・間違い
・間違い
※このお話は途中から三人称視点でお送りします。
「萌ちゃん!」
「しっかりしろ!」
階段を下りて直ぐ、踊り場からやや離れた場所に、二人の人間がいた。一人は他校の男子。
床に銀色の拳銃が落ちていることから、こいつが銃の持ち主なのだろう。
映画なんかで見かけるオートマチックって奴だ。一々撃鉄を起こす必要がないマガジン式。危ないから急いで拾っておく。
もう一人は風祭だった。拳を押さえて蹲っている。額に油汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべている。
まさかこの人のこんな顔を見ることになるとは。
「痛っつ……」
「萌ちゃん!」
「傷見せろ。先輩、リュックに救急箱入ったよな!」
俺は風祭先輩の手を取りグローブを外した。
指回りが金属板と鋲で補強してある武装だが、中指の出っ張った部分の鋲が潰れていた。いや、これもしかして銃弾か。
「くっそ、骨、折れたかも」
「骨って風祭先輩、もしかして」
「撃つの分かってたし、防具付けてるからイケるって思って」
「もしや殴り返したのか、銃弾を……」
「あ、あたまおかしい……」
泣きそうな顔をしているが、このパイナップルは異世界に渡ったら、ちょっとした勇者になるんじゃなかろうか。
ともあれ手当てをすべく、弾が当たったであろう部分を見れば、確かに青黒く腫れ上がっており、骨の角ばった部分が見えず、ぶよぶよしてしまっていた。
「うう、痛い」
「とりあえず湿布貼って、後で病院すね」
「今ので不安が広がっても困るから状況報告出すね」
そう言って先輩は、自分の携帯電話を取り出し手短に文章を打ち込むと、それをメールで一斉送信した。内容は『拳銃持ち一名確保、撃たれた風祭が弾を殴り返したことで、指を骨折』とあった。
「これで必要以上に士気が落ちることはないかな」
「むしろこっちが問題ですよ」
俺は足元に転がる不良を足で小突いた。よく見ると右肩から、血が滾々と流れ出している。どうやら跳弾で自滅したらしい。悪いことはできないな。
「先輩方! 今の音は!」
廊下の反対側から、血相を変えて東条たちが走ってくる。一団は全員が机や椅子を体に結んで、しっかりと身の守りを固めていた。
「通信あったろ、萌ちゃんを頼むよ。他にもケガした子がいたら、一緒に下がらせて」
「了解しました! もしもし南先輩ですか、負傷者が増えてきたため、何人か連れて出ます。救急車の手配を頼めますか」
先輩の要請に東条は頷くと、手際良く負傷者たちをまとめて撤退を開始した。肩から血を流してる奴は、縛ったら後は放っておこうという意見が多数派だったので、そのままにした。
これでこの先、一生片腕が使えなくなるなら、儲けたものだ。未成年という立場は、こういうときこそ活用したい。
「これで後は非常口に行った奴を、オカルト部が何とかすれば、銃持ちは全部片付くな」
「他の不良たちとも決着しつつある。私たちは捕まえた奴が、逃げ出さないよう確認に行こう」
「分かりました」
俺たちはそうして、四階から一階までを洗い直し、床に転がっている不良たちの拘束が解けないかチェックしつつ、何か一つでも協力されたら困るので、纏めないようにしながら、他の生徒たちに手を貸すことにした。
状況は掃討戦に移りつつある。残るは蓮乗寺の報告くらいだが、向こうは大丈夫だろうか。
一方その頃。
オカルト部部長こと超常現象研究会会長の、蓮乗寺桜子は暇を持て余していた。
暇とはいえ責任は重大で、各階で捕物とも復讐劇ともつかない乱闘を、可能にするためには、必要不可欠なことであった。
(私もやってみたかったなあ)
非力な生徒たちが、非力ではない生徒たちの助けを借りて、手に手に物干し竿を持って敵に襲いかかり、或いは立ち向かっていく。
そのような華のある動きに、自分も加わりたかったのである。
彼女は現在、校舎外の非常階段近くの物陰に潜んでいる。
(でもなあ、銃なんて持ってる奴を任されたらなあ)
この世界の歴史は改変されている。そのため日本は銃社会と化した。元より人間らしからぬ存在だった彼女もまた、紆余曲折を経て超常現象、というよりオカルト側に身を置くようになった。
(ていうか私だけ荷が重くない?)
桜子は溜息を吐くと、未だ駆け回る青少年たちの喧騒に、耳をそばだてる。
少しずつではあるが、声は数や勢いを減じており、事態の終焉が近いことを窺わせる。
(これは私が最後の一人になりそう)
桜子は手持ち無沙汰になって周囲を見回した。園芸部の植えた鉢植えがあり、卒業式のある三月には揃って花を咲かせる予定となっている。
他にも土や園芸用の肥料が積まれており、小柄な人間一人くらいなら、隠れられるほどの高さはあった。
そこから非常階段を見張っているのだが、誰も出て来ない。非常口は二枚扉になっているのだが、目標の生徒を誘い込むために、鍵を開けてある。
摘みを捻るタイプなので簡単に開錠できる。ちなみに一階は、そのまま外に出られるようになっている。
(萌ちゃん先輩ならまだしも、私までやれると思われてるのが、納得いかないなあ)
先ほど入った風祭萌の“銃弾殴り”の報を受け、彼女は自分がアレと並んで見られていることが、些か不満だった。自分はそこまで体力派ではないと思っているからだ。
桜子は既に人間を辞めており、更にはやんごとなき神仏の、生まれ変わりのようなものでもある。撃たれれば死ぬかも知れないが、超常的な力を発揮することができる。
加えてサチコとの交流で魔法も習得しており、最早何かの物語の、主人公なのではないかというくらい、人間離れしている。
(なんか私だけ皆から、いつ魔法を使うんだろうって思われてるような気がする)
ただ怪しげなだけで彼女自身は一度も特殊な力を、人目に付く所で発揮したことはない。
他の部員は別だが。
(しっかし誰も出てこないなー。もしかして間で息を殺してるのかな)
二枚扉、非常階段側と校内側の扉の間には、人一人分ほどの狭いスペースがある。そのため、そこで出るタイミングを窺っているのだろうと、彼女は思った。
追い込んだ後は戻ってくることを防ぐために、校内側は再び鍵をかけることになっていた。
そのため追いやられたほうは外に出るしかない。
これが非常階段側も、個別の鍵をかけていた場合、いじめで間に閉じ込められた生徒が、外に出られなくなる危険があるため、このスペースは多くの人間から不要とされている。
「夜になるまで待つ気じゃないでしょうね。警察呼んだのは嘘じゃないのよっと」
不貞腐れ一人言を呟いた矢先、四階非常口の扉が開いた。
米神高校の制服を着た不良の一人が、周囲を警戒した後、見た目以上に高く不安定な足場へと乗り出す。軋む鉄骨が悲鳴に似た音を上げると、不良は明らかに尻込みをした。
恐々と階段を下りてくるその姿と様子を、桜子は訝しんだ。明らかに手ぶらであり、銃を持っていないようにしか見えなかったからだ。
人相も髪型も何一つ特徴のない、ありふれた青年であった。それも低質な。
その足が二階に差し掛かった辺りで、桜子は小声で呪文を唱え始めた。
『走る星の名、ウルカの火の粉。雷光の綱にて編まれしは、天駆鈴鹿と鬼の声、物見も高く降り注ぐ。物見も高く、降り注ぐ』
異界の言葉で紡がれたそれは、言の葉により撃鉄を起こされ、引き金を引かれるばかりとなった。
桜子の左手の人差し指の先、粉雪を集めたような、白い光が灯る。
「行け」
彼女はそう言って、指を不良へ向けて軽く振ると、生物が感電するときの汚いスパーク音が弾けた。不良と指先の間に白金色の線が結ばれ、激しい電光が生まれる。
時間にして数秒、不良生徒は自分の身に何が起きたかも分からないまま、残りの階段を転げ落ちた。
桜子は指先に火を吹き消すような仕草をしてから、倒れた相手に近付いた。持ち物を物色するが、目的の物が出て来ない。
そもそも弾丸が入っている拳銃に、通電するなど正気の沙汰ではないことに、彼女はこのとき初めて気が付いた。
そして相手が拳銃など、持っていないことが分かり胸を撫で下ろすのだが、次の瞬間には別の緊張が背筋を走る。
「え、まってまってまってまって、え?」
もう一度隈なく肌着の中まで手を突っ込んで、脱がして検め調べて着させてから、桜子は結論となる言葉を疑問符を付けて呟いた。
「この人、銃を持ってない? やっべ」
その意味を考えながら、彼女は校舎を振り返ると、予備の携帯電話を取り出して愛同研大将、北斎への連絡を急いだ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




