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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
番外長編 猫の青田買い編
377/518

・無情の利他、有情の利己

・無情の利他、有情の利己



「というわけなんだ」

「お前まだやってたのか」


 施設内のあちこちから上がる発砲音、ここは歴史改変により作られていた、小田原市内のとある射撃場。銃の練習をする場所なんだってサチウスが言ってた。今日は彼女の猟銃の手入れに付いて来た形だ。


 ゴルフ場の偽者みたいな空間は、コートの端っこに標的が置かれ、ショットを打つ場所には、前に出られないようにする仕切りを兼ねたテーブルと、左右に他の利用者とを隔てる衝立があった。


「そんな直ぐには解決しないよ」


 恭介と日の件について、僕は相談のために進捗を報告した。他の人を巻き込むのは良くないけど、自分の判断一つで物事を進めるのは危ういからだ。


「そりゃそうかも知れないが、駄目だしっくり来ねえ」


 サチウスはふかふかの耳当てを外し、衝立に備え付けのボタンを押すと、やって来た店員さんに店の貸出しの銃を返した。薄く平べったい四角い奴で、見るからに持ち運びに便利そうだった。


 梅雨だからと南さんから貰った銃の調整を、お店に頼むついでに、学生割引と軍事部の人から貰った割引券を使って、試しにやってみようという流れだったんだけど。


 不思議な力でも働くのか、面白いように外れる。彼女の手の位置が高すぎるのか、それとも銃が小さすぎるのか。


「お前がやるとちゃんと当たるんだけどな」

「言っておくけどズルはしてないよ」


 遠くに見える人型の板切れに走る縦一列は僕が撃った分。ていうか構えがしっかりしているなら、弾丸が大きく外れることなんてないはずなのに。


「大きい銃の整備はどのくらいかかるの」

「順番待ちで預かってもらって一ヶ月、値段は二万まで行かないが」


「安いけど高いんだね」


 言われてサチウスが苦い顔をする。『良心的な価格と言われてもうちのお財布じゃあ……』て感じ。自分で調整できれば良いんだろうけど、本職がいるなら出来る限り任せたいのは人情だ。


「一応メンテのマニュアルはあるけどよ、勉強中なんだ。鈴鹿の手入れだって覚えないといけないし、俺は武器職人じゃねえっつのに」


 彼女が色々あって手にした妖刀『鈴鹿貴童丸』は、現在オカルト部に預けてある。錆び防止に何やら特殊な油を塗って貰うらしい。優れた武具には小まめな手入れが欠かせない。


 逆に体育の鎧とかいうサチウスの歴代防具は、使い捨てのような扱いで良かったものの、アレはアレで割と優れていたと言える。


「その点はやっぱり、専門の人が近くにいて良かったね」


「全くだ。撃ち方たけじゃなく、銃を持ってるときの、人との話し方まで教えられるとは思わなかった。肩付け用の補助具や銃身の長さの見直しとか、部品毎の重さみたいな改造案まで提示されたし、予算に余裕が出来たら頼もうと思う」


 未来製だけあって、銃の出来は定員さんも舌を巻く程だったけど、サチウスの体格と合ってないし、現状で流通してる弾丸の威力に対して、筒の長さが足りないとも言った。


 銃の威力は弾丸の火薬と、銃身という筒の部分の長さとのバランス、そして中の螺旋の溝にあることは、最近やっと分かってきた。


 それと種族がほぼ人間しかいない世界だと、銃は威力が足りているから、敢えて利便性を優先し、筒を短くしているのが大半なんだとか。撃たれれば死ぬ線を維持できているなら、低威力化なんて気にする必要はないからね。


「武器はいつの時代も奥が深いね」

「どうせお前には通用しないんだろ」

「僕にとって必死になる分野でないのは確かだ」


 二人して射撃場の後ろにあるベンチに並んで座る。人の姿はまばらで、この施設は人気があるのかないのか、今一つ分かり難い。


「魚を食われただけでマジ切れするのにな」

「君が滑ったことに対して僕が負う責任はないよ」

「俺は謝らないぞ」


 よろしい。ならば僕は僕で仕返しの手段を考えよう。


 年末を楽しみにしていたまえ。


「それよりも大事なのは恭介と日のことだよ」

「え、その話まだ続けるのか」

「それよりも大事なのは恭介と日のことだよ」


 繰り返し言われたことで、サチウスは気圧されたようだった。口ごもるようにして『う、うん』と返事をする。会話の主導権などというものは、力押しでも勝ち取れる。君たちから教わったことだ。


「さっきも言ったように、恭介は将来やりたいことが結構あるのに対して、日はまだこれからなんだ。順当に考えれば当然だけど、それより地味に厄介な事態が判明してね」


「掘り下げた分だけ面倒が出てくるなあ」

「恭介は元々米神に通うつもりらしかったんだけど」

「それがどうして高卒認定なんて話になったんだ」


「気を悪くしないで欲しいんだけど、君のせいらしいんだ」

「俺が、あいつの。え、どういうこと」

「去年の今頃から夏にかけて何かあったって日が」


 サチウスは長くなった腕と脚を組んで考え込む。すごいスケール感だ。昔はこれの三分の二程度の人間だったのに、思えば遠くに来させたものだ。


「ふーん、栄のときのことだろう。先輩のために栄との仲を執り成したんだが、たぶんそのことが気に入らなかったのかも。善意を向ける相手と、善行を施す相手が一致しないのが許せない。そんなふうだったな」


「うん、僕もその辺は本人から聞いたよ。後でフォローもしたんだけど、あまり効果はなかったのかな。結構クサい台詞も言ったのに」


 サチウスのしたことは例えるなら、医者が患者の親や自分のために患者を治療したようなものだ。結果は上手くいったけど、それが却って良くなかったのかも知れない。


 偽善であり独善でありまたは利害という、単純な善だけを除いた意思と行為で、善良な結果を導いた。


 それはつまり、純粋なものはなくとも、人は人のために善なる行いと良好な結果を出せるということだけど、言い換えればそのために善良さは必要ではない、とも言えてしまう。


 うーん、タフだなとは思うけど、教育的な観点から捉えると複雑。


「図太いようで繊細だったんだな」

「自分に良い影響を与えないと判断したんだろうね」


 恭介ってあれで結構良心的だし、彼女の利他的な面が変に作用してしまったのだろう。心がなくても人を救えるし、救われる人がいる。


 誰かに善や救済を施すに当たり、この心が無くても良いのだという点が、少年の優しさに影を落してしまったのか。自業自得や因果応報に基づいたサチウスの善性は、どこか修羅道めいている。


 その修羅道も宗教上では善道の一つだし、中々相容れないものだね。


「どうしたもんかな」

「先ず恭介には進学時に君が卒業してることを知らせる」


「なるべく不自然にならないようにな」

「その辺の演出は後で考えるよ」


 これで彼が根っこの部分で米神行きを避けた理由、言わば線路上に置かれた石を取り除く。そして次にすべきことは。


「次にあいつの言い訳を引っぺがして説教する」

「それは必要あるのか」

「僕がしたいだけです」


 僕の言葉が甘えのために捻じ曲げられたとあれば、これは放置できない問題だ。恭介の将来やりたいことが本当だとしても、その根本に別のことに対する嘘や言い訳があるのは、良くない。


 サチウスを避けたいから、学校に行きたくないという気持ちを、学校に行く時間を、もっと先のことに充てたいという気持ちと、結び付けてしまっている。


 これは駄目です。それぞれ別々のものなのに、後者を暗に結び付けることで、前者を肯定しようとしている。文章にするとこうだ。


『学校に行くより起業の勉強をしたい。それに学校は苦手な人もいて行きたくない』


 これで済むのに、後ろが正に後ろめたいから前だけ残して、あたかも言い訳が無かったかのような言い種をしているのだ。場合によっては進学拒否が先に来ていた恐れもある。


 最悪の場合を考慮すると、彼は自分のしたいことに一々理屈を用意したり、自己防衛のために夢を持ち出すなんて人間になりかねない。僕は今、草刈場にいるのだ。


「あとは日の劣等感をどうにかして和らげたい」


「自分が劣っているのを、それだけだと感じられるようになるのは、難しいぞ」


「うーん、できれば手伝って欲しいんだけど」

「分かった。それで他には」


 サチウスはこういうとき手短に快諾してくれる。能力が伴っているかは別だけど、態度そのものは非常に頼もしい。この案件の解決には、むしろ彼女のほうが相応しいはずだ。


「今言ったのが上手くいくと、恭介は進学をしようと考え直すはずなんだ。そうなったら後は二人きりにする。同じ学校に通えるか、別々になるかは二人が決めることだから」


 弁の立つ奴から言葉を引っぺがす。恭介には元から進学の意思はあったし、日もいる。学校嫌いでも行こうとはしてたんだ。戻せば戻る可能性は高い。


「とはいえ段取りはこれから決めるんだけどね」


 嫌な言い方をすると、まだふわっとした皮算用しかしてない。ここから解決に向かうためには、具体的に案を煮詰める作業が待っているのだ。


「しかし何というか、お前も変わったな」


 僕たちはベンチから立ち上がって入り口へ向かうと、射撃場を出た辺りでサチウスが呟いた。昔と違って、真上まで見上げないと見えないその顔は、困ったように笑っていたけど、どこか嬉しそうだった。


「お互い様でしょ」

「違いねえ」


 出会ったばっかりの頃は、こうして誰かの恋愛に全力で乗りかかるとか、君が巨大になるとか、そんなこと思いもしなかった。


 でも悪い変化じゃなかったと、僕は信じてる。大変なこともあったけど、それがあって僕らは一緒にいるんだから。恋路を歩き始めた二人も、どんどん変わっていくだろう。その度にきっと、幸せや喜びと巡り合うだろう。


 だったらせめて、今くらいは二人の手を引いてあげたい。


 たぶんこれが、僕から二人にしてあげられる、最後のことだと思うから。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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