・対決! 野球部!
・対決! 野球部!
日曜日。返せ。
ではなく本日は米神高校グラウンドにて、野球部との廃部を賭けた勝負の日である。休日返上でな。ふざけんなよ。しかも朝九時集合とかふざけんなよ。
今日は朝の特撮側で最終回があって、来週の新番組の主人公に交代するシーンが、番組終了後に流れるという、テレビならではの最後と最初の見せ場が、あったんだぞ。
予約録画はしたが、出来れば生で見たかった。
「ええ、それでは。クラブ同士の整理活動としての、試合を開始します。負けたほうが廃部となりますのでお互いに、悔いを残さないよう、なるべく全力で臨んでください」
他人事丸出しの口調で話すのは、事実部外者である地元老人会の役員さんだった。よぼよぼのつるつる。
公平を期すため第三者による運営が必要と、学校側が手配した人なのだが、どう見ても耄碌してる。何故この人を抜擢したのだろうか。
「ええ、それでは。野球部と軍事部の部勝負を、始めてください。先生方もよろしいですね」
双方の顧問が返事をすると、俺を含めた生徒たちがまばらに返事をしたり、お辞儀をしたりする。その後は整列して、もう一度相手に挨拶をした。
しかしほぼ全員から、止めたいとか帰りたいとかの負の念が、滲み出ているという有様だった。
片やユニフォーム、片やジャージで登校した状態のまま、俺だけ体育の鎧を装備。
「一人だけキャプテンってよりヒーローみたいすね」
「デカ過ぎるから、どっちかっていうとボスだな」
相手チームの野次を聞き流し、俺たちは自軍のベンチに入った。こんなのどこから引っ張り出して来たんだろう。
ともあれ改めて愛同研四名+αの打順とポジションを振り返ってみよう。
打順は一番投手が飯泉、四番捕手が俺、五番三塁東条、六番外野の左側に延清、八番二塁がアガタで控えに栄。残りが軍事部と運動部である。
東条と延清が左に寄っているのは、連携が取れる二人で、尚且つ野球部のこれまでの安打記録から、ボールが飛んで行き易い方向だからである。
「これより野球部対軍事部の試合を開始します。プレイボール!」
審判である野球部顧問が、試合開始の号令を下す。審判がグルとかこれだからスポーツって嫌い。しかも攻撃順はこちらが表で向こうは裏。
最悪サヨナラのチャンスが敵にある。
こんな状態で急造チームが、部の存亡を賭けて戦わなくてはいけないのだから、世の中は理不尽だ。学校には学校の社会があるけど、何もそんなことまで同じじゃなくて、いいと思う。
とはいえ俺たち愛同研。
そんなの慣れっ子恨みっこ。
今日のためにちゃんと手は打ってある。
「栄、例のものは」
「ばっちり出来てますよ!」
ベンチに交代要員兼マネージャーとして存在する、先代部長の妹こと北宋は、大きめのスケッチブックを抱えていた。頁を開くとそこには。
「飯泉! これ見ろ!」
打席に立って、いざこれからという、監督兼キャプテンの飯泉が振り向く。
画面に描かれていたのは、野球ゲームのように相手投手の能力が書かれたものと、投球の配分が記されたものの、見開き上下二頁。
分かり易い上下二画面である!
「そいつはこんな感じだぞ!」
栄に頼んで作ってもらったこれにより、俺たちは常に相手投手の能力が、可視化された状態で挑むことが出来るのである。
相手があんまり圧倒的だと逆効果だけど。
ラウンドガールの如く、スケブを持って立つ俺に、飯泉が笑った。緊張はしてないようだな。そして。
「あ、初球打った!」
一回は表の第一球を左打ち※に捉えると、彼女は目を瞠るような速さで一塁を踏んだ。
速い。加速が早い。バットを置く動きでさえ、走り出すための予備動作に、見えるくらいだ。
※投手から見て左側の意。
「あの子スパイク履くとあんなに速いんですね」
「やっぱり経験者は道具も含めて違うな」
東条の驚きと感心を込めた呟きに思わず頷く。俺たちは全員運動靴だが、あいつだけ履物が異なる。
練習中は、しきりにスパイクを履くように勧められたが、怪我したときの傷が、ちょっと重いというか深くなるという話を聞いて、採用は見送ったのだ。
素人の練習に怪我は付き物である。だからダメージが大きくなるような提案は、全体的に受け入れられなかったのだが、まああいつ一人が使う分には、特に問題ない。
無くても速い人間が使うと、尚速いという現実を見せつけられると、余計そう思う。
「もっと走塁の練習を増やすべきでしたかね」
「猶予が一ヶ月ならそれも考えたがな」
然るべき道具を使って、より力を発揮できるようになるなら、道具を使う練習も十分有りだろう。しかし忘れてはならないのが、うちの人数の少なさと、時間の少なさである。
「手加減すんなー!」
「ドンマイドンマイ!」
相手側のベンチから、フォローの声が飛ぶ。言っているがいい。
この試合が終わって野球部が失われたとき、貴様らが口にするのは、醜い言い訳と責任転嫁だ。
「東条監督代理、頼む」
「分かりました。練習通りいけー!」
飯泉が出塁してると誰、も指示を出せないのは割りと深刻な欠点だ。だからこうして予め、代理を指名しておくことも大切だ。
試合というのは打席に立ってれば、話が勝手に進むものではない、のだそうな。
「送ってけ送ってけ!」
その後の我々は、近年の甲子園で、主流となりつつある、古式ゆかしい泥臭い野球を展開した。
盗塁が決まって無死二塁、送りバント※が決まって一死三塁、犠牲フライ※を飛ばして三塁帰還。先制点を上げて二死走者無し。味方が強いとコレは心強い。
※送りバント:バットを振らずにボールに当てて転がす技。もっぱらアウトと引き替えに出塁した仲間を更に進塁させる。地味に投手前に転がし相手投手を歩かせて疲弊させるという、嫌がらせにも使える。成功すると査定に加算される。
※犠牲フライ:外野へと高く飛んだ打球が捕球されアウトになった際、距離にものを言わせて走者が進塁する力技。成功すると査定に加算される。
そして打順が回ってくる。
異世界から今日まで早五年。二十歳の高校三年生、今年の九月で二十一歳、制服を着るのが色んな意味でキツい今日この頃。
身長198cm股下94cm。来月二メートル到達でそろそろ人間か怪しい。
四番キャッチャー、俺、サチコ。
「でけえ」
周りが息を飲んで静まり返る。一般人からすれば長いはずのバットも、短く見えることだろう。一人だけ防具で身を固めていることもあって、完全に悪目立ちしている。
しかしそれで相手が怯むなら儲けもの。身体能力なら勝っているが、いかんせん野球は素人だ。狙って打てる訳もなく、選んで打てる訳もなし。
バットをブンブン振って、ボールに当たったら全力で走る。これが打者として俺に出来る唯一のことだ。見た目で球威が下がるなら、サンバの衣装だって着てやるぜ。
――などと意気込んでは見たのだが。
「ストライク! バッターアウト!」
あえなく俺は三振した。
「ドンマイドンマイ!」
「点は取りましたから平気ですよ!」
ベンチから励ましの声が届く。攻守交替でチームメイトがグラウンドに出てくる。
投手として登板する飯泉は俺に駆け寄り、肩を叩いてくれようとするので屈む。すると彼女は悪戯っこのような笑顔で『ね、難しいでしょ』と、非常に得意げに言った。
糞むかつくが事実その通りだ。
三振して気付いたことが二つある。
「球が低すぎる」
「だからもっと屈まないと」
当然ながら打者から見て、ボールが投手側にある内は前、近くに来ると見下ろす形になる。
問題はこの角度の差。真っ直ぐのはずなのに、見てるこっちには、既に変化球の域。
ちょっと低めに投げられるともう遠い。バットは届くのだが、視覚的にかなり遠いのである。敬遠球じゃないのこれ、というくらい下に見える。そして次に。
「打席が狭すぎる」
「だからもっと屈まないと」
地面に引かれた四角い白線の中、前後の幅はあるものの横は、いや全部窮屈だなアレ。
「あんなんで皆どうやって打ってるんだ」
「先輩より小さい人はもう少し打ち易いっすよ。外国人選手もこの問題に苦労します。だから内角と低めを突いた投球は、今でも通用するんで」
「どうしたらいい」
「足を前後に開くか、片足を少し上げて、下から掬い上げるとか。体をどうにか縮めて低くして揺らして、硬い体を柔らかく、振り抜く。これしかないっすよ」
飯泉が目の前で実演してくれる。茶化すような口調だったが、どちらもお手本にできる滑らかさだった。硬い体を柔らかく、格闘技みたいだな。
「そんな気にしないで。まだ一回も終わってないんすから、さ、先輩行って行って」
「おう、そうだった」
一回の表が終わり敵の攻撃が始まる。
まだまだ先は長い。
「栄、次の奴、用意しておいてくれ」
「分かりました!」
打撃練習は全然してないが、守備のほうは結構やったからな。飯泉も投げることだし、そう簡単には点に繋がらないと、思いたい。
しかしまだ一回なのか。もうさ、うちの勝ちで終わりにしていいんじゃない。
喉元まで出かかった言葉を我慢したが、皆の顔を見ると、考えてることは同じみたいだった。
誤字脱字を修正しました。
文章と文章を修正しました。




