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・番外編 サチコを引き継いだ人

・番外編 サチコを引き継いだ人


 ※このお話は栄視点でお送りします。


 私の名前はきたさかえ。なら身内に南宋はいるのかと言われると別に。でも南という先輩はいた。


 二人で組んで北宋が南宋になった、みたいなことを言われたかったが、一度しか呼ばれたことはない。


 個人的にはもうちょっとくらいそのネタを引っ張りたかった。


 いや、現実逃避は止そう。今はこの重大事を新部長に報せるのが先だ。


 四月初めの諸々の行事を済ませた週明け。朝のホームルームで配られたこのプリントを、一刻も早く届けなければ。


 二年生になって教室の位置は変わっても、愛同研の部室は変わらない。四階の片隅にある真空地帯。それが私たちの居場所だった。


 愛同研。正式には愛好会・同好会・研究会総合部の略で、部未満の弱小サークルが交流するための機能を付加する、特殊な部。私の姉が作り出した、奇妙かつ画期的な接続機。


 一つの会が他の会に対して、交流を結ぼうとするのなら、その都度個別に打ち合わせが必要となる。それを愛同研と兼部し、連盟届けを提出するだけで、同じようにした他の会と、一斉に交流が可能になる。


 手間を一気に省けるし、関わり合いにならない会同士があったとしても、別に問題は無い。というか愛同研で個別契約なんてものを導入すると、交流に片寄りが出て、見た目に差別感が出てしまう。


 仮に会員たちが気にしなかったとしても、見た目が悪くなってしまう。これが所謂貴賎とか、カーストに繋がっていくので要警戒だ。


 全員で遊べる上で、特定の子としか遊ばないというのは普通のことだ。クラスメート全員と友だちというのは有り得ない。


 しかし誰とも遊べない子が、他の子と遊びたいときに遊べるという環境が、有るか無いかは、集まりとして雲泥の差がある。


 教室の上下関係から解放されるのが、この愛同研の利点である。弊害として個別契約だったら、来ないであろう人が、呼んでもないのに来ることがある。


 でもここに来る生徒にとって、その難点は難点にならないので、上手くできてると思う。


 枠の弱点を利用者で潰す、或いはその逆を行うという視点は、姉にしては本当に先進的だ。やっぱり斎は頭良かったんだなあ。


「おい栄どうした、そんなとこでぼーっとして」

「え、あ! こんにちはサチコ先輩」

「うん、こんにちは」


 声を掛けられてはっとする。いけないいけない。

 ついつい身内の功績に感じ入っていた。


 考え事をしながら急いでいたら、もう部室に到着してしまったらしい。


 私はお辞儀をしてから部室へ入った。


「新入生たちはいないんですか」

「どうもあちこちに唾付けて回ってる最中みたいだ」


 サチコ先輩が言っているのは、仮入部や入部届けを出している生徒の内、愛同研関係者の身内を除いた、正しく新一年生たちのことだ。


 どうもあちこちの部に入部して、そのままにしているようで、本決まりの所以外では、幽霊部員になるのだろう。


 それを取り締まらない学校もどうなんだろう。


「あ、そうだ先輩。これ見てください」

「うん?」


 私は鞄からプリントを取り出して、先輩に渡した。いつ見ても大きい。この人が姉の後輩で、私の先輩、現愛同研部長となった『サチコ先輩』だ。


 サチコ先輩は雲をつくような大女で、長い黒髪に意外にがっしりした長い手足、でっかい胸とお尻に太いとまでは言えない腰、雀斑に伊達眼鏡という出で立ちの人だ。


 顔は愛嬌のあるほうだと思う。


 物静かで大人しく、自分からお喋りをするほうじゃないけど、話しかけると結構よく喋る。微妙に無口とか寡黙じゃない人。


 飼い猫と一緒にいるのをよく見るけど、そのときはすごく幸せそう。


「なんだこれ」

「大変なんです、それ」


 プリントには学校の予算の都合から、部の統廃合を執り行うとあり、それについては出来る限り、生徒の意思を尊重したいなどと書かれてはいるけど、何処を潰すかは自分たちで決めろという、何とも無責任な話だった。


「統廃合か。懐かしい言葉だな」

「本当ですよ、まさか私たちも巻き込まれるなんて」


「いや、そうじゃないんだが、いやいい。それよりもうちは部じゃないだろ」


 先輩が何か言い淀む。

 個人的にそういう経験があるんだろうか。


 非常に厳しい生い立ちをしてるとは、姉から聞いたことがあるので、ここは踏み込まないでおこう。


「愛同研は部とは名ばかりで扱いは会だし、他も軍事部以外は会のままだろ」


 軍事部とは元軍事愛好会が、部に昇格したことで、軍事部になった。読んで字の如くそういうのが好きな連中の溜まり場である。


 日夜勉強と訓練に明け暮れる優等生とは似て非なる人々だ。


「ここです先輩、ここココ!」


 私が指し示そうとすると、サチコ先輩は胸元の辺りまで腕を下げてくれた。こういう点は気の利く人だ。姉とは違う。


「ほらこれ。『顧問のいる部活以下の集まりも対象とする』ってあるでしょ」


「そういや愛同研に連盟してるとこは、顧問を擦り付けられてたな」


「そうなんですよ。だから下手したらうちから廃部、え、擦り付け?」


「俺が一年の頃の秋にな、非常勤の講師を顧問として押し付けられたんだ。色々あってうちだけは免れたんだが、そうか。面倒なことになったな」


「どうして愛同研だけ」


「当時は非常勤の数が一人足りなかった。そして協議が粗方終わった後に、余りが出たんだが、今度は自分たちの旨味もほぼ無くなったから、誰もやりたがらなかった」


 呆れた話だ。


 子どもじゃないんだから、もう少ししっかりしたらどうなんだろう。


「話を戻そう。これは生徒同士で話し合ってとはあるけど、自分の代わりに潰れろと言われて、頷く奴はいないだろう。そう考えれば文化部の大半が、体育会系に一方的にやられる現実しか残らん。うちも連盟してる部同士で、団結できるように周知しておく必要があるな」


「部費も出てないのに酷いですよね」

「顧問ってのはそれだけで一応手当てが出るらしい」


「案外それを切りたくて、こんなことを始めたんですかね」


『ありえる』と言って先輩は頷いた。


 そういえば斎から部が、一時期学校の制御下に置かれそうになった話を、聞かされたことがあったけど、これがそうだったんだ。


「一応クラブ主任に顧問を辞めさせていいから、会は残せないか聞いてみよう。望みは薄いが根っこが金のことだからな。足元を確かめておかないと」


「もし駄目だったら」


「今は待つしかないだろう。こんな紙切れのお達し一枚あっても、現実問題どうしたらいいかなんて、何も決まってないんだし。それに、他の連中が顧問に情を移しているかも知れん。その場合は向こうを張るしかない。厳しい戦いになるぞ」


 こういう言い方だけどサチコ先輩はつまり、顧問を庇っても見捨てたり敵対したりなんかしないと言ってるんだ。先生や学校嫌いって話だけど、秤にかけるとちゃんと愛同研に、内心を傾けてくれるのは嬉しい。


「俺としては顧問の首を切るだけで済むなら、そのほうがずっと楽なんだがな」


「それで先輩、この件はどうしたらいいですかね」


「一先ず各部に連絡を回してくれ。三年生にはこんなプリント回って来なかったから、危うく騙し撃ちみたいなことになるとこだった。良く気付いて持ってきてくれたな、栄」


「いえそんな、へへ」


 先輩の大きな手が頭を撫でてくる。先輩はかなり体温が高い。夏場は暑苦しいけど、冬場は近くにいるととても温かい。体格と相俟ってすごく安心感がある。


「敵に攻め込まれたら全体に連絡して、手の空いてる奴は全員集まるよう、一言添えておいてくれ。一度に数件発生することも考えられるから、そのときの割り振りは、追々考えていこう」


「はい、分かりましたサチコ先輩」

「後は学校と他の部の出方次第だな」


 それにしてもうちの学校って、そんなにお金ないんだろうか。旧校舎の解体作業も滞ってるっていうし。経営破綻とかしちゃうのかな。せめて私が卒業するまでは存続していて欲しいけど。


「ん。こんなところか」

「この後どうしますか」

「昼飯にしよう。俺はまだなんだ。栄は」


「あ、私もまだですけど」

「じゃあ売店でパンでも買うか。昼もう終わるし」

「そうですね」


 打ち合わせを終わらせた私たちは、二人揃って部室を出た。残り二十分もすればチャイムが鳴ってしまうだろう。学校のお昼休みは短い。


「なあ、先輩ってあれからどうしてる」


「斎は全然変わりませんよ。行く場所がここから大学になっただけで」


「そっか」


 姉の後輩の先輩と並んで、学校を歩く。斎は卒業しちゃったし、問題は解決してないけど、これはこれで悪くないかな。


 隣を見上げると先輩と目が合った。身内相手だと、本当に大人しくて愛嬌がある。姉の番犬呼ばわりも、今なら少し納得できる。


「どうした」

「いえ、でっかいなあって」

「俺もそう思う」


 そう言って先輩は少し前を行って、私が追いつくのを待った。


 追いつくと、今度は歩調を合わせて、ゆっくり歩いてくれるようになる。


 うん、これはこれで、悪くないかな。

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