・間違い探し
・間違い探し
ここは小田原市内の公立校こと米神高等学校。放課後の部活動の時間。サチコは北と共に、しょうもない世間話をしながら、漫画の製作に取り掛かっていた。
「どうして小説は執筆なのに漫画は製作って言うんでしょうね。背景できました」
「ありがとうそこ置いといて。何かの形にするときにそういうらしいけどね」
他の部員たちも、各々の趣味への造詣を深めるべく、何やらよく分からない活動をしている。
およそ大多数の人からは、遊んでいるだけと映るこの行為が、彼らのやはりよく分からない創作活動に繋がっている。
このことを理解している者は、他ならぬ当人たちばかりである。
「衣装部の連中は、アレ何してんすかね」
廊下の突き当たりで、異様な風体を晒しながら、ど突き合う男子たちを指差すと、次の原稿にとりかかる。
サチコの場合風景を模写すると、何故か漫画の背景のようになってしまうのだが、それが北には都合が好かった。
「なんでもね、学校の部活で得られるだけの、武器と防具がどれほどのものか検証してるとか」
廃部廃会の危機にあった集まりを、一つ所に押し込んだだけの、この愛同研総合部は狭い。
全員で活動できる余裕などない。北とて部長の権限で、自分の作業スペースを確保しなければ、この状況は有り得ないのだ。
故に他の者たちは、学校のあちこちをまるでホームレスのように徘徊しては、作業に臨むしかないのである。
「実用面を最初に押し出して、印象を良くしたいんじゃないかな」
「だから柔道着の上に剣道の防具付けたり、レガース履いてみたりしてんだ」
背中の防御力に若干の不安が残るものの、バットや木刀、竹刀で互いに殴り合う彼らは、全然へこたれていない。中々頑丈にできているようだった。
「エアガンやボールへの耐久性も調べるんだって」
「体張ってんなあ。でもよく見ると、うちの学校に無い部活の防具も、混ざってるような気が」
「近所の物流店でしょ。あそこ学校の廃材買い取っては修理して売ってるから」
そんなことを話しながら、二人は作業を進めていく。
「先輩、つかぬことをお聞きしますが」
「なに」
「体重どのくらいあります」
「四十ちょい上くらいだったかなあ」
「いいなあ……」
そんなことを言いながら、時間が過ぎていく。
ーーそして週末。
僕は約束どおり西と一緒にご近所を探検していた。天気は曇り。雨は降らないみたいだけど、空気はじとっとしていて、あまり気持ちの良いものではない。
「ここの物流ショップはね、前は駄菓子屋さんだったの。その前は三味線屋さんだった。野良猫が減って皮が手に入らないとか言って、店主が廃業した後に趣味で開いたの」
西に案内された先の店には今にも壊れそうな、或いは壊れていたような、傷んだ中古品の数々が乱雑に置かれていた。
店員と呼べるのは、堅気と言い張るのもおこがましい、胡散臭い壮年の男性が一人いるだけ。頭禿げてる。
「品揃えは良さそうだね、防具とか結構しっかりしてるよ」
競技用のものらしき装備が、そこかしこにある。この世界の防具って、斬撃や刺突に備えたものが多い。どれも高性能だ。
堅さにはあまり頼らず、切れ味を鈍らせたり、衝撃を和らげたり。このプラスチックっていう透明の盾は格好いいな。透明の盾なんて、いかにも搦め手に使えそうだ。
「ここが一つ目、次行くわよ」
「え、買っていかないの?」
「後で必要なら用意してね」
そう言って西はさっさと外に出てしまう。自分の身を守るために僕を呼んでいるなら、買い物くらい付き合ってくれてもいいだろうに。
この子が冒険者になったら、絶対にパーティは長続きしないな。
「探検は始まったばかりなんだから」
そう、僕らは町を探検していた。サチコには事情を説明してある。そのとき指摘されて、西が前の歴史の記憶持ちであることにも気付いた。
言われるまですっかり失念していた。それにしても、彼女は自分が異世界から来たと思ってるんだな。他の皆はそうじゃないのに。
考えてみれば不思議なものだ。今までとまるっきり違う世の中にあって、自分には前の状態の記憶がある。このとき、世界の歴史が変わったのか、別の歴史の世界に自分が入り込んだのか、その差や区別はどこから来るのだろう。
今回は既に答えが出ているものの、もしも答えを知っている人がいなければ、答えは出なかったんじゃないだろうか。
いや待てよ。もしかしたら僕たちは、本来の世界とは似て非なる世界に転移してしまって、その上で歴史改変が起こっているのではないだろうか。
その辺は僕たち自身では、最早どうにも判断がつかないけど。止そう、混乱するばっかりだ。こういうのは切って棚に上げないと、頭から離れないからね。
「次ここ」
「魚市場だね」
「元の世界だとここは潰れてアパートになってたの」
西に連れられてやって来たのは、忙しなく動き回る人々と、魚臭さが鼻に付く市場。箱詰めの鮮魚があちこちになる。あ、トコブシ売ってる。
「魚屋さんなんてお話の中の存在でね、地元の商店街なんて全滅して、粗大ごみ同然だった。でもこの世界だと、未だにそういうのが生き残ってる。ほら、アレ見て。あの人」
彼女が指差した先には、他の人たち同じく紺色の前掛けと緑色の腕章、禿か角刈りしかいない中で、一人だけ赤い帽子を被っている。
初老の男で体つきは、顔に反比例してがっしりとしてる。彼は大声で何やら読み上げているところだった。
「偉い人?」
「そう。でも元の世界じゃここが潰れるときに、焼身自殺をしたの。近くの建物も皆錆びたり色褪せて、孤独死したお年寄りなんかが見つかって、しばらく誰も土地の買い手がつかなかったらしいわ。で、後で出来たアパートも出るって噂で、結局人が入らなかった」
ろくな謂れのない場所になったという訳ね。西は得意そうにこっちを見て言った。
「死んだはずの人が生きてるし、無いはずのものがある。ね? これがパラレルじゃなかったら、何ってことよ!」
これ答え言い辛いなあ。
「とまあこんな感じで、私がいた町との違いを追って、それをこの地図に記録していくのが、当面の目的ね」
「急ぐってなんで?」
「私が忘れたり、完全にこの世界の人になって、記憶が書き換わったりして、分からなくならない内によ」
西は返事をしながら、持っていた地図にあれこれと書き込んでいく。
なるほど。西はまだこの状況に、違和感や焦りを覚えているんだ。これが慣れると『あれそうだったっけ』とか『そういやそんなこともあったな』となる。
うちの人やその友人たちみたいに、大して頓着せずに、どうでもよくなってしまう。そうなればもう違いが分からなくなるだろう。あれ、でも。
「記憶が書き換わるって?」
「私が異世界に来たということは、元々その世界にいた『その世界の私』に取って代わったってことだから、辻褄合わせに私がその記憶を引き継ぐかも知れないの。設定っていうシールを、貼り直されると考えてもらうといいかもね」
「そんなものは個人の記憶だから、丸ごと入れ替わるんじゃないの? だから君だって違いが分かるんだし」
そう尋ねると、彼女は眉間を親指で押さえて、しばし悩んだ。
「そうなんだよねぇ。前に見たSFもので、そんなこともあるみたいな展開があったから、もしやと思って……」
「自分は自分っていうことの、捉え方の違いを設定に落とし込んだだけじゃないかな、それ。結局フィクションなんでしょ」
「そうだけど、他に参考になる知識なんてないし……」
心細いのだろう。彼女は不安そうに顔をしかめた。そりゃ『もしも異世界転移したら』なんていうことについての資料なんか、先ずないとは思う。
「まあ、もしもよ。もしもの話し。でも今自分がそのもしもの中にいるんだから、無いとは言えないじゃない。かと言って、何もしないでいることも出来ないし」
「それはまあ、そうだねえ」
これ以上妙なことが起こらないとは限らないし、ここでぱったり事態に音沙汰が無くなるとしても、それはそれで困る。
「これでよし、さ、行きましょう!」
「はーい」
地図からぐいと顔を上げると、西はそれを持ってきた鞄に仕舞い、歩き始めた。
その表情は険しさを増していて、自分の不安をどこかに押し込めているのだということは、誰の目にも明らかだった。
削除前の文章が載っていて
大変申し訳ありません。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




