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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
297/518

・不安は人生の前振りである。

・不安は人生の前振りである。



「出たよ」

「早いな」


 待つこと約三十分。


 驚異的な速度でいじめのグループという名の、若年犯罪者たちの巣が割れた。場所は麦仏ばくふつ高校近くの自治会館。海さんの学校の傍だ。


「先住民のジジババを追い出して居座ってるみたい」


 連盟員からの報告を読み上げる先輩。もうすっかりいつもの調子に、戻ったように見える。これが本当のことならいいんだが。


「前々からそうだったらしいけど、最近になって不良の数が増えたみたい」


 自治会館周辺の情報を調べながら南が言う。俺は携帯電話を持ってないから、情報戦は完全に人に頼ることになるのがもどかしい。ノーパソは家だし。


「学校サボって自治会館を実行支配とか、情けなくって涙が出るな」


「自治会長の孫が主犯だって報告にはあるわね」


 なんだ糞孫か。お爺ちゃんの家みたいな場所に共犯者連れ込んで、乗っ取ったんだな。


 ネットにこうして悪評が漏れ出している辺り、近隣住民にご迷惑をおかけしているようだ。


「夜中ずっと騒いでるってあるわね」


「徹夜して騒いで朝寝るんだろ。学校サボるから昼間は寝てるんだ」


「そういう生態のモンスターいたよね」


 人間にとって人間未満はだいたいモンスターだが、今はそんな話をしている場合ではない。


 この情報をどう活かすかだが。


「例の三人組みはここに向かったんだな」


「報告だとそうね、でもいっちゃんを襲った奴と関係あるかは、分からないわ」


 そうなんだよな。愛同研やその関係者のいじめを、解決していったせいで、話が大きくなってしまった。


 俺としては先輩たちに手を出した奴の永久歯を二十本抜くくらいで済ませたかったのだが。


「せめてそいつがここと、関係があることを祈ろう。この際別件で追うのも面倒臭いし」


「しかし他校の生徒とも繋がりがあるんだね」


「小学校でいじめをやってた奴が中学で別れ、中学でやってた奴が高校で別れて、そういう点と点が今でも犯罪という線で、繋がっているんだから嫌な話ね」


 南が肩を竦めるが顔は心底嫌そうだ。こいつはそういうみっともないことが嫌いだからな。いや、好きな奴のほうが、どうかしてるか。


「あくまでこいつらを警察に突き出すとかグループを壊滅させるのが目的じゃないから、そこを間違えないようにしないとな」


「そうね、あくまで自衛といっちゃんの仇討ちが目的だから、必要がないなら関わり合いにならないほうがいいでしょうね。良くない話もあるし」


 南はそう言って携帯電話を仕舞った。


「他にもあるの」


 その直前に言った台詞に引っかかりを覚えたのか、先輩が質問する。何もそんなことを掘り下げなくてもと思ったが、見落としがあるのも良くないか。


「ええっとね、ちょっと待ってねー。これこれ、何だか色んな人を連れ込んで、金品を奪い取ってるって話なのよ。学生から大人まで、怪我させられても全員で口裏を合わせるから、警察も手を焼いてるみたいね。お金に自分の名前書いてる人なんていないし」


「え、書かないの」

「普通は書かないんだよサチコ」


 高校三年生になろうという今初めて知った新事実。下手な持ち物よりよっぽど大事なのに。いや、こいつらの言うことだし、実はそんなことないのでは。或いは小田原のローカルルール。


「女子を連れ込んでない辺り周到だね」


「何かあった際、自分では揉み消しできないことを、把握してると見ていいわ」


 痴漢や強姦に関しては、この世界では女性が優位である。


 他の犯罪について、白ばっくれることは出来ても、それでは無罪にならない。故にそういう相手は、最初から対象外なのだ。


 そして南の言った通り、どこぞの大学ように無罪ではなく、不起訴の山を積み上げるような、太い何かを持っていないのだろう。でなければ、被害者に女性が含まれていないのはおかしい。


 このことから分かるのは、自分たちだけで安全に犯罪をできる範囲でしか行動せず、言い換えれば安全に犯罪が出来ると分かれば、躊躇無く実行する連中だということだ。今直ぐ死んだほうがいいな。


「とはいえ私たちから乗り込むことは、たぶんないでしょう」


「そうだね、うちらのすることは自衛だからね」


「念のためアガタや栄たちには、伏せておいたほうがいいかもな」


 まだまだ若く潔癖だから、首を突っ込みかねない。


「そうねぇ、勘繰ったり怒りが納まらないからって、不用意に近付くかもしれないし」


 一年生たちはそれぞれ思う処があるようで、それが悩みの種となっている。


 実はこの二人の納得がないと、この話は本当の意味で終わらせることが、できないのだ。


 何でかっていうと今言った通り、気が済まないからである。気が済まないからと、不良の巣に向かわれては困る。本当に困る。


「そうだね、私もそう思う。特に栄はさ、ムスっとしてるけど真面目でさ、苦しいときほど力になってくれて役に立つ奴なんだよ。こんなことに関わって危ない目に遭って欲しくないよ」


「珍しく姉っぽいこと言ったな」


「高校卒業するからそろそろちゃんとしようって思ったのね」


「ひっでえ!」


 先輩が笑いながら、俺たちにパンチを繰り出した。釣られて俺と南も笑う。何か久々に笑ったような気がする。いや、これが結構当たり前だったはずなんだ。早いとこ、この空気に戻さないとな。


 ――そう思って解散したのに。


「先輩、私どうしたら」

「考える。考えるから、な」

「はい……」


 所変わってここはアガタの家『日鬼楼』。物騒な名前だが、中国人の母親とブラジル人の父親が切り盛りする、中華とブラジル料理のお店である。


 俺は予定から遅れてアガタの様子を見に来た。自転車で。時刻は夜八時を回っている。


 夜になっても様子を見に来られるのも、俺の人とは異なる、ライフスタイルあってこそだが、ミトラスに寂しい思いをさせるので、あまり気乗りしない。


 そんな中、アガタが俺に合うなり深刻な顔して駆け寄ってくるんだから、生きた心地もしない。


「それでもう一回聞くけどな、親父さんが帰って来ないんだな」


 アガタが小さく頷く。


 隣には先に相談を受けて駆けつけていた栄がいた。先輩や両親に止められるから黙って来たのだという。


「コーちゃんのお父さんが、ちょっとお米を買い足してくるって出かけてからもう二時間近くになります。電話にも出ないそうで」


 栄が事のあらましをもう一度言ってくれる。お前のアガタの呼び方それなのか。


 なんでも米の量が少なくなったから、客足が途切れたのを見計らって、買出しに出たのだそうな。


 店仕舞いの時間より前のことだし、こういうことはこれまでにも何度かあったらしい。だからこそ帰って来ないのは、変だということで。


「事故に遭ったんじゃないかって、市内の病院や警察に問い合わせてみたんですが」


 栄の対応は迅速だった。俺がやろうとしたことは既に終わっている。にも関わらず安否の一つも分からないとなれば、事件に巻き込まれている可能性がある。


「奥さんは旦那さんの携帯の中身とか、他の連絡先とはご存知ありませんか」


 アガタに良く似た母親に質問しても、首を横に振られるだけ。親父さんが街中で、偶然昔の友だちにでも再会して、思わず店のことを放っぽり出してしまったとかなら、まだ良いんだが。


「外国人の男性だから、たぶん誘拐されるとかは無いと思うんですけど」


「ここの親父さん見たことあるけど、善良そうなただのおじちゃんだぞ」


「ですよねえ」


 その辺をほっつき歩いてるおっさんを誘拐するような奴なんか、待てよ。もしかして。


「アガタ、親父さんはいつも何処に買い出しに行く」


「買う物に寄りますけど、お米なら高校の近くのお米屋さんです。米神じゃないほうの」


 この辺りで、米神じゃないほうの学校は、麦仏しかない。麦仏近くの米屋。そして麦仏の近くには。


「栄、悪いが先輩に電話してくれ。心当たりがある」

「え、本当ですか先輩」

「何処ですか! お父さんは何処に!」


 伏せようって言った、その日の内にこれだもんな。俺の人生ほんと善くできてるぜ。俺はアガタを手で制して栄を見た。


 彼女は渋々と言った様子で、携帯電話を取り出す。


『もしもし栄?』

「先輩俺だ。サチコだ」

『え、サチコ? 栄は』


 俺は取り急ぎ掻い摘んで成り行きを説明した。薄い板切れの向こう側で沈黙が広がり、吐息が通話口から聞こえてくる。


『分かった。二人には私から言っておこう。サチコはどうする気だい』


「できれば応援に運動部かオカルト部の部長を寄越して欲しい。俺は行く」


 こちらの要請に対して先輩はもう一度だけ『分かった』と言ってくれた。俺は携帯電話を栄えに返すと、店を出た。


「先輩! 何処に行くんですか、私も行きます!」


「一度支度をしに戻る。丸腰では自殺行為だ。詳しい事は先輩から聞いてくれ」


 それだけ言って俺は自転車に跨ると、来た道を急いで逆走した。


 慌しい。これだから揉め事や荒事は嫌だ。一日が狭苦しくていかん。


 何よりミトラスと過ごす時間が、どんどん削られていく。帰ったら先ず最初に、彼に謝って一緒に晩御飯を食べよう。

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