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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
開かれた扉編
367/518

・漏れ出す暗雲

・漏れ出す暗雲


 ※このお話は清水視点となります。


 今日は連休最終日。ワタクシ清水花麻里は第二部室にて一人仕事をしていた。正確には仕事を終えて、遊びに出かけるところなんだけど。


「よし、こんなとこかな」


 愛同研の会議っていうのに使う、稟議書っていうのの雛形が完成した。と言っても三年のサチコ先輩が作ったものに、自分の描いた落書きみたいな絵を足しただけなんだけど。


 この手作り感とか、独断じゃない雰囲気とか、最後の『サチコ先輩が卒業するまでに払ってください!』という吹き出しが大事らしい。先輩はこれを更にパソコンで見た目を盛るんだとか。


 のっそりした人かと思いきや、案外仕事をバリバリする人だった。それでいて見た目より怖い人ではなかったし。入った部活もそうだけど、先輩があの人で良かった。


「ほんとあぶないとこだったなあ……」


 思わず独り言を零してしまう。いや大丈夫だ。ツイてる。今年の私は間違いなくツイてる。


 一時はどうなることかと思ったけど、結局はこうして無事に切り抜けることが出来た。それどころか、私が自慰をしたのがバレたことで、あの三年の先輩は新しい部室を敬遠するようになった。


 なるべく話題に触れないようにしながら、ここの管理を、私に任せる方針に切り替えてくれた。理解があった。私がえっちな子でもいいって暗に認めてくれた。


 こんな出来すぎなことがあるだろうか。いやない。でも嘘じゃない。あの人は私と同じできっと性欲が強い人なんだ。学校では抑えてるけど、家では沢山してるんじゃないかな。


 人嫌いっぽいところがあって、潔癖そうなのに違うってことは、私みたいな奴ってことだ。お腹に蓋をするような、熱くて大きな手の感触を思い出す。アレにお腹を押されたり揉まれたりしたら、凄くいいだろうな。


 思い出すとおへその奥というか、下あたりが熱を帯びてくる。小学生の終わりくらいからかな、よくこうなってしまうのだから、我ながら困る。どうしようかな、流石にまた先輩の椅子を濡らすのは可哀想だし、気が有ると勘違いされるのも嫌だ。


 出来れば落ち着いてことに当たれるよう、すっきりしておきたいんだけど、また誰か気付かれでもしたら、今度こそ終わりだし我慢しよう。


「先輩もアレで顔さえ良ければなあ」


 愛同研には地味だけど可愛い子も沢山いる。あの人は顔が好みじゃないだけで、使えないってほどではないし。園芸部なんか活動自体も私の好みだし、これからどんどんあっちの友だちも作れたらいいな。


「しーちゃんいる~」

「あ、川やんおかえり!」

「お帰りって、夫婦じゃないよ私ら」


 声がしたから急いでドアを開けると、そこには旅行から帰ってきた川匂伽織こと川やんがいた。まだ休みなのに律儀に制服なんか着て、お淑やかだな。


 中学の頃からの付き合いだけど、この麻呂っぽい眉毛とちょっとぽっちゃりしてる体型、全体的に犬っぽいところが可愛い。愛らしいっていうのかな、私は小動物が苦手だけど、動物っぽい人間ならあまり気にならない。


『だらしない』とか『醜く崩れている』というほどではない肉付き、※読モみたいにスラッとした体が最善みたいに言われがちだけど、彼女の肉感は私には誰よりも性的だった。


 ※読モ:読者モデルのこと。この世界にも存在する。


 夏休みに三人で泳ぎに行った帰りに見た、彼女の水着姿にドキッとして、それ以来ずっと川やんを屋らしい目で見てる。ごめんね。


「そうだけど、それより見てこれ!」

「おお~本格的な自室」

「あ、やっぱりそう思う。でもしょうがないんだよ」


 あんまり殺風景な建物を、人が休める場所にしようとしたら部屋っぽくなってしまった。まだ家具や家電は置いてないけど、これから本棚やロッカーまで入れたら、いよいよ『室』って感じになると思う。


 小屋じゃなくて室。部室って部の部屋だけど、ここだけ外に切り離されてるんだよね。それが寂しくもあり、そそられもする。


「え、だって愛同研の部室なんでしょここ」

「なんだけど、私らだけが使う場所じゃないって先輩がさ」

「しーちゃん私はもっと秘密基地っぽいのを考えてました」


「ガラクタが置いてあったり」

「そうそう」


「変なポスターが貼ってあったり」

「そうそう」


「玄関に置いてありそうなのが全部中にあったり」

「そうそう!」


 分かるなあ。そういう幼稚なものを残しておいていい場所って、自分の部屋しかないもんね。なるべく私好みにしたかったけど、これから他の子も呼ぶとなれば、有る程度は万人ウケっていうのを、狙っていかないといけないか。


 川やんが喜ぶのも悪くないよな。川やんの好み。


「そういえば川やんはさ、この部室に何か置きたいとか、こうして欲しいっていうのあるかな。お前がやり過ぎたから、この際私が管理しろって先輩が言ってくれて、結構そういうワガママ出来そうかなって。だからその」


「私の好みかあ」


 川やんの好みっていうと、アレかな。あの、あの……。


 あれ?


 この人って何が好きなんだったっけ。あれ?

 この人……。あれ。


「どうしたのしーちゃん」


「あ、いや。川やんの好みって何だったっけって。ごめんね、ど忘れしちゃって。今思い出すから、えーと何だったっけなあ。中学の帰りに、よく」


「私言わなかったっけ、鳥が好きって」

「いやそれは知ってるんだけど、部室で動物は飼えないし」

「そうだよね、でも困っちゃったな」


 うーん、鳥か。鳥のぬいぐるみでも置こうか。でも変だな。いつも一緒に帰ってたはずなのに、話してた内容が全然思い出せない。いつも、いつも?


 何を話してたんだっけ。あれ。


「私って、川やんと話したこと、あったっけ。中学」

「どうしたのしーちゃん」

「川やん、変なこと聞くんだけど」


「なあに」

「私たちって中学のとき、どういう話をしてたっけ」

「思い出しちゃったの。思い出せないこと」


 おかしいな。なんか、すごく嫌な感じがする。三人で泳いだ、本当に?


 変だな、それに。


 川匂さんって、こんな顔してたっけ……?


「しーちゃん、またこれ見てくれる」


 なんでポケットから一本だけ、ボールペンを、うっ眩。


 ………………。


 ――ちゃんと刷り込みはしたはずなんだけどなあ。


 ――懐いてくれたのは嬉しかったんだけどね。


 ――しーちゃんはいけない子ね。


 私。川やん。なんだっけ。


「“川やん”はね、柔らかい毛布とか、雨の匂いが好きなの」


 川やんは、雨の匂いと、柔らかい毛布が、好き。


「どうしたの、しーちゃん」

「あ、う」


「ぼーっとしちゃって。私の旅行土産持って来ようかって話でしょ」


 そうだっけ。旅行、そう。飯泉さんと、川匂さんは、旅行に行ってて。帰って来て、休み、結婚式。部室、先輩が、そう、先輩。


「サチコ先輩」

「え」

「あ、あ、川、川やん。ごめん、ぼーっとしてたよ」


 私、ってどう、今してたっけ。えと……。思い出した。川やんに部室の紹介をするんだった。それで。


「どこまで話したんだっけ」

「私の好きな物でしょ。鳥と、雨の匂いと、柔らかい毛布」

「ああそうだった」


「でも部室には毛布くらいしか置けないね」

「そうだね、でも何とか頑張ってみるよ」

「ありがとしーちゃん、それと顔色悪いよ、大丈夫」


 やっぱり不規則というか、このところ落ち着かないことが多かったから、疲れてるのかも。折角川やんが来てくれたけど、休んだほうがいいかな。


「平気平気、それよりこの後何処に遊びにいく。飯の奴も誘おっか」

「本当に休んでなくていいの」


「良いって良いって、折角休みが終わる前に三人集まれるんだし、それに私川やんのこと好きだし、本当は一緒に遊びたかったんだ」


「まあ、そこまで言うなら」

「ありがと!」


 良し。今はまだ友だちくらいだけど、何とか言えた。まだまだ高校一年生だし、まだまだ時間もある。今年はツイてるから、どんどん積極的に行って、この子との仲間も近付けていけたらいいな。


「やり過ぎたかな」

「え、何」

「ううん、立ち直りが早くなったなーって」


「どうも。じゃあ早速飯の奴も呼ぶから、皆で遊ぼっか」

「りょーかいですよ。しーちゃんさん」

「んじゃメールを送ってと」


 うん、いつ見ても小犬っぽい。この後は三人で遊んで、ついでに写真でも撮ろっかな。私たちっていつもバラバラに行動してるから、思い出作りなんか意識したことないし。


「飯の奴直ぐ来るって」

「はいはい」


 自分で言うと恥ずかしいけど、私ら仲良し三人組だ。三人一緒にいられるなら、今年も上手くやっていけそうな、そんな気がする。


 世の中には同性で結婚する先輩たちもいるんだし、ここなら色々大丈夫な気がしてきた。今年の私はバラ色かも知れない。私と川やんが一緒になったら、あいつは仲人に選んでやろう。それは流石にちょっと気が早いか。


<了>

この章はこれにて終了となります。

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。

嬉しいです。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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