・お姉さんの年の功
・お姉さんの年の功
※この話はサチコに視点が戻ります。
平和な学園生活を謳歌するというのは良いものだ。卒業制作用のカメオの練習、他の部活動への顔出し、校内の微妙な依頼をこなしつつ、アルバイトに精を出す。
週二くらいのペースで南の置き土産の空手の練習をしてみたり、たまに家の中庭で流派も糞も無く、刀を力任せに振り回したり、稀に射撃場で訓練したり、あとは家事をしたりゲームしたりアニメ見たり武器を作ったりだ。
一般的な人間ならへとへとになって、とても学校とバイト以外のことはできないものだが、そこは伸ばしに伸ばした体力のおかげ。趣味に費やせる分は培ったから何ともないぜ。
心身を癒して疲れを取るための趣味なのになあ。
趣味のための体力が残ってないと、疲れが取れないんだよなあ。疲れを取るのも体力なんだなあ。
止そう。雑念を振り払え。俺はこれから極めて重要な役目を果たすのだ。
重要な役目とは何か。それは。
他所のカップルの彼女さんとお話することである。
時は放課後で、現在地は小田原駅近くのホームセンターにある、大工用品のコーナー。やろうと思えば工具から材木の注文まで可能な充実ぶり。基本的に人がいないのもグッド。
中途半端な自社ブランド商品が次々撤退する昨今、撤退した会社のそこそこ売れてた物を権利ごと買収し、経営補強することで今日も生き残っている。
生き残ったホームセンターって書くと信頼感がすごい。
近隣の学生たちもやって来るこの場所に、ミトラスがどうにかして彼女さんを連れてくる。確か日とかいうおでこの広い子だ。俺はそこに偶然を装って話しかけるというのが、今回の段取りである。
話す内容も有る程度は決まっている。あー緊張してきた。手に人って三回書いて八つ裂きにして、駄目ださっぱり落ち着かねえ。
「いた! 日、いたよ!」
やべえミトラスだ。駆け寄って来るなり、後ろの少女を手招きして呼ぶ。時間ぴったりなのに、もう来たのかって感じがする。
「ここまで来て恥ずかしがらないし他人のフリしない!」
「あの、臼居くん、色々な人にその、色々と迷惑だと思うんだけど」
「じゃあ僕はこれで失礼するから、じゃあね」
全く話を聞かない強固さで、彼は撤収した。台本通りのはずだけど、この唐突さはもうちょっと如何にか出来なかったのか。一人だけ制服着てないから小学生に見える。
「えっと、あの」
「一ついいかな」
「あ、はいどうぞ」
「学校に電話あってさ、部室にもここに来るよう依頼、あいや手紙もあってさ、来てみたらあの子がいたんだよ。話を聞くと合って欲しい人を連れてくるからって言われて、君でいいのかな」
予め用意しておいた、俺がここにいる設定を話す。ミトラスが用意したメモ帳数ページ分の台本、そこに書かれた配役は『よく分からないまま連れて来られた人』だ。
正にそのもの。
「あ、はい。たぶんそうです」
「日ちゃんだよね。前に一緒に旧校舎歩いたり、うちの学際に来てた」
「はい、そうですね。懐かしいです」
「確か彼氏いんだよな。今日は一緒じゃないのか」
これがラブコメなら相手も喜ぶだろうが、聞いた限りじゃ逆効果になりかねない。しかし台本には、なるべくカップルだと思ってる言動を心掛けろと書いてあった。
本当に大丈夫なんだろうなミトラス。
「えっと、今はちょっと、ケンカ中っていうか……」
「いいなあ幸せそうで。俺なんか三年生なのに作るのは卒業制作だよ」
「お姉さん卒業するんですか」
「俺を何だと思ってるんだ卒業するよ。馬鹿にするなよ」
「あ、違うんです。てっきりまだ二年生くらいだと」
「そうか。でも本当に三年で来年卒業する予定なんだよ」
よし。これで俺が卒業する=こいつらの入学時に俺はいないという図式が頭に入ったはずだ。あとはこの子が彼氏と話すときにでも、伝達されることだろう。それで進学に際して俺という不安は取り除かれる。これで第一関門はクリア。
「そうなんですか」
「そうだよ」
「……」
「……」
会話が途切れる。この後どうするんだっけ。あ、そうそう、確かこの子の悩みを聞いて、上手いこと言ってやれってあったような。
俺のすることアバウト過ぎない?
この子の心情とか最近のこととかは細かく書かれてよ。注意事項も結構あった。ミトラスとの関係を匂わせず、ちゃんと誤魔化すこととか。得意なこととか成績とかには触れるなともあった。
俺だけ箇条書きで三行くらいしかなかったような。やっべえな。ええいままよ!
「あのさ」
「はい」
「なんでケンカしたの」
あっだっ駄目だ! 言葉が出て来ない!
気の利いた台詞が出せない! 脳みそが空転する音が聞こえる!
「え、なんでですか」
「だって元気ないし……、あの、もしかして、俺なんかやっちゃったのか」
馬鹿か! なんだその異世界転生主人公みたいな台詞は!
お前それでも成人か! 見ろ、頭に疑問符浮かべちゃってるだろうが!
「あ、あー、違います違います。私のじゃないです」
「じゃあ誰の」
「えっと、彼氏?」
あ、行ける、行ける、これ繋がるぞ! ボールを相手に渡せ、この話題で会話の主導権なんか俺が持ってても意味無いんだ。パスパス!
「どういうこと」
「うーんとですね……」
日ちゃん(呼び捨てにするほどの距離感ではないので)が、こちらも掴んでいる内情を説明してくれる。どうやら俺の態度が原因で、進学の意欲が失われているらしいと。
「それ俺のせいなの」
「というよりただの苦手意識ですよね」
「そう言ってもらえるとこっちも助かるよ」
「いえ、こうして彼と私のことを、見つめ直す機会になりましたし」
「あんまり嬉しくなさそうだけど」
「そうですね、気付かないほうが良かったなって思います」
日ちゃんが溜息を吐き出す。立ち話も難だから、彼女を連れて場所をフードコートへと移す。老若男女を問わず人がいるが、数そのものは少ない。
自販機でお茶を二本買い、その辺のテーブルに座る。
「あ、ありがとうございます」
「それで。どうして気付かないほうが良かったの」
先にお茶を開けつつ、先の話題の続きを促す。日ちゃんはペットボトルを手にしたまま、ぽつぽつと語り始めた。
「私より彼のほうが勉強できるんです。それで、私がどれだけ勉強しても、追い付けないって分かってしまって。自分を幾ら乗り越えたって、全然届かないんだって思うと、一緒にいたら悪いような気がしてきて」
ミトラスと俺くらい力の差があるとむしろ気にならないんだが。力不足に罪悪感を覚えているんだな。なまじ人間同士だもんな。いや、違うか。力になってあげたいんだ。
「自分じゃ支えにならないかもって考えてるんだ」
「はい、あ、そう、ですね」
少し使った後の蜂蜜の瓶が、寒い部屋に置かれていると、中の砂糖が柱となって浮いていることがある。その瓶を見て、相手は自分よりもお砂糖たっぷりだったと知り、ショックを受けたという訳か。
「つってもな。それは気にしたらキリがないぞ。上には上がいるし、下にも下がいる。自分が問題視してるから、日ちゃんの中で問題になってるんだよ。自分を責めるようなことではないね」
同じ場所に立って相手の役に立とうというのは、力関係、つまり上下関係やそれに似たものを、当人たちの中に作り出してしまう。
「二人は別に上下関係にある訳じゃないだろ」
「それはそうですけど」
「例えばさ、日ちゃんのほうが俺より可愛いけど、俺と君は対等な訳だろ。俺のほうがたぶん力は強いけど、だからって君より偉い訳じゃない。能力の優劣が関係のない関係なんだ。仕事じゃないだろ」
「それって他人だからでは」
「見ず知らずの他人だから同じ扱いとは限らないだろ。学校なんかモロにそうじゃないか。他の子や学校と比べ合いになる。成績という上下関係が生徒っていう肩書きに付いて回る。生徒の目には見え難いだけでさ」
彼女の不調は、恋人との極めて限定的な能力の差を見て、内心で関係が崩れたからだろう。優劣に目が行ったことで対等じゃなくなり、上下関係を作っている。
「日ちゃんは彼氏より優秀になりたいのか」
「ちょっとは」
「正直でよろしい」
「あ、でも。それだけじゃないです」
「知ってるよ。だったら色々手を出したり、引き出しを作ったりすればいいの。自分がどうしたいかは、もう答えが出てるんでしょ」
そう問いかけると、靄が晴れるかのように日ちゃんの雰囲気が変わる。ペットボトルの蓋をぐいと捻り開け、中身を一気に飲み干した。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした。それで」
「私、あの人の力になりたかったんです」
「言い直せ」
「あの人の力になりたいです」
こちらを見る瞳には、しっかりとした力強さが輝いている。俺もミトラスと初めて会ったとき、もう少し笑わせてやりたいと、思ったこともあったな。
ちぇ、魚を食ったことは謝ってやるか。
「今度はそれを、本人の前で言えるの」
「言います……!」
日ちゃんは席を立つと、力強く歩き出す。その背を見送っていると、彼女は一度だけ振り返って、屈託のない笑顔を向けてくれた。
「今日はありがとうございました! 私もう大丈夫ですから、お姉さんもきっと大丈夫ですよ! だから、頑張ってください!」
頬を赤く染めおでこをピカピカに光らせながら、彼女は去って行った。どうやら上手く事を納められたようで何よりだ。あとはミトラスと恭介の肩に掛かっている。
いやそれにしても。
自分でいないと嘘を吐いたせいだが、彼氏持ちから『あなたにも良い人見つかりますよ』というこの発言、言われてみると結構イラっとするものだったんだなあ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




