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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
311/518

・532点+2,840点

今回長めです。

・532点+2,840点也



 困ったな。嫌いな奴が自分の知らない所で、勝手に死んでてくれたら誰だって嬉しい。しかし今目の前で命の危機に晒されているなら、話は別だ。


 俺たちのせいにならないようにしなくては。


「サチコさん、これを!」

「お、ありがとう!」


 知らない男子が背後の階段から、俺の足元目掛けて鞄を放る。直ぐ近くに『ガトン』っという音と共に、着地したそれに向けて、鼻ガーゼが立て続けに三発の発砲。残り八発。


「あ、俺の鞄が!」


 気付くのが遅れ、いや、気付いた所で穴が空くのは避けられなかったな。俺は悲しみを堪えつつ、何とか鞄を回収した。


 向こうも既に何発も防がれているから、盾を翳すと撃って来ない。


 急いで中身を確認すると、あった。俺の石斧が。


 長さ60cm刃渡り30cmの手斧。魔法で作った石を加工した物で、軽くて丈夫な自信作。


 横っ腹はカメの甲羅を模しており、甲板一枚一枚は衝撃を和らげるために、粘土や接着剤で繋げ、中の刃と柄には、それぞれ小さく穴を明けて、麻紐を通している。


 更に柄には医療用のブリッジを模した、透明なアクリル材で補強してある。持ち手には卓球部が捨てたラケットから剥がしたゴムを巻いて、滑り止めを施し、帯紐を付けて、振り回せるようにもしてある。


「良かった、中身は無事だな」


 見た目もそれなりに気を遣ったオシャレな石斧で、会心の作だ。刃の部分も板状の殴り運用で安全安心。


 作った後に方々から『普通の手斧に鉄板を溶接するだけで事足りたのでは』と言われ、要らぬ労力を注ぎ込んだことに気付き、頭を抱えた問題作でもある。


 本当はもっと強力な妖刀があるのだが、悲しいかな俺では使いこなせない。真の力を出そうにも、特別な血筋が必要らしく、それも俺では発揮できない。


 完全に勇者か何かに渡すアイテムを拾ってる仲間状態なんだよな。


 ともあれ壊れた木刀と交換してっと。


「おい! もう残り八発しか」

「うるさいいいぃいいい!!」


 四発発砲! 慎重さも計画性もない、それこそものの弾みで、撃てるだけ撃ってしまおうと、自棄を起こしている。


 後たった四発。それを撃たせたら、斧でぶん殴って黙らせよう。この状況だから肩の骨を折るくらいしてもお咎めはあるまい。


「サチコ先輩、階段と廊下の閉じ込め準備、完了しました!」


「でかした! ゆっくりと距離を詰めて押し込め! 途中の教室の扉も全部締めるんだ!」


「了解しました!」


 上からアガタの声が降ってくるので指示を出すと、懐に仕舞っていた蓮乗寺の携帯電話が鳴る。


「もしもし」


『サチコ、こっちは奴を職員室の、ドア前に行くよう仕向ける。合わせて頂戴』


「分かりました」


 先輩が俺の出した指示に手を加えてくれる。俺たちには連絡用の文明の利器がある。漫然と追い込むのではなく、連携して順番に包囲を狭めることで、相手の行動に制限をかけられるのだ。


 思えば鉄火場で、いよいよとなると策を出してくれたのが、この人だった。


 なら俺も、この正念場を上手く収めて見せたいが。


「おい、もう銃を捨てろ。役に立たないぞそれ」

「ふーっふーっ!」


 鼻ガーゼは息も荒く、何か言葉にならない呪詛を、吐き出し始めた。見れば既にこちらを向いていない。目は開いているけど、もう見るという行為を出来てない節がある。


 忙しなく周囲を、キョロキョロとしているが、ただそれだけだ。じっと観察する暇さえある。それくらい隙だらけだった。


「サチコ先輩、お待たせしました」

「いや、丁度良かった」


 背後の階段から、アガタが数人の生徒たちと共に、ロッカーや机を運んでくる。


 移送作業中は撃たれないように、射線を塞いでおいたが、弾は飛んで来なかった。


 改めて配置を確認しよう。


 職員室と廊下の関係は『♀』の字を想像すると分かり易い。実際は左右や縦の長さが歪だがこの際それは置いておく。○の部分が職員室でその下、『一』は廊下だ。この左端が非常口に通じるので封鎖。


 次に『|』は柱を挟んで両端に階段がある。


 これの上、非常口側の階段付近に俺、職員室側に鼻ガーゼ。


 そして下、反対側の階段から他の味方が回り込み、他の奴らが左側の廊下を封鎖、バリケードを用意して左側を閉じる。


 最後に俺たちのほうから右の廊下を塞いで、奴を職員室のドアの前まで押し戻す。


 後は南に撃ってもらうも良し、奴が非常口まで逃げて左側の封鎖に挟まれて、閉じ込められても良し。


 どっちつかずで右と左に挟まれても良しだ。


 安物のプラスチック製の窓は、ガラス製じゃないから銃で撃っても、割れて脱出ができるような代物ではない。鍵を開ければ出られるが、相手はそれができる精神状態ではない。


 包囲の順番は非常口側を最初に、次に反対側の階段から左側、最後に俺たちで右側を閉じる。


 いつぞやのストーカー女と違って、相手は疲労困憊している。精神的に追い詰められ肉体的にも負傷している。


 更に素人が三十発も撃てば、体はガタガタだろう。銃を撃った経験なんて無いから知らないけど。


「ほらこっちを見ろ!」

「う!」


 近付くふりをして威嚇をすると、一発撃たれはしたが連射はされなかった。鼻ガーゼの蒼白の顔には冷や汗が滝の様に流れている。


 怯え切った目がこちらを見ている。弾切れをも恐れるようになった。これはもう撃つことすら、無理かも知れない。好都合だが。


 これなら職員室に、逃げ込まれても大丈夫だろう。職員室は机こそ整然と並んでいる、がその実汚い。


 遮蔽物に恵まれていそうだが、実際は外から良く見える。机の下くらいしか隠れられないし、入ったら一巻の終わりだ。


 ともあれそうして再び睨み合いをしていると、廊下から騒々しい足音が近づいてくる。


 生徒の一団がロッカーやら机を、押してくるところだった。先頭にいたのは東条。


「サチコさん、封鎖始めます!」

「頼む、っと」


 そのとき携帯電話が鳴った。相手は先輩だった。


『もしもしサチコ?』

「先輩。こっちは封鎖が始まった。そっちはどうだ」


『うーん、それなんだけどさ、一応ね、みなみんにこれから、武器を渡そうかとも思うんだけど』


 まだ渡してなかったのかと思ったが、先輩が行ってから時間はあまり経っていない。それに他人の部室ということもあるし、彼女は体力がないから、重い物は持てない。


 ただ気になるのは先輩の言い方で、俺はそれを言われるまで、人として当たり前のことを、忘れていたのに気が付かなかった。


『みなみんてさ、銃は撃てるけど、たぶん人は撃ったことないよ』


「あ」という声が出た。間抜けそのもの。緊迫した空気も、緊張も、一瞬でどうでもよくなった。


 先輩の言っていることの意味が、人として当たり前のことが、脳裏に浮かんだ。


 南に撃ってもらう?


 人を撃ったことのない南に?


 いや、撃ってたとしても関係ない。


 ――『南に人を撃たせる?』


 ……

 …………

 ………………


 ――馬鹿か俺は。


「先輩、今更だけどそれ無しにできるか」

『勿論だよ。ありがとうサチコ』


「こっちで撃たないで済むようやってみるが、救急車の手配はしておいてくれ」


 先輩が了承する声を聞いて、電話を切る。危ない所だった。こんなことで失うようなものじゃないんだ。


 すっかり場の空気に飲まれていた。

 俺も大概馬鹿だな。


 とはいえ、南抜きでこの場を収めるにはどうすればいいか。どうってことはない。考えるまでも無え。


「アガタ、今の聞いてたか」

「はい」


 後ろで待機していたアガタに問えば、微笑と共に頷いてくれる。


「南の分を俺がやる。あいつを職員室に突っ込むからお前は東条にこのことを伝えろ、三方向から廊下の右端に奴を閉じ込めるんだ。ゆっくりでいいから、押し込む遮蔽物に隙間を作るなよ」


「はい!」

「よし行くぞ!」


 俺は盾を左側に構えると、開け放たれたままの職員室のドア目掛けて走った。昼下がりの日光が窓から差し込む廊下には、全く似つかわしくない光景。


 こちらに気付いた鼻ガーゼ目掛け下手に斧を放る。


 当たれば恩の字だったが外してしまった。相手の銃口がこちらを向く。


 二度の銃声がして、弾丸は両方とも、盾に吸い込まれた。今までと異なる嫌な音を一旦無視して、職員室へと飛び込んだ後、ドアを閉めて鍵をかける。手近な職員の机を、全力で引っ張ってバリケードにする。


 壁を背にして深呼吸をしてから、さっきの嫌な音が何だったのかを確認する。


 盾だった。下側が欠けている。いや、よく見ると解れのような、微小な穴が幾つも空いている。


 たかが鉄鍋が妖精さんの加護も無しに、二十発近い弾丸を、よくぞここまで防いでくれたものだ。ありがとう鍋。さあ、これで仕上げだ。


「アガタ! 東条! 押し込めぇっ!」


 声が届いたのか、廊下から一斉に物を動かし、床を擦る音がし始める。


 壁越しに振動が背中に伝わってくる。


「はっ。はっはっうああ!」


 ドアが叩かれる。廊下を塞いで迫り出すロッカーやら机やら。生徒数十人が、一丸となって押し込むそれらは、明確な闘志であり、反抗の意思の現れである。


 当然それらから逃れようと思えば、向かう先はここしかない。しかし入れまい。銃にはもう弾がない。


 蝶番を撃って壊すとかドアノブを撃って壊すとかドアの窓の部分を撃って壊すとかはできない!


 いや、最後のは可能だ。割って腕を突っ込み内側の鍵を解錠するのは。


 でもそれをさせないために俺がいるんだよな。窓の部分に盾を押し付けて塞ぐ。


「開けろ! 開けろー!」


 必死な声を上げる鼻ガーゼに、ドアが蹴られる叩かれる。ガラスが割れる音がして盾が殴られる。ガラスは別に銃で撃たなくても割れる。


 何度も何度も殴られたことで、鍋に空いた穴が僅かに大きくなる。そこに望みでも賭けてるのか更に殴る勢いと力が増す。


 何か硬いもので、たぶん銃を棍棒みたいにして殴ってる。残り一発しかないから、逆に開き直ったな。


「開けろおおぉぉーーー!」


 ちょっと自分に酔ってるようなイントネーションに不快感も増す。


 負けじと耐える間にも味方の壁も迫る。

 後少し、もう少し。


 振動が間近に迫ると、盾に出来た窪みに何かが宛がわれる感触。来るか、最後の一発!


「うああああ!」


 不良の断末魔と、銃声と、衝突音とが重なる。


 沈黙が広がり、静寂へと変わってゆく。かくして最後の一人の始末が終わった。


 先輩に報告をして、皆に終戦を報せてもらい、廊下からは勝鬨の声が上がった。


 携帯電話にメールが山ほど入ってきて、どうかしてるほど皆がはしゃいでいた。


 程なくして救急車と警察がやって来た。生徒の中にも何人か反撃を受け、怪我した者もいた。


 警察には携帯電話と不良たちを引き渡して、お話はまた今度ということになった。何せ20人対60人だ。話は嫌でもとっ散らかる。


 先に逃げた教員たちも、呼び出されることだろう。俺たちにとって今までで一番長く、大きな戦いはこうして幕を閉じた。


 ――そして。


「いやー、まさかサチコと一緒に、救急車に乗るとは思わなかった!」


「なんでそんな嬉しそうにしてんのお前」


 拳の指の骨が折れた風祭と、最後の一発を下っ腹に受けた俺は、仲良く病院送りになったのであった。

 

 治療費が心配だ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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