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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
305/518

・開戦と相成りまして

今回長めです。

・開戦と相成りまして



 現実の人間というものは、良くも悪くも空想の上を越えていく。


 荒唐無稽なSFは、進歩した技術に追い抜かれ、悲惨さというものは、多様性によって蔓延する。


 妄想の達人を一笑に付す超人がいる傍らで、物語の中の役立たずより、無能な人間もまた、存在する。


 その時々の都合はさて置くとしても、人々が示し合わせたような、奇行に走ることは珍しくない。


 何が言いたいかというと、俺の周りにいる人間の行動が、些かどうかしているってことなんだ。


『最後の車が出た。そろそろ動き出す頃だよ』

「あい分かりました」


 俺は職員室前にて、蓮乗寺から借りた携帯電話で、先輩と話していた。


 先輩は現在部室で、外側の部員たちから送られた映像を、パソコンやタブレット端末や、携帯電話に移しながら、指示を出している。


 こういう芸当ができるのは、間違いなくこの人しかいない。


 校内にいるのは俺と少数の生徒を除けば、他に誰も無い。学年主任たちはというと、男子たちを解放した後に戻って来たが、事後承諾の形で、生徒と他の教員が帰ったことを知ると、色を失った。


 律儀に残って伝達してやった俺に、食ってかかる奴もいたが、図らずも学年主任を愛同研関係者として、でっち上げたことに効果があったせいか、説教に元気は無かった。


 個人的な恨みもあろうが、少なくともうちの関係者ということにして、不良の前に出された初老の男は、暴力を振るわれたのだ。それはもうはっきりと。


 狼が来たぞと言えば、そこには獲物が集まっていることが、狼に伝わるのである。


「配置はどうなってます」


『ばっちりばっちり。手筈通り、外堀りの指揮はみなみんと東条君でするからね』


 俺が校舎を出て十分もしないうちに、先生方は職員用の駐車場に、仲良く集まった。


 ろくに戸締りをしていないことは明白で、白々しいほど仲良しさんになった彼らは、誰かの車に乗って、去っていった。


 嘘みたいだが彼らは昔大きな地震があったとき『生徒は乗り切れないから』という理由で、自分たちだけ車に乗って真っ先に避難したり、保護者会用の会議室のドアが歪んで、中に保護者たちが閉じ込められているにも関わらず、団結もせずに見捨てて逃げたりと、武勇伝には事欠かない豪傑である。


 三十六計は百戦錬磨の士なのである。


 人の上に立つ器じゃないし、職業倫理から考えても駄目だな。


『そっちに例の携帯電話はあるかい』


「職員室前の落とし物入れの中。設定は変えてあるんですよね」


『うん。だからうっかり電源落としても、うちで設定した番号でまた使えるよ』


 スリープモードを切ってあった携帯電話は、そのままこちらで使えるよう、パスワードを設定し直した。おかげでいつまでも、充電器に繋げてないといけない問題は解決されている。


『あ、動いた』

「どんなふうに」

「……全員で」


 アホか、と思わず呟いてしまう。こんなときばっかりちゃんと集団行動するんじゃないよ。


 こんなことは米神の生徒一人捕まえて、取って来いで済む話なんだ。


 しかしながら非行に走った上、既に一度弱みを握られ牛耳られた経験からか、お互いに信用ができないのだろう。


 一人が携帯の中身を漁り、自分の不利だけ消して、自治会長の孫みたいに、再び君臨するかも知れない。


 それを阻止するためには全員で行動し、全員で携帯電話の中身を消すしかないのだ。馬鹿という言葉が、こんなにしっくりくる集団なんて、そうはあるまい。


『SNS上でそこにあることは、教えてあるから、後は頼むよ。気を付けてね』


「ありがとっと」

『どうしたの』


 通話途中で廊下から大きな物がした。窓を強く叩いたような音だ。米神高校の窓は安普請で、ガラスからプラスチックに移行しているものが、過半数に至る。


 なので窓ガラスを割って、鍵を開けるという行為は難しい。


 窓そのものを壊しでもしない限り、そういう侵入方法は無理だ。というか下駄箱の側から来れば良いだろうに。


 もしや先生方が説教した連中のことを放って閉めてしまったのだろうか。有りうる。


「窓を壊そうとしているが入れないようだ」


『うちの生徒なら鍵なんか無くても、入れる場所の一つや二つ知ってそうだけどね』


 もしもこのまま窓を壊せずに連中が帰ったら全てが水の泡だ。


 まさかとは思ったが、段々不安になってくる。軟弱物は困難に立ち向かうことを拒むあまり、急に楽観論に逃げ出すことがある。


『遠巻きに様子を撮影してるんだけどさ、ここで悪さしてくんないと困るね』


「そうだな」


 ずっと通話状態だから、後で蓮乗寺が支払う電話料金のことを考えても、成果が欲しい。


「どうにかして誘導するか」

『どこに』

「非常口か、二階か」


 あれだけの人数がいるんだから、一人持ち上げれば二階のベランダに登ることは、十分可能だ。二階以上にはガラス窓も多く残っているし、鍵が壊れっ放しで戸締りが出来ていない教室もある。


 また非常口は校内で唯一、正式に戸締りがされていない。校舎の背に面しており、老朽化した非常階段を登れば、各階にも入れる仕組みだ。


 もっとも、二階から先は二枚扉になっていて、内側から開錠しない限りは入れないし、出られないようになっている。


 言い換えれば校内唯一の泣き所である、一階非常口を使えば、彼らは難なく侵入できるのである。


『いや待て、動いた。回り込んでるよ』

「お、自分から気付いたか」


 母校に対して最低限度の知識はあったのか、それとも他に機転の利く奴がいたのか。ともあれ不良集団は一階の下駄箱付近から離れていった。そして。


 ――ガラスの割れる音がした。


「やった! 詳細!」

『えっとー、あのね、職員室内に喫煙室あるでしょ』


「あのゴミみたいなかどっこ」


『あそこの窓が外に面していて、それを今割ったわ。入って来るよ!』


「いよいよだな。切るぞ」

『上で落ち合おう』


 そこまで入って通話が切れた。職員室の鍵が開く。


 恐る恐る様子を窺っていた先頭のチビが、俺と目が合った。後ろを振り返って急かされると、舌打ちしながら出てくる。


 それに続いて職員室からからゾロゾロと出てくる、有象無象共。チビからデカいのまで。髪の毛の長いのから短いのまで、黒いのからハゲまで色々だ。


 連中は俺が何なのか、どういう状況か飲み込めずに怪訝そう顔をしていた。


 俺は黙ってすぐ傍にあった、落とし物入れへと向き治る。落し物入れは鍵の付いたガラスの台で、引戸の中に入れた物が、上から見えるようになっている。


 先生方がいなくなる前に、南が職員室から失敬していたらしい鍵は、先輩の手に移り、俺の手に渡った。


 その鍵で引戸を開けて、中の携帯電話を取り出し、これ見よがしに二十人の前で掲げて見せる。


「この携帯電話、お前らのだろ。おいそこの」

「え、あ、お、俺」


 鼻ガーゼの男が助けを求めるように周囲を見るが、誰も動かない。目の前で俺が目的のものをチラつかせているのに、飛びつく輩は一人もいない。


 これがこいつらの本性である。保身や安全の意味さえ脆く、薄く、危うい。


「落すなよ」

「えっあっ」


 右手に持って携帯電話を指し出す。相手が手を伸ばしたのを見計らって、左肩より上へ没収するように上げる。アゴが引っ掛け易くなった所で。


 左手で顔を掴む。

 半回転して壁に叩きつけ電話をポケットに仕舞う。

 そのまま引き寄せ右の拳を無防備な腹に突き刺す。


「え゛ぇ゛っ!」


 悲鳴を上げた動物が地面に蹲り悶える。これで当初の目的は果たした。顔を殴りたかったが刺し傷が悪化して、アガタに飛び火しても良くないからな。


「これ確か証拠だよな。お前らの犯罪の」


 ポケット、不良の順で見る。全員ちょっとだけ口を開けて、ぎょっとしたような目でこっちを見る。本当に揃いも揃って同じ反応を示したな。


 これが背の低い女子とか、普段いじめられてる生徒相手なら、こいつらもニヤついて襲い掛かって来たんだろうが、生憎俺だ。


 こいつらより背が高く手が出る、どっちかと聞かれるとそっち側の人間。


 顔色を見れば、自分が勝っていることが、何となく分かる。こいつらは無抵抗な人間ばかり食い荒らしたて来ただけで、同種の人間との抗争は、恐らくしたことがないのだろう。


 追い詰められた集団が、数を頼りにするのは、良くある話だが、これは実際には難しい。


 世の中には言いだしっぺの法則というものがある。かかれと言ったらお前が行けと言われるのがジャパニズム。団結して自分よりも強大な存在を打倒する歴史に乏しい血筋なのだ。


「警察に渡しても良かったんだけどさ、どうしても先にお礼参り、したかったんだよね」


 蹲ってる奴の襟首を掴んで立たせて、それを相手のほうへと突き飛ばす。


「あの、すいません、それボクのなんでえ、返してもらっていいですか」


「何がボクだこの犯罪者。死ねカス。中身全部見たぞスケベ」


 群れの中からブレザー姿の茸と爬虫類をドッキングさせたような奴が進み出る。こちらの言うことを気にせず、ヌルヌルとにじり寄ってくる。その後ろで同じ制服の奴が、僅かに動くのが分かった。


「そんなにこれが欲しいのか。ほら」


 ポケットから取り出した携帯電話を天井付近の高さまで放ると、それを目で追い眺める。


 落ちて壊れてくれたほうが有りがたいのに、蜥蜴面は咄嗟に手を出して、キャッチしてしまう。


 その手を片手で押さえて、もう片方の手で髪の毛を握って引っ張って全力で持ち上げる。


「あわあ!」


 悲鳴を上げて反射的に頭を押さえようとする相手に合わせ、携帯電話を奪い取る。その際に後ろで何がしかの準備をしていた相手へと、蜥蜴面を放る。


 この爬虫類が組み付いたら、そのまま雪崩れ込んで来るつもりだったのだろう。普段からの段取りがあることから、危害を加え馴れていることが分かる。


「もう十八人だぞ。いいのか」


 ニヤつきながら質問をすると、不良たちは顔を見合わせると、何かを決心したように頷いた。


 そしてゆっくりとこちらへ向けて歩き始める。


 臆病風に吹かれて逃げ帰る可能性もあったが、ともかく向かって来てくれて、助かった。


 先ずは第一関門を突破。そして遂に愛同研と不良との衝突が、始まったのである。

行間と文章と誤字を修正しました

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