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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
開かれた扉編
359/518

・新郎新郎または新婦新婦 後編

今回長いです。

・新郎新郎または新婦新婦 後編



 衣装部の初代部長は男装しており、二代目部長は花嫁衣裳だった。というか式のときは祭壇前に神父だか牧師だかがいて、他の人は一旦全員下りることになった。


 じゃあ何のために壇上の席があるのか。あ、披露宴になったら今度そこに移動するのか。


 式次第はオルガン演奏から入って、一旦退出していた二人が入場。次にご家族が来て、神父、神父でいいか。神父が結婚式の開催宣言をした。たぶん歴史改変前とこの辺は変わらないのだろう。


 変わった点と言えば、やはり彼女たちの誓いの言葉。


『私は生涯、工業技術の修身に務め、培った技術をありとあらゆる生物の装飾の為に捧げることを、ここに誓います』


 花嫁である衣装部の二代目部長は、初代服部長でもあった。新郎のために様々な服飾の業を学び、技を身に付ける姿は、既に人生を完了しているのではという迫力があった。服だけでなく自力で冶金して指輪を作ることもあった。


『私は生涯、年甲斐や大人げを持たず、齎された技術を伴侶と自分の人生の為だけに費やすことを、ここに誓います』


 花嫁……花婿……花嫁である初代衣装部の部長は、背が高く髪も長く顔も良いという、絵に描いたような美人で、学校にいた頃から自覚も露わにしていた。


 アガタが外見だけなら繊細な美しさならこちらは『ザ・生命力』と言った感じだ。


『ブスが自分の服を着るのが気に入らない』と公言して憚らない人だったが、何故か俺を可愛がってくれて、服を着せてくれることもあった。面白がっていたというほうが正しいかも知れない。


 そんな二人がどんな人生を送ってここに行き着いたのか、それは俺が知る余地もないことだけど、本当に幸せそうだ。お、指輪交換が始まる。


「あ、先輩はいこれ」

「お前何時の間に望遠鏡なんか」

「し! いいから」


 清水が用意していた単眼式の小型望遠鏡を受け取り交換された指輪を見る。碧い陶器を思わせるリングに、これまた緋色の石が付いている。これは。


「金属じゃなくて壷みたいな石で作ったんですかね」

「いや、たぶん銅だ。もしかしたら自作したのかも」

「え、結婚指輪をですか」


「そうだ。あの人の性格と価値感を考えれば、宝石相当の技術が注ぎ込まれた指輪を、自分で作ったとしても何ら不思議はない。指輪職人が作った指輪が一番豪華だからな」


『工業技術が最も高価で価値がある』というのが二代目部長の考えだ。在学中に木目金の指輪を作ってたっけか。振り返れば懐かしい。


「良くやるなあ」

「愛の熱量で鉄が溶けそうだ」


「先輩それ言ってて恥ずかしくありません」

「今は結婚式の最中だから平気だ、あ、キスするぞ!」

「え!」


 指輪交換を終えて二人がとうとう誓いの口付けをする。初代部長が花嫁の腰をがっちり掴んで逃げられないようにする。初めて二代目部長が顔を赤くする。


 彼女たちは敢えて左右に分けて指輪をはめていた。向かい合って右手と左手を絡ませると、二人の顔は徐々に近付いて行き。


『おおおぉォーーーー!!』


 上がる黄色と桃色の歓声、俺も思わず立ち上がり皆と一緒に拍手をする。誰も打ち合わせなんかしてないのに、示し合わせたかのように同じ反応をしていた。


 衣装部の初代部長と副部長がキスをしたのだ。


 たったそれだけのことだが、それにどれほど大切な意味があっただろう。これで終わりではないけれど、何よりも大切なゴールの一つであることは間違いない。


 ちなみにブーケは投げられたけど、俺が取れることは分かっていたので静観した。後輩の誰かが取ったみたいで、それはもう大はしゃぎだった。


「良かったなあ」

「……」

「清水? おい清水?」


 隣の後輩は感極まった様子で、恐らく初めて見るであろう先輩の、これまた初めて見るであろう同性愛者の結婚を見て、半失神しているようだった。



 式はこれで終わり、休憩を挟んで今度は披露宴となった。



 お色直しを済ませた二人は、何故か初代部長のほうは花嫁姿で現れ、逆に二代目部長が男装をしてきた。お世辞抜きに綺麗だった。


 高校時代から付き合ってて、卒業を機にここまで突き進んだだけあり、式で遊んでてもバリバリにオーラが出てる。


 幸福とか自信とかそういう類の生命力。その辺の幽霊を持ってきたら一瞬で成仏しそうな勢いだった。壇上の先輩はよく吹き飛ばずにいられるな。お、マイクを手に取った。


『えー。本日仲人を務めさせて頂きます、新郎新婦……新郎新婦? どっちがどっちなの? 両方共両方でいいのね? えー新郎新婦の仲人という大役を務めさせて頂きます、米神高等学校の愛好会・同好会・研究会総合部部長、北斎と申します。本日はお日柄も良く、卒業からまだ三ヶ月も経ってない中、身辺の整理が付いたか付かないかくらいの皆様におかれましては、ようこそお越し頂き、まことにありがとうございます』


 ややグダグダな滑り出しをしているが、どうして親類ではなくあの人が仲人に選ばれたのか、何となく分かるような気がする。この式は難しい。どちらかのご家族から抜擢すれば失敗や躓き、つまり恥をかかせる危険性が大きい。


 格好が良くないとか、気の利いたことを言えないとか、そういう話ではない。経緯と来賓とお互いの相手とに向けた発現が可能な人物は、二人と同じ空間にいた人間に限られる。


 家族ぐるみで公認の間柄ならばスピーチできたはずなのだ。しかしそうでないことはご両親たちの顔を見れば、あんまり嬉しそうじゃないというか、何というか。


 とにかく何ていうか祝福してる雰囲気じゃないのは見れば分かる。


 それなのに全然気にしてない二人が強すぎるけど、これもうどういうことなんだ。


「大丈夫なんですかね」

「強行したっぽい空気だよね」


 俺と清水は小声で話した。全ての人々の納得や理解は得られてないけど、自分たちは結婚すると決断したのだろう。彼らもいまいち現状に付いて行けてない感じがする。


 家族と話し合って万事良しな状態じゃなく、呼ぶだけ呼んだってことなのか。


『えー、実は私は二人が学生の頃から付き合ってたなんてことは、つい最近まで知らなかったというか気付かなかったんですけども、周りには公然というか周知の事実だったらしくて内心焦っております。部活だから皆一緒にいるし、我ながら鈍かったというか』


 しまった。考えごとをしていたら新郎新婦とご家族の紹介を丸々聞き逃してしまった。まあ知らなくても困らないから別にいいか。


『風美は明けても暮れてもお洒落と美容のことばっかりで、自分の欲望に忠実なはずなのに、生活態度は禁欲的だった。私こんな真面目な美人見たの初めてだった。元から綺麗なのにもっと綺麗になろうとするからね、毎日目の保養になりました。ありがとう』


 風美というのは初代部長のことだ。本名は『羽根尾(はねお) 風美かざみ』。常に自分に追い風を吹かせる炎タイプ。強気で言葉使いが荒いものの嫌味さが全くない。


『付いて来れる奴だけいればいいって態度だったのに、自分の部なんか立ち上げて、他の部員たちも自分磨きに余念が無くて、よく迷走もしたけど間違ってた訳じゃないし。思えば面倒見が良くなったのは、緑副部長が来てからかな』


 緑というのは初代副部長で二代目部長のことだ。本名は『(みどり) ()()()』。朴訥な人柄で職人気質な人だった覚えがある。馴れ初めが気になる。


『緑さんが風美に入れ込んで、熱心に勉強してたよ。でも自分のことには頓着しなかったから、見かねて風美が手を焼き初めて、色んな装飾品や服を部員たちと作ってたけど、中でも二人は自分の着る物より、相手の物を作っていたっけ。ああそっか。あの頃から二人はもう惹かれ合ってたんだね』


 ああ、部室にいないときは他所の部にふらふらと出かけていた先輩は、こういうふうに周りをちゃんと見てたんだな。ていうかあの人、もしかしてアドリブで喋ってないか。


『お互いに知らない人間じゃないから、二人に二人を頼むなんて言うことじゃないし、こうして今、性別とか気にせず一緒になろうって決意と勢いで結婚したんだから、私から注意をすることなんて本当は無いんだけどさ、でも仲人だからね、一つくらい説教臭いことを言わないといけない』


 小さく笑いを取り続けていた先輩が一度口を閉じると、会場がしん、と静まり返った。皆笑顔でいながら、奇妙な緊張感に包まれていく。


『私たちはいつも自分の好きなこと、好きな人のことにばかり全力だった。これからもそうだと思う。だから困難があったほうがやる気になるし、適度なそれを欲しがるようになる。でもね、そういう私たちだから、特に何もない時間に対して抵抗力がない。止まることに免疫力がない』


 壇上から周りを見渡す先輩は、まるで自分のことのように語っている。いや、これと同じような言葉を何度も聞いている。何かに急き立てられるような焦りがあったと。


『どうか平和を恐れないで欲しい。二人の、或いは自分の、取るに足らない静かで停滞した時間を、何もしていない体を、情熱の衰えを、自分が落ち着いて行くことを、嫌わないで欲しい。君たちが何者であろうとなかろうと、その瞬間を受け止めて、幸福の中にいることを、どうか見失わないで。私が二人に送れる言葉は、たぶんこれだけだよ』


 最後に先輩は『これじゃ仲人というより先生だな』と言って笑った。言われたほうの、初代部長のほうは顔をくしゃくしゃにして、今にも泣きそうな笑い方をしていた。副部長のほうは涙を流しながら頷いていた。


『二人とも、末永くお幸せに。結婚おめでとう!』


 彼女の拍手を皮切りに、俺たちは再び盛大に手を打ち鳴らした。その後も他の人の話の度に同じことを繰り返した。



 それから食事の時間も過ごして予定は全て終了した。気分的にはもう夜なんだけど、披露宴が終わったのは三時で外はまだ明るかった。こっちとしてはもう一日が終了しているんだが。


 結婚した二人はといえば、更に二回程お色直しをして最後は両方共に花嫁姿で去って行った。


 これから彼女たちにはどんな未来が待っているのだろう。今更だけど、これが別々の人生って奴なんだな。どっと疲れたが、不思議と晴れやかな気持ちだった。


「先輩、今日は呼んでくれてありがとうございます」

「こちらこそ来てくれてありがとう。送っていこうか」

「大丈夫です。駅からタクシー乗りますから」


「そっか。気を付けて帰れよ」

「はい、ありがとうございました」


 清水はずっと熱に浮かされたような状態で、顔を真っ赤にしたまま帰っていった。他の皆はまだしばらくの間残っているようだ。


「……終わったな」

「始まったんでしょ」

「そうだな」


 ミトラスと話しながら、俺たちも帰ることにする。今日のことは俺にも、彼にも、清水にもいい経験になったと思う。


「ところで北さんとは会っていかないの」

「あの人なら代理に任せた即売会に顔出すって帰った」

「変わらないなあ」


 本当にな。覚えてろとは言ったが来るとは言ってなかったもんな。あの人は一生死ぬまでこのノリを続けるのだろう。幸せそうだな。


「連休は一日使っちまったが、悪くなかったろ」

「勿論。僕も勉強になったよ」


 そうして話し込んでいると、黄色い歓声が上がった。振り返るとそれぞれのご家族の運転する車に乗り込んだ花嫁たちが、最後の顔見せをしているところだった。

 

「……幸せになりなよ」


 俺たちは遠ざかる車が見えなくなるまで見送ると、コートと帽子を身に纏い、ゆっくりと家へ向かって歩き出した。


 まだ日の沈まない街を見ていると、この時間がいつまでも続くような気がした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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