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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
301/518

・復調のような無理をして

・復調のような無理をして



 俺たちは別の空き教室へ移動して、窓から外の様子を見た。東条の持ち物である双眼鏡を借りて、代わりばんこに覗き込む。


 学校外に屯している不良学生の数は二十名。柄と頭の悪そうなのが沢山。


 着てる制服から他の学校の奴も、混じっているのが分かる。背は高いが中学生もいる。


 中にはパッと見で愚犯少年とは、思えない外見の者もちらほらと。


 校内でケツを蹴り飛ばした奴らの中にも、そういうのはいたし、他にも部外者面してた、黒幕的な生徒の身元も割り出し済みだ。


 後日袋叩きにしようという段取りだったのだが。


「ああいうのが表立って出て来たということは、いよいよ後が無いんだろうか」


「縦横の繋がりで出ざるを得なかったんじゃない」

「少なくともリーダーとかではないってことだね」


 それなら雲隠れして、逃げる準備くらいしているものだろう。まあ学生だからな。構成員と首謀者の距離が近いせいで、そう上手く行かないのかも知れない。


「他の生徒も避けてるな」


 十人以上の人数が、自転車や原付で、道路の邪魔になっているのだ。嫌でも目に付いて、嫌な顔をされている。


 学校というか、色々と様子がおかしいことを、他の生徒も分かっているらしい。


「南、お前の携帯に学校の噂とか流れて来ないか」


「もう聞いてるんだけどね、話題を振ったらめっちゃ食いついて来てる」


 携帯電話の液晶画面を眺めて南が苦笑する。最早『いじめの加害者』という、化けの皮を被るつもりはないようだ。


 いじめの加害者って、要は不良で犯罪者だからな。誤魔化せるほうがどうかしている。


「けど不可解ね」

「何がですか」


 南が眉根を寄せて親指の爪を噛む。爪が押し出されて前歯がカツンと打ち鳴らされる。それを二度三度と繰り返してから、東条への答えを口にした。


「仕返ししたいのは分かるわ。でも本当にするの」

「どういうことだ」


「十人も警察の厄介になって、携帯の中身も洗われてるのよ。繋がってるなら普通逃げるわ」


「言われて見れば」


 人の痛みが分からんくらい我が身が可愛い連中だ。のこのこやって来るのは変だ、逃げ回ったり証拠隠滅したりに、忙しいはず。


 安全圏にいてわざわざ無関係なら、首を突っ込んで来る理由がない。


「想像よりも下を行く頭の悪さをしてるって可能性も勿論あるわ。でもそれだと今度は、別のことが問題になるのよ」」


「別の事って」

「目的が見えないんですね」


 東条が厳しい顔をしながら、得心行ったとばかりに頷く。どういうことかを聞く前に、彼は自分から語り始めた。


「逃げ隠れせずに出てくる理由が無いんですよ。互いに顔も知らない奴ばっかりなんです。やったやられたの因縁も薄いから、引っ込みが付かないというのは、考え難い。報復をするならあれだけの人数です、隠れてやるほうが安全ですよ」


 ムキになるような理由がない。面識もない。警察から逃げ回っている訳でもないなら、自治会館の連中は今集まってる奴らにとって、不都合な接点を証明するような要素はなかったのか。


「確かにな。あいつらがここまでやって来た、理由はなんだ。あいつらは何故ここにやって来たんだ。あの中にうちでいじめをしていた顔は全然ない。そもそも本当に仕返しが目的なのか」


 食い詰めた野武士じゃねんだ。奴らは別に追い詰められてねえ。なのに他校の連中まで、自分たちの巣を出てきた理由は、何だ。


「前に追い払った連中が呼び寄せたんじゃないのか」


「どうかしら。うちで襲ったのは、あれから殆ど学校に来てないのよ」


「仮にそうだとすると、追い払った連中があの集団に混ざってないのも変です」


 考えていても埒が明かない。ともかく今は他の部員と連絡して、安全の確保をするべきだな。


「皆に連絡しよう。とはいえ数が数だから、一つの部ではまとまっていても危険だ」


「そうですね。相手が二十人ともなると、いっそ全員で動くくらいでないと」


 部活もないのに祝日に学校来んなよ。他にすること無いのかあいつら。


「休みの日にゾロゾロと学校に集まるなんておかしいわよ」


「他に行き場所がないんでしょ。しょうもない奴ら」


 お前らが言えた立場じゃないだろ。俺もだけど。


「何も成人式の日に来なくてもいいと思いますがね」


 東条も渋い顔をして頷く。

 そうだ、今日は成人式なんだ。


 どこぞの会場で馬鹿やって、刑務所に行くとかしていればいいものを。


「外に出てる部から優先的に連絡するわね」


「いや待ったみなみん。先に無関係な生徒たちに警戒を促すんだ」


「二時災害を予防するんですね」


「違う。他の生徒たちに意識させることで、不安と緊張をばら撒くんだ。そうすれば彼らも警戒して一塊になる。一塊になって警戒すれば向こうも気付く。狙いがうちでなかった場合の、身代わりにできる」


「デコイをバラ撒いて私たちの回避立を上げるのね」

「その手があったか!」


 流石先輩だ。この状況で俺たちが危難を乗り越えるための方策を、冷静に考えてくれている。東条が何故か酷く動揺しているが、知ったことではない。


「それと急いで職員室に連絡して彼らも、いや、この際学校を巻き込もう。元はと言えばこの学校の不始末なんだ。欲を言えば全校生徒を巻き添えにしたかったけど、今いる生徒だけでやるしかない」


「何て言って巻き込むんだ」


「学校の外に不良の集団が集まっている。彼らは先日の自治会館の一件で、警察沙汰になった生徒たちの知り合いで、学校を跨いでいじめや犯罪を行う集団だ。今回のことと直接関係のない奴らが、逆恨みして仕返しに来た。このままだと他の生徒にも、危害を加えられるかもしれない。こんな感じかな」


「この学校の教師じゃ、俺たちのせいにしてやり過ごそうとするんじゃないか」


「そのときは『他の生徒も先生もうちの関係者だと言いふらす』と言えばいいわ。向こうからすれば嘘か本当かは、どうでもいいもの」


 俺の疑問に南が答えてくれる。仮に不良たちの狙いが俺たちだった場合、他の生徒を愛同研ということにすれば、標的にされる可能性が出る。俺たちを生贄にしても終わりにはできないのだ。


「状況が不透明である以上、不確かな情報で、人々を動かすしかない」


「それは煽動というのでは」


「これは兵法の一つだよ東条君。声を出して東の人間を西へと追い出し、待ち伏せに襲わせた所を敵諸共に討つ。声東撃西という奴だ」


「大昔の戦争では、新兵や傭兵を先に進ませることで敵の先制攻撃を誘い出し、居場所や手の内を探ったそうよ。だからこれは正しい着手法の一つなのよ」


 色々と違う気がするが、時間が惜しいので突っ込まない。


「安心しろ。俺たちがすることは全校生徒を今日無事に帰すことだ。その為に必要なことをするだけ。お前もそれに異論はないだろ」


 俺の問いかけに、納得し切れないものを表情に出しつつ、東条は頷いた。お前ってこういうとき、いつも困ったような顔をするよな。


「親を呼ばせて教員の車も使えば、全員とはいかずとも大体は引き上げさせられるはずよ」


「後はアレらが校内で暴れることも踏まえて、荷物を仕舞っておくくらいだな」


「暴れるって、校内の敷地に入って来るんですかね」


「ここの不良だって壁やドアを蹴飛ばして壊すし夜中のグラウンドで煙草吸うだろ」


「いえ、そこまでは存知てませんが」


 知らんのか。まああい。少なくともここで生徒を逃がすなら、連中の狙いは別にあるということだ。標的がうちでないなら、それに越したことはないんだが。


「他には、誰かにあいつらを見張ってて貰わないと、うっ」


 先輩が言い淀んだので顔色を窺うと、かなり真っ青になっていた。今にも吐きそうなくらい顔色が悪い。俺が背中をさすると、南と東条も先輩の変調に気付いたようだ。


「いっちゃん、顔色悪いけどどうしたの」

「いや、ちょっとヤなもん見ちゃって」

「ヤなもの?」


 言われて俺たちは双眼鏡で校門を見た。全員面識がないので、先輩の不調の心当たりになる人間の姿なんて分からない、いや、いた。分かった。


「アレか」

「アレね」

「アレですね」


 校門前に屯する若年犯罪者集団の中に、一人だけ奇妙な奴がいた。マスクをしている。


 いやマスクをしている奴は他にも何人かいる。一人だけ白の面積がおかしい奴がいる。


 大き目のマスクから鼻を出しているのだが、その鼻にこれまた大きなガーゼを貼っているのだ。


「明らかに浮いてますね。しかもうちの制服です」

「前にアガタが彫刻刀で刺したってのはあいつだな」

「まだ治ってないのを見るに、相当深く刺したのね」


 目に突き立てられなかったのは奇跡だな。だがこれでちょっとは安心できた。一見終わりの見えない戦いに思えたこの騒動だが、巡り巡って最初の目的は果たせそうだ。


 いや、事と次第によっては、この騒動も決着するかも知れないな。そう思っていると、徐に先輩が俺の手を止めた。


 深呼吸をしてから上げた顔は、いつもの斎に戻っていた。頑張って戻したんだ。


「ふー、よし。じゃあそろそろ、行動を開始しよう。東条君、君はここで見張って、奴らに動きが有り次第報告して。私の番号は知ってるね。それと、君の部の子たちにも、協力や避難を要請して頂戴」


「確と、承りました」


「私はさっき言った通りにする」

「部活外の生徒たちから警戒を呼びかけていくのね」

「そう。でもうちの部にもちゃんと連絡するよ」


 先輩が指示を出すと東条と南が即座に行動に移る。次に彼女は俺のほうを向いた。不思議なもので、この先厄介事を頼まれると分かっているのに、どこか期待してる自分がいる。


「みなみんは職員室に行って先生たちに報告をする。サチコにも付いてって欲しい」


「待ってました」


 先輩の頼みに返事をして部室を出るとき、それまでの辛気臭い空気は、既に霧散していた。


 ようやくだ。ようやくいつもの俺たちに戻って来た気がする。


 やっぱり俺たちのリーダーは斎なんだなって、今もそう思う。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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