・打ち明けたくて
・打ち明けたくて
愛同研の部室にて。
「は?」
「なんだってえ?」
南と先輩が素っ頓狂な声を上げる。自分が話をよく聞いてなかったのだろうかという、自問の響きが滲んでいる。
机を四つ寄せて、四角い島に三人で座っている。
先輩は珍しく、自分の髪型を気にして、南に整えてもらっていた。明日の卒業式に備えてのことだ。意識するのが遅いにも程があると思うが、やらないよりは良いだろう。
南は南で、姉か母親みたいな態度で応対していた。小柄な先輩との体格差があるせいか、どうしてもそう見える。
ただそれでも、俺たちのようにルックスに難がある女子が、身嗜みに気を遣うのは嬉しいようだ。
まあそうだよな。お目汚ししてるんだから、多少なりとも綺麗にしとけってなるな。
「悪いんだけどもっかい言ってくれる」
「なんか頭のおかしい台詞だったわよね」
「だから、俺は卒業したら異世界行くんだってば」
俺は二度目になる台詞を吐いた。一度目は二人とも手を止めて、考える素振りをしていたが、二度目はこちらに白い眼を向けて来る。
「え、卒業式って何か他にすることあったっけ」
「あんたって別にテレビ見ないわよね」
「いやだから冗談じゃないんだ真面目な話」
真面目な話、と言われて二人の表情が引き締まる。視界の端で猫となったミトラスが、欠伸をしているが気にしないことにする。
彼は俺が異世界と自分のことを、彼女らに話したいと言ったとき、快く許してくれた。
未来の文明の力なら、もしかしたら探し出されて、行き来される。悪く考えると侵略される危険性もあるのに。
『君がそこまで思える相手を得たのなら、僕は君たちの仲を邪魔なんかしないよ』と静かに、しかしはっきりと言ってくれたのは、昨日のことだ。
この二年間猫の姿で学校に来ることもあったしな。その上で信用してくれたって、ことなんだろうか。
ともあれそういう訳で、この場を借りて告白をしたのだが、どうにも反応は芳しくない。
「あのー仮にね、その話が本当でもねサチコ。なんで今言ったの」
「もうちょっとタイミングとか、演出ってものがあったんじゃないかしら」
「いやだって、こんなんどう言ったらいいか、分からないし」
段取りとか説得力とか、感動が出る言い回しとか、思い付かなかったんだもん。
地球から異世界行って、また地球って出戻りしてんだぞ。それを俺はまた異世界に帰ろうって、もう一つ出戻りしようとしてんだ。ここだけでも非常に説明しづらい。つまり。
地球→異世界→地球が最初
異世界→地球→異世界が今回。
ということだ。
これではまるで男を見る目が無くて、離婚と再婚を繰り返す頭の悪い女だ。前者はまだミトラスに召還されたから、出戻りじゃないと言えるが、後者は完全に俺の意思であり、将来の予定だ。
申し開きはない。するつもりもない。
一度は墓まで黙って持っていこう、最後まで内緒にしておこうと、考えていたときもあったんだ。現に伏せておいたほうが良さそうなことは、未だ伏せたままである。
「異世界って何よ」
「俺もよく分からん。モンスターとかいた。人類に魔王が倒されてた」
「世界の名前とかないの」
「無い。星の名前とか大陸の名前とかも知らん。国の名前も。興味が無かった」
「ええ何しに行ったのそれ」
「いや俺が自分から行った訳じゃないし」
最初はオカルト部の誘いでとか、実は霊能力に目覚めたから旅に出るとか、カバーストーリーも考えたんだが、なんていうか別にいいかって思って。
「で、モンスターの街を人間様式に復興開発しようって話だったかしら」
「うん。まあ俺の出る幕はほとんど無かったけどな」
「軌道に乗ると初期メンが要らなくなるのあるよね」
止せよ地味に気にしてたんだから。
「正直そういうのの設定とかどうでもいいんだけど」
「お前どうでもいいことないだろ俺の三年間だぞ」
「私たちにはそっちのほうが大事よ」
「そうだ要はサチコじゃなくてサチコさんなんだろ」
「つまり私たちより三つ年上」
「正直俺もそこが一番、後ろめたかった」
二人が怒っている。別に今まで一度たりとも、こいつらと同い年だと言ったことはない。騙してはいないけど、気分はどうやってもそうなるだろう。
「じゃあ何か。本来なら先輩である私たちを、先輩目線で見てたのか」
「私らとんだピエロだった訳ね」
「お前ら俺より友だち多いし成績良いだろ。それこそ何言ってんだよ」
急に自分たちが吹かしていた、先輩風が恥ずかしくなったのかも知れないが、恥ずかしいのは三つ年下の自分より、遥かに優秀な友人を持つこちら側である。
自信を失くすとか劣等感がどうとかというよりも、自分の不出来を確認するという、極めてシンプルな羞恥心の刺激。
現役じゃない大人が、現役の高校生を前に、数学の問題を解けないときに、何故笑いが出るのかって心境が理解できてしまった、あの情けなさ。
「第一俺が年上だって分かった今も、こうしてタメ口で話せてるだろ」
「それはズルイわ。最初から目上って分かってたら、私は敬語使ってた」
「英語で話してたら」
「丁寧な英語使ってたわ!」
「みなみんは育ちいいからね」
南は親と一緒に格闘技と銃を覚える傍ら、学年を飛び級し、大学に入り一年の節目は、家族と過ごした。
加えて小賢しい部分もありながら、芯は勝利友情パワーという奴だ。嘘ではあるまい。
「先輩は」
「うーん、サチコ呼びも最初は気を遣ってのことだったし、気を遣う理由が増えた所で、やっぱり私はサチコのままだったと思う」
「ほらみろ」
敢えてのタメ口だったのか。
この人の判断力やっぱすごいな。
「うっさいわね。そうと知ってたら年齢系の悪口だって使えてたのよ」
「ああそれはあるかなあ」
うーむ。結局いつもの二人で三人だ。信じる信じないではなく、異世界に全然興味がない。俺が異世界に帰るとかも、別にどうでもいい感じだ。
黙ってたほうが良かったかな。
「ていうかよ。話を戻すけど、なんで今になってそれを言ったのよ」
「そりゃ最初に言われても、学校生活じゃ死に設定だろうけど、言って損する訳じゃなかったよね」
南と先輩は暗に、自分は信用されていなかったのだろうかって、不安そうだ。そんなんじゃない。ただ、この生活にそのことは、不要だったってだけなんだ。
「正直言わなくてもいいかって思ったんだけど」
『じゃあなんでよ』
ハモんなし。
「その、卒業した後に俺がいなくなったら、お前ら心配するんじゃないかって思って……」
むすっとした表情を浮かべていた二人が、そのままぴたりと動きを止めた。たぶん俺は今、結構狼狽えた顔してるんだろうな。
弱ったなあ。やっぱりもう少し、伝え方を凝るべきだったか。
「じゃあなに。あんた自分が異世界に行くのを私たちが知らなかったら、後で心配するんじゃないかって、そう思って、だから心配かけまいと思って、急にこんな話をしたってこと」
「うん」
「どう思いますいっちゃんさん」
「これはねえ、小学生レベルのやり方ですよみなみんさん」
急に敬語になるなよ。怒るなよ。
俺だってここまでどうしようかって、長いことうだうだ悩んでたんだぞ。それを少しくらい汲んでくれても良いじゃないか。
でも杞憂で済んだのはほっとしてる。
「ほんとのこと言って、怒られたり嫌われたりしたらどうしようってことですよ、南さん」
「そこまで分かってて行動に移せないとか、どうしようもないですよ、北さん」
「お前ら楽しそうだな」
チラッとだけこちらを見た後、今度は無言になって腕を汲む二人。
しばらく考え込んでいたが、やがて溜息を吐いて、机に突っ伏した。
「まあいいや。行き先は異世界なのね」
「じゃ行ってらっしゃい。いやお帰りなさいかしら」
軽く手を振って、いや、これは追っ払っているんだろうか。
とにかく二人は不機嫌さを隠しもしなかった。言わないほうが良かったのかなあ。
「サチコ。目上だろうとあんた私たちの後輩なんだ。そんなに心配するなよ」
「あんたにアレコレ気を揉んで貰わなくちゃ、いけない関係になった覚えないわよ、私たち」
「ごめん」
そう言って両者共にそっぽを向く。
二人が心配するんじゃないかってことを、心配したのか、それとも単に俺が不安になっただけなのか。
それは俺にも分からない。
でもこうしたいと思った。
果たして何が一番良かったのか、見当も付かない。
でももう言ってしまった。なんというか思い上がりだったんだろうか。それはそれで恥ずかしいしちょっと傷付く。
「うん……じゃあ、俺帰るから。なんかごめんな」
「え、帰るの」
「帰るよ。もういても意味ないし」
「え、ちょっと待とうよサチコ」
「そうよそんな急ぐことっ」
部室を出て、いつもより早く家に帰る。明日はもう卒業式だってのに、最後の最後でしくじったな。
本当に、俺って肝心なとこでどん臭いんだよなあ。
まあこれで終わりはするだろう。
一度しか機会のないことを、上手に済ませられるってのは、本当羨ましい限りだ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




