・残党?
今回長めです。
・残党?
明けて一月の第三週、二度目の月曜日は成人式。
祝日である。
例によって休みになるとすることが無くなる俺は、朝も早から部活に顔を出していた。
アルバイトのシフトも、他の人に交代を頼まれてしまったことで、他に居場所がないのである。寂しい人間ですこと。
連盟員たちの自主的な見回りや、集団による登下校も板に着いていた。生活はやや窮屈になったが、芽生えた防犯意識の成長は、素直に喜ばしい。
「今日は職員室がピリピリしてたけど何あったのか」
祝日なのに、部活と関係のない教師たちまで出勤していた。この時季は受験も迫り、学校に詰めているのも多いが、変に殺気立っていた。
意図的に明るく振舞う教師たちでさえ無言だった。
「何かも何も自治会館の件よ。あんた当事者でしょ」
南が呆れと苛立ちが、半々になった表情で言った。そういえばこいつにはまだ、一昨日と昨日の件を話してなかったな。
「ああ、アレか。俺はアガタの親人さんとかを、助け出しただけだし」
「じゃあその後のことは知らないのね」
「当事者が一番良く知ってると思ったら大間違いな」
とりあえず荷物を降ろしてから、俺はその辺の机に座ると、学校の備品である二世代前のノートパソコンの電源を入れる。ネットには繋がらないが文書ソフトは使える。
一応忘れないうちに、この状況の記録を付けておかないと。教員に説明を求められた際に、使うかも知れないし、手書きだと握り潰されて終わりだ。
生徒からの自殺やいじめについての調書を、学校側が破棄したことなど、枚挙に暇が無い。
「土曜に部活を終えて帰った後、アガタの家に様子を見に行ったんだよ。遅くなってしまったがな。その時に親父さんが帰って来ないって、泣き憑かれたんだ。それで自治会館に人が連れ込まれるって話を、栄の奴が思い出したんだ」
「それでファンさんたちと乗り込んだのよね」
その際に南が体育の鎧を届けてくれたんだが、ニアミスというか、会えなかったんだ。
「あくまで確認のつもりだったんだが、まさか本当にいるとは」
「今朝の地元新聞じゃ、自治会館で寝煙草の不始末ってあったけど」
「そうみたいだな。俺は連れ込まれた人たちを、栄と外に出してたから、そこは知らないんだ」
間違ってもアガタと運動部が、殺意を持って火の出ている部屋に、男共を閉じ込めたとは言わない。その辺は警察にお話したのと同じだ。
この記録にもそう残す。真実なんぞこの世に置いてなるものか。
「入り口にいた奴と合わせて十人もいたからな。とても戦えないし、逃げ切れない。正直助かったよ。でも火のことは知らなかったから、あわやアガタたちが、人殺しになる所だった」
明確に殺意があったしな。あいつ被害者ポジションにいて貰わないといけないのに、率先して加害者に転身しようとするから、ハラハラする。
「仮に過失致死になったとしても、二桁近い数を焼いたとなるとね」
「あんな屑共のためにアガタの未来を奪わせる訳にはいかん」
「ふふ、あんた武将かナイトみたいね」
どちかというと刺客駒。牛頭馬頭の護符が似合う女になり、いやならんでいいな。なりたくない。
「……実は、運動部の部長は分かってた節があって、それが怖い」
「焚きつけたってこと」
すまん風祭。許せ風祭。
ていうかお前もアガタと同罪だけど。
両方庇ってやりたいが、無理とかボロが出ると不味いので、あなたには汚れて頂く。
「分からん。だが気付いていながら黙ってたんじゃないかと。済んだことだからもういいが南、くれぐれも確認は取るなよ。武勇伝みたいに喋られると困る」
「そうね、そうしましょ」
「こういうのは全部、黙ってたほうがいいんだけど、ごめんな」
「いいの、私があんたでもちょっと辛抱できなかったと思う。一人で全部抱え込むのは無理よ、それに言われなかったら、勝手に調べる所だったわ、ありがと」
「すまん」
こういう身内にまで、微妙にはぐらかしたり黙ってたりしないといけないんだから、秘密というのは本当に疲れる。
俺と異世界との接点や、魔法が使えるみたいなどうでもいいのとは、訳が違う。
「結果オーライよ。切り替えていきましょ」
「そうだな。そういやあの十人はどうなったんだ」
「それを職員室で話してるんでしょ」
「なるほど、殺気立つ訳だ」
「いやー、先生方から付きまとわれて大変だったよ」
俺たちが話していると、先輩がほろ苦い笑みを浮かべて部室に入ってきた。この人に限れば、帰ってきたというほうが似合っている。
「あ、先輩こんちわっす。栄はどうなりました」
「カトちゃんから裏拳食らって、鞭打ちと脳浸透は事実だから休んでるよ」
「あの子そんなことになってたの!?」
「いやいやみなみん、これは不幸な事故なんだ。カトちゃんも気が立ってたし、反省してるし、栄も恨んでないから、そっとしておいてあげて」
「いいけど、いいの?」
「いいの。で、学校側は先輩になんて」
「何故か栄に話を聞きたいって言って聞かなくてね、怪我人だから安静にさせますって断り続けた。他の三人に聞けって言っても、頑として離れなかったから、もううんざりだよ」
栄以外には取り付く島がないからな。都合の悪いこともバンバン話すだろう。
言い換えれば栄を丸め込んで、改ざんした話を採用して、公式にしたいんだろう。俺も似たようなことをしたが汚いな。
「こちとらまだ話は終わってないってのに、随分と暢気なもんだよ」
「結構騒ぎになったらしいですからね」
「あ、そうよ。私三人で読もうと思って、新聞持って来てたのよ」
南はそう言って、机の引き出しに腕を突っ込むと、クッシャクシャになった新聞紙を取り出して、机の上に広げて見せた。大事じゃない物の扱いが本当に雑。
「どれどれ」
先輩が記事を読み上げ始めた。珍しく社会面と地域面が合同となっている。
そこには例の自治会館で火災があったこと。
原因は利用していた男子高校生たちの、煙草が原因になったこと。
それとは別に高校生たちが、主に金銭目当てで数人の中年男性を、強制的に連行していたことが判明。
当時の被害男性たちは、乗り込んだご家族たちの手により、無事救出されたとのこと。これは俺たちのことだな。
などと言ったことが書かれていた。
「改めて見ると大変だったんだな」
「ピンと来ないけどね」
消防の消化活動の後に入った警察の調査から、押収された携帯電話に、証拠映像や会話内容が数多く残されており、余罪が次々に発覚している模様。
未成年とはいえ警察から他の被害者への聴取が進めば全件不起訴は難しく、また既に個人情報と金銭を奪われていたことから、採算に見合わずとも民事による大量の訴訟が起きる可能性があり、既に被害者の会の発足に向けた動きもあると書いてあった。
「学生たちは地元でも有名な不良で、自治会員の親類でもあったという。学校を越えた若年層の、腐敗した繋がりは、腐った物が引く糸のようであるが、これを機に地域からその糸が断たれることが望まれる。警察は学生たちに事情を聴いているが、何れも容疑を認めているという」
「あいつら結局捕まったのか」
「家に帰って逃げる準備をしていたらしいわ」
南が今度は地元紙を取り出して広げる。そこには学校に急な転校届けを出す家庭、引越しの支度をしようとしていた家庭も、あったそうだ。
「最後はおうちに帰って助けを求めたのかよ」
「そりゃ自分のしたことに責任取れる奴なら、こんなことしないだろ」
先輩が肩を竦めて笑う。退学者がいっぱい出て欲しいが、流石にこの時期にでは厳しいか。
それでも学生のうちは元気が無くなってくれるなら恩の字なんだが。
「お三方! 大変ですよ!」
「どうした東条、血相変えて」
そうやって俺たちが事後の情報の整理に明け暮れていると、時代がかった言い方で、マッスルアンドハンサムこと東条が駆け込んできた。坊や感丸出しだった一年生時が懐かしい。
「外に変な連中がいます」
「またあの三人組か」
連中の本拠地らしき自治会館はもう入れないはず。あいつらが使いっ走りだった場合、うるさい奴らがいなくなった程度のことでしか、なかったのだろうか。頭がいない場合という奴だ。
「ヤクザのパー券売りがフリーの転売屋にでもなったのかよ」
自分で言っててアレだが割りと当たってるような気がする。
リーダーや首謀者がいなくとも、ヒエラルキーとかカーストといったものは、集まりであれば嫌でも生まれる。
そして集まった中で弱いグループは、より凶悪なグループの手先となり、諸々の非行に、手を染め続けていくのだ。
その時体に染みついた悪癖は集まりが解散となった後も杵柄めいて残り、他にできることもやりたいことも無い奴らが、惰性で犯罪を繰り返す。
「目の上のたんこぶが消えて、自由にゆすりたかりが出来ると思ったのかしら」
「被害がうちと関係なかったら見逃しても良かったんだけど」
南と先輩が溜息を吐く傍らで、俺は石を接着剤で貼り付けた軍手をはめた。
昨日の晩に作ったもので、粗末ながらもより強固に拳を守り、敵を強めに殴れるコスパに優れた装備だ。
「行こう。どの部だ東条」
「外です」
外となると園芸部か。いや、園芸部の周りには人の目も多いから違う。じゃあ買い出しか。軽い買出しにまでは全員で行かないからな。そこを狙われたのか。迂闊だった。
「二人じゃ駄目です。とても無理ですよ!」
「なんだ、もしかして結構な数がいるのか」
校内の他のいじめをやってる奴が活性化したのか、或いは一昨日の加害者の関係者の仕返しか。何にせよ下手な体育会系では、手も足も出ない東条が、これだけ焦っているのは不味い。
「はい、随分な数です。他校の生徒もいる」
やはり。南と先輩も表情を引き締めた。柄の悪いのが二桁かそれに近いとなると、単純な腕っ節よりも、そいつらの行動のほうが厄介だ。もとよりチンピラの危険度は悪質さに比例する。
「全体に通達出したほうがいいわね」
「だな。それで東条、その変な連中ってのは具体的には何人だ」
「それが」
東条は現実を認めたくないのか、口を手で覆い俯いたり首を傾げたりした。
だがやがて観念したのか、手を外して吐き捨てるように言い放った。
「二十人です」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




