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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
誰そ彼女編
389/518

・学祭の思い出

今回長めです。

・学祭の思い出



 半長靴よし。革のライダースーツよし。手足の各部プロテクターよし。ヘルメットよし。グローブよし。スーツ内に仕込まれたカラーとファウルカップ、異常無し。


「胴体以外は整ったな」

「サチコ先輩、何してるんですか」


 放課後の部室で装備の点検をしていると、栄から声をかけられた。北栄、卒業生の北斎の妹で、特徴のない見た目をしているが、一般よりも遥かに出来の良い生徒である。


 その栄が、如何わしい物を見るような目で、こちらを見ている。平和な学校で防具の用意なんかしてたら、当然と言えば当然である。


「何って、来月に備えて装備を整えてるんだよ」


「斎のことは本当に申し訳ないと思います。でも今は卒業制作や、学祭のほうを視野に入れて作業しましょうよ。後輩たちも見てるんですから」


 言われて振り向くと、そこには一年生の三かおりが揃っている。書く字こそ違うものの、あいつら下の名前が全員『かおり』なんだよな。


 三人は栄から十一月の学祭について、説明を受けていたところだ。部を上げてやるようなことは無いんだけどね。


「俺もう卒業製作のカメオなら作ったよ」

「あの缶バッヂみたいな奴ですか」


 技術の進歩は凄まじい。レジンで作るカメオの型を作るのに四苦八苦していたのだが、温めて中央に物を押し当てるだけで、簡単に型取りができる鋳型が発売されたのだ。


 早速それを購入すると、校章を押し当てて米神高校のカメオを作った。それで俺の卒業制作は完了したのである。


「土台切り取って留め具付けたらバッヂになるな」

「先輩はそれでいいんですか」

「悪いことあるかこんなしち面倒臭いもん」


 課題なんてものは『可』が取れれば良い。単位が取れるのなら、それ以上頑張っても大して意味はないのだ。そもそも卒業制作は、単なる付き合いとか風習の類だ。本当はやらなくていいんだよ栄。


「アガタなんかとっくに色々やり終えてしまったし、特に凝りたい物も無い。ならさっさと終わらせるのが一番だ。


「はあ、分かりました。でも学祭の出し物はどうするんです。展示物とか考えてるんですか。一応私もコーちゃんも、美術部に出すのとは別に描きますけど」


 栄とアガタは美術部と兼部なので、それぞれ別の絵を提出してくれることになっている。


 非常にありがたい話だが、二人からするとその時期に描いてる絵の中から、二枚選べばいいだけのことらしい。


 製作意欲が旺盛で何よりだ。おかげで一年生たちも、二人を正統派の先輩として尊敬している。なんだろう。今何かが壮大に事故ったような気がする。


「俺はこの防具を来て校内を歩く。それで展示になるだろ」

「ああ、なるほど。でも体育の鎧じゃなくて良いんですか」

「二日あるから一日ずつ着るよ」


 とうとう他の人にまで認知されてしまった。ファッション系技術者集団が、息抜きに作る防具。それが体育の鎧だ。思えば連中のおふざけから始まったあのアイテムとも、随分長い付き合いになったな。


「他所みたく適当に屋台でもやればいいのに」

「先輩たちの料理っておいしいよねー」


 清水と川匂が頷きながら言う。家を手伝ってるアガタは元より、アガタを手伝ってる俺もまた、人並みよりは飯を作れるということが、最近分かってきた。


「こないだのメキシコ風ピラフとか美味かったっす」

「お前らが俺の分まで全部食った奴だな」


 前の土曜日に作った辛口サルサソースで作ったピラフと、カ二クリームコロッケの弁当をこいつらに発見されてしまい、一口ちょーだいの波に飲まれたのだ。


 美味しそうだの料理が出来るだのちやほやされて、舞い上がってしまったせいで、昼飯を食い尽くされてしまった。評価は上々だったので悪い気はしなかったが。


「高評価なのは嬉しいが、飲食店はやらんぞ絶対」

「えーなんでなのー」


 川匂が露骨に損したという顔をする。まだ何も失ってないのにどういうことだ。そんなに気に入ったのかな。


「俺は去年の学祭で、毒きのこ入りのうどんを食って死にかけたんだ」


 ミトラスとテレパシーで会話が可能になったのも、思い出すとこれがきっかけだったような。


「ああ、あの卒業生が持ってきたのが混入した奴ですよね」

「オイシイっすねえ」

「撮れ高丸儲けだな」


 栄の補足に何故か飯泉と清水が感心する。

 人を体力派の芸人みたいに言うんじゃない。


「またああいうことが無いとも限らん。だから今回はこの装備で行くことにする。材料さえ寄越せば料理は作ってやるから、それで我慢しな」


 むしろそのほうが良かったのか、三人の表情がぱっと花やぐ。もしかしたら迂闊なことを口走ったかもしれない。まあいいか。


「あ、でも先輩、その防具ですけど、胴体の部分が抜け落ちてますよね」


「おいおい、装備の点検はまだ途中だぞ。胴体はこいつだ」


 そう言って俺は部室にある部長用のロッカーへと向かう。以前は夥しい量のゲーム機やら、小型の工作機械やらがぶち込まれていたが、先輩が毎月せっせと持ち帰ったことで、今では別の物が詰め込まれている。


 その収納してあった物を取り出し、机の上へと広げる。


「これが胴体に当たる鎧だ」


 麻紐と藤の蔦で編まれた薄い鎧と、板金鎧を模した竹アーマー、そして鱗状に成形されたプラ板を貼り付けた厚手の防火エプロン。これぞ少ない自由時間をやりくりして作り上げた、日曜大工鎧である。


「あ、三着あるんですか」

「いや、これ全部で一着」

『ええ!?』


 いい驚きっぷりだなあ。一年生三人の息がピッタリと合っている。


「先ずこの現代版の藤甲鎧を着るだろ」

「あ、知ってる。三国志の奴だ」

「正解だ。だからって火を点けるなよ」


 清水が指を差して笑う。麻紐は園芸用の硬い奴。蔦は校舎の傍にある、手入れの『て』の字もされてない林から調達したものだ。消火剤を塗して枯らしたことで頑丈さと難燃性を両立した。


「そんで上にこの竹アーマーを着込む」

「竹なのに壷みたいに白い」

「色落ちするとみっともないからな、炙った」


 昔から呼んでいた文庫が完結したことを受け、急に作りたくなった。本職には及ばないがそれでも結構丈夫。分厚い竹の板を敢えてくり抜き、中には針金をコイル状に撚った物を仕込んである。


「最後にこの幾つも重ねて縫い合わせた、防火エプロンを羽織れば、完成だ。三重に装備しているにも関わらず、結構スカスカで動きが制限されず、しかも鉄製品は殆ど使ってないので軽い」


「先輩先輩、あたし着て見たいっす!」

「いいけどブカブカだぞ」

「うお軽っ。冬のジャンパーのが重いくらいだ」


 安い装備も重ね着すれば防御力は上がる。しかも安いから代えが利く。なお隙間の部分には、ガラス繊維の入った靴底をかき集めて、差し込む予定である。


「一応市販の小口径の銃弾なら滅多に通らないのは、軍事部に検証してもらった。これで前みたいになっても大丈夫」


 ちなみにプロテクターは、軍事部ご愛顧のミリタリーショップで中古を購入。ライダースーツはバイク部指導の下、衣装部が作ってくれた。写真をめっちゃ撮られた。


 やはりというか、あいつらデカい女の服を作るのが、面白くて仕方ないらしい。


「先輩って暇さえあれば装備品作ってませんか」

「犯罪にならないんすかね」

「武器は刃が付いて無ければ、凶器等には含まれないはず」


 なので武器として使いたければ、研いで刃を出すしかない。以前俺の斧を買ったならず者集団は、それをしてなかったのでウルカ爺さんに退治された。


 いや、ちょっと刃が出てなくたって、大の大人が全力で振り被ればざっくり行くよ。天狗の体が丈夫なおかげだよ。


「ここまで手間隙かけて作るようなもんすかね」

「流石に俺の大きさに合う防弾チョッキは無かったんだ」

「手足の部分だけでも間に合ったのが奇跡だったんですね」


 清水がしみじみと頷く。本当にな。手足の分は割りと長さに融通が利くタイプも多めだったんだが、胴体の長さまでは伸ばせなかった。俺もこれ以上縮めないしな。


 ん、縮む……?

 何か思いつきそうな、帰ったらちょっと考えるか。


「ともかくそういう訳で、俺はこれで学祭出るから」

「後輩のお手本にはなりませんけどね、先輩」


 栄が恨みがましく言う。学生らしくない自覚はある。もう少しきらきらしたアクセサリーとか、風景写真とか、展示物向けの趣味があるだろと。


 一年生たちが真似し易いのは無いのかと、そう言いたいのだろう。分かってるけど口には出さない。言う前から正論に負けているのだ。議論の余地は無く、抗弁の価値も無い。


「いやでもまあ、先輩がこれで大丈夫なら、うちらも何やっても平気だろ」


「そうだな。飯が野球やってる横で、私がサボテンの解説してもいいんだ」


「なんかやれそー」


 飲み込みの早い一年生たちが、弛緩した笑みを浮かべると、栄が無言で歯軋りをする。ごめんな。俺がいないくなった後にでも、こいつらを矯正してやってくれ。


「他所の部なら、例え自分では出来なくても、そこの出し物に従わないといけないが、うちは違う。馬鹿みたいに躍起になってお呼びじゃない物を作ってもいいし、いっそのことサボってもいい」


 自分の同人活動の延長で漫画を持って来たり、普通に何もせず遊び歩いても良い。現に卒業生の二人はそうしていた。


「それはそうですが」

「栄もたまには変なことしろよ。あまり気張っても疲れるだけだぞ」


「いいんですそういうのは本当にもう。はあ、じゃあもう学祭の話はこれで終わりです。皆さんも思い思いの作品を作って、是非参加してくださいね」


 栄は呆れたようにしながらも話を締めくくり、どこか疲れた顔で部室を出て行った。大方自分がしっかりしなくては、とか考えてそうだな。


「栄先輩怒っちゃったね」

「いいんだよ、俺がしっかりしてると小言が言えなくなる」

「わあ夢男子みたいなこと言ってる」

「茶化すな」


 そうして少し話してから、ぼちぼちと解散した。一、二年生の夏休みは宿題があるから、なるべく休みを減らす真似はさせたくないんだけど。


「……俺も人のことは言えんか」


 独り言を零しつつ、人のいなくなった部室に戻ると、俺は作業の追い込みにかかった。実はあの装備、まだ出来ていないものがある。備えはし過ぎて困るものではない。


 猶予期間があるなら、最後の瞬間までやっておく必要がある。いや違う。これは挑戦なのかも知れない。時間があることで、巻き込まれるのではなく、自分から事に臨むのだ。


 来るなら来てみろ八月、フルアーマーサチウスが返り討ちにしてやるぜ。 

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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