・三年生でもレベルアップするよ
・三年生でもレベルアップするよ
穏やかな春の夜。
俺はいつものように自宅のリビングでレベルを上げていた。字面のおかしさも付き合い始めて三年目ともなると、気にならなくなってくる。
リモコン片手に画面を操作すれば、どこからともなく現れる見慣れたパネル群。テレビの中のカーソルを動かして、目的の一枚を選択する。
『身体伸長』:取得時に指定された体の特定の部位の長さを伸ばします。同じ部位を指定する場合は回数によって伸びる長さが短くなります。
取得。一回3,000もの成長点を使うが健康診断を終えた俺に気にするものは何も無い。加えてフリーの成長点も使う。
今回分が入って18,000点だったが二回分6,000注ぎ込んで12,000。指定するのは当然足だ。
そしてついに!
俺の足の長さは!
「誰の目にも短いとは言えなくなったね!」
「長いって言わない?」
「君の身長を例えば南さんと同じにするとだね、だいぶ長くなったけど比率は、うん」
足の長さが増した分、背も高くなる。割合は変わらないのか。
ほんのわずか数パーセントが埋まらないのか。たった数センチの配分なのに。
「限度額一杯の三回目までやったのに」
「正直三回目は誤差だよ。たぶん一センチも伸びてないんじゃない。他の部位にしなよ」
そうだな、ミリしか伸びないんじゃな。他に伸ばしたい部位、指伸ばすか。首の長さも気になったけど、長くなりすぎると怖いしな。そこはミトラスも特に言及してないから、標準的だと考えることにする。
「いや待てよ、そういえば脂肪も消費すれば、他の部位にすることが、できたような」
「え、おにく減らしちゃうの」
猫耳金目のファンタジックな緑髪をした魔少年が、残念そうな顔をする。彼はミトラス。
今月で一緒に暮らし始めて六年目になる。長い付き合いだな。
彼は痩せ方よりも、ややふくよかで色々と大きいほうが好きという奴だ。気を遣ってくれてる部分もあったが、本音の部分も大分あったらしいことが、この頃分かってきた。
しかしながら俺もある程度は、自分のために生きること決めたんだ。これはその第一歩である。そして、出たな。
『取得した脂肪の余剰分を寄せて消費することで更に強化できます。強化しますか。※この強化は本来の強化限界とは別になります』
今まで他の肉体強化で出ても、無視していたこの注意書きだが、今回は出てくれて喜ばしい限りである。まだ伸ばせるってことだからね。
「脂肪取得一回で3,000点を残り2回取得で6,000点!更に足の長さに振り替え、パネルの上限を超え取得、もう6,000の合計12,000! 全てフリーの成長点から支払う! これでどうだ!」
画面に出る脂肪を寄せて強化された足。変換効率とかどうなってるのか、この際気にしない。
筋肉に変わるとしても限度があるし、密度を上げるより部位を長くして、総量を増やすという強化の方向も有り得る。
冷静になれ。身長が伸びたとしても、何処が伸びたかによって、中身は変わってくる。
俺の身長が190cmで足の長さが45%なら85.5cm。比率そのままで背が200cmなら90cmだ。
しかしこれがもしも95.5、いやさこの際96cmでの200cmなら?
48%。
これは長いほうに入る。つまりはそういうことだ。パネル取得による下半身の成長により、視点が更に高くなる。これはもしかするともしかするのか。
「ミトラス! メジャーを持って来てくれ! 俺の身長と股下を計ってくれ!」
「カーテンのレーンの長さを測るくらいにしか使わなかったアレだね」
「そうだ」
ミトラスは不承不承といった様子で、部屋に戻りメジャーを持ってきて、俺の体を測った。
「身長が198cmで股下が94cm、もうここまでで良くない」
「ここまでやった以上は最後までやる。今日までありがとう俺の脂肪分」
成長点が足りないから、最後の分は来月に持ち越しだが、新年度から希望が見えている。
これはいい。待ってろよ五月。待ってろよ48%。俺は必死だ。
「つい熱くなってしまった。次のタブに移ろう」
「ああ、サチウスのお腹もこれで見納めか。これはこれで好きだったんだけど」
前に痩せた俺にも反応してくれてたろうに。
まあいい、気にせずに知能の欄に移動してと。
『縫線核強化』:縫線核を強化することで分泌物を増量すると共に、同器官の機能を維持して不安症状に強くなります。
「ほうせんかくってなんだ」
「頭のこの辺に入ってるとこだよ。セロトニンっていうのが、不安を和らげるんだって」
ミトラスがおでこの辺りを指差す。不安か。確かに俺の周りから海さんと先輩と南がいなくなったしな。
両翼と尻尾を捥がれたような気分だ。考えると不安になるから、考えないようしてたしな。よし取得。
「今年一年乗り切れますように」
「僕に拝まないの」
ちぇ、けち。魔王のくせにもっとご利益寄越せよ。この二年で分かったけど、経験値ばかり手に入れたって生活は楽にならねえんだ。
生活を楽にするってどうすればいいんだろう。
止そう。不安になる。
「次は魔法だな」
『圧縮』:同じ魔法を使用する際に使用回数分の魔力を消費することで詠唱を省略できます。『合体・合成』の前提となる技能です。
「前もこんなのを見かけたような」
「僕からは取った方がいいとだけ言っておくよ」
これはアレか。使用するMPを決めておくとチャージした分だけ使えるという、最初の一回以降は詠唱要らない奴。プリペイドカード方式。
連発しても良しまとめてぶっ放しても良しという。RPGの魔法からアクションの特殊武器に、仕様が変更されるようなものか。
しかも他の技能の前提。名前からしていよいよ合体魔法とか術合成ができ、あれ、待てよ。
そういえば俺って使える魔法のレパートリー少ないよな。
「今まで習ったのは十個もないな。ほぼ感覚で使ってたし」
「教えられたものをそのまま使ってる場合が大半だったね」
異世界に帰ったら、地道に魔法の勉強もし直さないとならんのか。エレベーターとかエスカレーター式に半自動的に覚えられたら良かったのに。
RPGの小説なんかで魔法使いキャラが、才能高かったりその道一筋だったりするのは、割とリアルな描写だったのかも知れない。
それだと作者は異世界人だったり。止そう、変なことを考えると、本当のことになってしまう。
「せめて読むだけで使えるようになる巻物があれば」
「じゃあ今度作ってあげよっか」
「お、いいねえ是非お願いするよ」
そうかミトラスに取りあえず、そういうのを作って貰えば良かったんだ。今まではそっち方面では頼らなかったけど、こうすれば話が早かったんだな。
「寝なければ二日くらいでできるから」
「やっぱりいいや。さ、特技特技」」
こんなくだらんことでお前の睡眠削るなら、俺は魔法使えなくていい。
「そんな気にしなくていいから」
「うるさいよ。要らないったら要らないぞ。まったくもう、お、これにするか」
『観察』:状況把握の際に集中力が増します。
シンプルな一文だ。考えがまとまらないという言葉があるが、そもそも頭の中が文章にならないことは、考え慣れてない奴にはありがちで、ノイズが走るとか結論に導けないなんて高等なものではなく、疲れか単なる不勉強か、文章の途中で『うへー』みたいに思考がぐずぐずに、崩れていくような感じなのである。
あって損するものじゃないし取得。
「今月はポイント全部費やしたな」
「かなりの暴挙だった」
そんなに俺から脂肪分が失われるの嫌か。筋肉ムキムキになる訳じゃないんだから、いいだろう。
「とにかくこれで、今回のレベル上げも終わりだな。後は学校で新入部員を獲得するだけ、なんだけども、どうしたもんか。うちって部としては活動らしい活動はしてないんだよな。個人活動ばかりで」
「個人活動ができる部でいいじゃない」
「それはそうだが新入生にその魅力が分かるかなあ」
愛同研総合部は言わば第二の保健室であり、セーフティーネットであり特別学級である。その価値は良くも悪くも一般的ではない。
キラキラした高校生になりたての、一年生に必要なものではない。
「待ってりゃそのうち来るだろうが、気が重いなあ」
「アルバイトの経験を活かせないの」
「止めろ。古傷に響く」
喫茶店で働いていたときは、そもそも店自体に結構な数の人に需要があって、雰囲気も良かった。
俺みたいなのが大人しく、のっそりと働いている姿だって、アクセントになるくらい憩いの場所だった。
しかし愛同研はそういう場所じゃない。
もっとこう、隠れ家とか地元の喫茶店に来る人よりワンランク下の、好きなことの傍らで、惰性とか手癖で生きてるような連中の集まりだ。
「居場所感の提供にしたって、避暑地と自宅くらい差があるんだよ」
「なんとかいいとこ取りできないの。居住性を上げて快適にしていくとか」
良いとこ取りなあ。きちんと勉強して技能を修得した人間が珈琲を淹れてくれる時点で、喫茶店に完全敗北しているが、まあそこはいいだろう。
学校だからその要素は加えられないし。
まあいいや、やってみようか。住み心地が良ければ居つくってのは、何より俺が体現してきたことだし。これから愛同研が必要になる奴も、いるはずだしな。
いるかな。いるよな、いて欲しいな。
いやいないほうがいいのか。
「寝よう」
「え、ああうん」
考えすぎてもいかん。
実地で状況に合わせながらやればいいんだ。
部屋に戻りベッドに潜れば、頭の中は瞬間的に空っぽだ。そうそう、このくらいの按配を目指そう。そうしよう。
でも部室に行ったら、先輩の荷物を片付けないと、いけないんだよなあ。
誤字脱字を修正しました。
行間と文章を修正しました。




