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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
開かれた扉編
364/518

・納得を余所に秤は傾いた

今回長めです。

・納得を余所に秤は傾いた



 夜だ。俺は第二部室前で清水を待っていた。理由は簡単、彼女と大事な話があるから。


「少し冷えるな」


 ジャージ姿で独り言を呟いて、空を見上げる。学校の灯りはグラウンド側の電柱のみ。それだって五本もない。非常に暗く、一人でいるのが大変心許ない。


 いっそ幽霊にでも絡まれて戦ってるところを、誰かに見られて恥ずかしくなってもいいくらいだ。物音や話し声の発信源は、現在俺一つだけ。


 怖く、寂しく、そして虚しい。やはり恰好を付けずにミトラスを連れてくるべきだったか。女同士の下の話を聞かせたくなかったから、家に残ってもらったのだが、清水が来たら帰って貰えばいいだけだった


「本当にこれで良かったのか」


 俺は自分の決断を疑っていた。これから話すこと、その選択を。誰にも打ち明けられない悩みに対し、一人で決めなくてはならなかった。不安ばかりが夜気に溶け出していく。


 飯泉は言った。

 部室を取り上げてもどの道ムラッとする、と。


 盲点だった。言われて見れば当然過ぎる摂理。自然現象。そう、自然現象なのだ。生理的な。健全な思春期の生物にとって、性欲が湧き沸きすることは。部室へ出禁にしたとて何も解決せず、解消もされない。


 人間だって動物。俺の対処はそんなことも忘れて、犬や鴉が来るから電柱を失くそうと言うかのような、頭の悪いものだった。そんなことをしても動物たちは場所を変えて用を足すだけだろう。


 しかし清水は愛同研。余所で粗相をされては俺たちの命脈が尽きる。どんなに小さくても社会と組織として場が成立している今、放置する訳にはいかない。


 一番簡単な対策は、彼女を愛同研から追い出すことだが、当人は別にそこまで悪いことはしてないので、それはまだ避けたい。だって人のいない部室で一人エッチをしただけなのだ。


 こと性に関して、学生は社会人と比べて圧倒的に不利だ。社会に出れば職場で乳繰り合っても、仕事に支障を来さなければいい。建前では子どもまで作っていいしクビにもならない。大人はセックスしても職場をクビにならないが、学生は問答無用でなるのだ。


 子作りだけで言えば、学生のほうが回数こなしたほうが断然良いのにな。


 この性欲の問題は、清水だけの問題じゃない。全校生徒の問題だ。思えば俺にはミトラスがいて、家に帰れば枕はイエスだ。これは恵まれ過ぎている。生い立ちの価値が低すぎて分不相応なレベル。一般的な学生はこうは行かない。


 考えてみれば連盟してる部や、更に外の生徒たちも処理している年齢なのだ。先輩の頃は気にしたことなかったし、皆も目に着かないよう、工夫してるんだろうけど、こういう暴発に備えるのが責任者というものだろう。


 学校は危険地帯。紙一重の安全は何かの手違いや、我慢に魔が差しただけで崩れ去る。こうして部を預かる身になった以上、周りの性事情を把握しておくべきか。


 いや、それは却って空気を悪くするだけだから。早まるなサチコ。俺が今すべきことは、人より性欲が強いかもしれない子を、部活や学校から追い出すことなく、日常生活に支障が出ないように取り計らつつ、それでいて決して抑圧しないことなんだ。



 難しい。



「先輩……いますか……?」


 む、清水の声がする。どうやら来てしまったようだな。来てくれないと困るけど、欲しいか欲しくないかで言うと、とても来て欲しくなかったぞ。


「おう、こっちだこっち」


 現れた後輩は制服姿であり、作りタレ目を止めていた。まるで今日で学校を終えるかのような神妙さで、暗がりでも分かるくらい鎮痛な面持ちだった。


「中に入ろうか」

「はい」


 清水は持っていた鍵を使って第二部室を開けた。昼間よりは薄れたが、未だにケミカルな残り香が、室内にこびり付いていた。灯りを点けると外に光が漏れてしまうので、やはりカーテンは必要か。


「あの先輩、一つ聞きたいんですけど」

「なんだ」


「その、どうして私がその、オナニーしてるって分かったんですか」

「俺と芳香剤が被ってたからだよ」


 こちらを見る彼女の顔は愕然としていた。恐らく飯泉のときの俺もこんな感じだったんだろうな。でもこればっかりはな。たまたま芳香剤が地元でポピュラーだっだだけ。


「それでまさかと思ったんだが、お前がいなくなったことを飯泉に話したら、きっと何かやらかしたんだと言ったんだよ。そういうとき、清水は必ず数日間はその場を離れるって。疑いが濃くなったから校舎の部室で聞いたんだ。ごめんな」


 人体とは器用なもので、清水の顔は耳こそ赤かったものの、顔の大部分は血の気が引いているように見えた。たぶん触ると熱い部分と冷たい部分に分かれてる。


「まだ椅子も何も無いけど、取り合えず座ろうか」

「私どうなるんですか。もしかして退部とか」


「落ち着け。最初に言っておくけど、俺はお前を退部や退学にしようなんて、馬鹿なことはしない。そこは安心しろ。お前を追い詰めるような形になったのは、本当に悪かったよ」


 こういう反応を見ると羞恥心という奴は、なんとも原罪染みている。大袈裟な言い方になるが、一刻も早い許しが必要だ。性的なことって要するに『えんがちょ』な面もあるし。


「先ず鍵を出そうか」

「はい、お借りしました」


 受け取った鍵が本物かどうか確かめてから、ポケットにしまう。頭の中でさっきまで考えていた内容を思い出す。呼吸を整えて清水に向き直る。


「お前がしたのはな、別に悪いことじゃないんだよ。俺もしてることだし」


 彼女は自分が処分を受けないことを知って、かなり安心したようだ。そりゃそうだろう。あまりにもくだらないことに対して、想像している罰があまりにも大き過ぎた。


「今回の問題は、お前がいきなり、連絡せずに消えたってことだけなんだ」

「そうなんですか」


「そうだよ。お前がここでしたことを俺はお咎めしない。考えてもみろ。学校は大勢の人間が一日の大半を過ごすんだ。それも三年間。全員の性欲がきっちり抑制されることなんか不可能だ。それこそトイレで隠れてしてる奴だっているし、カップルの何組か間違いなく校内でするし、たまに退学になる奴もいる。一女子が誰にも見られない場所で一人自慰をしたって気にすることじゃないんだ。第一保健の授業でだって触る内容だぞ」


 俺は正面に座る清水に手を伸ばして、胎の上を擦った。高校の保健体育では、更に先に進んだ課題を扱っているのだ。大丈夫っちゃあ大丈夫なんだ。


「でもやっぱり他の奴に見られたら不味いからな。ここを使うときはちゃんと戸締りをすること、今後ベッドを買う予定だけど、汚したらシーツの洗濯は自分ですること。誰かとする場合は同意があること。以上を約束できるなら、これからも使っていい」


 清水は俺の手を抱え込んでじっと話を聞いていたが、内容を把握するに連れて、段々と呆気に取られてようになっていった。なんだその顔は。


「え、それってどういうことですか」

「俺も出来ればこんなふうにしたく無かったが、現実を見直すとな」


 今や愛同研は連盟員含めて六十人以上にもなる。六十人だぞ六十人。事故を起こす確立なんぞ真面目に計算したくはないが、真面目に考えれば性的に何かあったとき、貰い事故に繋がり兼ねないのだ。


 そりゃあ折角専用の保健室を増設しようとした矢先に、ヤリ部屋に路線変更なんてことになったんだ。俺としては悔しいやら情けないやらで、胸がいっぱいだよ。


 でも現にこうして、性欲の強い生徒が確認されてしまったのだ。衣装部のOG二人や、運動部の延清と風祭先輩みたいなカップルが、実は校内でしていたかも知れない。それが発見されていたら一巻の終わりだったかも知れない。集団でありながら、個人の生活に安定が脅かされすぎなのだ。


 そして必要に迫られる事態に直面してしまった。生徒の学業と性生活の両立。リビドー発散の場を設けつつ、安全を確立するという、二つの。


「本当に、いいんですか。私てっきり、怒られるんだって、もしかしたら退学にでもされちゃうんじゃないかって」


「お前は俺を何だと思ってるんだ。いいか、俺が卒業したら部室はお前らの物なんだ。いやまあ部室は皆の物だから本当は俺の物じゃないんだけど、とにかく俺が卒業したら清水も二年三年と使うだろ。今回は事故だけど一応注意をして、ついでに決まりも作っておこうと思ったの」


「でもそれって私だけの奴ですよね」

「お前がもしも相手を連れ込むことがあったら、相手にも守らせるんだぞ。で、どうするんだ。約束できるか。清水」


 俺はさっきの鍵を取り出して見せた。彼女はそれを躊躇わず手に取った。


「守れます、約束できます」

「ならいい。あとそろそろ手を離してくれ」


 触ったのは俺だけど、清水は自分の胎を撫でる手を、そのまま服の下に突っ込んだ。人肌の熱りが、掌の熱と溶け合うかのように吸い付く。


「先輩の手って、温かいんですね」


 そういって清水は少しの間目を瞑っていたが、大きく息を一つ吐くと、抱えていた手を解放してくれた。輪郭を失わせる柔らかな感触が、痺れのように残っていた。


「それでしてくれてもいいですよ」


 悪戯っぽく笑う後輩の目付きは、すっかりタレ目に戻っていた。メイクじゃなかったのかそれ。変わった体質してるなあ。


「……じゃそういうことで、戸締りと連絡はしっかりな」

「はい!あ、先輩、私今日ここ使いたいです!」

「分かったけどわざわざ言わなくていいぞ」


 吹っ切れた様子の清水は心配事が消えたからか、随分と明け透けな態度をするようになった。少しだけ熱っぽい目をして、心なしか嬉しそうでもある。


「それと、今日だけ先輩を使ってもいいですか」

「だからわざわざ言わなくていいっつってんだろ!」


 俺の判断は恐らく間違っている。安全を取るならこいつを部から追い出すだけで良かったんだから。でも後輩が部室で盛ってたなんて言いつけるのも違うと思う。


 結果はリスクを抱えるためにある程度の管理下に置くことを選んだが、果たしてどうなることやら。


「先輩」

「ん、どうした清水」

「本当にすいませんでした。あと、ありがとうございます」


「ん」


 まあ、なるようになればいいさ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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