・漏れ出す暗雲
・漏れ出す暗雲
※このお話は清水視点となります。
今日は連休最終日。ワタクシ清水花麻里は第二部室にて一人仕事をしていた。正確には仕事を終えて、遊びに出かけるところなんだけど。
「よし、こんなとこかな」
愛同研の会議っていうのに使う、稟議書っていうのの雛形が完成した。と言っても三年のサチコ先輩が作ったものに、自分の描いた落書きみたいな絵を足しただけなんだけど。
この手作り感とか、独断じゃない雰囲気とか、最後の『サチコ先輩が卒業するまでに払ってください!』という吹き出しが大事らしい。先輩はこれを更にパソコンで見た目を盛るんだとか。
のっそりした人かと思いきや、案外仕事をバリバリする人だった。それでいて見た目より怖い人ではなかったし。入った部活もそうだけど、先輩があの人で良かった。
「ほんとあぶないとこだったなあ……」
思わず独り言を零してしまう。いや大丈夫だ。ツイてる。今年の私は間違いなくツイてる。
一時はどうなることかと思ったけど、結局はこうして無事に切り抜けることが出来た。それどころか、私が自慰をしたのがバレたことで、あの三年の先輩は新しい部室を敬遠するようになった。
なるべく話題に触れないようにしながら、ここの管理を、私に任せる方針に切り替えてくれた。理解があった。私がえっちな子でもいいって暗に認めてくれた。
こんな出来すぎなことがあるだろうか。いやない。でも嘘じゃない。あの人は私と同じできっと性欲が強い人なんだ。学校では抑えてるけど、家では沢山してるんじゃないかな。
人嫌いっぽいところがあって、潔癖そうなのに違うってことは、私みたいな奴ってことだ。お腹に蓋をするような、熱くて大きな手の感触を思い出す。アレにお腹を押されたり揉まれたりしたら、凄くいいだろうな。
思い出すとおへその奥というか、下あたりが熱を帯びてくる。小学生の終わりくらいからかな、よくこうなってしまうのだから、我ながら困る。どうしようかな、流石にまた先輩の椅子を濡らすのは可哀想だし、気が有ると勘違いされるのも嫌だ。
出来れば落ち着いてことに当たれるよう、すっきりしておきたいんだけど、また誰か気付かれでもしたら、今度こそ終わりだし我慢しよう。
「先輩もアレで顔さえ良ければなあ」
愛同研には地味だけど可愛い子も沢山いる。あの人は顔が好みじゃないだけで、使えないってほどではないし。園芸部なんか活動自体も私の好みだし、これからどんどんあっちの友だちも作れたらいいな。
「しーちゃんいる~」
「あ、川やんおかえり!」
「お帰りって、夫婦じゃないよ私ら」
声がしたから急いでドアを開けると、そこには旅行から帰ってきた川匂伽織こと川やんがいた。まだ休みなのに律儀に制服なんか着て、お淑やかだな。
中学の頃からの付き合いだけど、この麻呂っぽい眉毛とちょっとぽっちゃりしてる体型、全体的に犬っぽいところが可愛い。愛らしいっていうのかな、私は小動物が苦手だけど、動物っぽい人間ならあまり気にならない。
『だらしない』とか『醜く崩れている』というほどではない肉付き、※読モみたいにスラッとした体が最善みたいに言われがちだけど、彼女の肉感は私には誰よりも性的だった。
※読モ:読者モデルのこと。この世界にも存在する。
夏休みに三人で泳ぎに行った帰りに見た、彼女の水着姿にドキッとして、それ以来ずっと川やんを屋らしい目で見てる。ごめんね。
「そうだけど、それより見てこれ!」
「おお~本格的な自室」
「あ、やっぱりそう思う。でもしょうがないんだよ」
あんまり殺風景な建物を、人が休める場所にしようとしたら部屋っぽくなってしまった。まだ家具や家電は置いてないけど、これから本棚やロッカーまで入れたら、いよいよ『室』って感じになると思う。
小屋じゃなくて室。部室って部の部屋だけど、ここだけ外に切り離されてるんだよね。それが寂しくもあり、そそられもする。
「え、だって愛同研の部室なんでしょここ」
「なんだけど、私らだけが使う場所じゃないって先輩がさ」
「しーちゃん私はもっと秘密基地っぽいのを考えてました」
「ガラクタが置いてあったり」
「そうそう」
「変なポスターが貼ってあったり」
「そうそう」
「玄関に置いてありそうなのが全部中にあったり」
「そうそう!」
分かるなあ。そういう幼稚なものを残しておいていい場所って、自分の部屋しかないもんね。なるべく私好みにしたかったけど、これから他の子も呼ぶとなれば、有る程度は万人ウケっていうのを、狙っていかないといけないか。
川やんが喜ぶのも悪くないよな。川やんの好み。
「そういえば川やんはさ、この部室に何か置きたいとか、こうして欲しいっていうのあるかな。お前がやり過ぎたから、この際私が管理しろって先輩が言ってくれて、結構そういうワガママ出来そうかなって。だからその」
「私の好みかあ」
川やんの好みっていうと、アレかな。あの、あの……。
あれ?
この人って何が好きなんだったっけ。あれ?
この人……。あれ。
「どうしたのしーちゃん」
「あ、いや。川やんの好みって何だったっけって。ごめんね、ど忘れしちゃって。今思い出すから、えーと何だったっけなあ。中学の帰りに、よく」
「私言わなかったっけ、鳥が好きって」
「いやそれは知ってるんだけど、部室で動物は飼えないし」
「そうだよね、でも困っちゃったな」
うーん、鳥か。鳥のぬいぐるみでも置こうか。でも変だな。いつも一緒に帰ってたはずなのに、話してた内容が全然思い出せない。いつも、いつも?
何を話してたんだっけ。あれ。
「私って、川やんと話したこと、あったっけ。中学」
「どうしたのしーちゃん」
「川やん、変なこと聞くんだけど」
「なあに」
「私たちって中学のとき、どういう話をしてたっけ」
「思い出しちゃったの。思い出せないこと」
おかしいな。なんか、すごく嫌な感じがする。三人で泳いだ、本当に?
変だな、それに。
川匂さんって、こんな顔してたっけ……?
「しーちゃん、またこれ見てくれる」
なんでポケットから一本だけ、ボールペンを、うっ眩。
………………。
――ちゃんと刷り込みはしたはずなんだけどなあ。
――懐いてくれたのは嬉しかったんだけどね。
――しーちゃんはいけない子ね。
私。川やん。なんだっけ。
「“川やん”はね、柔らかい毛布とか、雨の匂いが好きなの」
川やんは、雨の匂いと、柔らかい毛布が、好き。
「どうしたの、しーちゃん」
「あ、う」
「ぼーっとしちゃって。私の旅行土産持って来ようかって話でしょ」
そうだっけ。旅行、そう。飯泉さんと、川匂さんは、旅行に行ってて。帰って来て、休み、結婚式。部室、先輩が、そう、先輩。
「サチコ先輩」
「え」
「あ、あ、川、川やん。ごめん、ぼーっとしてたよ」
私、ってどう、今してたっけ。えと……。思い出した。川やんに部室の紹介をするんだった。それで。
「どこまで話したんだっけ」
「私の好きな物でしょ。鳥と、雨の匂いと、柔らかい毛布」
「ああそうだった」
「でも部室には毛布くらいしか置けないね」
「そうだね、でも何とか頑張ってみるよ」
「ありがとしーちゃん、それと顔色悪いよ、大丈夫」
やっぱり不規則というか、このところ落ち着かないことが多かったから、疲れてるのかも。折角川やんが来てくれたけど、休んだほうがいいかな。
「平気平気、それよりこの後何処に遊びにいく。飯の奴も誘おっか」
「本当に休んでなくていいの」
「良いって良いって、折角休みが終わる前に三人集まれるんだし、それに私川やんのこと好きだし、本当は一緒に遊びたかったんだ」
「まあ、そこまで言うなら」
「ありがと!」
良し。今はまだ友だちくらいだけど、何とか言えた。まだまだ高校一年生だし、まだまだ時間もある。今年はツイてるから、どんどん積極的に行って、この子との仲間も近付けていけたらいいな。
「やり過ぎたかな」
「え、何」
「ううん、立ち直りが早くなったなーって」
「どうも。じゃあ早速飯の奴も呼ぶから、皆で遊ぼっか」
「りょーかいですよ。しーちゃんさん」
「んじゃメールを送ってと」
うん、いつ見ても小犬っぽい。この後は三人で遊んで、ついでに写真でも撮ろっかな。私たちっていつもバラバラに行動してるから、思い出作りなんか意識したことないし。
「飯の奴直ぐ来るって」
「はいはい」
自分で言うと恥ずかしいけど、私ら仲良し三人組だ。三人一緒にいられるなら、今年も上手くやっていけそうな、そんな気がする。
世の中には同性で結婚する先輩たちもいるんだし、ここなら色々大丈夫な気がしてきた。今年の私はバラ色かも知れない。私と川やんが一緒になったら、あいつは仲人に選んでやろう。それは流石にちょっと気が早いか。
<了>
この章はこれにて終了となります。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。
嬉しいです。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




