・やってやれ人心掌握
今回長いです。
・やってやれ人心掌握
さて、ここからが本題である。
「まずレシートをくれるか」
「これですどうぞ」
最初に清水から目当ての紙を受け取る。ちなみにこのレシート、日付と金額と明細が書いてあれば、会計上は領収書と同じ扱いをしてもいいそうな。
「八万円かかってるな」
「あ、はい」
部室の改装にかかった費用を確認する。微妙に少なく申告したってこうして検めるんだから、直ぐバレるような嘘を言うんじゃない。
飯泉は能力こそあるものの、精神的に打たれ弱く、負け癖が付いていた。清水は清水でガラスの工事を即行で発注かけたり、身嗜みにも気を付けたりする反面、迂闊で変に落ち着きがない。
タレ目ってもっとクールで抜け目のない、言うなれば実力者とか曲者ってイメージがあったんだけど、今の所は勢いの後始末に、小細工を弄する輩って印象。川匂の人物評を聞いて見たいところだ。
「お前が現金出したの」
「はい、貯金から」
「そっか、そこはごめんな」
勝手なことをしたのは事実だが、俺に払わせると算段だったとしても、当座の現金を用意したのはこいつだ。そして第二部室の中はちゃんと良くなってる。
「いえ、私こそすいませんでした、流石に払えませんよね」
「そうだな。けど一応は回収案を考えて来たんだ」
支払いの当てが有ると聞いて、泳いでいた彼女の目がぴたりと止まる。少しの間だがこちらの目を見てくる。普段の他人を見下すような、やる気の感じられない目ではない。
もしやこいつのタレ目は作り物か。だとすると実態はもっと計算高いのかも。見た目で侮っていたな。飯泉だって体を鍛えることに関しては優れていたんだ。清水にも同じくらい長じている面がある、と考えるべきだった。
「先ず俺がバイトをして、月々一万円ずつ返していく方法。今月から始めれば、卒業までには返済が完了する。これが一番簡単な方法」
「これがっていうことは他にも」
「うむ、愛同研全体から集金する形だ。稟議書を作ってお金を出して貰う。一人当たり千円で一学期と二学期の二回に分ける場合と、五百円で一学期毎にっていうの」
愛同研は連盟している部員込みで、現在六十人以上いる。前者だと六万の二回で十二万。清水に八万返しても四万残る。バイトで返済する八万を回せれば再び十二万になる。
十二万あればニトリでベッドが四つは買える!
第二部室は保健室よりやや広い、上手くすれば四つ搬入することが可能だ。
一方で後者は一学期辺り回収できるのが、三万円の三回で九万円。手元には一万円しか残らないが、一回辺りの金額が低いので、抵抗や反感を抑えることが可能だ。
高校生にとって五百円と千円の差はあまりにも大きい。身内から金をせびられるという、圧倒的な不潔さを考慮に入れると、俺としては後者を選びたい。
「千円を三回じゃ駄目なんですか」
「お前は強欲が過ぎる」
仮にそれが出来たとすると、前者のプランにもう六万円加算される。その六万があればレールを取り付けてカーテンを設置できる。安物だが布団とシーツと枕が買える。
野球部が使っていただけのことはあり、部室には最初からテレビとDVDプレーヤーがあって、もう二つ空いてるコンセントがある。ポットやストーブや扇風機や冷蔵庫が置ける。体育会系が共用してる洗濯機もあるから、拠点としてはかなりの高性能化が見込めるだろう。
しかしそれは皮算用である。
「他人の金を全力で当てにしたり、逆に自分が金を出したからって、相手の行動を差し押さえようってのは良くない。怒りっぽい奴の次に嫌われるぞ」
「気を付けます」
「でも案そのものは最善だしな。ここは間を取って各人に選ばせよう。前期後期か学期毎か、五百円か千円か。仮に全員が五百円で二回って場合でも、俺の返済は大分楽になる」
こんなことを言うものではないが、俺は今月ご祝儀出してるから、これ以上の出費は困る。それに第二部室は公共に資するつもりなので、うちだけが負担するのもおかしい。
「その場合はどういう返済の形になりますかね」
「本来は愛同研全体で回収したお金を積み立てて、それから使うのが正しい手筈なんだよ。それを清水が立て替えてくれたのが今。これを責任者の俺が月々の返済をする。これは愛同研が払う額の立て替えの立て替えってことになる。その後この募金というか徴収で得た金を、清水に振り込む、で、清水は俺が愛同研の立て替えとして払っていた分を俺に返す。こういう処理になると思う」
本音を言うと急に大きな額で、気付かぬ角度からぶん殴られたから『本来ならこうあるべき』という形で取り繕ったんだけど。
「事務的だけど、最後の私から返すの要らなくないですか」
「清水から俺から愛同研と一本化できてるからな。でも傍目には俺がそのまま懐に納めているようにしか見えんだろ。事情を知らない奴がここだけ見たら、横領に思われてしまう」
「あー分かるような分からないような」
「現実のお金の流れを見栄え良くするんだよ。これが信用って奴なの」
「はーなるほど」
清水は納得してくれたのか、しきりに頷く。我ながらよくこんな口から出任せを吐けたもんである。
ちなみにこの立替金だけど、立替役を次々に交代したり、支払い方法をムニャムニャしたりすると粉飾が行えるらしい。良い子は真似しちゃ駄目だぞ。
「形としては作業工程をまとめた報告書に、さっき言った稟議書の案件を盛り込むことになるから、書類の作成には付き合ってくれよな。ていうか主にやったのはお前なんだし」
「分かりました」
よし。二つ目も終わり。残すところは後一つ。不幸中の幸いは、清水が『お前』呼びされても不愉快にならないことだな。地の部分で『さん』付けの距離感や節度を求める奴は、不正をした場合この距離感を如何なく悪用する。
部室で自慰してしまったことを不正呼ばわりするのは気が引けるけど。
他人を寄せ付けない性格をしていない分、人間的な情緒をしているということだ。付け入る希望はある。後は本当にやったかどうかの確認だが。あの手を使うしかないか。
「よし、ここまでは済んだな。後はこれが最後の話な」
「はい、何でしょうか」
「鍵返してくれ」
沈黙。和らぎかけた空気が、不快な生温さに上昇し、錆び付き始める。俯瞰でこの場を切り取ったなら、恐らく灰と茶色に滲んでいることだろう。
「どうしてですか」
「どうしてって言うなら、どうして屋上に泊まった」
返したくないのか『はい』と言わないな。
「それは、折角用意したのに一日も使わないのは勿体無いと思って」
「だからって二日連続はおかしいよな」
連絡が取れなかった二日間、清水は屋上で暮らした。俺への報告については『最初は連絡しようと思った』と言った。そう、『最初』は。
「一回目で危ないと気付いたから、二回目は事前に報告してから、屋上に行くってことができたはずだよな。それをしなかったのは何故だ。うっかり忘れてたのか、それともサボろうって気になったのか」
こちらとしては、今言った理由で言い張られると否定のしようがない。しかしそれならそれで、約束を破って部室に泊まらない可能性がある以上、俺の要請には正当性が備わる。
逆に別の理由があるのなら、それは恐らく嘘であり矛盾が生じるはず。それこそ本当の本当に、何か病むに病まれぬ理由があるのなら、話は別だが。
「別に怒らないから。理由があるなら聞くし、報告も辞めたいなら辞めればいい。ただいい加減なことをするなら、鍵は返せよってだけなんだ」
「えっとですね、それはその」
清水は言葉に詰まった。何とも感じが悪いとは思うけど、これも部のため俺のため。今更ながら安全管理をさせて頂く。
「先輩が怖かったから、です」
――
――――
――――なんだと。
「降りるのが危ないとか報告忘れは一昨日に思ったことで、昨日行かなかったのは、その、先輩怒ってるかなって思ったから、すいませんでした」
こ、こいつ、よもや俺のせいにしてきただと!
「だったらどうして今日来たんだね」
「飯泉がいるっていうから、大丈夫かなって」
清水が横目でちらりと見ると、言われたツリ目が照れたように頬を染める。染めるな。お前は今自分の友だちに盾にされてるんだぞ。
「おー、そうか」
「はい」
暗に俺が許せばこの状況は、過失こそこのタレ目にあるが、それだけのこととして事態を振り出しに戻せると、そう来たか。言い換えればこれで次の質問をする必要が出来てしまった。
「俺は怒らないから、次からは気を付けるように」
「はい。ごめんなさい」
「それで、これから残りの連休はどうするつもりだ」
「ええっとですね、要するに第二部室の戸締りが出来てて、その上で屋上の泊まる場合とかも含めて、ちゃんと先輩に報告すればいいんですよね」
「そういう約束だったからな。じゃ鍵」
清水はえっという声を上げた。いきなり流れを切られるとは思わなかったのだろう。勘違いするなよ。俺はどうしてこうなったのかの経緯を聞いただけで、何もお前の外泊に、第二部室を貸し続けることを、許可した訳ではない。
「どうしても返さないと駄目ですか」
「どうしても返さないと駄目だよ」
世の中には不正のトライアングルだとか、善人に悪事を働かせる十四の要因だとか、そういう悪さスイッチはどこにでも有ることを、俺は忘れていた。そして取り戻した。人を疑う心を。
「う~」
「……飯泉、ちょっと席を外してくれるか」
「あ、はい。え、ああはい」
飯泉は生返事の後、僅かに躊躇したものの大人しく退出した。
これからすることの結果如何では、清水に第二部室をまた貸しても良い。
「あのな清水、俺がどうして急に鍵を返せなんて言い出したか分かるか」
「ごめんなさい、私が報告しなかったから」
「いやそこじゃない。本当は関係ないのそこは」
「え、じゃあ」
人肌に近い空気、机越しに自分の下半身へ、粘り気のある視線を注がれていることを察した下級生は、思わず内股を閉じた。小さく息を飲む音がする。
「この前買った消臭剤とは、違う芳香剤使ってたよな」
「……それがなんですか」
「彼氏を連れ込んだのかな」
敢えて行為に及んだかまでは触れない。しかし言われたほうは全て察したようで、押し黙ったまま顔を白くして俯いた。初めて清水の顔から余裕と、目のタレが消えた。やはり作ってたのかソレ。
「私に彼氏はいません」
「そうか。じゃあ」
俺は魔法と、それに近い様々な力を持っている。その中の一つに『超能力』がある。
まさかこんな使い方をする羽目になるとは思わなかった。
超能力は、念力や記憶の読み取りの他に、人の心の声を聞くこともできる。
「したのか? ひとりえっちを」
席から身を乗り出して、耳元で囁くと、彼女ははっとしてこちらを見た。『バレた』という心の声が、頭の中に響いてくる。こんな悪党みたいな力の使い方したくなかったな。
彼女は顔は真っ赤に染めて、振るえながらポケットから鍵を取り出したが、差し出されたそれを、俺は押し留めた。
「したのか」
「……しました」
「そうか」
清水は今にも泣き出しそうだった。自業自得とはいえ些か罪悪感が生じる。
「今夜また第二部室に来い。大事な話しがある、いいね」
そう言われて彼女は恐る恐る顔を上げた。内心は混乱しきっていて、言葉にできない様子が伝わってくる。
こちらの意図を探ろうとしているが、この仏頂面から表情を読み取ることはできまい。
俺は清水の肩を叩いて促すと、揃って部室を出る。廊下では飯泉が心配そうにして待っていた。
「終わったぞ」
「そっすか、清どうだった。怒られた」
「うるせえよ、馬鹿……」
消え入るようなか細い声で答えると、彼女はふらふらと一人で歩き去っていく。
「あいつ大丈夫かな」
「分からん、しかし何とか話してみるよ」
「え、まだ他にあるんすか」
あるんだよ飯泉。俺が下級生の下の世話をするかもっていう件なんだがね。
どうしてこう、ほんとどうしてこういう局面ばかり迎えなくてはならないのか。
「世の中、知らずにいたほうが幸せなことって、あるよね」
「正に今これがそうっすからね」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




