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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二人の卒業編
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・番外編 幾つになっても至らぬ面々

・番外編 幾つになっても至らぬ面々


 ※このお話は三人称視点でお送りします。


 巨大な女子校生が、去って行ったほうを見ながら、二人の女生徒はしばしの間、何も話せずにいた。


 自分たちは機嫌を損ねただけなのだが、その拗ねた様子が意図せず、後輩であり友人でもある、目上の女性を傷つけたという事実が、彼女たちを狼狽させた。


 動けるようになったときに、最初に採った行動は、お互いに目配せをして、意思を確認することだった。


 その表情から焦り、気まずさ、苛立ち、そして怯えを見て取ると、概ね自分と同じ気持ちであることを、理解する。


 言葉を捜し、或いは呼吸を整え、漸く会話が可能な状態まで回復した。二人こと北斎と南号が、態勢を整えたのは、超巨大女子校生ことサチコが去ってから、数分後のことである。


「まずったわね」

「茶化しと真面目の順番を最後間違えた」


 二人はサチコにかけた言葉を思い出して嘆息した。彼女が目上だとか異世界帰りだとか、そんなことはどうでも良かった。


 いつまでも心配をかけて、守られなければいけない存在、関係ではないと言ったのは、友人への偽らざる想いであった。


 実情を鑑みればそれは如何にも頼りなく、強がりとも言えた。


 しかし、斎も南も自らの幼年期の終わりを、この部室と三人の中に見ていた。


 例えそれがどれほど嘘臭くても、言わなくてはならなかった。言えなくてはならなかった。他でもない三人のために。


 だからこそ、言ったのだが。


「そのせいで上手く伝わらなかった」


「サチコがあんなに心細そうな顔したの、母親の話をしたとき以来よ」


 南は厳しい表情を浮かべて目を閉じる。およそ一年と数ヶ月前、愛の無い思惑を秘めた、母親との再開を話した友人は、家庭というものについて述べ、不安を感じていた。不信と言ってもいい。


 そんな価値感を受け容れられなかった南に対して、サチコはフォローを入れた。


 何度も軽口を叩き合い、仲良く反目してきた月日の中で、生まれや育ちが良いと言われたときの、高揚感や誇らしさは、決して持たざる者からの羨望だからではない。優越感ではない。


 友だちが素直に褒めたからだった。


 南は自分がサチコに言われてきたほどには、サチコを褒めていないことに気が付いた。


 それ故に、このすれ違いは痛恨であった。


「なんかさあ、あいつのが目上なのに、これじゃ私たちのが保護者みたいじゃん」


「実際そういうとこあったけどね、私たちも」

「サチコ目線で考えると、うーん」


 斎は友人のことを考えた。人と違い過ぎるということは、相手が複雑であることを意味しない。


 異世界が云々、生い立ちがかんぬんと、異彩を放つ人生を持つ友人が、この部活で見せた顔は、居場所に安らぐ者のそれであった。


 口数の多いほうではなく、それでいてよく動いて、周りから『部長の番犬』と、揶揄されることもあったサチコだが、その面相は他に忠犬、猛犬、猟犬といった側面を見せた。


 だがさっき見せたのは、仔犬のそれであった。


(てっきり守られてるとばかり思ってたけど、大きくなったもんだな、私も)


 斎は自分の三年を、勢いで駆け抜けたものと考えていたが、振り返ってみれば付いてきた人間は、ただ同じ道の上を、歩いているだけではなかったか。


 どのような観点から見ても、小さな人間の一人に過ぎないという自覚の、その外。


 自分は確かに守られていたし、自分も守っていたということが、ここに来てはっきりした。


 それ故に、この見落としは悔恨であった。


「あの子にしたって異世界なんて、そんなよく分からない場所での暮らしと、こっちでの暮らしは関係ないはずでしょ。こっちに言っても意味ないことくらい、分かってくれてもいいじゃない」


「モンスターと暮らそうが、蓮乗寺から超能力を貰おうが、そのせいで学校に居辛い訳でもないし、悩むようなことじゃないよね」


 二人は後ろめたさと、友人の失念への苛立ちを口にした。今日日、魔法少女の素性が割れても、特にペナルティが発生することもないこの頃。況や現実をや。


 余談だが魔法に目覚めるなどの一部の過去は、オカルト部の部長という存在を用いて、改変して伝えられていることを、彼女たちは知らない。


「異世界側にだって友だちいるなら平気だろうに」


「二度と会えないっぽいし、手紙だって届かないものを教えられたってねえ」


 ――だから心配したのだ。自分は平気かも知れないから。もしもということもあると。二人が自分の行方を知らないことで、行方を気にするのではないかと。


 斎と南の思考はそこへ辿り着くと、誤魔化しようのない気持ちに、再び溜め息を吐いた。


「こういうときどうしたもんかな」


「謝ることじゃないのよね、別に言い過ぎた訳でも、ない訳だし」


「強い言葉は使ってないし、口調だって荒れてなかったしね」


 誰にも落ち度と言うほどのものがないことで、謝って終わることができない。気に入らないという感情はあるものの、当然ながら秘密を打ち明けたサチコを、責めるのはお門違いであった。


「あー何だってこんなしょうもないことを……」


「こんなこと言うと失礼だけど、サチコの秘密って、私らにはかなり、どうでもいいんだよねえ」


 サチコが感じ取っていた通り、南と斎は全くと言っていいほど、異世界に興味を示さなかった。


 歴史改変という事件、未だそのままの現状、未来人という存在。数々の冒険や困難が、三人の仲を育み、逆にそのせいで、劇的な事象に鈍感になっていた。


 これが二年前の四月、三人の関係が始まったばかりの頃に、サチコの秘密が暴露されていれば、もう少し反応は異なっていただろうが、言い替えればそれだけのことに過ぎなかった。


 まだまだ日は高い時間に、部室の中では二人の女子がうんざりとしている。


「どうするいっちゃん。電話の一つも入れたほうが」

「要らんでしょ。明日卒業式だし」


「いや、明日卒業式なんだし、スッキリしときたいでしょ」


「卒業式なんだよ。そこでもう一度言って聞かせて、カッコいい台詞の一つも添えればいんだよ」


 ぶっつけ本番という場当たりの極みを口にする同学年に、南は軽い眩暈を覚えた。それとも今から台本を練って練習をするのか。


 ただ一つ、依然として不機嫌な表情を浮かべる斎から読み取れたのは、この人物が変な所で意地になっている様が、サチコに似ているということだった。


 一方斎は斎で、サチコの態度が、年々穏当になって来たのは、東海や南号に影響されてのことだろうと、踏んでいた。良いことなのだが当人にあまり似合っていない。


「本当にあの子って、誰に似たのかしらね」


「そりゃあみなみんでしょ。近頃妙に大人しくなって来ちゃってさ」


「いっちゃんでしょ。段々歯止めが利かなくなってきたのって」


「え?」

「え?」


『え?』


 ――間。


「間違えたらいけないのは、サチコが後ろめたさから告ってきた訳じゃないってことよ」


「恋愛的な話、あいつの性格なら、もっと早く言ってただろうしな」


 古典的な責任転嫁の応酬に発展、もとい脱線する前に二人は話を戻した。自制心が成長している何よりの証であった。


「ここですることは謝罪じゃないんだ」

「じゃあ他に何を言えばいいのよ」

「そこはこれから考えないといけないんだけど」


 自分たちが心配されていたということに対し、斎も南もどういう反応をすればいいのかが、分からないでいた。


 サチコの心を肯定しているが、それ自体は当人たちにしてみれば、嬉しくも喜ばしくもない。


 二人共今回に限っては、心配をかける様なことはしていないのだ。


 身も蓋もない言い方をするなら、相手が将来のことで勝手に不安になっただけとも言えた。


「ともあれ私らサチコの、親代わりみたいなとこあるからね」


「そうね。人間関係から責任って無くせないわよね」


 南と斎は腕を組むと天を仰いだ。明日という最後に友人へ向けてかける言葉、送る言葉を考える。


 恐らく、これまでの人生の中で最も頭を使って。


「駄目だ。全く浮かばん」

「私たちにセンチメンタルは似会わないわ」


「こういうののケアが向いてそうな人間って、身近にいないしなあ」


「このままじゃ埒が明かないし、気分転換しましょ」

「たまには喫茶店でも行ってコーヒーでも飲も……」


 そこまで口にしたとき、それぞれの脳天を突き抜けとある人物の顔が、宙に浮かんだ。同時に『あっ』と声を上げ、二人は顔を見合わせると、慌てて部室を、次に学校を出る。


 彼女たちは急いだ。


 目指すは今年二年生になる後輩が、サチコと入れ替わりに、勤めることとなった場所であり、自分たちと同じく、彼女を二年間見続けて来た人物が、いる場所だった。


 喫茶店『東雲』、そこには斎、南、サチコと共通の知人或いは友人であり、人間が一番出来ている人物がいる。


(もしかしたら海さんに相談すれば何とかなるのでは)


 全く同じ希望と期待を抱きながら、二人は東雲に続く道を急いだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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