・新郎新郎または新婦新婦 前編
・新郎新郎または新婦新婦 前編
「なあ清水、俺おかしな所ないかな」
「それもう四回目ですよ先輩」
「だってよ~」
はー、すっごい焦る。緊張する。現在俺は横浜市金沢区の小さな教会に、清水とミトラス(猫)を連れて来ていた。
今日は卒業した衣装部のOGの結婚式だ。披露宴とはセットで執り行われる。
また小さいとは言っても、教会内にもちゃんと式を挙げられるくらいの、広さはある。
会場入りしてみれば、ついこの前まで見慣れていた連中が、集まって談笑をしていたりする。
会場から長椅子の類は撤去され、代わりにテーブルと普通の椅子が置かれている。灰色を強調したいのかコンクリートの壁は、そのままだが照明は多い。
なるべく地味さや暗さが出ないよう、工夫が施してあり、外側から光も取り込み、あちこちに設置されたステレオからは、音楽が流れている。
カーペットも新品っぽい。こういうのは初めてだから全く評価基準がないけど、他人の結婚式を評価するとか、かなり失礼だから別にいいかそんなの。
なお式はあくまでも、指輪交換とかキスとか形式に則った儀礼のことで、要するに手続きである。披露宴はその後の挨拶とか、パーティっぽい長くなる奴。
この状況で問題があるとするなら、俺が何かの拍子に恥をかいたとき、誰かに誘爆しないかってことだ。
「それより本当なんですか、女の人同士で結婚って」
「俺も今年の卒業式で、二人がデキてたのを、初めて知った」
愛同研に連盟しているお洒落愚連隊こと衣装部の、先々代部長と先代部長の二人は、先輩後輩の同性愛者カップルである。
結婚するために海外に渡り、日本国籍を手放した後入籍、式を挙げるために帰国したという、剛の者たちである。
「もうすぐ始まりますから、じっとしてて下さいよ」
「だってよ~」
「『だって』ももう何度目ですか」
他人の人生の重大事というのは、自分のことより気になるものなんだよ。
身嗜みはどうだろう。卒業式のときに貰った白尽くめの服は、全部着て来たけど、裾の長さ大丈夫かな。あの頃はまだ足が短かったからな。
結婚式があることは前もって分かってたから、四月のレベルアップの段階で、目一杯裾下げしたものの、どうだろうな。ブーツでギリギリ誤魔化せるか……?
式の最中はずっと座ってることだし、バレずに済ませたい。まさか自分の見通しの甘さが、こんなピンチを招くことになろうとは。
足の短さは気の短さでもあったか。
「お前はいいよな。制服だから」
「猫なら裸で済みますよ」
「めー」
山羊みたいな声で無くのは、首に赤い新品の首輪をして、今日の為だけに買ったバスケットに入っているみーちゃんだ。
ブラッシングとシャンプーもして毛並みふわふわ。まるで血統書付きの猫みたい。みたいも何も最上の血統だよ。
「ていうか猫なんか連れて来て良かったんですか」
「なんかとはなんだ。ちゃんと場所と新婚の両方に、許可は取ってるぞ」
生き物があまり好きではない清水でなくても、難色を示すのは無理もない。でも俺だってミトラスに結婚式見せてあげたかったんだよ。
俺はやるつもりがないから特に。
「まあいいですけどね」
「トイレの心配はないから安心しろって」
そうこう言いつつ、俺たちは受付で案内してもらった席へと辿り着く。俺がデカ過ぎて周りの視界を塞ぐので、敢えて一番後ろの端っこにして頂いた。
我ながら気遣いのできる女に成長したものだ。
「あ、サチコじゃーん!」
む、聞き慣れた声が俺を呼んでいる。見慣れた姿がこちらに向かって走ってくる。目立つ俺のことを皆思い出してるはずなのに、誰も話しかけてくれないこの俺に!
「先輩!」
「でっけー! よいしょっと!」
胸に飛び込んできたのは、髪の毛が伸びたコケシ!
同じく全身真っ白の服を着ている、元祖愛同研の部長こと北斎!
「お久しぶりです」
「いやまだ三ヶ月も経ってないから。私まだオリエンテーションとかが終わっただけだから。全然久しくないから」
先輩は器用にも足を使わず、何故だか俺の体をよじ登るので、そのまま肩車して彼女を装備する。おお、すごい安心感がある。
「元気に部長してるかね」
「全然ですね。こっちが新入部員の清水花麻里です」
「よろしくお願いします」
「え!? うちに新入生入ったの!?」
その驚きももっともだ。
何せこいつらは学校の全ての部に、とりあえず入部届けを出したという、かなりいい加減なことをして、うちもあくまで、その一つに過ぎなかったのだから。
最近は愛同研に絞ったのか、今度は退部届けを出しまくっているらしい。客観的に見ると、非常に迷惑な集まりである。
「そっかー、私元部長の北斎。宜しくお願いします」
「よろしくお願いします」
先輩はそう言うと、尻ポケットから名刺入れを取り出して、一枚の名刺を清水へと差し出した。
それ同人即売会とかで配ってる奴ですよね。どうしてもっとまともなのを、持って来なかったんだ。
「いやーまだ二ヶ月なんだね」
「そっすね」
会わなくなってもう一ヶ月になる。
それでもまだ、二ヶ月。
いつもはもっと何か、下らない話をしていたはずなのに、言葉が続かない。
関係は変わらないのに、俺たちってやっぱり、本性は不器用なのかな。
「みなみんにも見せてやりたかったな」
「そっすね」
もう一人の先輩で、元同学年は未来に帰ったから、この時代にはいない。式場を見回しても、亜麻色の偽ゆるふわは、もういないんだ。
「わんわん」
ミトラスが犬みたいな鳴き声を上げ、人が増えてきたことを知らせる。時刻はそろそろ十時、この後三時間半くらいやる予定だ。
「おっと、そろそろ始まるから席に着こう」
「あ、サチコ降ろして降ろして」
「先輩の席ってどこです」
「あっち。でもその前に私仲人なんだよ!」
「早よ行け馬鹿!」
「また後でね、覚えてろよ!」
だかだかと小さい歩幅を振り回して、先輩は去っていった。本当に元気そうで何よりだ。
あの調子なら新生活で欝だの、学校辞めるだのと、つまらん戯言を言い出す心配は、無さそうだ。
「変わった人ですね」
「ああ、漫画家で発明家で活動家だからな」
「すごい人なんですね」
「ああ、すごい変わった人だよ」
あの人が一年生の頃に、弱小サークルをかき集め、学校や教育委員会相手に、やたらと活動した結果できたのが愛同研である。先輩が一年目の後半に発足したらしいので、実はまだ三年も経ってない。
今年度のどこかで到達し、四年目に突入するのであろうが、現実の時間とか節目というものは、中々綺麗には揃ってくれないものだな。
――ただ今より、○○家と××家による、結婚式を執り行います。ご来賓の方々は、受付で指定された席までご着席ください。
お、アナウンスが入った。正面の壇上には牧師とか新郎新婦のスピーチ席があって、こっちから見て右側に新婚の席。左側にご家族の代表の席。下段の最前席には他の親類で以下我々という形だ。
「緊張するなあ」
「先輩は一言も喋らないでしょ」
清水はなんでこんなに肝が据わってるんだろう。
メンタルが強すぎる。
とりあえず、改めて自分の服装を確認しよう。
フリルのブラウスにパンツ、チェスターコートに、ブーツと皮手袋、それと貴婦人とかお嬢様が好きそうな帽子。白一色。
帽子とコートは受付で預かってもらったし、髪も梳いて来たし、目の下にクマもないし、百均で買った化粧品で、最低限の化粧もしてきたし。
眼鏡は?
眼鏡ってしてていいものだったか。いやしてもいいはず、じゃないと目が悪い人は困るもんな。コンタクトにしなきゃいけない理由もないし、他にも眼鏡で結婚式挙げてる人だっているはず。
人の結婚式出るのこれが初めてだから、良いかどうか分からん、くそ!
「あ、出て来ましたよ」
「え、もう!?」
いかん、焦りの余り進行を聞き逃していた。既にご家族の席には、双方のご両親と思しき姿が、三人。
あれ。三人?
「なあ清水、あそこって四人じゃないの」
「そうですね、代表が父親同士なら二人、奇数っていうのは片親とか、入院中とかじゃないと」
「そうなのか」
お互いの両親と両親なら、四人で偶数になるものだもんな。あ、でも祖父母が存命で加わって、五人になるってケースなら奇数でも。
いや、お爺ちゃんお婆ちゃんっぽい人の姿は壇上にはない。
となるとやはり何か事情が、止せ、止めろ! 勘繰るんじゃない! どうしてお前はそう不安になるような思考ばかり脳みそに呼び込むんだ! 友だちと同じくらい考え方を選べサチコ!
――それでは続きまして、新郎新婦のご入場です。皆様、ご起立をお願いします。
来た。ミトラスのバスケットを席の上に置いて見えるようにしてから、俺と清水は立ち上がった。壇上の端から、かつて同じ学校に通っていた、新郎と新婦が姿を現す。
洒脱で炎えるような美人は衣装部の初代部長。
その後に続く風雅な美人は衣装部の二代目部長。
『えっ』
皆の疎らな拍手は、一同の心情の表れ。
二人は、見違えるように綺麗になっていた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




