・余計な事柄が多すぎる
・余計な事柄が多すぎる
現在は午前十一時。
一旦話を整理しよう。本筋と関係ない余計なことは一度横に除けて、今後のことだけを前向きに検討しよう。俺が清水と何を話して何を話さないか。重要なのはそこだ。
最初に言うべきことは何だ。
先ずは安否がはっきりしたこと、彼女が無事で良かったと喜ぶことだ。
この御時世に女一人で外を出歩いたら、安全じゃないほうが高確率。ここで心配したって無害アピールをしておくことで、次の話題にもスムーズに移行出来るようにする。
次に言うべきことは何だ。
部室の鍵を返してもらうことだ。約束というか依頼を反故にされた以上、連休中は部室に寝泊りしないというのであれば、部の責任者である以上俺が戸締りをするしかない。
当然ながら夜間の職員室に入ることはできない。俺のスペアの合鍵を伏せ、部室に入れないようにするには、これしかない。たぶんここが一番難航するだろうから、依頼料の件には触れず、くれてやるくらいの考えでいたほうが良いかも。
三つ目に言うべきことは何だ。
元は野球部の部室だった、この第二部室の改装費用についてだ。相当な額になっているので、何とか清水にも持ってもらいつつ、愛同研全体から募金をお願いする稟議書の作成を提案する。
書類を作るのは俺だが、話を通し易くするために部室改装後のお披露目をして、その案内を彼女にさせる。こうすることで周りの理解を得て、抵抗を減らし摩擦を少なくしておく。要は根回しであり、正しい段取りという奴だ。
この順序でいいか、いや、違うな。三つ目を二つ目に持って来よう。ここでギリギリまで信用とか好感度とか発言権を稼いでおかないと、二つ目の鍵返却の件拗れるやも知れないからな。
なんだこれは。恋愛シミュレーションのタイムアタックか何かか。直前で好感度稼ぐって、どれだけ付き合いを減らしてエンディング迎えられるかってこと? ヒモじゃん。
「先輩、大丈夫ですか」
「平気だ。考えて見ればアレは個人的な事情で色んなことと関係ないし」
「まあ個人的っちゃあ個人的ですが」
そうとも。高校ともなれば男女共に健全な性欲を持っている時期で、よっぽど性的嗜好が偏らない限りは、おかずにも事欠かない環境にいるんだ。仮にムラっと来て人気のない空間で、まあなんだ、シテしまってもそれは責められないし。
事故。そうこれは事故。誰も決定的瞬間を抑えた訳じゃないんだから、さも実績があるかのように不信の態度を取るのは公正ではない。発言に信憑性のある人物から得られた情報だとしてもだ。
「対策はする。追及はしない。いいな」
「はい」
「お前が清水を手篭めにしてくれたら、俺も気が楽なのに」
「あたしが清をっすか。清が嫌じゃなけりゃいいっすけど」
「え、いや冗談だったんだけど、お前そういうの平気なの」
「だってエッチってお互い気持ち良かったらいいだけしょ」
いやまあ確かに性的な快感を得るためにやることだから、むしろその点が十分なら特に問題はないっていうか。いやでも相手は異性じゃないよ。
「同性でしかも友達だけどそこんとこは」
「普通は無理っすよね。でも相手に理解があってしたいときに出来るって、かなり良いことだと思うんですよ。難なら先輩で発散できますよあたし」
オリンピック選手みたいな貞操観念してるなこいつ。
「人を捌け口のように言うんじゃない。そういう面もある行為だけど」
「大丈夫ですよ。あたしは学校じゃしないから」
ケタケタと笑う飯泉を見ていると、頭が痛くなってくる。飯泉に比べて清水の面倒臭さは重いなって、最初は思ったけど前言撤回だ。
こいつもしや同性愛者じゃなくて、アスリート系の両刀か。自分本位に加えて性別や距離感にも頓着しないアナーキスト。むしろどうして今までこの二人が、性的な意味でもくっついていなかったのか不思議だ。
「でも先輩、部室を取り上げてもどの道ムラッとしますよ」
「言われてみればそうだな」
トイレトレーニングみたいに躾られれば良いんだが、後輩の下の世話まではしたくない。したくないけどこいつの言うとおりで、するときはしちゃうだろう。どうするか。
「一旦この話は棚上げしよう。とにかく清水が来たらお前が会話を主導して、俺がそれに乗る形で進めていくってことだけ、覚えててくれればいい」
「分かりました。お、来ましたよ」
「え、今の聞かれてなかったかな」
飯泉に言われて振り向くと、校門が面した道路の彼方から一人の人間が、自転車に乗って向かってくるところだった。以前に見たのとは違う姿だった。
全体的にショートなシャツとパンツにサンダル。夏かってくらい攻めてる。本当は野宿なんかしてないんじゃないのかってくらい小奇麗。
「ちぃーっす」
「お遅えーぞ清」
「悪い、着替えてたら遅れちゃって」
清水は俺たちの前で停まると、俺を一瞥した後そのまま飯泉と話し始めた。堪えろ。下手に出ろ。政治的な判断をするんだ。一人だけ二十代なんだからそこは堪えろ。
「じゃ先輩、あたしはこれで」
「え!?」
「え、何お前帰るの」
「だって先輩にお前呼んでくれって頼まれただけだし」
「あの飯泉悪いんだけどもうちょっと、もうちょっとだけ居てくれないか」
「えー」
ここまでは小芝居よ。飯泉と清水の顔を交互に見比べつつ、お願いをする。すると飯泉が面倒臭いという気持ちを、在りのままにぶつけてくる。この場に居座ることへの自然さの演出である。
「えーじゃねえよ。人を呼び付けといて自分だけ帰るなよ」
「空港土産なら後で渡すよ」
「違うんだよなあ、分かってないんだよなあ」
清水にも引き止められたことで、飯泉の続投が決定する。ふふふ、自分が叱られるかもってときに、一人になりたくない心理を逆手に取ればこんなもの。
「何この状況」
「いいから、な、うん、部室行こう部室」
第二部室という呼称はまだ正式に発表してないし、二人が一緒の場面でも使ってない。よってこの場では校舎にあるほうを指す。
「食堂のが飯食いながら話せますよ」
「部室でいいか清水」
「そうですね」
清水と飯泉を天秤に乗せて傾き過ぎないよう、両方の扱いを悪くするんだ。そうすることで事態の円滑な進行が可能になる。
「よし到着。たった数日振りなのに、非常に懐かしい気持ちになるな」
かくして俺たちはいつもの愛同研部室へとやってきた。人が入らないよう、ドアの鍵を閉めておく。教室のドアは、内側からも外側からも施錠できる、猜疑心の塊のような構造をしている。
流石に清水も、やって来て直ぐに逃げ出すような真似はしなかったが、念には念を入れておかないと。少なくとも今日はトイレにだって付き添う予定だ。
「はいじゃあここ座って」
「あ、はい」
俺はドアを背にして清水は正面、飯泉はその隣でほんの僅かに席を離してある。この『居るには居るけど助けにはならない距離』が大事なのだ。誰でも出来る、三者面談の親の隣に置かれる子どもの席。
今の自分にどの程度の人身掌握術があるのか分からないが、やるしかない。
「色々言いたいことはあるけど、先ずはお前が無事で良かったよ」
「あー、はい」
「うちは結構不良たちから恨みを買ってるし、この辺は物騒な奴も多いからな」
思わず溜息が出る。学校を越えて繋がる不良の集団、殺人犯、女を拉致監禁するストーカー女、幽霊にDV親、他県には魚人の軍団までいる。加えて今は銃社会。今日までよく生きてたもんだよ。
「お前何処に寝泊りしてたんだよ」
「いや学校の屋上ですけど」
「家じゃなくて」
「はい。テント張ってました」
「じゃあ部室にいなかったり連絡しなかったのは」
「最初は連絡しようと思ったんですけど、夜に降りるのは危ないかなって」
こいつさては階段以外の手段で屋上に上ったな。ていうか、学校に寝泊りしてること自体は変わらなかったのか。変なとこで一貫してるな。後でどうやって忍び込んだのか手口を聞き出しておこう。
「今度からせめて電話してくれな。連絡網持ってないのか」
「家ですね」
「じゃあ俺の家の番号だけでも渡しとくから、それとこれ二日分の報告料な」
「いいんですか。私仕事サボったのに」
「事情は分かったし後腐れを残したくないからな。金額も小さいし」
「ありがとうございます!」
これで先ずは一つ目の処理が終了した。次に切り出すべき事柄は部室の改装費用の件だが、凄い気が重い。金額を口に出したくない。
「で、だな。金額の小さくないほうの話なんだけど」
「あ……は、はい」
言われて清水は飯泉のほうを見たので、俺は腕を伸ばしてその視線を遮った。清水がこっちを睨もうとしたので、こちらも顔を目一杯近付ける。
数秒して彼女は目を背けた。野生の力でマウントを取れたのを確認すると、俺も腕と体を引っ込める。これで多少はイニシアティブが取れたはず。本当の戦いはここからだ。
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