表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二人の卒業編
333/518

・打ち明けたくて

・打ち明けたくて



 愛同研の部室にて。


「は?」

「なんだってえ?」


 南と先輩が素っ頓狂な声を上げる。自分が話をよく聞いてなかったのだろうかという、自問の響きが滲んでいる。


 机を四つ寄せて、四角い島に三人で座っている。


 先輩は珍しく、自分の髪型を気にして、南に整えてもらっていた。明日の卒業式に備えてのことだ。意識するのが遅いにも程があると思うが、やらないよりは良いだろう。


 南は南で、姉か母親みたいな態度で応対していた。小柄な先輩との体格差があるせいか、どうしてもそう見える。


 ただそれでも、俺たちのようにルックスに難がある女子が、身嗜みに気を遣うのは嬉しいようだ。


 まあそうだよな。お目汚ししてるんだから、多少なりとも綺麗にしとけってなるな。


「悪いんだけどもっかい言ってくれる」

「なんか頭のおかしい台詞だったわよね」

「だから、俺は卒業したら異世界行くんだってば」


 俺は二度目になる台詞を吐いた。一度目は二人とも手を止めて、考える素振りをしていたが、二度目はこちらに白い眼を向けて来る。


「え、卒業式って何か他にすることあったっけ」

「あんたって別にテレビ見ないわよね」

「いやだから冗談じゃないんだ真面目な話」


 真面目な話、と言われて二人の表情が引き締まる。視界の端で猫となったミトラスが、欠伸をしているが気にしないことにする。


 彼は俺が異世界と自分のことを、彼女らに話したいと言ったとき、快く許してくれた。


 未来の文明の力なら、もしかしたら探し出されて、行き来される。悪く考えると侵略される危険性もあるのに。


『君がそこまで思える相手を得たのなら、僕は君たちの仲を邪魔なんかしないよ』と静かに、しかしはっきりと言ってくれたのは、昨日のことだ。


 この二年間猫の姿で学校に来ることもあったしな。その上で信用してくれたって、ことなんだろうか。


 ともあれそういう訳で、この場を借りて告白をしたのだが、どうにも反応は芳しくない。


「あのー仮にね、その話が本当でもねサチコ。なんで今言ったの」


「もうちょっとタイミングとか、演出ってものがあったんじゃないかしら」


「いやだって、こんなんどう言ったらいいか、分からないし」


 段取りとか説得力とか、感動が出る言い回しとか、思い付かなかったんだもん。


 地球から異世界行って、また地球って出戻りしてんだぞ。それを俺はまた異世界に帰ろうって、もう一つ出戻りしようとしてんだ。ここだけでも非常に説明しづらい。つまり。


 地球→異世界→地球が最初

 異世界→地球→異世界が今回。


 ということだ。


 これではまるで男を見る目が無くて、離婚と再婚を繰り返す頭の悪い女だ。前者はまだミトラスに召還されたから、出戻りじゃないと言えるが、後者は完全に俺の意思であり、将来の予定だ。


 申し開きはない。するつもりもない。


 一度は墓まで黙って持っていこう、最後まで内緒にしておこうと、考えていたときもあったんだ。現に伏せておいたほうが良さそうなことは、未だ伏せたままである。


「異世界って何よ」


「俺もよく分からん。モンスターとかいた。人類に魔王が倒されてた」


「世界の名前とかないの」


「無い。星の名前とか大陸の名前とかも知らん。国の名前も。興味が無かった」


「ええ何しに行ったのそれ」

「いや俺が自分から行った訳じゃないし」


 最初はオカルト部の誘いでとか、実は霊能力に目覚めたから旅に出るとか、カバーストーリーも考えたんだが、なんていうか別にいいかって思って。


「で、モンスターの街を人間様式に復興開発しようって話だったかしら」


「うん。まあ俺の出る幕はほとんど無かったけどな」

「軌道に乗ると初期メンが要らなくなるのあるよね」


 止せよ地味に気にしてたんだから。


「正直そういうのの設定とかどうでもいいんだけど」

「お前どうでもいいことないだろ俺の三年間だぞ」


「私たちにはそっちのほうが大事よ」

「そうだ要はサチコじゃなくてサチコさんなんだろ」


「つまり私たちより三つ年上」

「正直俺もそこが一番、後ろめたかった」


 二人が怒っている。別に今まで一度たりとも、こいつらと同い年だと言ったことはない。騙してはいないけど、気分はどうやってもそうなるだろう。


「じゃあ何か。本来なら先輩である私たちを、先輩目線で見てたのか」


「私らとんだピエロだった訳ね」


「お前ら俺より友だち多いし成績良いだろ。それこそ何言ってんだよ」


 急に自分たちが吹かしていた、先輩風が恥ずかしくなったのかも知れないが、恥ずかしいのは三つ年下の自分より、遥かに優秀な友人を持つこちら側である。


 自信を失くすとか劣等感がどうとかというよりも、自分の不出来を確認するという、極めてシンプルな羞恥心の刺激。


 現役じゃない大人が、現役の高校生を前に、数学の問題を解けないときに、何故笑いが出るのかって心境が理解できてしまった、あの情けなさ。


「第一俺が年上だって分かった今も、こうしてタメ口で話せてるだろ」


「それはズルイわ。最初から目上って分かってたら、私は敬語使ってた」


「英語で話してたら」

「丁寧な英語使ってたわ!」

「みなみんは育ちいいからね」


 南は親と一緒に格闘技と銃を覚える傍ら、学年を飛び級し、大学に入り一年の節目は、家族と過ごした。


 加えて小賢しい部分もありながら、芯は勝利友情パワーという奴だ。嘘ではあるまい。


「先輩は」


「うーん、サチコ呼びも最初は気を遣ってのことだったし、気を遣う理由が増えた所で、やっぱり私はサチコのままだったと思う」


「ほらみろ」


 敢えてのタメ口だったのか。

 この人の判断力やっぱすごいな。


「うっさいわね。そうと知ってたら年齢系の悪口だって使えてたのよ」


「ああそれはあるかなあ」


 うーむ。結局いつもの二人で三人だ。信じる信じないではなく、異世界に全然興味がない。俺が異世界に帰るとかも、別にどうでもいい感じだ。


 黙ってたほうが良かったかな。


「ていうかよ。話を戻すけど、なんで今になってそれを言ったのよ」


「そりゃ最初に言われても、学校生活じゃ死に設定だろうけど、言って損する訳じゃなかったよね」


 南と先輩は暗に、自分は信用されていなかったのだろうかって、不安そうだ。そんなんじゃない。ただ、この生活にそのことは、不要だったってだけなんだ。


「正直言わなくてもいいかって思ったんだけど」

『じゃあなんでよ』


 ハモんなし。


「その、卒業した後に俺がいなくなったら、お前ら心配するんじゃないかって思って……」


 むすっとした表情を浮かべていた二人が、そのままぴたりと動きを止めた。たぶん俺は今、結構狼狽えた顔してるんだろうな。


 弱ったなあ。やっぱりもう少し、伝え方を凝るべきだったか。


「じゃあなに。あんた自分が異世界に行くのを私たちが知らなかったら、後で心配するんじゃないかって、そう思って、だから心配かけまいと思って、急にこんな話をしたってこと」


「うん」

「どう思いますいっちゃんさん」


「これはねえ、小学生レベルのやり方ですよみなみんさん」


 急に敬語になるなよ。怒るなよ。


 俺だってここまでどうしようかって、長いことうだうだ悩んでたんだぞ。それを少しくらい汲んでくれても良いじゃないか。


 でも杞憂で済んだのはほっとしてる。


「ほんとのこと言って、怒られたり嫌われたりしたらどうしようってことですよ、南さん」


「そこまで分かってて行動に移せないとか、どうしようもないですよ、北さん」


「お前ら楽しそうだな」


 チラッとだけこちらを見た後、今度は無言になって腕を汲む二人。


 しばらく考え込んでいたが、やがて溜息を吐いて、机に突っ伏した。


「まあいいや。行き先は異世界なのね」

「じゃ行ってらっしゃい。いやお帰りなさいかしら」


 軽く手を振って、いや、これは追っ払っているんだろうか。


 とにかく二人は不機嫌さを隠しもしなかった。言わないほうが良かったのかなあ。


「サチコ。目上だろうとあんた私たちの後輩なんだ。そんなに心配するなよ」


「あんたにアレコレ気を揉んで貰わなくちゃ、いけない関係になった覚えないわよ、私たち」


「ごめん」


 そう言って両者共にそっぽを向く。


 二人が心配するんじゃないかってことを、心配したのか、それとも単に俺が不安になっただけなのか。


 それは俺にも分からない。

 でもこうしたいと思った。

 果たして何が一番良かったのか、見当も付かない。


 でももう言ってしまった。なんというか思い上がりだったんだろうか。それはそれで恥ずかしいしちょっと傷付く。


「うん……じゃあ、俺帰るから。なんかごめんな」

「え、帰るの」

「帰るよ。もういても意味ないし」


「え、ちょっと待とうよサチコ」

「そうよそんな急ぐことっ」


 部室を出て、いつもより早く家に帰る。明日はもう卒業式だってのに、最後の最後でしくじったな。


 本当に、俺って肝心なとこでどん臭いんだよなあ。

 まあこれで終わりはするだろう。


 一度しか機会のないことを、上手に済ませられるってのは、本当羨ましい限りだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ