・地元の珍獣又は都市伝説
今回長めです
・地元の珍獣又は都市伝説
――いた?
――いたいた。本当にいた。
――でけえ。え、日本人?
――外国人じゃなくて?
――ていうか人間じゃなくない。
――すげえ怖い。あ、こっち見た!
うざい。
現在愛同研の部室には、正確にはその外には、有象無象の新入生たちが、中を覗いては引き返すということを、繰り返している。
見学者である。
恐らく何れも、仮入部届けを出した連中だろう。
うじゃうじゃいる。
だいたい四、五人くらいの集まりが、冷やかしては去り、また別のグループがやって来る。そして同じ反応を見せる。とてもとてもうざい。
「アガタ」
「はい」
「栄はどうした」
俺は先ほどまでいた、栄から受け取った、大量の仮入部届けを数えていた。せめて見学してから出せよと思うが、これが今時なのかも知れない。
大学だと履修届けを出したにも関わらず、講義を受けてから、その後出席するかどうかを決めるという、ふざけた受講態度の生徒が、度々問題になっているという話を聞いたことがある。
分かる気がする。
「美術部に戻りました」
「お前も行っていいぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
理由を聞かずにアガタは退室した。こいつはこいつで浮くからな。入り口の生徒たちに、軽く会釈をして去っていく。
その際の一年生たちの反応は、明らかに俺のとは違い黄色かった。美形は誤魔化せないな。
「見学でしたらご自由にどうぞ」
何度目か分からない声掛けをするが、やはりというか彼らは、部室に入って来ようとはしない。正直なところ、どう見ても愛同研が良いからと、いったふうでは無さそうだ。
うちの理念というか売りは連盟してる部と、更には許可を取れば、他の部の練習や活動にも、参加しても
良いという、しがらみの無さにある。
例えばレギュラーになるには、三年生になるしかないような野球部で、三年になってもレギュラーになれない、或いは練習だけで満足なのに、他の連帯責任やら明らかに人命に関わる伝統やらに、捕らわれるのが嫌だという奴からすれば、態々入部する必要はない。
だけどその練習でさえ、入部しないことにはやらせて貰えないという不自由さ、割りの合わなさに不満を抱える奴は、当然いるだろう。
他にも甚だ例外的ではあるが、先月卒業した北先輩のように、全てに手を出してみたいというパッションが躁病みたいになってる奴も、いるだろう。
そういった何時代でも、絶対に減らないであろう少数派に向けた、諸々のサービスこそが愛同研である。部とは名ばかりの、互助会に似た何かなのである。
それのに何でこんな見世物小屋みたいになっているのか。
「あの!」
「はい」
遠巻きに見ていたうちの一人、何処にでもいそうな女子が話しかけて来た。チラチラと後ろを見ている。
てめー人のこと捕まえてチャレンジ企画みたいにしてんじゃねーぞ。
「三年の○○先輩ですよね」
「サチコな。そうだけど、何かな」
苗字呼ばれたの久しぶりだな。最近は母方の姓も名乗ってなかったし。おかしな言い方だが、一応まだ祖母の旧姓というものが、父方と母方の両方に残されているから、どちらかを名乗れることは名乗れる。
名乗ろうとは思わんが。
「あの、先生殴ったことあるってホントですか!?」
「突き飛ばして放り投げたことはあるけど、殴ってはいないよ」
「あ、そ、そうですか」
どうして目をキラキラさせながら聞いてくるんだ。もしかして俺のことを現代のヤンキーだとでも思っているのか。ていうかその話の出所は誰だ。
「じゃあ生徒六十人を率いて不良と戦ったってのは」
「話の流れで先頭には立ったがまとめ役は別人だぞ」
「あ、そ、そうですか」
同じ反応だな。
ただし幻滅するんじゃなくて、情報が修正されて嬉しいみたいな顔するの、止めて欲しいんだけど。
がっかりするとこじゃないのかコレ。
「でも去年銃撃戦してた三人組の一人ですよね」
「そうだけど盾構えてただけだぞ」
「やっぱりそうなんですね!」
懐かしいな。もう一年前だよ。あの頃のアガタは、切れたナイフみたいな奴だったな。
今でもカトレアの絵やグラフィティを定期的に描くから、思い入れがあるんだろう。
「あの、それが何か」
「いえ、いいんです。なんでもないです。ありがとうございました!」
何処にでもいそうな女生徒は、嬉しそうに仲間と共に去って入った。サルみたいなもんだな。
「結局なんだったんだ」
独り言を呟いて再び仮入部届けに目を通す。たまに二年生や三年生も混じっているのは、物珍しさよりも他の部に出てみたいという、気持ちからだろうか。
一年生は、ちらほら知った苗字があるから、たぶんうちの生徒と兄弟なんだろう。ああそうか、さっきのは恐らく、身内から聞かされたんだな。
ということはこの二十枚以上あるのは、連盟部員の弟とか妹とかその友だちか。これは参ったな。
全く関係ない新規がいないのは良くない。何故って言い換えれば、この身内共が卒業したら、そこでメンバーが絶えてしまうからだ。
「問題が一つ増えたな」
今まででさえ自由過ぎて、どこからともなく集まった連中と、持ち込まれた荷物で部室は狭かった。それなのに、敢えて休憩所仕様に模様替えしようという、目標を立てた矢先にこれだ。
もし本当に人数が加わるとなれば、前提として部室の拡張をしなければならない。
正式には部ではない愛同研が、部員が多すぎるから部室を増やさせてくれと学校に頼んだとして、果たして聞き入れて貰えるだろうか。
俺がそういう世迷言を聞かされたら『先ずちゃんとした部に上がってから言えこのバーカ!!』って言うところだ。
いやしかし、過去に部員が多すぎて、部室そのものが足りないケースが、実際にあったのでは。そのときはどうしたんだろう。
野球部とかサッカー部みたいな連中は、どれほど弱小でも結構な規模の部室貰ってるよな。作れとまでは言わんが、せめて他の空き教室使わせてくれるよう、駄目元で頼んで見るか。
掛け合う顧問なんぞ居らんから、クラブ活動の主任だったかに、直接要望を出さないといかんが、書式については後で栄に聞こう。
「すいませーん」
「あ、はいはい。見学でしたらご自由にどうぞ」
再び声を掛けられて振り向くと、ドア付近にさっきとは違う、三人の生徒が並んでいた。全員女子で制服がピカピカ。
しかしながら今一つ初々しさを感じられないのは、たぶんこの三人の付き合いが、長いんだろうな。
昔からの仲良し三人組ですみたいな、距離感の近さが伝わってくる。
「今日から入部させてもらうことになった川匂です」
「飯泉です」
「清水です」
水辺で統一されてるけど川とか海方面でまとまらなかったのかね君たち。
「まだ仮入部期間だし、そんな慌てなくてもいいよ」
「あ、いんですいんです。辞めるのは何時でもできますんで」
「馬鹿! あ、すいません、私たち、気になった部は取りあえず、入部届け出しとこって」
要はキープしといて、後から本決まりになったとこに行こうってことだろ。だからそれ仮入部でいいじゃないかって言ってるんだが、こういうのって内容は同じでも、自分ルールを優先するからな。
下手に突ついて反感を買っても無意味だし、スルーしよ。
「ああそういうことね。別にいいよいいよ」
「ほんとすいません」
ふむ、何時でも辞められる発言をしたのは飯泉か。制服から覗く手足は引き締まっている。恐らく相当体を鍛えている。頭は刈り上げていてツリ目、攻撃的な印象を受ける。
それを咎めたのが清水。こっちは逆にひょろっとして細長い体型にポニーテールの女子。どこかニヤニヤヘラヘラとしていて、スケベそうなタレ目だ。性格が悪そう。
タレ目とツリ目か。
氷属性と炎属性っぽいコンビだな。
全員水属性っぽい名前だけど。
「先輩。ここは何をする部なんですか」
「ここ自体は特に何もしない。したいことをしたり、休んだりしてればいい」
「サボりってことですか」
「そうとも言うな。仮入部も二十人来てるから、正直身動きが取れなくなったっていうのもあるけど。基本的には勉強するか休むかだ。でもな、本当に人が沢山増えたら、部室がパンパンになってしまうから、休めるかというと、難しくなるんじゃないかな」
「え、なんすかそれ」
飯泉が下品な笑いを浮かべる。うん、調子に乗ってるのが飯泉で、人を舐めてかかってるが清水だな。
で、気付いてないのか気にしてないのか、現状ではよく分からないのが川勾。
川勾は背が低く微妙にぽっちゃりしてる。髪は二つ結びで眉が太い。太っているのではなく、正しい意味で安心感がある。どうでもいいが『かわわは』って考えるだけでも言い難いな。
「元々小規模な集まりだったからな、何かをするにしても、実際に部員の数が決まらないと、目標を決められないんだ。その辺は自由といっても部活だからね」
「あーそれはそうですね。野球部とかサッカー部なら増えても、何も変わんないでしょうけど、文化部は人の数に、かなり振り回されますからね」
清水は思い当たる節があるのか、どこか納得している様子だ。
「そういう訳だから当面動きはないんだ。強いて言うなら、ゆっくりしていくといい」
「はい分かりしました。ところで先輩」
「なにかな」
「さっきからずっと座ってるけど立たないんですか」
「ああ、ごめんごめん失礼だったな」
清水が嫌味を言ってきた。これでも気を遣ってるつもりなのに。まあ、立てというなら立つけどさ。
「……えっ」
「うわぁ」
「でっ」
現状ミトラスの魔法により、俺の姿は実際の身長よりマイナス10cmほどに見えているのだが、最早ここまでくると関係がない。
「これでいいかな」
「はい、結構です。いこ、かわやん、いこ」
「え、あたしは」
「めしずみは残れよ」
そんなやりとりをしながら、三人は俺から目を逸らさないようにしながら、ゆっくり部室を出て行った。熊か。お前らの目には熊でも映ってたのか。
彼女たちが去ったあとしばらく待ったが、部室には誰も来なかったので、鍵をかけて帰路に着いた。皆は今日から部活が始まるように、俺も今日から、新しいバイトが始まるのだ。
正直もう働かないで済む日が来ても、いいと思うんだけど。
それにしても、まさか人が増えそうだから活動できない日が、来るなんてな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




