・友達
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後日、つまり日曜日。僕にとって第三の我が家に、電話がかかってきた。南さんであることは分かっていたので、サチコが出て日が無事であったことを告げた。
そして今度は僕の番なので、焚書堂で落ち合い、魔法で南さんから、僕に関する記憶を消した。日にも同じようにするべきかとも思ったけど、気が乗らなかったから止めておく。
形としては南さんが、前の記憶持ちの日という四人目を見つけ、日は努力の結果、ささやかな成果を手に入れ、新しい展開を迎えた。
他の人、北及び東のことも周知しておいた。終わってみれば僕の手元からは、一冊のいらない参考書が無くなっただけで、後は変な知り合いが増えたくらいだ。
立てた計画は現実の前に、非常にぐだぐだしたけれど、何とか事無きを得た、と言っていいと思う。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とかこの場は乗り切れたね」
「俺の名字も伏せられたしな。まあそれも時間の問題だろうけど」
向かい合って座るサチコが、メニューを見ながら呟く。僕らは駅前のハンバーガー屋さんで、昼食をとっていた。彼女曰く『遅かれ早かれ歴史に登場するものなんだな』
僕は西に臼居とだけ名乗り、サチコはサチコとだけ名乗った。名字が被っているだけと、言い張ることもできたけど、それで身元を検められると面倒だ。
バレたらそのときはそのときでまた誤魔化そう。
「僕は決まったけど、まだかかりそう?」
「いいだろもう少しくらい。折角体重落ちたんだから」
急かすとサチコはむっとしたけど、自分で体重が落ちたと言った途端に機嫌が治った。そう、彼女もまた努力の甲斐があって、体重が2kg痩せたのである。
外見に変化は見受けられないけど。言ったら今度こそご飯がペット用になりかねないから言わないでおこう。
「食べても太らない。痩せれば痩せる。こんなことにありがたみを感じる日が来るとはな」
今まで減らした分を食べたいんだろう。僕としてはこれでようやく、夜のお預けが解禁になるから、文句はないけど。
「じゃあ、決まったら言ってね」
まだまだ決まりそうにないサチコを横目に、店内を見る。壁際の四人掛けのテーブル以外には、小さな席がちらほら。
一人でも、向き合って二人でも十分狭い。僕たちは二人なので、さも当然のようにその小さいテーブルに案内された。テーブルの向こう半分は、サチコの腕と胸で埋まっていて、果たしてここにバーガーが乗るんだろうか。
ふと気になって入り口を見る。店内にはどこからか、ラジオの音が聞こえてくるけど、お客が入り口の扉を開ける度に、外の音も入ってくる。
その中に車の音、蝉の声、店員の挨拶。たまにここまでやってくる風。天気は晴れ。そろそろ梅雨明け。もうじき七月。夏が来ようとしている。
店内から窓の外を見れば、お互い誰かも知らず、一生知り合わない人々が、隣り合ってはすれ違っていく。殺風景な人混みが、ずっと流れ続ける。
――それでね、○○が。
――分かる! あの子自分語り長すぎ
――今ならポテトとから揚げと、お飲物の一式がお得なっております。
――お召し上がりですか? お持ち帰りですか?
――あーうん、でさあ、このあと
――××呼ぶの? 呼ばないと絶対あとでうるさいもんなあ……
周りの声も、なんだか味気ない。
「ねえサチコ」
「ん。なんだ」
「この世界って本当に変わってるの?」
透明というほど綺麗じゃない。幸福というほど活気がない。薄く、濁って、平凡だ。
「出来事が変わっても、人の性根は変わらないってことだろ」
意味が分からず首を傾げて見せると、メニューを見ながら彼女は返事を寄越した。裏側にはスイカジュースの写真が載っている。美味しくなさそう。
「学校で習ったが、どうもこの国は内乱が起こったらしい。折角負け戦をやらんで済んだのにな。内政も相変わらずで、バブルも高度成長期もなく、今日までずるずる落ちぶれたんだと。救いようがねえな」
やはり言っている意味が分からない。そんな空気を察したのかサチコは付け加えた。
「要は落ちぶれ方が変わっただけってこと。結末は同じ」
「ああ、なんとなく分かったような気がする」
運命って訳じゃない。例え変えられたって、変わることを、自分の意思で拒む。
身も蓋もない言い方をすると、この場合『君だから駄目』っていうこと。
何をどんなに言い訳しても、自分がやらないと、変えないと、やっぱり駄目って部分。そこだけが変えられない。
それを変えることを勧めれば『ヤダ』っていう人がいる。理由はない。強いて言うなら『ヤダからヤダ』っていう人。
そんなところも含めて、そういう人ってことなんだろうけど。今回は歴史だけど。
「案外誰も、何も変わらないのかもな」
その言葉で、僕は日のことを思い浮かべた。あれからあの子は日常に戻って、図書館に来る回数は減った。
あの日の探検で、日は達成と引き換えに、自分ではどうにもならない出来事というものがあることを、自分の力で突きとめた。それも締まらない終わり方をして。
それで満足したのか、あるいは諦めが付いたのか、最近姿を見ない。考えてみれば、あの子の求めるものは無かったと思う。
自分が誰なのか。その不安を払拭できそうな記号を、あの子は自分で取り払ってしまった。恭介と話し、自分だけ、僕たちだけと思った記憶も、他に似たような境遇の子がいると知り、特別なものはどんどん薄れていってしまった。
ひょっとしたら、あの子は絶望して消えてしまったんじゃないか。そんな馬鹿なことが頭を過ぎって。
「なあ、あれってこの前の子じゃないかな」
ぼんやりとしていたところ、サチコが外の一角を指差した。赤信号の下、自転車を降りて横断歩道の前にいる。半袖のシャツに短パン、日光を照り返す広いおでこ。
汗をハンカチで拭って、信号が変わって、何処かへと向かう。たぶん向こうは……。
「ごめん、ちょっと行ってくる!」
「おう。しっかりな」
お店を出て急いで彼女を追う。走るうちにさっきの自転車と、見慣れた姿が見えた。そうだ。この先は。
「ひかる!」
声をかけると、少女が振り向いた。
彼女は僕に気がつくと、あっと驚いたような顔をしてから、爽やかな笑みを浮かべた。
「こんちは」
日がこちらにやってくる。前よりもずっと元気そうだった。横に並んで、一緒に歩き出す。
「どこいくの」
「図書館」
このときになって、一つ気付いたことがある。
僕は。いつのまにか。
この子と、友だちになっていたんだな。
<了>
この章はこれで終わりです。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
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