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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
雇い止め編
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・実は限界を超えてレベルアップしている

・実は限界を超えてレベルアップしている



 二月も終わりが近付いて、センター試験での合否発表が終わったところもちらほらと。


 俺とは無縁の進学事情だが、身の周りでは既に泣いたり笑ったりが出始めている。


 四文字にすると悲喜交々。


 じゃあ俺は?

 雪降る夜の

 如月に

 雨戸を閉めて

 レベル上げます。


「どうしたのサチウス」

「いや、ちょっとくだらないことを考えて」


 隣でミトラスが怪訝な表情をしながら首を傾げる。ネコ耳を生やしたファンタジックな緑髪に、猫を思わせる金色の瞳を持つ、魔物の少年である。


「また何かレベルアップ時に、しょうもないものを、取りたいとかじゃないよね」


「いや違うんだよ。とくに何も関係がないんだ」

「そう、そう……」


 それなら良いとも言えず、なんとも言えない表情を浮かべている。ぼんやりと今の状況を、短歌調にしてみたなんて、人に教えることではない。


「もしかして、この前の騒動のことで、何か思い出してたの」


「いや別に。でもそうか、アレからもう一ヶ月は経つのか、早いなあ」


 アレというのは、先月の冬休み開けに起きた、不良グループとの衝突である。


 俺が所属する愛同研の部長が、買い物帰りにチンピラに絡まれ、怪我をさせられたことから始まったその事件は、想像よりも規模が大きい上に、悪質な犯罪集団を相手に、被害者と愛同研と連盟部員含め総勢なんと60名以上で、戦うこととなった。


 何とも前時代的な騒動である。


 結果としては不良グループの壊滅となり、俺たちは勝利を収めた。先輩に直接仇を討たせてやれなかったのは心残りだが、あの人のことを考えると、それで良かったと思う。


「中々気分が戻りきらないんだよなあ」


「大きな達成があると、それを常態化したがるのは、人間の習性だからね」


「だから戦いたがるんだなあ」


 達成。確かにそうだ。いじめなんて泣き寝入りが常みたいなものに対して、俺たちは真っ向から人数揃えてやり返して勝った。


 しかも教員は皆逃げ出したのだ。誰にも責められる謂れはない。


 そうそう。俺たち生徒を置いて避難しなすった御先生方はといえば、完全に立場を失った。


 しかも彼らは自分たちのしたことへの追及に対して『高校の教師の役目は義務教育とは違う』という謎反論をして炎上した。


 義務教育じゃないから、生徒が犯罪に巻き込まれているのを、見過ごして良いと言った。


 生徒間のトラブルということに出来るなら、見て見ぬフリをすると言った。


「うちの教師は皆して逃げたのになあ」


 実際には保護者やら新聞記者やらに尋ねられたら『そうは言って無い』と反論しつつ、ならばどういうことなのかは答えられず終いで、最終的には不適切な発言だったということで、謝罪発表をして有耶無耶になった。


 有耶無耶になったので、愛同研ではこのことをそういうことだと喧伝した。学校側はあくまでも一職員の失言として切り捨てを図ったが、結局同じ質問を繰り返したところ、再び沈黙した。


 誰を切り捨てたってまともな反論を出来ず謝罪もしないとあっては、責任放棄を否定できないのである。否定できないので、そもそもの責任を明らかにしないという方針に至ったのだが、それも手遅れ。


 何れにしろ有事の際には、生徒を守らない程度の責任しかないという、俺たちの見解に、学校側は反論を出きなかった。


 これにより愛同研周りでは、学校側の協力は遠退いたが、学生自治は近付いた。


「サチウスもやっぱりもっと戦いたいの」


「いいや。もしそんな奴がいたら、そいつは間違いなく俺より偏差値が低いぜ」


「じゃあ人類って結構馬鹿なんだね」


 言葉の真意を探りかねて溜まらず沈黙してしまう。それはどういう意味だねミトラスくん。聞かないほうが良いような。言わせないほうが良いような。


「レベル上げるか」

「え、どうしたのいきなり」


「いきなりレベルを上げたくなったんだ。今月入ってまだやってないし」


 前もこんなことをしたような気がする。


 とりあえず、いつものようにリモコンで、テレビの画面を切り替えてっと。


「肉体のタブはどれを取るか迷うな」

「何せ方向性を決めてないからね」


 うーむ、だってそれを言ったら、スポーツでも格闘技でも、何かに打ち込んだらいいってことだろ。仮にそうした状態で、更にこれで増す意味あるか。


 いや、ある。どんどん強くなるから漫画のキャラみたいにメキメキ成長するだろうな。日頃の努力にこの画面でのプラスだから、それはもう育つだろう。でも俺にらそんな目標ないしな。


 それに方向性を決めると、鍛えられる部分も決まってくるだろう。自分の体なんだし、好きなようにしてみたっていいはずだ。題して俺の体はノンジャンル。このキャッチコピーは駄目だな。


「折角だから、無軌道な強まり方をしたいな。それができる環境なんだから」


「まあ、君の体って真面に考えたら、そうはならない状態だからね、気持ちは分かるよ」


 ミトラスは渋々といった様子で頷いた。前を鍛えたら後ろが疎かになるのが生物の体である。それを無視できるんだから、それじゃあ両方やってみようという好奇心が働く。


 どっちつかずとか中途半端という言葉が脳裏にチラつくが、まだ困ったこともないので省みない。


「先月はあんだけ大変な目に遭ったんだから、何か新しい物は、お。これ取ろう」


『火傷耐性』:高熱に対して耐久力と治癒力が向上します。また火傷による身体への悪影響が軽減されます。この効果は『脂肪』と相乗効果があります。


「ねえこれ!」

「増やさんぞ。増やしても足の長さに使う」


 ミトラスはしょんぼりした。こいつが喜ぶから俺は『脂肪』は一度取得した。まだ二回取得できるが流石に体が膨らむから取らない。


 また『脂肪』は消費すると、他の部位を限度を越えて僅かに強化できる。全部使うか一度残すは悩ましいが腹に蓄えるつもりはない。


 本当は全部使いたかったんだけど、この前みたいに腹で銃弾を止められる、みたいな事態に遭遇すると、ちょっと惜しくなってしまう。


 ここまで背が高くなってしまった以上、出来る限り短足を解消したい。でかくなったからこそ、余計にそこが目立つからだ。ともあれ取得。


「次行くぞ。知能は、これだな」


『マインドコントロール』:興奮や緊張などによる精神的な悪影響に抵抗力を得ます。


 取得。不良たちとの抗争で、場の空気というか熱に浮かされていたのか、俺は間違った選択をした。それは結果的に先輩のおかげで実行せずに済んだが、これからは先輩もいないし、気を付けないと。


 ていうかこれ自分自身に向けた奴なんだな。


「さて次だが、ミトラスこれどう思う」

「なになに、覚醒?」


『覚醒』:肉体を精神の支配下に置きます。五感の機能を向上させます。反面、発動宙は時間間隔のズレや思考の低下、興奮や酩酊を伴います。


「これって要するに、集中力とか自我が飛んじゃう奴だよな」


「達人や極限状態の人なんかが反射で動く奴だね」

「取得したが特に何とも無い」


 常時発動じゃないのか。はたまた『マインドコントロール』でデメリットが無効化されてるから発動しないのか。先にデメリットが通らないとプラスの効果が入らないのか。


「何か検証する手段が欲しいな」


「うーん、目に見えて動きが良くなることって、あるのかな」


「しばらく様子見て何もなければ別のを取り直そう」


 悪影響もはっきりしないし、まあ気の持ち様だから定義し難いのかもな。ちょっと主人行っぽくて期待したけど、中々上手くはいかないものだ。


「最後に特技だが、ここまで来ると取ってみたいな」


『暴走』:精神を肉体に引きずり込みます。集中力と代謝を向上させます。反面、発動中は時間の感覚や自我を喪失していきます。また感情が固定化されます。


「怒ったら我を忘れて怒りっ放しになる感じか」

「特定の精神状態になると能力が拡張されるんだね」


 暴走は頭に来たらそうなるが、覚醒に当たる気持ちが分からんな。暴走と覚醒とかいかにも格好いいが、両方同時に発動はできそうにない。


 まあいいか、取得。


『このパネルを取得すると、マインドコントロールで制御できる閾値を越えます。取得しますか?』


「久々に見たなこの注意」

「もう一度取ったら?


 ミトラスの提案にハッとなる。


 そういえば、肉体強化のパネルは何度か取れるが、それ以外では特技でジャンプ力を取っただけだな。


 できるのか?


 フリーの成長点を使って再度『マインドコントロール』の取得が……できた!


 なおフリーの成長点はこれで12,000 まるで資本金のように減らない増えない。


「で、どうかな」


 もう一度『暴走』を取ると、今度は警告が出ない。これ来月マインドコントロールを、もう一度取ろう。これは精神の鞘だ。安全に両方の精神ブーストを持つには必要だろう。


 覚醒と暴走を止めればいいだけの話だが、俺だってそれっぽい名前の奴が欲しい。パッとしないパッシブスキルばかりなのは寂しいのだ。例え使えなくても。


「これで俺も何時の日か、怒りの覚醒とかして、格好良く超強い状態になるかも知れないな」


「ああ、そういう理由だったんだね」


 妄想には宝の持ち腐れが必要な場合もある。


「少し気が早いが、俺も三年生だ。ディーから貰った潜在能力が増えるクリームも残り一年分、どこまでが俺の限界なのか分からないけど、この調子で行けるとこまで、行って見ようとは思うよ」


 健康診断も終わったら、人間も辞めていこうかな。あまり本格的なのは駄目だが。


 うーむ、進路希望は何もないのに、こんなことばっかりやりたいことがある。


「足も伸ばそうね」

「そうだね!」


 笑顔で茶化してくるミトラスにチョップしてから、俺はテレビを消した。そのまま部屋の明かりを消して自室へと引き上げる。出来ることはこれからも、沢山ありそうだ。


 ただなあ、こんなこと言うのも難だけど、あれこれ見た目が変わっところで、俺は俺のままのような気がするんだよね。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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