・番外編 I hate you to death
・番外編 I hate you to death
よし。かれこれ二週間。現在約69㎏。なんとか七月までにはもう一キロ減らす。
おっす俺臼居祥子。今年で十九歳の高校一年生だ。外国人じゃねーし。異世界留学してただけだし。一度も留年も退学もしてねーし。
学園もののドラマじゃねーし。クラスのキャストが全員成人してるとかじゃねーし。
そんなことよりも今日は日曜日だ。先週からまた一週間が経って、ミトラスが件の小学生と、町を探検する日だ。
海さんと店長に頼み込んで、シフトの調整をしてもらったから、俺も今日はバイトを休んで行動できるぜ。
幸いにして天気は晴れ。とはいえ雲は出てるし、雨の匂いのする風もビュンビュン吹いてるから、また一降り来るかも知れない。できればいち早く目的を達成してしまいたい。
そのためには現在俺が尾行している二人組、の片方が俺たちの立てた策に、はまってくれないといけないのだが。
ちなみにもう片方は勿論ミトラスだ。可愛い。
一方俺の隣には、時空アメリカ警察嘱託公安部。今回の件に当たり、連れてこなくてはならなかったのだが、これがまあ面倒臭かった。具体的にはこんな感じに。
――数日前。
「なあ南」
「何臼居さん」
「この前図書館でさあ、自分がパラレルワールドから来たとかいう子がいたんだけど」
「子どもの妄想じゃないの」
コスプレの衣装をとっかえひっかえしながら、南は素っ気無い返事を寄越した。部活の時間のことである。
「俺たちいる世界が妄想の産物みたいなもんじゃねえか」
「胡蝶の夢なら集団幻覚ってことになるわね」
「で、その子がどうかしたの? ていうかサチコ煩い」
部長は原稿、南は衣装部の撮影で、俺はコスプレ用の板金鎧の加工と、それぞれの作業に取り掛かっていた。
文化部は文化際までに、出し物を用意しないといけないのが辛い。クラスの一週間の突貫工事に比べて、長い準備期間があるとはいえ、高い成果を要求されるのは不公平である。
ていうか日々の活動を準備期間と見なすな。
「鉄板を金槌で打つとどうやっても音は出ますよ」
「非常階段でやってよ」
「剣道部がサボってよろしくやってたらどうすんすか」
「いいからその子はどうなったのよ」
焦れて南が聞いてくる。自分は興味がないのに、他人が蔑ろにされると、途端に乗っかってくる。
こういう点が育ちの良い奴の弱点だ。自分に甘くても、良心が別腹に収納してあるから、それが顔を覗かせてくるのである。
「もしやと思って見てるとよ、その子はこの辺の地理や歴史を調べてたんだな。たぶんあの子も、俺たちみたいに記憶を持ってるんじゃないか」
「それで?」
「いやそれだけ」
鬘を両手に持って選んでいた南は、そこでようやくこちらに向き直った。不満を隠そうともせずにむくれている。
「それだけって、使えないわね。そこで『どうかしたの? あなたも前の世界の記憶を持ってるの?』って聞くだけじゃないの」
「お前それ完全に頭のおかしい人の呼びかけじゃねえか。お前の中で俺はそれを平然と言える人間なの」
「言うわね」
「表出ろこの野郎」
「いいから続き」
北先輩に止められ、俺たちは渋々話を続けることにした。
「でさあ、この前カラオケボックスで、南が俺の葡萄ジュース使って説明した内容から考えるとさ、結構な人間が、俺たちみたいなことになってんじゃねえかな」
歴史が改変されたという、情報伝達の流れから取り残された者のことである。俺らである。
「人口減少真っ只中だったから、より未来にかけてそういう人は増えるだろうしね」
「いえ、そうでもないわ。どこかの時点で一度改変に晒されたら、未来であなたたちみたいなケースと同じ条件を満たしたとしても、改変されたその人の過去の自分が、自動的に未来の自分を染め直すのよ」
要するに改変された世界の住人と化したら、途中で俺たちみたいになってる日があっても、それで正気付いたりはしないってことだな。
そう言われると、如何に俺たちが日頃人の波から、長期間外れているかが分かる。
「じゃあその逆は」
「あなたたちみたいになるわ。後付けで知って元からそうでしたってリアクションとれないでしょ?」
「それやったら単なる強がりだよ」
「話を戻すが」
なんだかコントをしてるような気になってきた。
「その子はどうやら週末に探検に出ることと、図書館を拠点に活動してるらしい」
「聞き耳が役に立ったね」
どこぞのTRPGでは目星のほうが役に立つ。心理学はいらない。
「そこでだ南、お前行って保護してこい」
「え、何で私が!?」
この野郎お前の職業声に出して言ってみろ。その心の底から心外そうな顔はなんだよ。
「お前一応お巡りさんみたいなものなんだろ」
「違う。ぜんっぜん違う」
「いいから保護しろよ」
「もしも単なる妄想とかごっこ遊びだったらどうするのよ! 私イタイ人じゃない!」
今でも割りとそうです。南は頑なに出動を拒否した。先程までコスプレ撮影用の着替えを悩んでいたというのに、早くも帰り支度に移っている。
「大丈夫だ。人間は大抵大人になってもイタイ。だから老後になって全ての人から疎まれるんだ。特にお前は日系の外国人だから、咄嗟に外国人ですって言い訳ができる」
「ちょっふざけんじゃないわよ私これでも日本人よ! 前も言ったわよね!」
アメリカ育ちのアメリカ勤務で日本に時を越えて飛ばされてきたんだよな。
「そんなこと言って都合で使い分けるんだろ」
「当たり前でしょ。それがグローバリズムってものよ」
「きったねえはなしだあ」
話を戻そう。机の上に散らかしたものを、鞄に詰め込むと、南は上着を羽織って席を立った。いい加減ここらでまとめないといけない。
「いいから行けよ。放課後に図書館を張り込むか、今週末に近くの古本屋に行けば会えるらしいから」
「調べが早いね」
「分かってるならあなたが行けばいいじゃない。それで確認が取れて、もしも遊びや妄想の類じゃなかったら、改めて私に報告して。それなら私も行くから」
不機嫌そうに亜麻色のゆるふわ髪をかき上げると、南はそう言った。何が何でも出張るのは嫌らしい。
「お前なんでそんなに仕事嫌がるの。初めて会ったときは割りと意欲あり気だったと思うんだけど」
「私退職予定なの。余計な仕事をしたくないの」
仕事のできない人間は、退職を前にして急にやる気を見せる場合もあるけど、どうやら南は違うらしい。しかしこの反応は予想済みだ。
「じゃあいいよ、俺がやるから。後で首洗って待ってろよ」
「え、え、やるの? ちょっと、え、本当に?」
ドアの傍で帰ろうとしていた南が途端に狼狽える。これがその辺の生まれも育ちも悪い日本人だと、煽りに乗った馬鹿と見なして、嘲笑いながら帰るものだ。
人に嫌な思いをさせて、仕事を擦り付けることになんの躊躇もないものだ。
しかし南みたいなのは、自覚した自分の非が、頭の後ろ側にこびりついているので、相手にそれを見られて『じゃあもういい』と見損なわれると、一気に後ろめたくなるのだ。
結果。
「別に、あなたがする必要ないじゃない」
「いいからもう帰れよ。後俺やっとくから」
「いいわもう、そんなに言うなら私が行くわよ! そんなふうに言うことないじゃない」
こうなる。
恐らく南の中では、俺がやたらと重く捉えたりとか、自分の発言の裏の気持ちとか、場の空気とかが、全然分かってないとか、そんなことになってるんだろうけど、正直どうでもいいです。
「一般人一人じゃ危ないし、なんでこうなるのよ」
「通報があった以上は行かないとダメだよさけびん」
南のことを変なあだ名で呼んで窘める北先輩。俺は未だに苗字呼びで距離がある。
「じゃ、週末図書館で待ち合わせな」
「え、なに、結局あなたも行くの?」
「一人じゃ危ないからな」
南の表情がいよいよ剣呑になる。顔が真っ赤だ。一方対岸の火事とばかりに、北先輩がにやにやしている。いつの間にか手にはネタ帳。
「私、あなたのそういうところ、嫌いだわ……」
「そうかよ」
こうして南を連れ出すことに成功したのだった。事前に営業職のように、反応を予想してミトラスと面接の練習をしておいて、本当に良かった。
――で、今日。
「いたわね。午前十一時二十二分、図書館を出発、と」
手帳に小まめな記録をしつつ、南が小声で言った。
普段のブレザー姿ではなく、紺色のワンピースの上に、緑のキャミソールを重ね着している。靴は白いシューズ。靴だけ浮いてるけど、こいつの靴は軒並み足音がうっせかったのでこれにさせた。尾行する気あるのか。
「後はどのタイミングで接触するかだな」
「大丈夫、古本屋に入ったら外で待って、出てきたところで声をかけるわ」
南は何時に無く乗り気であった。こちらを見るその目は強い意思の光に満ちており、端的に表せば調子に乗っていた。
ミトラスと打ち合わせた時間に来た俺が、最初に見たものは、図書館前でうろうろしていたこいつだった。開館前から張り込みをしていたらしい。
「万一不審者がいたらその時は宜しくね、サチコ!」
先日の嫌々感はなんだったのか。南は力強く言い放つと、先を行く二人の少年少女の後をキビキビとした動きで追うのだった。
俺、こいつ嫌い。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




