・地元は役に立たない
・地元は役に立たない
週明けの月曜日は放課後の愛同研部室にて、俺を含めて数人の女生徒が作業に明け暮れていた。
庭木の手入れで伐採した枝を、加工して柄を作り、それに差し込み穴を空けて、予め焼いておいた煉瓦を通す。
煉瓦は薄く削り、柄の後端には麻紐を通して結んで、他の部分の細かい隙間は、粘土で塞いでいく。
側面から見ると『工』の字だが、ここの上側を研磨して、これまた薄い木の板を、先端の刃になる部分を残して貼り合わせる。白く薄い木板はこう見えて強度が増すよう、科学的な加工を施して貰っている。
そこに亀の甲羅を模したタイルを貼ってオシャレさを補完。刃の部分は切れないよう、厚みを持たせ安全面を確保して、柄との接触面をプラスチックのストッパーで補強し、持ち手にゴムのカバーをかければ。
「よし、完成」
石斧の出来上がりである。
「お疲れ様。それで幾つだっけ」
「12個。これで出荷できます」
先輩が疲れたようなうんざりしたような、精気の抜けた顔をして聞いてきたので、返事をした。
俺は今度ネットの、フリーマーケット的なものに、出品する商品を作っている、真っ最中だったのだ。
「世の中どうかしてるわよね」
「どうかしてない世の中なんか一度だってねえよ」
南が吐き捨てる。この一週間。応募した求人に敢え無く全滅した俺は、とりあえず処分に困った石斧を、ミトラスもすなるというフリマに出品してみた。
勿論彼が使ってるアカウントやサイトは、別にしてだが。
幸か不幸か家の掃除中に、大昔に作ったっきり忘れていた、郵便貯金の通帳が出てきたから、その口座で代金を受け取ることが、可能だった。
というかミトラスがどうやって購入者から、お金を受け取っていたのか、その疑問の答えがこれだった。
「一ダース分の手斧の原価が、五千円しないって何の冗談よ」
「これを幾らで売るんだって」
「四万二千。制作費や送料を引くとおよそ三万五千程度の売り上げだな」
これで今月は何とかなる。
服の買い替えとかをしなければ。
「皆もありがとう。こんなことに協力してもらって」
「いいんです。私たちがやりたくてやったんです」
「結構面白かったですし」
アガタと栄がら疲れながらも笑顔を見せてくれる。タイルの模様はアガタが描き、持ち手へのゴム貼りは栄が手伝ってくれた。
「私も材木の新しい強化方法の、理論が発表されて、実験したかったから、丁度良かったよ」
材木の科学的な処理や、タイルに切り出し用の図面を引くのは、先輩がしてくれた。
パッと見は市販でも用意できる薬品に、木板を浸して乾燥させるだけの簡単な方法だったが、簡単そうに見えるだけだろうな。
後で先輩から諸々のデータは貰っておくが、たぶん理解できない。
斧の使用感や見た目については、南からテコ入れがあった。
「後はこれを仕舞いましてと」
梱包は新聞紙で包んでダンボールに入れただけの、簡素なものだが、ともあれ多くの人間に支えられて、この石斧は目出度く完成した。
粘土とタイルと煉瓦とゴム板は、ホームセンターで格安で購入した日曜大工用の品で、木の板切れはご自由にお取りくださいと外に出してった廃材、麻紐とストッパーは百円均一ショップにあった。
本当なら皆の人権費や、薬品代を払わないといけないのだが、皆はいいよと言ってくれる。売れたらこのお金で皆を焼肉に誘おう。
「しかし自分で作っておいて言うのも難だが、需要って謎だな」
「個人の隠れた趣味なんか把握できないから、フリマには闇がいっぱいですよ」
何故か栄が得意げに言う。お前もお前で変な趣味を隠してたんだな。
「そうだな。最初に斧が五千で売れた後に、メールでもっと用意できるかって言われたときは、焦ったよ。ウイルスに感染したかと思った」
そして俺は一ダース用意してくれたら、即決で買うという文句に釣られた。いやね、断るために『買ってくれたら今から作りますよ』と言い返したんだよ。
そうしたら本当に振り込まれてしまったんだから、人間って怖い。
引くに引けなくなってしまったので、慌てて先輩たちに事情を話して、手伝ってもらった。
その場に居合わせた後輩たちも、乗っかってくれたおかげで、どうにか事無きを得ようとしているのが、現状である。
こんなの絶対ろくなことに使われないけど、世の中知らないほうがいいことも多いから、詮索しないことにしておこう。
「これで後は地道に求人探しながら、バイトをするだけだな」
「そういえば先輩はこの一週間どうだったんですか」
「どうって、駄目だったけど」
「だから、どう駄目だったかってことで」
「アガタって、意外にこういうのグイグイ来るのな」
「でも正直皆聞きたいと思うよ」
言われて俺は皆の顔を見た。八つの目が仄暗い好奇心を湛えて、こちらを向いている。何となくそのまま話すのも癪、だったので片手を出すと、全員が無言で百円玉を乗せてくる。
「先ずな、飲食店あるだろ。ファミレスとかアイス屋とかハンバーガーショップとか」
「あるわね。受けたの」
「どうして駄目だったの」
「一応な、うちでもバイトしてる奴らはいるからさ、面接の練習させてもらったんだよ。こう、志望動機の部分とかを重点的に。一度でいいからとか、学生の間だけでもとか、下手に出ながら学生の間一度だけでもバイトさせろみたいなアレを。やはり最初にバイトをするならここで、とか」
「月並みよね」
「人によってはそこ飛ばされることさえありますね」
「俺の場合は凄い聞かれたんだよ」
今にして思えば、落すために質問をしてきたんだろうな。バイトなのに企業の取締役の名前とか、求人に載ってないのに、店の店長やオーナーの名前とか。
「それで」
「時代柄かな。その場じゃなくて、家のパソコンに通知が送られてくるんだよな。励ましの。一番正直な断り方をしてきたのは、俺が着られる制服がないってのだったな」
「一番悪いのは」
「俺の面接のやり方を知り合い同士で共有しててな。笑い物にされたからその場のドアを歪ませてしばらく出られなくした。ついでに後でお問い合わせして面接した奴の名前出して泣き付いてやったわ」
自分のとこに働かせてくれって人間を笑い物にして追い返そうって会社なんか潰れてしまえ。
「他には」
「年寄りが集まる所がある。雀荘とか碁会所とか」
「ありますね」
さっきから返事するのがほぼアガタなんだが、こいつ何でこんなときに詰めてくるんだ。こいつは本当に人を怯えさせることが上手だよ。
「アレは駄目だ。一般人に上手く化けられませんでしたってのが一杯で、しかも俺のこと知ってる奴がいて馴れ馴れしく声をかけてくる。珍獣扱いだ」
「誰か生徒のご身内がいるのかも知れないね」
「またチンピラに絡まれるのも嫌だったから、落ちて良かった」
「あるわよね、こんな職場と知ってたらってケース」
南が深々と頷く。忘れていたがお前には、怪しげな下請け会社に、うっかり勤めていた過去があったな。月日が流れるのは早い。
「一応は募集に応募して、一週間の内一日二件ずつ面接行ったんだけどさ」
「高校生だから数撃ちはできますね」
「実際に会ったら終わるんだがな」
他にも近所の物騒な名前の古本屋に行って、若旦那気取りの中学生に、人を雇う予定はないかを聞いてみたりもした。
教養で軽くマウントを取られた挙句、見た目がいかついからみたいなことを言われたので、泣く泣く辞書を買って、目の前で横に引き裂いてから帰った。
「人生って難しいよなあ」
「そうだね、こうして友だちの奇妙な内職に付き合うこともあるしね」
石斧が入ったダンボールを詰めて、出荷の準備を整えると、皆帰り支度をし始める。外はもう真っ暗だ。三月が迫り、昼も長くなって来ているとはいえ、まだ冷える。
「やっぱり東雲の人たちに頭を下げて、契約を更新してもらったほうが、良いんじゃないかな」
「そうねえ、それが現実的よね」
「やらんぞ。それだけは絶対にやらん」
「どうしてですか先輩」
「海さんちはこのご時勢に、珍しいくらい普通であったかい家庭なんだ。俺はそのお零れに預かるだけで、十分幸せだった。自分の暮らしのために、あの人たちに割りを食わせようとは、思わない」
栄の質問に帰すと、彼女は目を丸くしていた。こういう明け透けなものの言い方に、たぶん慣れてないんだろうな。
大抵の女子はこんなことを言う人生送らないし。
「あ、はあ、それなら、まあ、そうですよね」
「そうそう。じゃあ帰ろう。今日はありがとうな」
「いいのよ、じゃまた明日ね」
南が栄の背を叩いて促すと、そのまま先輩と三人で部室を出て行った。残ったアガタは、無言でこっちの顔をじっと見つめてくる。
最近人に顔を、まじまじと見られることが、増えたような気がする。
「お前も帰れよ。親御さんが心配するぞ」
「先輩、あの、いえ、なんでもありません」
そう言って目を逸らすと、彼女も部室を出て行く。何を言いたかったのか、それは分からないが、随分と思い詰めたような表情だった。
あいつにとって敵がいないけど、深刻な事態っていうのは、いかにも相性が悪そうだからな。不安にさせてしまったか。
「今度、何か埋め合わせをしないとな」
一人言を呟いてから、俺は石斧の山を部室から運び出す。
気にはなるけど、今はとりあえずこれを、納品しないといけないからな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




