・窮鼠55+5
・窮鼠55+5
※このお話は三人称視点となります。
不良生徒たちは犯罪行為の共犯によって、互いに繋がっていた。それは臭い物でお互いの鼻を、摘み合うようなものではなく、それこそ同じクラブ活動に所属している程度の、気安さだった。
互いの邪悪さを共有していたからこそ緩んだ警戒、内輪にまで大人や学校、世の中を欺くような態度をしなくなっていた。
自分の居場所がある。というよりは、大人が有名な会社に勤めているという、ステイタスを誇示のようなものだった。
だからこそ、メンバーの中の格差は、あまり表に出さないまでも、序列は形成されていき、有事の際には浮き彫りとなり、より優劣がはっきりしていくのだ。
そしてそれは、何かの能力に秀でるよりも、実家の太い者が有力者となるという、酷く現実感に溢れた形だった。
その現実は集団の侵蝕と構成員の裏切り、トップの誕生と組織化によって、確固たるものとなった。
一足先に大人となった少年により、彼らは従業員となった。
自業自得、因果応報、言葉は色々だが、簡単に言うと彼らの幼稚なプライドは粉々になり、自由気取りの無法は、不自由な無法へと劣化した。
自分たちの業績を自治会長の孫に握られ、この状況を抜けられるもしない。
屈辱というのもおこがましい話で、黙って授業を受けるだけのことも、できなかった彼らが、以降はただ黙り、管理された犯罪を続けるしかなくなった。
相手は大人ではないのに、彼らは逆らわなかった。
他者への迷惑、犯罪行為そのものは、弱みにならなかったのに、自分たちで残した証拠には腰が引ける。
玄人はだしの道化ぶりを、人生の全てで表現していた彼らにとって、先日の一件は天佑のように思えた。
そんなものを受ける資格があるはずも無いのだが、とにかく彼らの頭の中には携帯電話の中身、もしくは本体を処分して自由になり、いつか自治会長の孫に報復をしたいという、夢を叶える好機に思えて、ならなかったのである。
眼前の巨大女子高生、サチコが携帯電話を宙に放り出したのを、つい掴んでしまったのも、自分たちに不都合な場面だけを削除し、残りはトップの犯罪の証拠として、逆に脅迫をするという野心があったからだ。
既に負けず劣らずの悪漢として萌芽している。
「へっへっへっへっへっへっへ、ヒィっひっひっひっひっひひひ!」
そんな彼らにとって、またも悪夢のような出来事が待っていた。
スポーツや格闘技を習っていた高身長の男子よりも更に高く、攻撃的な人物を敵に回していた。
不良の集団は当然ながら獲物を選ぶ。騒ぎが起きない者、助けを呼べない者。コツを掴み、味を占めた。
要点を守れば学校の外でだって、犯罪ができると分かっていた。
中には格闘技を習っている人間を袋叩きにしたことを自慢する者もいたが、当然一対一で勝ったなどという話はない。同じ部活の生徒と戦うと、そこまで成績はパッとしないのだ。
その分野で成功しない。
達成できない。
生き残れない。
勝てない。
故にならず者。
彼らは上達や勉学が楽しいから、スポーツや格闘技を始めるのではない。少しでもやれば自分より弱い奴が増える。それが嬉しくて齧るのだ。
だからこそ、真っ当に努力をしている人間の集団に目を付けられることはしない。
二十人、弱小校でも毎日走る運動部、それこそ野球部とサッカー部の、両方の怒りを買って襲われれば、現役ではない彼らは一堪りもない。
不良というのはその時点で、既に人生がほとんど終わっているのである。
「わあっ」
誰かが階段を転げ落ちてくる。サチコが突き飛ばしたのだ。
階段という足場の悪い中での戦いは、甚だ安定感を欠く。上へ上へと後退しながら戦う彼女は、情け容赦無く、敵を足下に落としていく。
二十人も階段を登ろうとすると邪魔である。事故も怖い。だから教師たちは大勢で移動する際には、必ず生徒たちを引率する。
しかし彼らに先生はいない。階段の上で待ち構える大女相手に、組み付くこともままならない。足を掴んで引き摺り下ろそうとすると、逆に押し込まれて足を踏み外す。
一斉に襲い掛かることはできても、助けることは彼らにはできない。転げ落ちた味方を汚物のように避けるだけ。受け止めたりはしなかった。
数で囲んでも萎縮させられない。個々の暴力でも上回る。この強面のする女子校正を相手取ることは至難の業だった。
合理化の進んだ非行は武力による正面衝突、即ち共食いの減少を招いた。その結果がこれである。
一人の小柄な男子が高々と持ち上げられ、他の男子に武器として振り下ろされる。踵が誰かの顔に当たり「げっ」という声が上がった。
再び持ち上げられれば、その度に力尽くで、地面に叩き付けられる。
二度、三度、制服で庇いきれない痛みが、膝と脛に伝わり、視界が地面に近くなっていくに連れ、生徒は自分の顔を庇った。
サチコに捕まっていた手を離したのだ。小柄な男子は無防備なまま振り上げられ、また投げ飛ばされる。
人を階段の下に突き落し、投げ落すことに一切の躊躇を待たない彼女の防戦は、勝っているのに後退するという行動を繰り返した。
何人かは罠があるのでは、他にも仲間がいるのではと思ったが、口に出せなかった。彼らの中ではこの場で携帯電話を手に入れなくては、終わりだという思いがあったからである。
それに不良たちは身勝手ながら、サチコに対して怒りを覚えてもいた。
彼らの中のほとんどの生徒は、何故彼女がここにいるのか、何故自分たちの邪魔をするのかを知らない。知っている者もいるが、それは自分のせいだとバラすようなものなので、言えない。
唐突に出しゃばってきた理不尽を、自分以外の全てを見下す年頃が、許せないのだ。
断罪と報復のシンボル、悪党にとっての『ずるい』人間、やり返してくる被害者を。
「このままだと皆警察行きだなあ。退学だよなあー、進学取り消しだよなあ。人生お終いだなあぁー!」
彼らは知らない。サチコが高校生になって力が付くまでの間、こちら側の世界で、幾度となく暴力に晒されたことを。
敗北を何度も喫して尚逆らい、それを面白がられても止めなかったことを。
そんな人物が仲間と力を得た場合どうなるかも。
「はい四階到着だ」
サチコは不良たちをあしらいながら、最上階へ到着した。長い腕、秀でた跳躍力、図体に似合わず猿めいて軽快な挙動、地の利を活かした戦い方が、随分と板に着いている。
一方で階段の踊り場に陣取った不良の集団は、強いストレスからか歪んだ表情を浮かべていた。
先にいる連中がやられたら直ぐに後続が、とは行かなかった。自分が手を汚さず誰かが成功すれば、という考え方なので、中々話が進まない。
行けだのやれだの無責任に言う者もいたが、最初にかかって行った面子以外、誰も前に行かない。交代もしないので、最初に向かった者だけが痛めつけられるだけだった。
結果として四階に到着したときには、五人が息を切らせて消耗し切った状態だった。
「階段はもう屋上の分までしかないな」
「舐めてんじゃねえそクソ! てめえ絶対ぶっ殺してやる! エっ!?」
背だけでなく声も高い男子が怒鳴る。
乱暴な叫びだったが、飛んできた唾に驚いて大きく下がる。その様を見てサチコが笑う。彼女のほうは、この期に及んで未だに気分一つ統一されない彼らに、緊張感が削がれて行くような気がしていた。
「『ぶっ殺してやる』頂きました。じゃあ、もう出ていいぜ」
彼女がそう言うと、廊下の角や階段の端から、サチコの隣へと、四つの人影が姿を現した。
一人は自転車競技用の防具に身を固めた、パイナップルのような髪型の、小柄な女子。
一人は顔が隠れるほど長い前髪の不気味な女子。
一人は軍隊の制服に身を包んだ男子。
そして、四人の前に仁王立ちする、眼鏡をかけた一際小さい、コケシのような女子。
「警察にはガラスを割った時点で通報しました」
「校舎を囲んでた生徒たちは、もう中に招き入れてあります!」
不気味な女子こと蓮乗寺と、軍人風の出で立ちをした東条が宣言、発表する。
「おイタが過ぎたな」
「この携帯な。中身もう出してあんのよ実は」
風祭が微笑み、サチコが嘘で追い討ちをかける。
「私はね、皆が私の仕返しをしてくれるっていうのを止められなかったんだ。いやまあ、嬉しかったっちゃ嬉しかったんだよ。だけどね、気付けば周りの子のいじめとか、君たちが学校の外でまで悪事を働いているとか、随分大事になっちゃってさ、ほんと参っちゃうよね」
咳払いを一つすると、北斎は言った。
「収拾をつけないといけないから、ここで君たちを捕まえて、警察に引き渡します。大人しく捕まって欲しいんだけど、どうだろう」
「うるせー! てめえなんか今すぐぶっ殺すし警察出たら家族もぶっ殺してやる!」
「語彙が酷いわね」
「一人だけ頭の悪さで浮いてるぞあいつ」
自分たちの置かれた境遇に耐えかねて一人が叫び、他の者はどうのしようもないのに、どうしようとどよめき続けた。
「分かったうん、じゃあ後はそうするしかないね」
不思議なもので、サチコを追っているときにも僅かに喋っていた彼らが、斎が話すときには、息を飲んで言葉を聞こうとしていた。
「君たちがしたことを、思い知るがいい」
斎は胸元から体育で使うホイッスルを取り出すと、それを盛大に吹いた。
笛を吹き終えると片手を挙げて、振り下ろすと同時にこう叫んだ。
「皆の者おぉーーーー! かかれえぇーーーーい!」
『おおーーーーーーー!』
その場の四人だけではない。直ぐ下の階からも雷のような鬨の声が響き、幾つもの足音が重なり、地鳴りのようになって駆け上がってくる。
「愛同研及び被害生徒関係者総勢55名! 逃げられると思うなよ!」
斎の発言に対して正確な参加者の人数を把握していなかったサチコは、一瞬数が飲み込めず首を捻ると、次のように呟くしかなかった。
「……あれ、多くね?」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




