表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
七人の部員編
296/518

・徘徊青少年ども

・徘徊青少年ども



 翌日から小学生に戻ったかのように集団登下校を心掛けるようになった俺たちの生活は、小康状態とでもいうべき静けさを取り戻していた。


 あれから被害報告は出ていない。これが隠されている訳ではないことを祈るばかりだ。


 そしてその週はなんとかやり過ごしたのだが、翌週の土曜日に動きがあった。


「部室の周りを妙な奴がうろついてる」


 愛同研に電機部からの通報が入った。俺は部室に南を残して電機部の部室に向かう。電機部の部室は三階の理科室だ。


 理科室は昔から科学部の部室だったそうだが、定期的に危ない実験をしては廃部になり、しばらくしたら復活するということを繰り返していたらしい。


 その廃部期間中に滑り込んだのが電機部である。彼らと科学部との違いはもっぱら電子工作や家電弄りばかりしていることだろう。


 俺が三階の理科室前に行くと通報どおり確かに偏差値の低そうな、普段ならこの場に縁がないであろう顔つきの男子が三人。それらと対峙する白衣を着た長身の男子。電機部の新部長だ。


 彼は俺の姿を認めると小さく会釈をした。それに慌てて他の低偏差値が振り向く。教師と勘違いしたのだろう。俺だと分かると露骨に敵意を剥き出しにしてくる。


 先日ケツを山ほど蹴った奴らの中の一組みだった。


「愛同研のサチコだ。どうした」

「あ、どうもお世話になります。私、電機部の新部長の高田と申します」


 電機部新部長こと高田が白衣の胸ポケットから名刺を取り出した。俺はそれを受け取ってお辞儀を済ませる。高田は足が長く身長が180の半ば。それでいて体も引き締まっている。所謂パワータイプの科学者だ。


「ご丁寧にどうもありがとう。それで」

「ええ、この人たちがうつの○○を出せと言って聞かなくて」


 高田の言葉に(本当は見たくないけど)振り向くと、三人は嫌そうにこちらを睨み付けてきた。おう、以前の俺なら勇気を振り絞る場面だが、今や生物として格下となると怖くもなんともないな。


「なんで」

「いや、俺たち、○○くんにちょっと用があって」

「何の用だよ」


「いや、それはちょっと」

「ずっとこんな感じでしてね」


「こいつらいじめで報告に上がってた奴らだろ。顧問の奴はどうした」


 愛同研以外の連盟してくれている部は便宜上『部』として呼んでいるが、正確には愛好会、同好会、研究会の『会』である。一応非常勤の講師たちが顧問としているはずなのだが。


「それが今日は休みでして」

「自分の担当の部活があるのに活動日に休むのか」

「そこは契約にないってはっきり言われました」


 揃いも揃ってゴミだな本当。見ろ、いじめが報告されてるってビビってた連中が息を吹き返してニヤニヤし始めたじゃないか。これだから学校の大人は駄目なんだ。


「とりあえず中入っていいか」

「あ、どうぞ」


 ドアを開けて理科室に入ると完全武装した他数名の部員に取り囲まれた。


「落ち着け俺だ」

「あ、すいません」


 溶接作業用の面体を付けた人物の一人が謝る。全員持っている武器こそ違うが分厚いゴム手袋と面体、防火エプロンを装着している。


 武器はといえば手回し式のガトリング銃を模した杭打ち機だの、ラジコン操作となった芝刈り機の刃が露出したルンバだの。


 中でも一番洒落にならないのは、左腕に装着できるようになったモーター巻取り式の釣り竿とチェーンソーが一緒になった謎の機械だ。


「揃いも揃ってこんなん作りやがってすげえな」

「先代部長の残してくれたものです」


 あの全部乗せテーザーガンの系譜か。現物は破棄されたはずだがやはりデータを残していたな。

 そうかあ、発展させちゃったかあ。


「これなんだ」

「目標を釣り上げて回転鋸まで引っ張ることで中距離からの一撃必殺が可能です」


「いやそんなことを聞いてるんじゃないんだ俺は」

「あ、名前ですか。すいません、現在思案中です」

「そう」


 俺はどうしてこんな物を皆して作ったんだと聞きたかったんだが、この際それは横に置いておこう。今するべきは外の連中を追い払うことだ。


「あいつらが言ってる○○っているか」

「あ、ぼ、ぼくです……」


 先ほどから俺と話していた奴がそうだったらしい。くぐもっているものの高い声。面体を外した彼は髪の毛こそ短く刈り込んでいたが、下手な女子よりも女性的な顔立ちをしていた。


 こうしてちゃんと合って話すのは初めてだ。何せ敵を叩ければいいと作戦を立てたものだから、個々人の素性については特に調べていなかったのだ。


「そうか。一応聞くけど会うか」


 彼は首を横に振った。当然だろう。部員たちが受けた被害内容は暴力、荷物及び金品の略取、器物損壊等々である。こうして考えるとこいつらこそ片にはまったステレオタイプだな。


 努力するより非行に走ったほうが簡単に人とは違う存在になれるという思想があるがとんでもない。極めて没個性なゴミが出来上がるだけだ。


「おし。じゃあお前以外全員出ろ。お前も出たかったら来てもいいぞ」


「え、我々もですか」

「当たり前だろ。こういうのは全員でやるぞって見せるのが大事なんだ」


 俺がそう言うと電機部たちは顔を見合わせたが、一人が分かりましたと言うと、他の部員たちも渋々とではあるが同意を示した。篭城の際は士気が高くても打って出るときは気が引ける。


 でもそれじゃ困る。


「その装備があれば大丈夫。お前ら一人で俺殺せるんだから大丈夫」


 粘ついた異様な空気が一瞬だけ理科室に広がる。いいぞ。どんなに薄く細くてもいい。今は、そしてこれからは人に危害を加えることも考えろ。でないと自衛さえできないぞ。


 全員でぞろぞろと廊下に出て、チンピラ三人を取り囲む。こちらは五人。前が俺、後ろを高田、それ以外が側面。壁を背にして半円形。


「ごめんなあ。○○は会いたくないって」

「え、そ、そうですか」


「あとお金返してってくれ。手持ちの財布に幾らか入ってるだろ」

「え、それはちょっと、わあ!」


 電機部の一人が手持ちのバーナーに火を入れた。威嚇ではあるが躊躇無く顔に向ける。園芸部以外の連盟員には、敵対すると己の身が破滅してでも決着を付けたいという本性の持ち主が多く在籍している。


「あ?やんのかうわあああ!」


 凄んだ先から火を向けられて恐慌状態に陥る三人。獣かこいつら。


「お金置いてけよ燃やすぞ」


 そう言われて彼らは財布を取り出した。しきりにこちらと財布の中身を見比べていたが、高田が背中を押すと慌てて中身を全部床にぶちまけた。一人だけ妙に金を持っていたが残りは全て端金。


「おしもう行っていいぞ。でもまだ足りないから今度また持って来いな」

「○○から奪った分を返すとき以外来ないでくれ」


 電機部たちが包囲を解くと、三人組は二回りほど縮んだように見える背中を晒して退散した。廊下を曲がった先や階段の下で怒号と壁を蹴る音、教師たちの声が聞こえてくる。


「ありがとうございます、助かりました」

「俺も来るけどさ、今度からはちゃんと全員でやれよ。お前らの部なんだから」


 電機部員たちは、やはり渋々といった様子で頷くと部室へと戻っていった。そりゃな、怖いだろうし本当は余計な心配せずに部活に打ち込みたいだろう。


 でもそうはいかないのが学校で、同じ部員を見殺しにしていいやと思える集まりじゃないのが俺たちやお前らなんだ。そうでいたいし、そうあって欲しい。


「俺は部室に戻るが、また何かあったら連絡頼むな」

「ええ、お疲れ様でした」



 そうして俺は四階の愛同研へと引き上げたのだが、話はこれで終わらなかった。


 同じような待ち伏せや押しかけがこの後も何度か起きて、相手は皆同じ、例の三人だった。


「これは間違いなく物見だな」


 夕方になって何度目かの戻りとなった部室で、先輩が呟いた。顔の腫れは引いて眼鏡も元通りだ。スペアなのかも知れない。


「直接関係のない生徒の教室や部室まで覗きこんでいったとなると、恐らく他の加害者たちと結託していると見ていいだろう」


「まるで山賊か落ち武者ね。でも何だってそんなことになったのかしら」


「兄弟揃って屑とか、小中学校でいじめのグループ組んでた奴が、別のクラスになった今でも繋がりがあるとかそんなんだろう。胸糞の悪い話だが」


 進学校だとシンジケート化すると言ったが前言撤回だ。別に底辺高でもなる。人口の上澄みでも何でもない人間の搾りかすなんてこんな物だろう。迷惑な話だ。生まれて来なければ良かったのに。


「とりあえず、他の生徒たちに声をかけて彼らの出所とか足取りを調べてみよう。見す見す逃すこともあるまい。こういう連中は昔から集まりたがるから、数が増えれば必ず溜まり場に困るはず」


「携帯電話が普及してもそこは変わらないのね」

「趣味にも勉強にも運動にも打ち込めない。だから居場所がない」


「困るのよね、そういうの。それで、溜まり場が分かったら乗り込むの」


「俺は今日アガタの家の様子を見に行かないといけないんだが」


 アガタの家だけちょっと遠いから目を付けられると面倒なんだよな。


「蓋を開けてみないと何ともだけど、一つ吉報を待って見ようじゃないか」


「人任せでいいのか」

「私たちが一から十まで出張らなくてもいいでしょ」


 駄目なら出るけど、と南は小さく笑った。まあ確かにお侍さんの時代という訳じゃないから、目撃情報くらいなら直ぐに集まるだろう。


 ただ、相手の居所が分かったとき、夜討ち朝駆けをしようなんて話をこいつらが言い出さないとも限らないのが不安なんだよなあ。

行間と文章を修正しました。

誤字脱字を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ