・All IN ONE
・All IN ONE
「よし落とせ」
投げ落とされた物体がマンホールの底へと着水し、それなりに大きな音を立てる。
土日を挟んで月曜日の時刻は朝八時。わざわざ同年代の少年に、危害を加えるために早起きしたのか徹夜したのか知らんが、とにかくそいつの家の前で待ち伏せしていた奴を、俺と愛同研の構成員(名前は伏せる)で排除した。
「一月という真冬に、薄着で下水に浸かれば、病気は免れまい」
武装した集団で押しかけ、相手の罪状を並べ立てながら、学生でもできる範疇の殴る蹴るで、地面に転がした後に服を脱がし、逆さまに持ち上げて下水へ投げ落とす。
それが今しがた俺たちのやったことだ。
武装と言ってもスポーツウェアや、防具の寄せ集めで作られた体育の鎧(製作:衣装部)に身を包み、木刀やスコップをチラつかせるといった程度のものだが。
「脱がした制服はどうしますか」
「燃やせ。動物に服を着せるのは虐待だぞ」
「はっ!」
愛同研で議題に上がった自己防衛の一環で、俺は家まで付きまとわれている、生徒の護衛を買って出た。というか自分勝手しているだけなんだけど。
「中の生徒に連絡を入れろ。それと保護者への通達はどうなっている」
「一応伝えましたが、本当に良かったんでしょうか」
構成員の一人が心配そうに聞いてくる。いじめの被害に遭っていた生徒は、親にその事実を黙っていた。それなのに俺たちが告げ口して良かったのかと。愚問である。
「親が心配するからって泣き寝入りした結果、家まで追いかけられた挙句、有り金全部取られて親の財布に手を付けるようになった奴に文句を言う資格はない」
あくまでキャンペーンの一環だから手を出したのであって、個人的にこいつは助けたくなかった。
「こういう奴は内心の変な所に、羞恥心やら自尊心がある。仮にお前の姉が同じ選択をして、その横から俺がお前にことの次第を教えたらどう思う。余計なことをしたと思うのか」
「私は思いませんが、本人の意思は」
「知るかそんなこと。どうせ逆恨みした所で『今度は自分で何とかするから、もう一度いじめてください』なんて相手に言い出す訳はないんだ。結果にタダ乗りするんだから、結果だけくれてやればいい」
「こいつが二年生なのが惜しいですね」
バイクのヘルメットを被った構成員二号が残念そうに呟く。長い髪の毛は背中に隠している。
「三年だったら進学先にも一報入れるんだがな」
三年生相手には南や他の生徒がやっているはずだ。それで合格取り消しには、ならないかも知れないが、行動の抑制に繋がってくれれば何よりである。
「そうだ、燃やす前に制服の中身は、ちゃんと抜いておけよ。金は返させないといかん」
被害者も気に入らないがそれはそれ、これはこれである。
「分かりました。しかし一人で助かりましたね」
「集団で見張るようなものではないし、集団としてまとまり始めると、今度は逆にそこから離れたくなる。女子と同じだな。男じゃないんだよ」
そもそも真っ当な人間ならこんなことしないしな。居所の知れた斥候に逃げ場は無い。
「他にはいないみたいです。学校へ急ぎましょう」
「そうだな。お前らは授業に出て置けよ」
「先輩はどうなさるんで」
「俺は部室に戻るわ。そこで他の奴らの、所在を受け取る。やることは変わらん」
「先輩は大丈夫なんですか」
「話は大事になればなるほどバレる。だが大事になればうちの連中は被害者だ。処罰の対象はせいぜい俺までにしとかないといかん。でないと心象が悪くなる」
何故か問題児扱いになっている俺だが、自分の部活や身の周りのいじめに対して、私的な制裁を加えていたという事実が露見したら、評価が好転するだろうという希望的観測がある。
不良が子犬を拾うみたいな話だ。相手のほうが多数となれば、女子である俺の蛮勇にも、多少の手心が加えられるだろう。そしてうちのような底辺高で、一斉退学ということは起きない。
それができるならいじめの問題は、早期に発見や解決が成されていて、いいはずである。
何よりまだそこまで体が強くなかった俺の一年生時代から今日まで、俺のいじめも解決はされなかった。あくまで俺が強くなって襲われなくなっただけだ。
このことから分かるのは、この学校で暴力はかなり認められている行為だということ。
しかし何事にも限度がある。相手に大怪我させずに怪我させて、話を聞いた人に大したことないと思わせる仕打ちを、考えねばいけない。もしものときには、愛同研寄りの両成敗をさせなくてはならない。
「安心しろ。血は出しても鼻血までにする。歯も折らないし、顔に傷跡も残さない」
「火傷は」
「虫歯に煙草を押し当てるくらいのことはしたいが我慢する」
石斧で顔面をぶっ叩けば、皮をぞりっと擦り剥いて血もドバドバ出るだろう。軽傷でも怪我をし慣れてない奴が、怖がるくらいには。そして軽傷なのに傷跡が痛々しい。
チンピラの心を挫くには、相当効果があるはずだと思った。最初はこれがベストだと。
しかしながらそれを複数人に対して行えば、俺が過剰な防衛や報復をして回っていると、見られ兼ねないことを、南と斎が教えてくれたのだ。
たかが殴られて鼻血吹いて顔面を擦り剥いた程度で何をと思うが、大抵の人間は物事を正しく把握し判断することができない。
俺が加害者として見られる恐れがあるとして、遭えなく石斧で顔を殴るという手段は、お蔵入りとなってしまった。
折角新しく編み出したのに。
「最初に一発食らわして、その後は相手の家を突き止めてご家族に言いつけるだけ。中には犯罪を肯定する肥溜めみたいな家庭もあるだろうが、全部がそうとは限らん。本来ならこういう戦いはお前らのほうが余程強いんだ。自信を持っていけ」
「それはそうと、他の生徒のクラスには、どうやって入るんですか」
「入る必要はない。向こうから出てくる。さあ、もう行こう」
そうして俺たちは剣道具やら柔道着やらで、ゴテゴテした姿のまま登校した。少なくとも俺は今日中に、後七件の交戦を控えている。
よくもまあそんなに起きるものだよ。
さっき下水に落とした奴の本隊と、他に六人分の計算六クラス、実にそれだけのいじめ集団が発生するんだから、学校の構造は明らかに異常である。
これに対して、どうにか俺たちでも対抗できるぞという、暴力を示さないとならないんだからキツイ。
学校というのは本当に悪い意味で不思議な場所で、それこそ学校外の人間の目に触れるか、或いは管理者たちに直接危害を加えるに、等しい行為がなければ、何も起きないのである。
何も起きないというのは誤りで、実際は現実が存在しないという言い方のほうが、適切かも知れない。
事実に乏しく当事者の不在を共有し合う。
集団による黙秘と隠蔽である。
にも関わらず往々にしていじめ、というか校内犯罪に目を瞑るのは、加害者という立場がこの空虚な空間とその構成物質に対して生々しい、正に現実というものを持っているからに他ならない。
学校において暴力は実行力という点で、権力に成り代わるのだ。
つまり、これが何を意味するのかというと、いじめに対処のできない学校では、暴力が可視化されることは何の意味も持たない、ということである。
誰も止められず辞めさせられない。
お零れに預かるか、それとも目を付けられないようにするか。我が身可愛さから来る保守や変質、何れにせよ、彼らには悪意に基づいた、自由意志があることを忘れてはならない。
彼らに自浄作用は無い。
問題を積極的に解決しようとはしない。
何故なら、その際に入れ替えられ空気、その時外の空気に晒されるのは、紛れもない自分たちだからだ。
淀んだ教室の中の空気そのものである生徒は、不在と暴力の旨味を啜ることに必死だ。
いい加減乳離れしろと思うが、今だけはそれが好都合なんだ。
「俺も一人では相手をしない。でないと相手の危機感を煽れない」
「けど、他にこんなこと手伝ってくれる人っているんですかね」
「安心しろと言ったろう」
悪意と暴力で切り取られた不在を、残りの連中は元には戻さない。自分もやられるかも知れないからいじめのことは言い付けないし、加害者にはなるし、元の輪にも加えない。
「シフトなら斎がもう組んである」
学校という閉鎖空間では、暴力が物を言う。暴力を押さえつけるにも、悪意を封じ込めるにも。
この溝の中の畜舎に、愛情など必要ないと、誰もが分かっているのだ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




