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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
開かれた扉編
365/518

・とはいったものの

今回長めです。

・とはいったものの



 深夜。俺は帰ることなく、第二部室の近くにいた。何故かと聞かれたら、後輩から半ば自慰の宣告に等しい言葉を、聞かされてしまったからである。


 さっきはお咎め無しの上、放免としたのだ。清水がもしも本当に、これからするのだとしても、俺はそれを止めることも、責めることもしない。


 じゃあ居る意味ないだろと言われたら、正にその通りだ。でも気になる。自分の知ってる人が、猥らな行為に耽る瞬間を見たい。


 興味があるなどとは濁さない。


 使うとか使わないとかではない。自分以外の人はどうしてるのかな、という興味、好奇心だ。どの程度のことをどれだけするのか。


 他人と比べて、実は自分は変なやり方をしているんじゃないのか。確認しなくてもいいけど、確認できるときにしないと、逆に不安になる。アレ。


 ガスの元栓や部屋の明り、家の戸締りや電灯の紐などを、気にする感じに近い。意識が向いてしまったばかりに、妙に強く頭にこびりつく。


「む」


 思わず息を飲む。第二部室のドアが開いて、清水が姿を見せる。制服姿じゃない。寝巻きでもない。


 肌着だけの姿で、部室の周りをぐるりと回る。他に誰もいないかを探っている様子だ。だったらまだ服は着てろよ。


「む!」


 清水がこちらを見上げたので、咄嗟に身を隠す。


 そう、ここは何処かと聞かれたら、米神高校で一番高い場所。屋上入り口の屋根である。三月に運動部の風祭先輩を、肩車した所。


 俺は彼女と分かれた後、帰るふりをして、ここまで上って来たのだ。


 強化された身体能力をフルに発揮して。とはいえ、流石に何もないコンクリートの壁を、素手で這い登るなんて芸当は無理なので、教室のベランダから、少しずつよじ登った。


 屋上には本当にテントが張ってあり、中には山籠りするのかというくらい、様々な物が溢れていた。


 空っぽのリュックサックに食料やゴミ袋、雑誌(エロ本含む)、殺虫剤、生理用品、タブレットPC、ラジオや寝具などなど。あと芳香剤。


 量が量なので、恐らく連休前に飯泉たちと運び込んだに違いない。そして極め付けに鉤付きのロープ。


 清水はこれを使って、俺みたいに屋上へ来たのだ。

 スケベな奴って、行動力に満ち溢れてるから困る。


「むむ!」


 清水が肌着姿のまま、校舎に向かってくる。注意をしたいが、そんなことをしたら、俺がこうして覗いていることがバレてしまう。どうしたものか。


 どうやら非常口のほうに向かったようだ。あそこだけは夜中でも、鍵が閉まってないから入れるんだが、そうなると用事はここだな。


 ん、待てよ。非常口から入れるならロープ要らないじゃないか。案外最初は、気付かなかったのかも知れない。


 学校とか大人が管理してるんだから、戸締りくらいちゃんとしてるだろうって、先入観があるからな。


 ともあれ息を殺して待つこと十分。

 案の定真下のドアが開く。


 もしも俺がこいつの彼氏だったら、今頃夜の校内で沢山エッチしてたんだろうな。


 こういう見えてる地雷を抱え込むなんて自殺行為、やっぱり止めれば良かったか。


 うちみたいな田舎の底辺校には、防犯カメラも警備員もいない。今や宿直の先生さえいない。やろうと思えばやりたい放題だ。


 どうか清水が卒業するまで、彼氏とかができませんように。もしそんなことになったら、ほぼ確実に妊娠退学待ったなしだろうからな。 


 現実はこの有様だが。


「…………」


 やがてドアが閉まる音がしたので、深呼吸をしてから屋上へと降りる。テントの中から何が持ち出されたのか、検めねばなるまい。


 先ずタオルケットがない。掛け布団に使える、大きくてやや厚めの奴。


 まだベッドの搬入が終わってないんだから、当然と言えば当然か。


 次に雑誌がない。それとハサミも。確か袋綴じが付いていたはず。最近の女性誌はセックスのDVDが付いてるし、この辺には、全国で絶滅危惧種に指定されているエロ本の自販機が、未だに残っているからな。


 インターネットを利用したり、親の情報で通販を利用したりすることも考えれば、まだまだ未成年でも、猥褻物の入手は可能だ。


 あとタブレットPCとバッテリーもない。次に水、水か。敢えて考えまい。大人の玩具は無かったのが、せめてもの救いか。リュックが無いことも含めると、アレに詰めたんだろう。


 部室の工具箱の中には予備の着替えが入ってたし、こんなところか。


 よし、第二部室の近くに戻ろう。


「むむむ?」


 おかしいな、清水の姿がない。ドアを開けるか。

 施錠はしていなかったはず。


 先回りなんかしても、発見される恐れが増すばかりなので、そんなアホな真似はしてない。十分に時間も取った。


 床や壁の薄い場所に、耳を押し当てて、聞き耳を立てる。足音の反響もある程度捉えつつ、追い駆ける。痛いほどの静寂が支配する夜の校舎に、自分から出る物音に細心の注意を払っていた。


 だって俺デカいし。


 何かの拍子に動く影とか見られたら、良くて覗きの発覚、悪くて怪談の仲間入りだ。


 このご時勢は中々怪談の数も減ってきたから、エピソードを提供して、ホラー業界に貢献するのも、吝かでは、あるな。


 それにしても、校舎から第二部室までは真っ直ぐ歩いて行くしかない。途中のグラウンドには身を隠せる場所は殆ど無く、だからこそ待つという選択をしたのだが。


「……っ!」


 第六感が危険を告げる。え、これ危機なの。社会的な危機ではあるが、これまで直接的な危害が予測される場面でばかり、発動していたのに、あ、足音が聞こえた、どうする。どうするサチコ!


「――風よ」


 俺は全身の、あらゆる精神的エネルギーを導入し、呪文詠唱も飛ばして風を呼んだ。にわかに吹き始める気流は、校内の樹木をざわめかせる。


 今までこんなこと、誰にも教わってないけどなんか出来た。これが追い詰められた人間の爆発力か。


 風の音で自分の音を相殺しながら、清水のいる方角と対角線に移動し、全力で、しかし静かに第二部室の天井へぬるりと上る。


 頭上は死角だ、直ぐには気付くまい。


「あれ」


 上り終わった直後に聞こえる声、うろうろと周囲を探す音がするが、俺は自らが起こした風が運ぶ、街の匂いを嗅いで、落ち着いていた。物音を立ててはいけないのは、他に音源がないからだ。だから息を殺してやり過ごす。


 でも今は風を吹かせているからな。やるべきは緊張感を殺すこと、警戒している空気は伝わる。故にこそリラックスしなくてはいけない。


 胸いっぱいの深呼吸、景勝地小田原の夜の匂いは、隠密活動の心強い味方だ。


「あのデカスケベ絶対いたと思ったんだけど」


 この恩知らずな言い方。こんなことなら助けなければ良かった。しかも事実に即した蔑称を、この短時間に考えやがって。姿を現してやろうか。


 いや、いかんいかん。いないと踏んだから、軽口を叩いた可能性は高い。だが近くに潜んでいるはずの、俺を釣り出すための方便という、可能性もあるのだ。


 釣られた瞬間に、俺が間抜けであるという真理が、この世に誕生してしまう。


 サチコに『本人が間抜けである』という真理へ導くために挑発したのだ。


 いやこの考えはおかしいな。挑発に乗らなければ、この真理は成立しない。挑発した時点では存在しない真理なので順序が逆だ。


 真理があってそこに導くのではなく、導いた先に真理を作り出すのだ。偽から真というか、嘘から出た実というか。


 真理へ導くのではない。真理を導くのだ。

 なんとも数学的であり哲学的だな。


 ……今の俺、最高に馬鹿じゃない。


「まいっか。もうやったし」


 え!?


 清水は意気揚々と中へと入ってドアを閉めた。鍵を掛ける音までした。慌ててこちらも天井から降りて、魔法も解いて風が止ませる。


「これならベッド汚さないし、シーツも洗わなくていいもんねぇ」


 どういうことだ。防音処理の施されていない小窓の下から、中の様子を窺うも、一向に猥らな水音や艶やかな喘ぎ声などしない。何故だ。待てよ。


『これなら』ってことはつまり、何処かでもうしたんじゃないか。何処だ。テントの中じゃないし、第二部室でもないなら、何処だ。


 その間、校舎の中、そうか。


 清水は屋上のテントから荷物を持って帰る途中で、校舎内で自慰をしたのだ。


 ベッドを買う前から、こんな台詞を抜かすということは、これからもそういう手の使い方を、するということだ!


 なんて爆発的な性的奔放さだ。

 ムッツリで本当に良かった、天は二物を与えずだ。


 俺は急いで校舎へ向かった。非常口から中へ入り、テントまでの道筋を考える。


 道理で彼女の戻りが遅かった訳だ。けど何分かけてやったんだ。見失った時間を、計っていなかったのが痛い。


 落ち着け。選択肢はある。手がかりはある。清水という人間が寄り道する場所、それでいてエロいことに使えそうな、シチュエーションの場所。


 先ず飯泉と川匂の教室。


 たぶん身近なおかずはこいつらだから、開いてさえいれば席を使うかも。


 ――――

 ――――――――


 良し開いてない。


 職員室も戸締りはしてあるし、荷物を持っていたことから、往復の手間もあるし教室の線は消えたと視ていい。となると次は、トイレか更衣室。男子の更衣室は無いから、女子トイレだ。


 便座に温もりは残ってないだろうが、したなら芳香剤を使ったかも。そうだ、あいつが後始末にアレを使うとしたら、違和感のない場所だろうから、こちらのほうが充分あり得る。探そう。


 ――――

 ――――――――


 良しやってない。便所は便所臭いままだし、更衣室も汗臭いままだった。臭いとキモイでいじめが始まるので、男子と違い、制汗スプレーが撒き散らされない女子更衣室は臭い。うちだけかも知れないが。


 要は異常無しってことだ。

 となると残すところは。


 屋上から寄り道で行けて。

 清水と関わりがあって。

 あいつ『先輩を使ってもいいですか』って。


 ここで帰ればいいものを、俺はいつもの部室へと、訪れていた。俺はいつも、必ず、帰りには鍵をかけている。その事実が不安をいや増す。


 俺は他の部員や連盟員たちが、ここの鍵を持っているのではということを、想像したことが無かった。


 既に俺が合鍵を持っているのに。


 早鐘のように脈打つくせに、妙に冷たい心臓に衝き動かされ、部室のドアに触れる。力を込めれば抵抗もなく開かれる、扉。漏れ出す芳香剤の匂い。


 恐る恐る机と椅子を触っていく。何故そのような行為をしたのかは、自分でも分からない。何かに操られるように、祈るように、作業を繰り返した。


「濡れてる……」


 敢えて触れないでいた最後の一つ、俺の席。


 木の椅子には肌の温もりなど残ってはいなかった。だが代わりに真新しい、まるで手に吸い付くような、べとついた湿り気が広がっていた。


 一度鼻を塞いでから、顔を近付けて、指を離した。粘膜の奥から染み出し、掻き出された水の臭い。


 俺は生まれて初めて、自分以外の女の秘液の臭いを嗅いだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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