表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
雇い止め編
320/518

・早期会戦の後、持久戦の構え

今回長めです。

・早期会戦の後、持久戦の構え



 翌日の昼休み。


 テストとホームルームが終わるなり、俺はお手製の弁当を持参し、愛同研の部室でアガタを待っていた。先輩から栄に言って、栄からアガタへと部室に来るよう伝達して貰ったのだが、彼女はまだ来ない。


 一日の先に予定が詰まっていると、手前にどれほどの時間が空いていても、落ち着かない。嫌いな物や面倒な事が後に残っている以上、気が休まるはずは無いのだから。


 俺は弁当箱を検めた。中にはフレンチトーストと、フルーツサンドが入っている。


 前者は米を入れる広いほうに、後者はおかずを入れるほうに、間仕切りを取り除いて。


 いつもは昨夜の残り物を、詰めておくだけの雑な作りで、控え目に悪く言うと残飯だが、今日は違う。


 わざわざ料理部に、それとなくレシピを融通してもらって、少しだけ気を利かせたものとなっている。


「先輩、お待たせしました」

「お、アガタ」


 慌てて弁当箱を仕舞い、件の問題児へと向き直る。高校二年生になろうというアガタは、去年の四月より少しだけ背が伸びて、身長が160cm代に差し掛かっている。足も長く細い。


 寝不足だった肌は年齢相応に戻り、長い黒髪は益々艶を帯びている。


 不機嫌さで常に尖っていた顔も、この頃は角が取れて来た。女性的なラインというものに、不足は何一つ無い生粋の美少女である。


 米神のダサい冬服にセーターという出で立ちでさえ曇ることがない。


 南だって割りと努力とか工夫をしているのに、こいつは才能一点張りで、美貌の上位に躍り出る。


 反面、その容姿と攻撃的な性格が相俟って、会話時のプレッシャーが凄い。基本的に真っ直ぐな性格で、人目を引く外見だから、目を逸らしながら話したいような話題のときには、猛威を振るう。


 およそ真面目な話、或いは自分に非があるときに、相手から視線を外せないというストレスは、相当なものだ。平気なのは相手の目を見ながら平然と嘘、言い訳、詭弁を言える奴くらいだろう。


「昨日はご馳走様でした。今日はちゃんと弁当作って来たんだ、ほら」


「じゃありがたく。それとこっちもどうぞ。今日の分です」


 お互いに遠慮せず弁当箱を交換すると、俺たちは手近な椅子に座り、机に上にそれを広げた。


「手が込んでるような、込んでないような」

「だ、駄目だったか」


 中身の品定めをしながらアガタが呟く。

 逆効果だったろうか。


 彼女も店の残り物を、弁当に持たされる日々にうんざりしていたので、俺と弁当を交換する日々を送っていたのだが、まさか俺ん家の残り物のほうが良かったとかまさかそんな。


「いつもと違うことをしたのは評価します。でも簡単なものですからそこは減点で、一手間を加えたのには加点をします。差し引きして『ちょっとできました』をあげます」


 できれば『たいへんよくできました』が欲しかった。


 ともあれ俺とアガタは弁当を交換して、昼飯を食べ始めた。


 アガタの弁当には赤いチャーハンに漬物、野菜の炒め物と、ミートボール大のメンチが入っていた。


 チャーハンは甘辛くこれだけで手が動く動く。赤さは豆板醤だろうが、甘さの正体はチャーシューを漬け込む、甘いタレの味がするのでたぶんそれだろう。


 香辛料の刺激臭がするけど、中華料理で嗅ぐタイプではないな。


 漬物は普通。メンチは前に食べた奴のサイズが小さくなっただけなので割愛。野菜の炒め物はチンゲン菜と小松菜で、塩と胡麻が多め。チャーハンの味を打ち消すようになっている。


 チャーハンがくどくなって来たら、これを食べるんだな。上手い。


 この瞬間だけはいつも役得だなって思う。一方でアガタは俺の弁当を、もそもそと食べていた。刃物を渡す訳にはいかないので、手掴みで食べるようになっている。


 フレンチトーストは表面を、クラッカーで挟んであるから、手がべた付かないし、ボソボソとした食感はトーストのほうで補える。


 黄色さが減るとかいう意味不明な評価基準があったので、白身は泣く泣く捨てたが、その甲斐あって見た目に不満は出ていない。


 フルーツサンドは焼いたトーストを切って、ドライフルーツを挟んだものだ。メープルシロップと蜂蜜の袋を同梱してあるので、お好みで味付けができる。


 微妙にチョコは合わなかったし、シナモンは臭いから使わなかった。


「はいお茶」

「あ、ありがとうございます」


 俺は鞄から水筒を取り出して緑茶を注ぐと、アガタに手渡した。紅茶を気取る選択肢もあったが、万に一つも銘柄なんて聞かれたら、舌を噛むしかない。


 市販の水出し緑茶で文字通りお茶を濁すしかない。


「意外ですね、先輩のほうから、私に接待してくれるなんて」


「あ、やっぱり分かる」


 まあ、いつもズボラな俺が、こんな下手に出てたらおべっかだろうなって思うよな。


 事実こいつの機嫌を、今の内から損ねないために、やってるんだし。勿論昨日のお礼もあるけど。


「はい。先輩って意外と気が小さい人ですし、昨日のことで、話があるんですよね」


「うん、そっか。まあそうなんだけどな」


 気が小さいか。うん、意外、意外?


 俺ってそんなに気が大きく見えるだろうか。嫌いな人間に敵意を隠さないだけで、不安や心配事には滅法弱いし、気を揉むんだけど。


「あのなアガタ。昨日誘ってもらったこと、受けさせて欲しいんだ」


「そうですよね、先輩は他に行く当て無いですし」


「ただ、どうしても聞いておきたいことがあるんだ」

「聞いておきたいこと、ですか」


 アガタがきょとんとした様子でこちらを見る。俺は彼女がくれた弁当を食べ終えて口を拭うと、彼女も俺の弁当を食べ終えて。同じ様にした。


「お前さ、本当にこれでいいのか」

「何がですか」


「いや、俺の思い過ごしならいいんだ。怒ってくれていい。ただ、どうしても引っかかってな。それをはっきりさせないと、お前に悪いと思って。聞いて貰えるかな」


「だからなんですか」


 アガタが少し苛立ちを見せたので、俺は咳払いをしてから、昨日の推測を話した。アガタが親父さんへの引け目から、俺を家に引き入れようと、しているのではないかと。


 もしもそうなら、先に親父さんと良く話してからのほうがいいとも。


「気不味かったから、わざわざ東雲にも来てくれたんじゃないか」


 昨日の夜に電話で海さんに確認したが、俺が店に出ている日以外に、アガタが来たことはないそうだ。


 とはいえそれが俺を狙ってとかじゃなく、行き場が無いまま街中をうろついて、俺が店にいるときだけ、入れたというだけの話、なのかもしれないが。


「……は、なんですかそれ」


 アガタは笑顔のままだったが、耳から米噛みにかけて紅潮し始める。侮辱を受けたとでも言うような怒気の高まりが、にわかに体から立ち昇る。華奢に見える体が、何の安心材料にもならない。


「俺の勘違いや妄想なら別にいい。雇ってくれなくても構わん。だけどお前、このところずっと自治会館のこと引き摺ってるからさ。なあ、ちゃんと親父さんに謝ったか」


「それ先輩と何の関係もないですよね」

「アガタ」


 彼女は俺から弁当箱を引っ手繰ると、勢い良く席を立つ。それを鞄に仕舞って半歩だけ距離を取る。睨み付けてくる表情は釣り上がり、笑顔が崩れていく。


「そんなこと聞くために私を呼び出したんですか」

「そうだ」


「私がお父さんのこと気にしてるから、あなたを雇ったら、その内嫉妬でもし出すって」


「そうだ」


「こんなことされたら私がどう思うか、あなたなら分かってましたよね……!」


「南が言ってたよ、先輩にも止められた。俺もお前を怒らせるかもって」


「じゃあどうして余計なことをするんですか、あなたと私に関係のない所ですよ!」


「それは違う」

「違わない!」


 とうとう怒鳴り始めたアガタは、そう言い捨てて踵を返した。こうなることも予想は出来ていたので、俺は急いで腕を伸ばした。


 つんのめった姿勢になった際に、机から自分の弁当箱を落としてしまう。


 セーターの裾を掴まれたアガタは、猛然と振り払おうとする。脱ぎ捨てられる前に引き寄せようと、更に腕を伸ばして、掴み直そうとした瞬間。


 ――こいつの上履きが、俺の口を覆った。


「でぃうっ!」


 歯の根元が傷んで揺れるのと、唇の裏が歯茎を力強く擦る痛みと不快感。


 分かってはいたんだ。やる奴だってことは。

 でも本当にやりやがった……!


「離してください!」


 手を離さずに済んだのは、今日まで経験してきた荒事の賜物か、それともただの奇跡か。ともかく足が外れるのに合わせて、俺はアガタの体に抱きついた。


「離せって言ってるだろサチコ!」


 上から降り降ろされる大声、見事に態度が豹変したが耳を貸すな。


 アガタを相手に長期戦など有り得ない。ここでこいつを逃がせば、卒業までずっと避けられるだろう。


 そういう性格なんだ。


 問題の解決は簡単だ。力でこいつを屈服させて無理矢理言うことを聞かせる。それでこいつの気持ちはどうやっても整理される。やりたくないことを、やらせるだけでいいからだ!


 だからこそ、こいつを今ここで、逃がす訳にはいかない!


「お前!」 


 後頭部に鋭い痛みが走る。髪を掴まれているのだ。こいつの短所はキレ方がその辺のチンピラみたいで、怒っているうちにどんどんヒートアップしていくことにある。しかし危害を加える方向だと、途端に長所になるから、お前ってほんと野蛮っていうか痛い!


 こういう手合いはそのうち感情が空転し始めるが、癇癪中は精神状態が、長続きするから面倒だ。


 体温を下げて黙らせるのが最善だが、それをやるとほぼ確実に、そいつとの人間関係が終わる。アガタに対しては、今から何が何でも決着をつけるしかない。


「逃げるなアガタ!」

「うるさい!」


 しかし、この状態からどうやってこいつを制圧したものだろう。


 言うことを聞かないアガタに、言うことを聞かせないことには、話が先に進まない。


 無理難題もいいとこだ。

 あ、髪を引っ張る力が更に強くなった。


「手をっ離せっ!」

「痛たたたたたたたたたた!」


 お前は身内に対してもうちょっと手加減できないのかこの野郎!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ