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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
309/518

・間違い

・間違い


 ※このお話は途中から三人称視点でお送りします。


「萌ちゃん!」

「しっかりしろ!」


 階段を下りて直ぐ、踊り場からやや離れた場所に、二人の人間がいた。一人は他校の男子。


 床に銀色の拳銃が落ちていることから、こいつが銃の持ち主なのだろう。


 映画なんかで見かけるオートマチックって奴だ。一々撃鉄を起こす必要がないマガジン式。危ないから急いで拾っておく。


 もう一人は風祭だった。拳を押さえて蹲っている。額に油汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべている。


 まさかこの人のこんな顔を見ることになるとは。


「痛っつ……」

「萌ちゃん!」

「傷見せろ。先輩、リュックに救急箱入ったよな!」


 俺は風祭先輩の手を取りグローブを外した。


 指回りが金属板と鋲で補強してある武装だが、中指の出っ張った部分の鋲が潰れていた。いや、これもしかして銃弾か。


「くっそ、骨、折れたかも」

「骨って風祭先輩、もしかして」


「撃つの分かってたし、防具付けてるからイケるって思って」


「もしや殴り返したのか、銃弾を……」

「あ、あたまおかしい……」


 泣きそうな顔をしているが、このパイナップルは異世界に渡ったら、ちょっとした勇者になるんじゃなかろうか。


 ともあれ手当てをすべく、弾が当たったであろう部分を見れば、確かに青黒く腫れ上がっており、骨の角ばった部分が見えず、ぶよぶよしてしまっていた。


「うう、痛い」

「とりあえず湿布貼って、後で病院すね」

「今ので不安が広がっても困るから状況報告出すね」


 そう言って先輩は、自分の携帯電話を取り出し手短に文章を打ち込むと、それをメールで一斉送信した。内容は『拳銃持ち一名確保、撃たれた風祭が弾を殴り返したことで、指を骨折』とあった。


「これで必要以上に士気が落ちることはないかな」

「むしろこっちが問題ですよ」


 俺は足元に転がる不良を足で小突いた。よく見ると右肩から、血が滾々と流れ出している。どうやら跳弾で自滅したらしい。悪いことはできないな。


「先輩方! 今の音は!」


 廊下の反対側から、血相を変えて東条たちが走ってくる。一団は全員が机や椅子を体に結んで、しっかりと身の守りを固めていた。


「通信あったろ、萌ちゃんを頼むよ。他にもケガした子がいたら、一緒に下がらせて」


「了解しました! もしもし南先輩ですか、負傷者が増えてきたため、何人か連れて出ます。救急車の手配を頼めますか」


 先輩の要請に東条は頷くと、手際良く負傷者たちをまとめて撤退を開始した。肩から血を流してる奴は、縛ったら後は放っておこうという意見が多数派だったので、そのままにした。


 これでこの先、一生片腕が使えなくなるなら、儲けたものだ。未成年という立場は、こういうときこそ活用したい。


「これで後は非常口に行った奴を、オカルト部が何とかすれば、銃持ちは全部片付くな」


「他の不良たちとも決着しつつある。私たちは捕まえた奴が、逃げ出さないよう確認に行こう」


「分かりました」


 俺たちはそうして、四階から一階までを洗い直し、床に転がっている不良たちの拘束が解けないかチェックしつつ、何か一つでも協力されたら困るので、纏めないようにしながら、他の生徒たちに手を貸すことにした。


 状況は掃討戦に移りつつある。残るは蓮乗寺の報告くらいだが、向こうは大丈夫だろうか。


 一方その頃。


 オカルト部部長こと超常現象研究会会長の、蓮乗寺桜子は暇を持て余していた。


 暇とはいえ責任は重大で、各階で捕物とも復讐劇ともつかない乱闘を、可能にするためには、必要不可欠なことであった。


(私もやってみたかったなあ)


 非力な生徒たちが、非力ではない生徒たちの助けを借りて、手に手に物干し竿を持って敵に襲いかかり、或いは立ち向かっていく。


 そのような華のある動きに、自分も加わりたかったのである。


 彼女は現在、校舎外の非常階段近くの物陰に潜んでいる。


(でもなあ、銃なんて持ってる奴を任されたらなあ)


 この世界の歴史は改変されている。そのため日本は銃社会と化した。元より人間らしからぬ存在だった彼女もまた、紆余曲折を経て超常現象、というよりオカルト側に身を置くようになった。


(ていうか私だけ荷が重くない?)


 桜子は溜息を吐くと、未だ駆け回る青少年たちの喧騒に、耳をそばだてる。


 少しずつではあるが、声は数や勢いを減じており、事態の終焉が近いことを窺わせる。


(これは私が最後の一人になりそう)


 桜子は手持ち無沙汰になって周囲を見回した。園芸部の植えた鉢植えがあり、卒業式のある三月には揃って花を咲かせる予定となっている。


 他にも土や園芸用の肥料が積まれており、小柄な人間一人くらいなら、隠れられるほどの高さはあった。


 そこから非常階段を見張っているのだが、誰も出て来ない。非常口は二枚扉になっているのだが、目標の生徒を誘い込むために、鍵を開けてある。


 摘みを捻るタイプなので簡単に開錠できる。ちなみに一階は、そのまま外に出られるようになっている。


(萌ちゃん先輩ならまだしも、私までやれると思われてるのが、納得いかないなあ)


 先ほど入った風祭萌の“銃弾殴り”の報を受け、彼女は自分がアレと並んで見られていることが、些か不満だった。自分はそこまで体力派ではないと思っているからだ。


 桜子は既に人間を辞めており、更にはやんごとなき神仏の、生まれ変わりのようなものでもある。撃たれれば死ぬかも知れないが、超常的な力を発揮することができる。


 加えてサチコとの交流で魔法も習得しており、最早何かの物語の、主人公なのではないかというくらい、人間離れしている。


(なんか私だけ皆から、いつ魔法を使うんだろうって思われてるような気がする)


 ただ怪しげなだけで彼女自身は一度も特殊な力を、人目に付く所で発揮したことはない。


 他の部員は別だが。


(しっかし誰も出てこないなー。もしかして間で息を殺してるのかな)


 二枚扉、非常階段側と校内側の扉の間には、人一人分ほどの狭いスペースがある。そのため、そこで出るタイミングを窺っているのだろうと、彼女は思った。


 追い込んだ後は戻ってくることを防ぐために、校内側は再び鍵をかけることになっていた。


 そのため追いやられたほうは外に出るしかない。


 これが非常階段側も、個別の鍵をかけていた場合、いじめで間に閉じ込められた生徒が、外に出られなくなる危険があるため、このスペースは多くの人間から不要とされている。


「夜になるまで待つ気じゃないでしょうね。警察呼んだのは嘘じゃないのよっと」


 不貞腐れ一人言を呟いた矢先、四階非常口の扉が開いた。


 米神高校の制服を着た不良の一人が、周囲を警戒した後、見た目以上に高く不安定な足場へと乗り出す。軋む鉄骨が悲鳴に似た音を上げると、不良は明らかに尻込みをした。


 恐々と階段を下りてくるその姿と様子を、桜子は訝しんだ。明らかに手ぶらであり、銃を持っていないようにしか見えなかったからだ。


 人相も髪型も何一つ特徴のない、ありふれた青年であった。それも低質な。


 その足が二階に差し掛かった辺りで、桜子は小声で呪文を唱え始めた。


『走る星の名、ウルカの火の粉。雷光の綱にて編まれしは、天駆鈴鹿と鬼の声、物見も高く降り注ぐ。物見も高く、降り注ぐ』


 異界の言葉で紡がれたそれは、言の葉により撃鉄を起こされ、引き金を引かれるばかりとなった。


 桜子の左手の人差し指の先、粉雪を集めたような、白い光が灯る。


「行け」


 彼女はそう言って、指を不良へ向けて軽く振ると、生物が感電するときの汚いスパーク音が弾けた。不良と指先の間に白金色の線が結ばれ、激しい電光が生まれる。


 時間にして数秒、不良生徒は自分の身に何が起きたかも分からないまま、残りの階段を転げ落ちた。


 桜子は指先に火を吹き消すような仕草をしてから、倒れた相手に近付いた。持ち物を物色するが、目的の物が出て来ない。


 そもそも弾丸が入っている拳銃に、通電するなど正気の沙汰ではないことに、彼女はこのとき初めて気が付いた。


 そして相手が拳銃など、持っていないことが分かり胸を撫で下ろすのだが、次の瞬間には別の緊張が背筋を走る。


「え、まってまってまってまって、え?」


 もう一度隈なく肌着の中まで手を突っ込んで、脱がして検め調べて着させてから、桜子は結論となる言葉を疑問符を付けて呟いた。


「この人、銃を持ってない? やっべ」


 その意味を考えながら、彼女は校舎を振り返ると、予備の携帯電話を取り出して愛同研大将、北斎への連絡を急いだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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