終始する動きが、第三者の手で断ち切られ、掬い出された形だ。
行って返ってくる動き、つまりループの中で『首謀者の歴史改変を可能にする歴史改変』が、最初の少し前に起きるようになる。
その結果、首謀者が時間移動し過去→現代→未来と変わっていく順番に、歴史改変の影響を受けた第三者による首謀者の改変という、瞬間的に第二の歴史改変者の発生が時系列に追加される。
第三者による首謀者の改変を経て、改めて歴史の改変が行われたことで過去―現代間のループを振り切れるようになるのである。
首謀者→歴史→首謀者→歴史の輪が、首謀者→歴史→第三者→首謀者→歴史とn周で終了し、やがては変えられた未来へと辿り着く。
現代から改変が発生していることと、行って返ってくる動きとはつまり、このような状況を意味している。こうなると次の問題が見えてくる。
第三者とは誰なのか。
――いただきまーす!
――モグモグ(・ω・`)
――シャキーン!(`・ω・´)
(美味しそうだなあ。絶対美味しいよ)
――美味いっすね。お茶漬けって料理だったんだなあ。
――でも永谷園のほうが美味いだろ。
――美味いっていうか恋しくなりますね。
(わかる。馴染みの料理で本格的なのを食べると、そうじゃないほうも無性に食べたくなっちゃう。有名店のスイーツを食べたら、地元のも食べたくなる。だめだめ、仕事仕事)
第三者とは歴史改変の影響を受けている者の中で、首謀者の運命を変えてしまった人物を指す。今回のようなケースでは、この人物を突き止め、首謀者への接触を未然に防ぐことでループ状態に戻すことが可能となる。
事と次第によっては、首謀者そのものの処理も有り得る。
第三者は第二の首謀者であり、改変の哀れな犠牲者でもある。不幸になっていることもあるし、幸福になっていても、事態が解決すればその幸福は失われてしまう。
歴史改変の首謀者とは冒頭で述べた通り、改変の前後で、最も人生に振れ幅が生じた人物である可能性が高い。
余談だが、改変が成功するということは、第一の首謀者は自らが変えた世界を認識、観測ができるということである。このため改変前の世界の記憶を持っていられるのであるが、一時的に発生してしまった第二の改変者もまた、記憶を保持していることがある。
当人に改変の自覚がない場合、突然歴史が変わっていたという認識になるのだが、稀に記憶保持が周辺人物に広がっている場合がある。この原因は未だに判明していない。
――先輩、頼んでおいた分出来てますか。
――清水か。ほらよ、梅シロップ。
――あざます!
ただ、見方を変えると、改変前世界の記憶の保持者は、第二改変者かその周辺人物であると考えられる。このため記憶保持者の人間関係をまとめると、目的の人物を絞り込むことが出来る。
ここで新たに入手した手掛かりが活きてくる。
とある個人事業の古書店で入手した赤い参考書だ。
現在の翌年出版されたもので、当局に鑑定を依頼した結果、改変前の歴史に同名の出版物の存在が確認された。
それは間違いなく前の世界の未来の本。経年具合からすると二年以上経過していたが、追加の調査で古書店の少女から、二年ほど前にはこの世界に渡っていたことが判明した。
新品に近い状態で未来から過去へとやってきた参考書。そして次に得られた情報が、指紋である。古書店に関係する人物以外の指紋、当然それは参考書の元の持ち主であると考えられる。
その指紋の持ち主が。
――今年は多めに作り過ぎたから助かったよ。
――麦茶に飽きたらこれっしょ。
――飲んだら口を漱げよ。虫歯になるぞ。
(サチコ部長)
愛同研総合部、三年生部長の臼居祥子。彼女の物だった。
彼女は前世界の記憶の保持者であり、また改変前の世界においては、学生の内に死亡している。彼女は今、本来ならあり得るはずのない、もしもの生を謳歌しているのだ。これほど大きな振れ幅はまず無い。
加えて生存している彼女は、前の歴史ではなかった騒動を起こし、或いは事件に関与するようになっている。死ぬはずだった人間の、もしもの生は大きな波紋を広げている。
捜査線上に浮上した彼女が、第二の改変者である可能性は高い。しかし、それだと謎が一つ残る。そう、未来から来た指紋である。
過去に死亡しているはずの人間が、未来から来られるはずがない。
仮説を立てるなら、歴史改変のループの中で死亡を回避した臼居氏が、何らかの方法で自身の早逝や歴史改変を知り、それを回避するために未来から過去へ干渉したという可能性。
改変により平行世界が生じていると、片方の世界での死亡の状況が、もう片方にフィードバックされて回避されることがある。このときの情報の受け手が死亡した自分の所持品、言うなれば自分の形見とでも言うべき物に執着を持つ。
歴史改変の影響に対する時差から生じる案件である。
もう一つは、彼女と全く同じ指紋を持った人間が、未来から来ていた場合。
およそあり得ない確率ではある。が、我々の時代の技術で言えば、指紋を同じにすることは造作もないことであり、そもそも歴史に干渉することさえ、この時代よりも未来からの関与がなくては不可能に近い。
(不憫な人ね……)
臼居氏には年の離れた妹や、アメ公の南氏など、仮設を成立させられる要員が存在する。本件は最悪の場合、改変が改変を呼び収拾がつかない状態であるやもしれない。
状況は想像以上に複雑で、対応は予想以上に困難だ。
彼女の死亡した瞬間に歴史が修正される可能性はある。しかしそうならなかった場合、死亡以前の時系列に首謀者との接点があり、対処が求められる。
また首謀者とは別の、未来の彼女等から干渉が行われており、それが改変を維持した場合は、未来の臼居氏の捜索と処理が必要である。
(例えば改変を維持するために、昔の自分に成りすまして一定期間やり過ごすとか)
果たしてこれが首謀者の目論見通りの運命に変わったのか、それとも運命が狂ったのか、恐らく当人でも計り知れない話だろう。
今後は参考書を入手する時期を待ち、状況を観察し必要であれば処理を行う予定である。
と、こんなところかな。
「ほらよ、お待たせ」
「え」
「えじゃないよ。お前が注文したホットケーキだぞ」
目の前に出されたのは、小麦色のパンケーキ。
甘い煙のくゆる中、優しく柔らかな黄金が広がっている。
「ごめんな、飯泉たちの分先にしちゃって」
「いいんです。私が言ったことですから」
そうだ、先輩を観察する口実に、材料を渡して料理を頼んだんだった。そこにあの子たちがやって来て、丁度良いからこの報告書も書いてしまおうって、順番を回したんだっけ。
「悪いな。お詫びと言っちゃなんだが、材料はまだまだあるから、おかわりが欲しかったら言ってくれよ。どんどん焼くからさ」
彼女はそう言うと、私が持ってきたホイップとカスタード、それぞれのクリームが入った絞り袋と、バター、色取り取りのジャムと果物、アイスとチョコとメープルシロップと練乳を机に並べていった。
我ながらよくもまあこんなに用意したなあ。他の二人や先輩にあげちゃうつもりだったのが、裏目に出てしまった。
「先輩も食べましょ」
「いいのか」
「本当は二人も呼ぶ予定だったんですけど」
「ああ、食べ過ぎになっちまうもんな」
朗らかな笑みを浮かべながら、目の前の大きな女性はパンケーキを切り分け始めた。それでいて私が食べるのを待ってから、自分も食べ始める。いい子ね。
「自分で作っておいてなんだけど、美味いな」
「先輩シロップ塗りすぎ」
「ホットケーキはべしょべしょにしたくなっちゃうんだ」
何気ない顔をして、何気なくご飯を食べて、何気なく笑う。あまりにも、あまりにも素朴な顔をしているのに。
「川匂、ありがとうな」
「何ですか急に」
この件が解決し、世界が元通りになれば、この人の命は。
「こうして奢って貰ったからさ、今度はお返しに俺から誘うよ。そのときは皆も呼ぼう。都合がつくか分からないけど」
そう言って、サチコ先輩は笑った。
こんなにも素直な人なのに。
世界と歴史のためとはいえ、私は。
私はこの人を、この手にかけなくてはいけないのか。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




