・追い立てる
・追い立てる
実際に数えてみるとこの場にいるのは40人ほどで、最低限の人数は外に残しているようだ。
それでも多いが。
大人数は階段を上がるときに邪魔だが、下りるときにも邪魔である。逃げ場はない。
階下から竹槍ならぬ、物干し竿を握り駆け上がってきた生徒の群れは、瞬く間に不良生徒たちに、襲いかかった。相手の二倍を越える人数が、死なない殺さないという前提で、遺憾なく暴力を発揮する。
物干し竿は非常にリーズナブルな、誰でも買える長物の武器である。安くて数を揃えられて品質も均一。そこそこ強度があって両手さえ有れば誰でも使える。いったい何時こんなものを手配したのか。
打ち合わせでは、運動部たち体力派を初めとした、愛同研の部員たち、全部で二十人も集まればいいはずだったのに。
その兄弟や友人や別件の被害者も加わり、大所帯となっていた。こんな集団がよくもまあ一つの旗の下に集まったものだ。
三年は元々先輩が暴力を振るわれた件で、全面的に協力の姿勢を示してくれていた。
事態が大きくなっても、静観したり距離を置こうとしたりしないのは、人徳の賜物か。
二年はそんな先輩方の愛同研に参加し、一年経っている連中だ。そこまで縁の深い連中ではないが、自分たちの所の三年生が、参加するならばとやって来てくれたらしい。付き合いの良い若者たちだ。
一年生はいじめの被害者とその周辺人物のようだ。この55名は愛同研の部員全員が、参加した上での数字ではない辺り、うちの学校も底辺ながら、まだまだ捨てたものじゃない気分になるな。
現実的に考えると別にそんなことないんだが。
それとどうも見たことのない生徒が、かなり紛れているんだが、これはいったい……?
「うおおっ!?」
「やめろ、ちょ、やめろっつってんだろ!」
「痛あいッ!」
上がった悲鳴に意識を引き戻すと、足下では敵意を込められた棒でガンガン突かれた不良たちが、どうにもならずに狼狽しているところだった。
普段から舐めてかかってる生徒たちが来た事で一瞬戻った余裕が、自分たちへの恐怖心のない攻撃に晒されて、見る見る失われていく。
制服の上から打撲の傷なんて、全く分からないので皆どんどん突く。顔は控え目に、足と腹をそれはもう突く。
一人倒れてはにじり寄り、踏みつけて一人、また一人と人間の茂みに吸い込んで行く。
「ゲロ吐けオラァ!」
空を切り裂くような高い声で、倒れた不良を踏んだり蹴ったりしているのは、戦線に復帰したアガタだ。親父さんの看病を中断して駆けつけてくれたんだな。
意地でもゲロを吐かせようと、爪先を倒れた不良の腋腹にぶっ刺し続けている。
「漏らしたもん全部顔に塗ったくって二度と学校から追い出してやる!」
感情が昂り過ぎて日本語が飛んだようだ。現状一番強く敵を攻撃して、味方を牽引している。
「早く上れ! おい! どけって!」
「押すなよ! じゃあお前いけよ!」
上の階段にいる俺たちと下から来る生徒に挟まれ、不良共は進退窮まったようだ。その煮詰まった様子を見て、俺は先輩たちと目配せをした。全員が頷く。
「水をぶっかけろ!」
身を捩れば隙間から物干し竿を突っ込まれ、それまで無傷で、付かず離れずの位置にいた層にも、攻撃が当たり始めると、いよいよ全体が苛立ちや、不安に染まっていく。
中には竿を掴んで反撃を試みる者もいたが、その場合は却って頭に、沢山ぶち込まれるので続かない。
最後尾の一年生たちが手筈通り、バケツに汲んできた水を、倒れた不良にぶちまける。何故こんなことをするのかというと、気持ちが挫けるからだ。
世の中にはトイレの上から水をかけるという、伝統的かつ世界的ないじめがある。
これは服が濡れることに加え、体温が下がってくることで、気持ちも弱るのだ。
体が冷えると心も冷える。実に動物的な本能に沿った攻撃だ。これがこの状況で、どう役に立つのかというと、不良の逆上を防止するのに役立つ。
暴徒に放水するのは古来より引き継いだ知恵。敵を追い詰めることは、必ずしも敵を弱らせることを意味しない。集団戦においては、追い詰めた鼠を溺死させることが最善なのだ。
「行け! 行けよォ!ッ」
「行け行け!」
既に倒れた一人が、動けなくなるほど追い討ちをかけられている。つっても泣きが入って、頭抱えて蹲ってるだけだから、全然大したことないんだけど。
ともあれようやく彼らは上、つまりこちら側への突破を決心したようだ。
残りの全員でこちらへと向かってくる。それを受けて横合いから、ちょっかいを出したりもするが、脇目も振らずに四階へ到達。
そのまま廊下へ切り返し、全力で走って行く。逃げ場は無いが、逃げる以外の手を打てない。
こんなときにも人間の本性は出るもので、誰一人向かって来ない辺りに、彼らが彼らであるという統一感というか、『同じ人間である』ことを、強く感じさせられる。
「追え!」
他の生徒たちは二手に別れ、半分はそのまま不良たちを追い、もう半分は階下に下りて、反対側へと回り込みにいった。この後はみっともない追いかけっこになるはずだ。
だがそれでいいんだ。その途中で逃げ隠れしようと不良たちは、散らばるだろうというのが、こちらの予想である。そして予想の通りに散らばってくれると、安全性が増す。
「じゃあ各員、後は打ち合わせ通りによろしく!」
『了解』
「じゃあね」
「体に気を付けてね」
俺と東条、風祭と蓮乗寺が、それぞれに返事をして動き出す。東条と風祭が下へ降り、蓮乗寺が非常階段へと向かう。残ったのは俺と先輩の二人。
「上手く行きますかね」
「上手く行って欲しいよ」
心配なのは、風祭が言っていた二丁の銃だ。今の所まだ誰も、それを出していない。
これだけの大人数がいる場で、撃つことは正直考え難いが、何が起こるか分からない。
「銃のことは、実は他の皆には伏せてあるんだ。不良たちが武器に刃物を出すかもしれない、とまでは言ったけど、銃だと流石に、来てくれないかも知れなかったから」
「そうですね。これからまた銃持ちのチンピラが次々に出るようになって、そのときに誰も、何も出来なくなったじゃ、困りますしね。せめてこういう経験積ませていかないと」
うちの部員もいじめに遭っていた。これをずっと見過ごしていたら、他の部員も巻き込まれて、やがては愛同研全体が、犯罪の餌食にされかねない。
この騒動はうちが抵抗力をつけるためにも利用されているのだ。
「一応銃持ちが誰か知ってる風祭に、そいつらを抑えに向かわせたけども、アレはアレで不安なんだよね。絶対撃たせてみようって考えてるよあいつ。『他人を撃たせてみよう』じゃないだけ、マシなのかも知れないけど、それでもやっぱり異常だ。戦うことだけに、凝り固まったような人だよ」
「完全に生まれる時代と地域がおかしいですよね」
「ほんとにねえ」
校舎内に響く怒号と喧騒を遠くに聞きながら、俺たちは世間話のように喋った。ここまで来れば多少の差はあれど、結末は一つに収束するだろう。
「ふー、思えば遠くに来たもんだ」
「ほんとっすねえ」
「お前が話を大きくしたんだろっ!」
「ぐわーっ!」
先輩が腹にパンチしてきたので、大げさに痛がる。俺だってこんなに次から次へと、導線に火が点くとは思ってなかったよ。
現実の複雑怪奇さは、世の中の狭さに秘密があるんじゃなかろうか。
「卒業と受験を目前に控えた三年生だってのに、私ら何をやってるんだか」
「警察官が絶対に暴力団や外国人犯罪の捜査をしないのも分かるような気がします」
身の安全は脅かされるし、話も収拾がつかなくなりがちだ。だからって俺らパンピーが、大人しくしてるのと、パンピーの税金で生きてる警察官が、同じことじゃいけないが。
「さ、私たちもそろそろ行こう。皆だけにやらせたんじゃ悪いよ」
「そっすね。忘れてたけど、元はあんたの為に戦い始めたんだし」
「そこ忘れんなよ!」
「ぐえー」
またも腹にパンチが来る。昔の俺なら十分痛かったのだろうな。一年生の最初の頃は背も近かった。
もっと近い目線で、もっと長い間、お前と話していたかったよ。
「……正直嬉しかったけど、金輪際、こんなのは無しだからね」
「俺もそう願いたいっす。部室行って装備取ったら、追いかけましょう」
「いや、予めそこの教室に、運び込んでおいたから、部室に向かう必要はないよ」
先輩はそう言って教室の合い鍵を取り出すと、階段直ぐ傍の教室のドアを開けた。中にはお馴染みの体育の鎧と、懐かしの中華鍋の盾などが置かれていた。
「とりあえず盾と木刀持っていきます。先輩は」
「物干し竿と防災リュックだけでいいよ」
そうして二人で再び準備を整えると、校内で火薬が弾けるような音が鳴った。一発だけ。俺と先輩は顔を見合わせる。
正直こういう展開があるんじゃないかと、考えない訳ではなかった。
しかし具体的な数を想定できないから、考えたところで銃用の防具なんか、大勢の分用意はできないし、部員たちに買わせることも無理。
そもそも論だが、不良が銃を持ち出したら、誰か撃たれるだろうと予想できても、その詳細には言及できないのだ。
ここに来て計画を止めることもできないし、二丁で済んだのはまだ幸運な話でもあった。
いや、もっと簡単に言おう。いじめやってる奴が銃持ってたら、もう誰が何時撃ち殺されても、おかしくないし、防ぎようが無い。
だからと言っては無責任だが、お祈りをするくらいしかない状況だったんだ。銃社会ってのはそういうことだ。日頃から銃は持てても、防弾装備に身を包んでは暮らせない。
「急ごう!」
「死人が出てなきゃいいけどなあ!」
音がしたのは下の階。俺たちは揃って教室を出て、急いで階段を駆け下りた。
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文章と行間を修正しました。




