・去り行く始まり
今回長いです。
・去り行く始まり
学校に来た。朝のホームルームが終わるなり、生徒全員が体育館に移る。前日から準備された席に座り、前のほうには三年生、その後ろに二年、一年と続く。
今日という日に礼服を着てきた保護者や教員、関係者等々が壁に並びビデオ撮影に精を出す。
卒業生を引率するであろう担任たちは、忙しそうに歩きまわっている。リハーサルも昨日やったが、それでも同じ説明を、何度も繰り返している。
マイクとスピーカーのチェックをして、本日のプログラムを読み上げる。
校長以下諸先生方、御来賓の方々、保護者代表のスピーチ、国歌斉唱、その後に卒業証書授与。
卒業生代表と在校生代表のスピーチがあって、校歌斉唱。最後にまた校長のお言葉というのがあり、その間に何度も、立ったり座ったりする。
文字に起こせばそれだけのことだが、実時間は二時間くらい。
十二時頃には教室に戻って、帰りのホームルームと掃除を終わらせるのが、だいたい一時前くらい。これが今日の流れである。
余談だが、なるべく皆が壇上を見上げることができるよう、席順には配慮がなされているのだが、俺みたいに図体がデカい女子は、若干列からはみ出ることが許可されている。
端っこの女子の列から、一個分隣にズレてる自分を俯瞰してみたら、面白かったんじゃないかな。
吹き出す人がいなくて良かった。
俺はといえば制服に着替えて、他の生徒同様、粛々と卒業式に参加した。
先輩と南の名前が呼ばれ、それぞれ卒業証書を受け取ったのを見たときは、胸がいっぱいだった。
席に戻ってくる二人と目が合ったとき、弱ったなって顔してた。
当たり前だが卒業生には、愛同研の見知った連中もいて、悲喜こもごもって感じだった。自分なりの三年間を過ごした奴らで、どいつもこいつも癖があったりなかったりしたな。
最後に芋ダッサイ校歌を歌ったら、あっという間に二時間が経過していた。
別段ありがたくもない言葉を受けて教室に戻ると、担任から春休み明けが何時なのかの通達があり、ありきたりな諸注意があって、それで終わり。
味気ない限りだ。
ただ自分たちのしてきたことのせいで、俺と一年間対立する生活を送ったからか、今日でこのクラスとオサラバできるのが、嬉しそうではあった。厚かましい連中である。
ともあれ帰りの廊下は、普段なら見ない三年生や保護者たちと、それを迎える後輩たちで、ごった返していた。
花束や卒業祝いを受け取って、涙ながらの語らいをしている姿は、否が応でも節目を思わせる。
今日だけは学校全体が花道。そういうつもりで俺も教室を出た。
向かう先は決まっている。米神高校四階の角部屋。我らが愛同研だ。青空の光に照らし出される、使い古された一室。
ドアを開ければ一足先に来ていた、アガタと栄の二人がいた。栄の目は赤かった。
「お疲れさん」
「あ、サチコ先輩お疲れ様です」
「あ、お、お疲れです」
「いいから無理するなよ」
栄はハンカチで口元を覆っており、まだちょっと涙が引っ込まないようだ。最初は劣等感からか、先輩と確執があったものの、蓋を開ければ姉想いの常識人に更正・成長した。
「う、すいません」
「さっちゃんはお姉さんが卒業したから、安心したみたいで」
「気持ちは分かる」
うちの主要メンバーは、何かの拍子に学校からいなくってもおかしくなかった。俺も南も先輩も。
全員が全員、学生であることと、相性の悪い何かを持っていたから。
「おーっす!」
「皆もう揃ってたのね」
思い思いに浸っていたところへ、主役二人がやって来た。主役というか、いっそ主人公でもいいような気さえする、何のと聞かれると困るが。
「あ、お二人とも卒業おめでとうございます!」
『卒業おめでとうございます!』
アガタに続き、俺と栄が声を合わせて頭を下げる。既にあちこちで声をかけられたのか、二人とも手には花束やら、粗品の入った紙袋やらを沢山持っていた。
「栄~気持ちは嬉しいけど感動し過ぎだろ~」
「うっさい! 私が今まで、どれだけあんたのことで気を揉んだと……!」
「悪かったよ、でも卒業できたんだからさ、水に流してくれたっていいじゃんかー」
どういう理屈だと思ったが、今日だけは言うまい。ただ向こうもそれを分かって言ってるから、小賢しい限りである。
「栄さん、あなたには本当に助けてもらったわ。今日までありがとうね」
「南先輩こそ、斎のことを何から何まで、なんてお礼を言ったらいいか」
「ねえサチコ、私ってそんなに信用ないかな」
「俺はお前好きだけど信用はしてないぞ」
先輩は口をぎゅっと結んで、責めるかのような視線を送ってくるが、俺は正直に答えたまでだ。これを期に態度を改めろよ。
「そんなことよりも、この後うちで、送別会をやるんでしょ。早く他の部の人たちも誘って行きましょう!お父さんたちも初めてだからって、張り切ってんですから!」
アガタが待ちきれないとばかりに、話に割り込む。先月俺が東雲から雇い止めの通達を受け取った後、色々あって卒業の打ち上げはアガタの店『日鬼楼』ですることとなった。生徒たちだけで会費を集めて行われる宴会だ。
規模も結構大きくなるし、店も貸切となる。
目の前の看板娘二号は、自分の家に初めて友だちを呼ぶ、子どものようなテンションである。例えておいて難だが、俺にそんな経験はない。
「落ちついてファンさん。まだ皆自分の挨拶だって、終わってないでしょうよ」
「心配せずとも、夕方までには終わるんだ。俺たちとぞろぞろしたって良いだろ」
「私は沢山来たのを迎えたいので」
なるほどそういう考えもあるのか。
「だったら栄や他の一年を誘って、先に待ってたらどうだ。幾らなんでも早すぎるが」
「じゃあもう少ししたらそうします」
そうして俺たちは、しばらくの間部室で談笑した。自分の中では一番長く会話できたと思う。自己ベスト更新。ちなみにアガタは有言実行で、栄を連れて店に向かった。
だから部室には、いつもの三人が残った。
「いよいよ大詰めだな」
「そうね」
「大げさだよ」
先輩が苦笑する。
振り返れば俺たちの始まりは、この世界の歴史改変からだった。
色々あったというか、色々やったせいで、この世界は恐らく二度と、元には戻らない。しかしそれは先輩とは大して関係がなく、彼女の人格にも特に影響しなかった。
北斎は北斎のままだったのだ。一つのことが終わるけど、この人は何も変わらない。たぶん人生も、そこまで変わらなかったんじゃないか。
「別に何かの大会に出た訳でもないし、部活動らしい活動も無かったでしょ」
「嘘おっしゃい、しょっちゅう何か作ったり、他所の部に顔出したりしてたじゃない」
「愛同研って居場所は作ったし、いじめだって沢山解決しましたよ」
発起人だったり、被害者だったり、立場は違ってもスタート地点は、だいたいこの人だったと思う。
要らないこともいっぱいしたけど、終わって見れば楽しかった。
「あんたが部長じゃなけりゃ、こうはならなかった」
「そうね。そこは誰に聞いても、同じ答えになるわ」
「なんだよもう。こんなときにそんなこと言うなら、日頃からもっと褒めておけよなあ」
『日頃は褒められることしてないでしょ』
「くいつめ!」
反射的に出てしまった台詞は、奇しくも南と同じであった。そして仲良くパンチを食らう。全然痛くないが大げさにしておく。
少し笑ってから先輩が息を整える。身長はほとんど変わっていないように見えて、ほんのちょっとだけ、伸びている。今日もほんのちょっとだけ化粧してる。
少しずつだけど、変わっていってたんだな。
「……このあとは送別会で話せなくなりそうだから、今の内に済ませとくよ。ありがとう。変わり者だらけのうちだったけど、二人がいてくれて、本当に楽しい時間だった」
先輩は南と俺の顔を順番に見た。
晴れやかな表情で、言葉を続ける。
「学祭のときも言ったよね。最初の一年は愛同研を作るために、躍起になってて、そこに当時の部員たちが集まってさ。その翌年に歴史が変わって、未来人が来て本当にわくわくした。情報発信のために描いた漫画が最初にサチコの目に留まって、でも冒険は危ないから止めようって、考え直したりして」
学園祭のときも、そんなふうなことを、言ってたっけな。
「なあ、それっていいことなのか」
「結果的にそうなんじゃないの。いっちゃんの性格を考えると」
「結局元には戻らないままだったけど、大きな不都合もなく、世界が動き続けて、こうやって卒業まで来れちゃった。でも本当に色々なことがあったよ。結果的に未来人と異世界人と一緒に、改変された歴史の中、部活を切り盛りしてたんだから、随分と濃い三年間を送れた」
俺は一応現代人だけど、将来的には向こうに土着化する予定なので、異世界人でもおかしくない。
「うん、世の中は変えられなかったけど、私にはその必要がなかった。友だち巻き込んで馬鹿なことして、好きなことをほどほどにして、姉妹の仲も直って良くなった。ちょっと宝の持ち腐れって感じもしたけど、ここまで無事に来れて良かった」
南がタイムパトロールの下請けを辞めて、じゃあ今度こそ未来から、本物が来るかと思えば、当人がこの時代に戻ってきただけという。
されたら困るが、歴史改変を元に戻す物語とかは、終ぞ始まらなかった。
「私って人よりずっとできるから、何かをしなくちゃいけないような義務感があったんだ。才能を活かさないと、もったいないぞって。できるんだからどんどん成長して、吸収しないといけないんじゃないかって、何かから急かされてるような気がしてた」
少し遠い目をして過去を見る斎。十分色んなものを勉強して、どうかしてるほど能力を伸ばしてたような気がするが、アレでもまだ控え目だったんだろう。
「でもそんなのは幻だった。ここでやりたいことを、打ち込むようなことじゃない。くだらないことを、毎日毎日やって、色んな人と、色んなことをする。それが楽しかった。私の幸せに、私の才能なんか関係ないことに、ホッとしてた」
一番になれる奴が、一番になりたいと思うかどうかは別ってことで、人を殺せるから人を殺したいかというのと、同じ話である。
「自分の人生に自分以外の人間がいる。それを教えてくれたのはここと……ありがとうね」
先輩と目を合わせてから、南と目を合わせる。
そんなのお互い様なのに。
「俺のほうこそ、あんたほど普通に接してくれた人間はいなかった」
「私は」
「お前は海さんと次点」
真面目に答えると、南は拗ねた様子だったが、異論は挟まなかった。口を尖らせたまま、指先で髪をくるくると弄る。
「時々ひどい扱いのこともあったけど、終わって見れば笑い話にできる。あんたがいなかったら出来なかったことだよ。俺のほうが年上だけど、俺の先輩は北斎しかいないって、今でも思ってる」
少し息を吸って、姿勢を正す。
「この二年間、何から何まで、本当にありがとうございました」
「私こそ。みなみん、サチコ、今日までありがとう」
頭を下げると、小さな手に肩を叩かれる。この小さな手が、こうして体に触れるのは何度目だろう。
こんな気持ちになるのなら、もっと触れておけば、良かったよ、斎。
「さあ、話も済んだことだし、私たちもファンさんのお店にいきましょうか」
「南、お前はいいのか」
「折角だから後にするわ、そのほうがいっちゃんに、花を持たせてあげられるでしょ」
上体を起こして振り向くと、南は軽く笑っていた。さっきまでの不機嫌はポーズだったんだろう。先輩は先輩で、眩しそうに元後輩の友人を見つめている。
ほんと、奇妙な縁だよな。
「行こう。まだ早いけど、その分は向こうで、話せるだろうから」
「そっすね」
「そうしましょ」
俺たちは荷物の確認をして廊下へ出た。先輩が部室の明りを消して、ドアを閉めて、最後に鍵をかけた。
そして。
そしてしばらくの間、何も言わずに、俺たちの部室を眺めていた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




