・自治会館燃ゆ 後編
今回長いです。
・自治会館燃ゆ 後編
「本当にあいつらがやらかしたのか!」
「どうしますか先輩」
どうするって、え、今気付いたけど、俺成り行きで指揮官みたいになっていないか。
困ったな、そういえばやけに皆が俺の言うこと聞いてくれると思ったよ。
ああそっか、これそういうことか。団結してるけど中心にいるの俺かあ。参ったな。
「お父さんたちを助けないと」
「不良共はどうする」
落ち着け。状況を整理しろ。家に帰って来ないアガタの親父さんは、ここに攫われていた。被害者は他にもいる。
何故か火事が起きてるが、まだそこまで火は回ってないはず。
「よし、これから突入するが栄、お前は消防に通報した後俺を手伝え。親父さんたちを連れ出す。アガタと風祭は逃げ出した不良を襲え。証拠を隠滅されると困るから、携帯電話やタブレットは優先的に強奪しろ」
こういうとき真っ先に逃げ出す奴がいる。ひょっとしたら全員かも知れないが、これをただの火事で終わらせてはいかん。
火事を起こした張本人としても、不良たちを警察に突き出せば、今後の不安は幾らか減る。
「全部は欲張らなくていい。いくぞ!」
『はい!』
不謹慎だけどまるで夢みたいな時間だ。こんな状況なのに。誰も俺を疑わずに従ってくれる。思いがけず出くわした命の危機に、たった四人とはいえ、統率が取れている。
安心感があった。任せていいという安心感が。
栄を残して俺、アガタ、風祭で突入する。予想通り入り口には出るか出ないかと、ウロウロしていた奴がいたので、勢いで鎮圧。描写は割愛。
俺はそのまま勢いで割れた窓ガラスの方、自治会館の左側へと進んだ。
囚われて憔悴し切っていた人たちも、どうにか事態が頭に入ってきたようで、二人ほどは立ち上がって、逃げようとしてくれている。
「火事です! 直ぐに警察も消防も来ます! 慌てずに外へ!」
言われて二人の中年男性は外へ向かった。自力で逃げられるなら、それが一番良い。室内は建物の大きさからは、考えられないほど狭く小さかった。
直ぐに駆けつけられたのはいいが動きが難い。まだ火が来てなくて助かった。ゴミが散らばった床と邪魔な大テーブル、奥には更に一室があるものの、そこは厨房のようだ。
そしてその手前のテーブルに座っていた外国人男性こそが、アガタの父親だった。
「親父さん! 俺だ、アガタの先輩!」
「あ、か、カトレアの……」
小麦色の顔には殴られた痕があり、心身共に酷く傷付いている。立たせようとするも、彼は立ち上がれなかった。どうやら足を痛めているようだった。
「ほら、腕貸すよ。アガタも心配してるんだ、しっかりしろ」
「ま、待ってください、まだそこに一人」
親父さんが指差したほうを見ると、床にボロ雑巾みたいなものが転がっていた。
年寄りだ。動けなくなっている。何故ここでこんなことになっているのか知りたくない。意識も無いように見える。
二人を抱えていくか。この年寄りを小脇に抱えて、親父さんに肩を貸せばなんとかなるか。
「先輩、通報終わりました!」
「栄か、でかした!」
そこへ颯爽と駆けつけた栄が、親父さんを預かってくれる。本当に頼もしい。
体力面では先輩を上回るということが、この場においてこんなにも頼もしいとは。
「この二人で最後のはずだ、外に出て風祭たちを撤収させよう」
「はい!」
すっかり冷たくなって、息があるかも怪しい年寄りは俺が抱えて、栄に親父さんを任せえた。傷ついた相手を励ましながら外へと連れ出す姿に、自分の選択が正解だったと思える。
もしも逆だったら、栄の精神は酷く傷ついたかもしれない。
「全員終えたな、後は警察と消防に任せよう。二人を迎えにいくぞ」
「はい!」
まだ十分かそこらしか経過していない。そして火が回っていないとなれば、消化は済んでいるのかも。
だとすれば今、単純に何人いるかも分からない不良集団を、二人で相手にしているってことになる。
そう考えて、再突入した俺たちの耳に届いたのは、建物を燃やして爆ぜる火の粉の音でもなければ、不良たちの怒鳴り声もなかった。
「お前たちは死ねぇ! ここで焼け死ねえ!」
出火元と思しき部屋のドアを、二人がかりで塞いでいるアガタと風祭の姿。テーブルやテレビ、その他荷物をバリケード状にして、中からの力に耐えている。
「ば、馬鹿何やってんだ!」
「こんなクズどもここで殺さないと駄目です! また襲われる人が出ます!」
「それはそうだがお前を人殺しにする訳にはいかん。お前だって、親父さんに会わせる顔が失くなるぞ! アガタ! お前だけは親父さんと会ってやらないと、だから、な!」
なんとか強制しない形で、アガタを説得しなくてはいけない。風祭には話しかけない。こいつもアガタト同じ考えで、アガタよりも遥かに冷静な精神で、そう思っているからだ。
二手に分けたが基本的に戦うこと以外に、主体性を持つ気がない風祭にアガタを付けたのは迂闊だった。あいつ一人に任せておけば良かった。
アガタは親父さんと再会させて外に出し、栄はこっちに回すのがベストだったのだ。俺の中でアガタと風祭に対する、理解と信頼が足りなかったせいだ。
「それに燃やしたら携帯も手に入らないだろ」
「それなら私が粗方拾ったけど」
「お前もう黙ってろ畜生!」
堪らず悲鳴を上げてしまう。奪ったならその時点で引き上げろよ。何だってわざわざ、殺人幇助みたいな真似をするんだ。いや、分かる。追ってこれないように閉じ込めたんだな。
火が出てるとか死ぬかもという可能性は単に好都合だっただけ。分かる自分が嫌だ。
しかしそんなことよりも今は、どうやってこの二人をここから引き剥がすかだ。風祭はアガタが引き上げるなら、同様にするだろう。
刻一刻と過ぎる時間の中で、俺とアガタを見比べていた栄が、我慢できないとばかりに声を上げた。
そして値千金の悲劇が起きた。
「コーちゃん止めよ。私たちも早く出ないと危ない」
「うるさいっ!」
「げっ」
後ろから引き剥がそうとする栄の頭部斜め下から、アガタの裏軒が振り抜かれた。ヘルメットごと下からかち上げられて、栄が崩れ落ちる。
「あっそうちゃん……」
「馬鹿! 何やってんだ! 出るぞ!」
「で、でも」
「いいからお前が栄の足持て!」
二人で気を失った栄を抱えて外に出る。風祭はと言えば、部屋のバリケードを幾らか退かしてから付いてきた。この野郎、今更になって空気を読みやがって。
何とか四人で自治会館を脱出した後、俺は皆の体育の鎧を急いで脱いだ。
こんな目立つ格好ではもうなんか、色々といかん。この極めて攻撃的かつ反骨の相がある後輩を、どうにか被害者でいさせなくては。
自転車のカゴに脱がしたそれらを積んで、風祭を先に帰らせた直後、外から火事ではないかと判断できるくらい、火が燃え広がった。
中からは九人ほどの若い男が飛び出てきた。一名を除き、全員米神の制服を着ていた。せめて私服に着替えとけよ。
俺たちを睨んだものの、遠くからなるサイレンの音に気付いて、足早に去っていく。警察やら消防やらが駆けつけて、ようやく野次馬が湧いてくる。
それから三十分以内に消防車とパトカーと、そして救急車がこの場に集まった。
俺が気付かなかった怪我人のケアに、栄は気付いて手配をしてくれていた。その救急車には栄自身が乗ることになってしまったが。
消防隊のおかげで建物は、出火元となった部屋全体とその外が、少し焼けただけで済んだ。救急車には他に年寄り、それと何人かの中年男性が乗った。
警察は事情聴取には俺と風祭が行くことになった。アガタは被害者の身元確認の際に、足を怪我して立てない父親に取り縋って『私の父さんです』と泣き叫んでいた。緊張の糸が切れたんだな。
この日はもう遅いからと帰してもらい、翌日何度目かの出頭となった小田原署では、俺たちはアガタの親父が帰って来ないという一件から、自治会館に人が連れ込まれていくという噂を知って、様子を見に来たというところまでを、素直に話した。
武装していたのは中に大量の不良がいることを知っていたからであり、奪った携帯電話は落とし物入れに置きっ放しになっていたのを風祭が“拾ってあげて”警察に届ける予定だった、ということにした。
これは勿論嘘で、建物内のあちこちのコンセントに繋げて、充電中だったらしいのだが、最終的には建物内部で、警察が発見したものを、調べたということになった。不思議だな。
火が出た部屋に閉じ込めたことについては、相手が多すぎるので、何だか分からないけど部屋に集まって大騒ぎしている間に、閉じ込めることにした。
ということにした。あくまでも火災のことは、後で知ったと、白を切ることに決めた。
相手の数が多かったのは本当だし。それでも過失傷害未遂である。
他の被害者については、彼らは金銭目当てや、単に八つ当たりで連れ込まれたのだそうだ。個人情報を控えて、通報できないようにしていたらしいが、今回の件で縦から横から調べられて頂きたい。
アガタの親父さんは片足を捻挫、もう片足の骨にヒビが入っていた。
日鬼楼で食事したことのある奴が、親父さんの顔を知っていて、料理人に飯を作らせてみたいっていう、極めて浅い理由で手を出したことも分かった。
アガタの線から行きついた訳ではないが、今となってはそこも意味のないことだな。
それから、結局どうして火事になったかというと、別室で寝ていた一人の寝煙草の不始末が原因で、延焼したのはその様子を見て、燥いでいたかららしい。
全員で動けばすぐに消せるという余裕と、緊張感の無さ。一人が携帯のカメラで撮影し始めてと嘘みたいな話だが、実際にそうなってるんだから、現実って奴は怖い。この深みの無さが怖い。
最終的には誘拐された父親を助けに娘が、友だちと共に不良の巣に乗り込んだという、美談めいた話に体裁を整えられた末、厳重注意と共に解放された。
小田原所を出た頃にはお昼を過ぎていた。非常に長い土日であった。
出てきた感想は『日曜日が台無し』である。
俺は状況報告と謝罪を済ませるために、先輩へ電話した。
「以上が報告になります。すいません。俺が付いていながら」
『いいよ。そこまで完璧にはできるものじゃないし、栄も自分から付いて行ったんだから。これは不幸な事故だよ。サチコは良くやったよ』
「ありがとうございます。栄がとても気を配ってくれましてね。救急車の手配や他の被害者の救助なんか、大したもんでした。それで怪我はどんな具合ですか」
『ムチウチと脳浸透でしばらく安静だね。カトちゃんの裏拳が当たったんだって』
「はい。アガタは完全にキレてたから、あそこで栄が殴られてなかったら、危なかったです」
『不幸中の幸いか、怪我の功名か。運動部が便乗したのは完全に誤算だったね』
「はい、申し訳ないです」
『いや、こっちこそ手配を誤った。オカルトのほうを行かせればよかった』
後になってああすれば良かった、こうすれば良かったとは言えるが。どうすればベストだったのかは中々見つけられない。俺たちは少しの間沈黙した。
『ねえサチコ』
「なんでしょう」
その沈黙は、受話器の向こうから破られた。
『私は前に栄を、苦しいときほど役に立つ奴だと言ったね……これから苦しくなるぞ』
「え」
『忘れてると思うけど、自治会館の連中は、うちとは殆ど無関係だったはずだろ』
そうだ、愛同研周りのいじめを排除していったら、変な三人組がうろつき出したんだ。それが校外に飛び出していて。そういえば、あいつらは自治会館の中にはいなかったな。
『今回の件で頭が潰れてくれたらいいが、そんなものがいない場合もある』
「やり返しに来ますかね」
『用心はしておこう。それとねサチコ、栄のことは本当にありがとう、あの子もサチコにはだいぶ気を許してるから、だからあまりに気にしないで。でないと栄も気にするからさ。いいね』
「……はい」
いつか似たような言葉を、どこかで言ったり言われたりしたな。そう、この一件は元々本筋とは、関係が無かったはずなんだ。それを忘れていた。
だがこの一件で、その本筋が大事になる可能性が、出てきてしまった訳だな。
本当、南の言う通りだ。
一度衝突した以上は、心配なんて無くならないものだな。
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文章と行間を修正しました。




