・続いていく日々へ
今回とても長いです。
・続いていく日々へ
「これで全部だな」
先日卒業していった人々から、受け取った品々を、陽の光が差し込むリビングに広げる。
春休みに入って、既に三日が経つ。
もう学校に行っても、先輩と南はいない。
「随分あるね」
ミトラスが感心したように呟いた。卒業式の日は、どんちゃん騒ぎで忙しかったからな。
かさばる荷物は、大半が学校に残されていた。流石に自分の部の後輩に渡すのだけは、どこもしっかりとやったようだが。
他の部の世話になったから、その誰かに宛てるなら連絡を入れ、欲しければ取りに来いっていう、何ともざっくばらんな態度。あげたいのかあげたくないのかどっちだ。
「浅いけど長い付き合いだからな。挨拶の品が貰えるくらいには、思ってくれてたのは嬉しいよ」
バイトのないときに、せっせと依頼をこなしてきた甲斐があった。
やったことと言えば、荷物の運搬とか、主に体力面の雑用ばっかりだったけど。
「お返しはどうするの」
「俺が卒業するとき配れる物を、今のうちから考えないとな」
うーん、気が重い。量産品とはいえ、どれもこれも一芸特化な連中が作っただけあって、かなり手が込んでいる。粗品のティッシュや紅白饅頭よりも、頂いて嬉しいものを考えなくては。
つってもそんな製作スキル、俺にはないからな。
今年一年のレベルアップは、そっち方面に割くか。異世界にいたときも、内政チートなんか無かったし、腕っ節はこの世界でも上はごろごろいるし。
キャラ的な生存を考えると、痒い所に手が届くくらいの立ち位置を、目指さないといかん。
「でも製作なんて、それこそ本職がいるしなあ」
「あまり深く考えすぎないほうがいいと思うよ」
半袖半ズボンに裸足の、ネコ耳緑髪な魔物少年が、慰めてくれる。
そうだな。俺からプレゼントを貰える確率と、質への期待値を下げることで『この子が贈り物をしてくれたこと自体が喜ばしい』という、感動路線へと持って行くのが無難か。
こうやって考えると、確かにチンピラの生き方は楽だな。雨の日に小犬拾ったり、落し物を届けたりするくらいで、人の倍は良く見られるもんな。
……もちょっとがんばるか。
「それよりもサチウス」
「分かった分かった、順番に見ていこうな」
ミトラスがあんまりせっつくので、卒業生たちが残してくれたものを、見ていくことにする。先ずは小さいビニール袋に、植物の種が密封されたものが、幾つも入った缶詰。
「これは園芸部の奴だな。色々な花の種が入ってる。個人的にはこっちの柚子の種とか、蕎麦の実のほうがありがたい。後で湿気のないとこに保管しておこう」
「僕の世界で育てても大丈夫かな」
「それは育ててみないと、育つかも分からんし」
「それもそうだね」
園芸部の連中はすっかり学校に根付いた。花壇や植え込みの手入れも任されて、教師たちと話し合う仲になった。愛同研で一番周りと上手く行ってると思う。
人間が人間以外の命を、大切にしているという道徳的な姿を、道徳の時間がなくなった高校で、続けているのが良いのかも知れない。
「これは」
「あとにしような」
「はい」
漫研が残したのは、三年間の歩みというか、総集編とでも表現すべき、結構な量の自作漫画。
恐らく最初のほうは、作者が見たら悶絶するような出来だが、三年も後半になると、差はあるがどれも上手くなっている。
あとわいせつな奴もあって、ミトラスが手にしたのはそっち。助平。
「こういうのって全部の部がくれたの」
「いや、バイクとオカルトはなかったな」
オカルト部は蓮乗寺が部長の、実態のない部であり周囲と関わりがない。
とはいえこれまでの付き合いから、何をプレゼントされた所で、素直に喜べないのでむしろホっとする。
バイク部は卒業式にOBたちが、卒業生の自作バイクを搬入。
彼らは制服を脱ぎ捨てると、その下に着込んでいたライダースーツを露わにした。そしてもう一つの卒業証書として、先輩方から貰ったヘルメットを被って、颯爽と走り出して行った。
「あいつら金を全部バイクに突っ込んでたからな」
「オカルト部は」
「有ると思うほうがおかしい」
蓮乗寺の性格を考えれば、良くて物々交換だろう。自分が何か貰わない限り、自分も他人にやらないというのは、順序としては至極当然の考え方だけど。
ていうかそもそも卒業してない。
「料理部も冊子だけど、レシピ以外も沢山あるな」
「食器の薀蓄や食材の歴史、保存方法とかもあるね」
料理を作るだけかと思えば、こういう資料作成にも熱心なんだから、大したもんだ。後でありがたく読ませて頂こう。本音を言うと、食べられる物のほうが、良かったが。
「あ、これはヘッドホンって奴だね」
「うむ。電機部製の変わり種の中でも大人し目だな」
餞別というよりは試供品のそれは、真っ白いプラスチックカバーがお洒落なヘッドホン。
ただ、これが市販のものとは異なって、複数のイヤホンを装着できるようになっている。
イヤーマフの中に付属のイヤホンを装着し、端子をヘッドバンドの部分に差すと、まとめて音が出るというものだ。
端子用のソケットと、イヤホン装着用の穴がそれぞれ複数あり、複数の異なる音質で、同時に一つの曲が聞ける優れ……優れ物だよ。
「イヤホン一つでも、聞こえ方はだいぶ違うからな、サウンドフォントや、異なる音源と組み合わさると、音響の幅はかなり広がる。最後の最後でまともな発明品が出来たんだな」
また、イヤーマフはダイヤルのように、幾らか回すことで、イヤホンの位置を調節可能だ。
デザインはヘッドバンドが頭頂部ではなく、後頭部にあるタイプで好みなんだけど、問題点もある。
先ずイヤホンのケーブルが余るから、ヘッドホンに絡ませないといけないし、使わない分は一々端子を、抜かないといけない。
ヘッドホン自体も、ウォークマン等の再生機器に、有線で接続する必要がある。次の課題は無線化と操作方法の充実か。
「春休みの宿題代わりに、ありがたく頂戴して使用感のレポートを書こう」
進級祝いにコンビニで売ってる奴じゃなくて、もうちょい高級なイヤホンを買って試すのも、いいかもしれない。
「この白い礼服みたいなのはどうするの」
「箪笥の肥やしにするしかあるまい」
衣装部の部長が渡してくれたのは、足の長さ以外はサイズがほぼ完璧に合っている、白系の服が一揃い。先程のヘッドホンと色が被ってしまった。
「着てみて欲しいなあ」
「後でな。防虫剤買ってからな」
フリルのブラウスにパンツ、チェスターコートに、ブーツと皮手袋、貴婦人やお嬢様が好きそうな帽子。前の部長は赤色が好きで、今回卒業した部長は、別にそんなことなかったんだけど。
「たぶんコレ着て結婚式出ろってことなんだろうな」
衣装部の部長たちは、なんというか同性愛的な関係だったらしく、今回の部長が卒業するなり、いきなりノルウェーに渡って国籍を変えて、結婚するそうな。式は日本に帰ってから挙げるそうで、日取りは五月の連休、その後は二人で大学に通うとのこと。
また日本人になるのに十年くらいかかるはずだし、そもそも学校や行政的な扱いから、何から何までどうなるのか、皆目見当も付かないが、末永く幸せでいて欲しいものである。
「他にも服を貰ってる子っていたの」
「いた。恐らく式に呼ぶ奴全員、に渡してる可能性が高い」
卒業と同時に自由が爆発する連中もいたな。自由といえば運動部の連中もそうだが、貰ったのはダンボールの小包。
「マウスピースか、それにしては形が多少変だが」
「取り扱い説明書、じゃなくて手紙が付いてるね」
「入れ歯みたいに洗い方でも決まってるのかな?」
『サチコへ。それはマウスピースではなくテンプレートです。口の中を特定の噛む形にすることで、脳に刺激を与えて、体の機能を向上させてくれます。毎日口の中に入れておくだけで効果が期待できます。もっと早くに作っておけば良かったんだけど、せめて残りの一年使ってください。風祭より』
その他細々とした注釈があったが、取りあえず使って見ることにする。両方の奥歯の噛み合わせを、矯正するような感じなのかな。
「どれ、お、ぴったりフィット」
「『これは市販品ではないので、大事にしてください』だって」
え、あいつ何時の間に、俺の歯型を採ったの。え、こわ。ていうかこれって、スポーツジムとかで売ってるものじゃないのかよ。
最後の最後に謎を残していくんじゃないよ。
「洗ってから仕舞おう。なんだか怖くなってきた」
「こういう訓練用のアイテムもあるんだね!」
嬉しそうにしないでくれ。でもまあ戦い大好きの風祭先輩が進めてくるんだから、効果は確かそうだし、授業中にでも口に突っ込んでおくか。
「軍事部はカタログだな。マイナーな戦闘車両の図鑑とか、日用品の兵器転用の歴史とか、そんなんばっかりだ。『迷彩ぬりえ』とか誰を狙ってるんだこれは」
卒業制作の論文のほうがずっと有用じゃないか。『外征と風土病に関する考察』とか『漂流物の港湾部圧迫』とか、こういうので良いんだこういうので。
「最後は、これか」
「これっていつかの銃だよね」
革張りの縦長ケースを開けば、そこには昔先輩が福引で当てた、猟銃に良く似たものが鎮座していた。
『バトウ社製猟銃・金熊二千弐式プレミアム改』と、表面に書いてある。
木の温もりが伝わって来る、長い枝のような銃身、抱えれば不思議と、大樹に寄りかかっているかのような安心感を覚える。手にすると思ったより重くない。
刀よりかは軽く、片手で持てる。そして何より手に馴染む。
銃を取り出した後のケースの中には、三枚の手紙が入っていた。
『サチコへ。覚えているでしょうか。あの猟銃を元にして用意したのがそれです。高級仕様にして更に手を加えた捻くれ物だけど、あんたの手には合うと思う。ちなみに散弾は撃てなくしてあります』
どうしてわざわざ捻くれさせたのか。シンプルに新しい名銃を寄越せよ。さも使用者が捻くれてるせいみたいな書きか方は、名誉毀損だぞ。
『ボルトアクションなので時間はかかるけど、その分安全で分かり易いはずです。レバーアクションのほうが沢山撃てるけど、猿みたいに夢中になってガチャガチャやってるあんたの姿を想像したら、笑いが止まらなかったから、そっちにしてあげたわ。感謝なさい』
「こいつは素直に要点だけ書けないのか」
「まあまあいいじゃないの」
『本当はもっと良い物をあげたかったけど、あんたはお金がないから銃が買えないでしょ。銃社会に人の良心を期待してはいけません。撃たないに越したことはないけど、いざという時のために持っておきなさい。嫌ならせめて、自分に合った拳銃の一つも、携行してください』
「もっと卒業と別れに対して、思いを馳せる文章とか書けなかったのか南」
『それと我が家でやってる、空手の練習法をまとめた資料も置いていきます。怠けず鍛錬を続ければ、サチコならかなり強くなれると思います。そういうのに興味がないのは、分かってるけどね』
テーブルの上には数札のノートとDVDがある。内容は家族で和気藹々と、汗水垂らして空手の稽古に励むという、一風変わったホームビデオだ。スポーツエクササイズと思うことにしよう。
「基礎訓練と型稽古は、いつの時代も戦士の変わらない日課なんだね」
「誰が戦士だ誰が」
『それとあんたは私やいっちゃんに比べて、そこまで頭良くないんだから、私が三年生のときに使ってた、ノートのコピーを用意しておいたわ、勉強に詰まったら見るのよ』
「お前は俺のオカンか。やるならせめて去年からやってくれたら良かっただろ。そしたら俺の成績もう少し上がったよ。皆アクションが遅いんだよな。くれないよりマシだけど」
『それと』
「まだあるのか、そろそろ二枚目終わるぞ」
「今更だけど手紙相手に喋るのおじさんくさいよ」
ミトラスを一度見てから黙る。
そうだな。静かに読もうか。
『三枚目は、サチコが卒業するときに読んで欲しい。私はたぶん、卒業式を見に行って上げられないから。三枚目の手紙はお祝いのメッセージだから、頑張って卒業して、それから目を通して欲しいの』
こいつ尽く尽く人が良いというか、育ちがいいっていうか。
『あんたが小説を、あとがきから読む人じゃないことを祈るわ。それじゃ。南号より』
「そういうことらしいから。これじゃあ最後まで読めないな」
「机に仕舞ってきなよ」
「うん。そうする」
猟銃をケースに納めて、手紙は封筒に入れて、別にする。結局、最後までお前のほうが、俺のことを考えてくれてるんだから、世話はないよ。南。
「北さんからはないの」
「ないな。思い出すか思い付くかしたらくれるだろ。そういう人だし」
俺も一応用意しとこう。でないと万が一プレゼントあったときに、あの人絶対へそ曲げるから。
「これでいよいよ三年生だな」
「最後の年だね」
「こんなこと言ったらお前に悪いけど、学校楽しかったよ」
「まだ終わってないでしょ」
ミトラスがちょっとだけ、怒ったような顔をして、口をすぼめた。まだ卒業してないのに、気が早いと注意されてしまった。
気持ちとしては、もうかなり終わってるんだけど。
「そうだけどさ、お前も学校に、行かせてやりたかったっていうか」
「じゃあ異世界に帰った後、二人でどこか通ってみようか」
習い事でも始めるのか。昔懐かしのカレッジスクールという奴で。大学生じゃないから、キャンパスライフとはならないけど。
「それもいいかもな」
「そうと決まったら、新年度もしっかりしないとね」
「いいや、ゆっくりしていくよ」
同調せずに流すと、ミトラスは肩透かしを食らったような顔でこちらを見た。
いいんだ。俺たちはこれで。
こんなもんでいいんだ。
何かをしなきゃいけない訳じゃなく、歩調と歩幅は好きにしていい。才能だって伸ばさなくていい。
色んな人間が色んな事をしてていい。自分の人生に他の誰かがいて、自分も自由にしてていい。
「あくせくするのは向いてないんだ」
「僕としてはもっと、グイグイ行って欲しいのに」
「残念だったな」
窓の外を見れば何の変哲もない小春日和。ただの毎日が続いていく。
自分の才能と幸せが、必ずしも繋がってなくてもいいんだ。あんまり綺麗な受け売りじゃないけど、俺にはこれくらいが丁度いい。
この教えを守っていけば、今年はどうにか乗り切れそうな、そんな気がした。
<了>
この章はこれにて終了なります。
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文章と行間を修正しました。




