・隣り合うような
・隣り合うような
「なあ、魔力中毒ってなんだ」
俺はテーブルを拭きながら、隣の席の二人に質問をした。オカルト部部長こと蓮乗寺桜子と、初老のアラブ系男性に化けた、天狗のウルカ爺さんだ。
前者は制服にセーターを着込み、後者は背広の上下にコートという姿だった。
とある用事で二人を呼んだのだが、生憎とまだ本題を切り出す時間ではない。なので取りとめも無い話で場を繋ぐことにする。
「魔力中毒はですね、簡単に言うと魔力が高まり過ぎると起きるのです」
「そんな感じの説明はあったけど、具体的にはどういうんだ」
月の初めにレベルアップで取得したパネルの中で、これだけよく分からなかったんだよな。魔力の濃縮の時点で分からんことも伝えておく。
「ゲーム的にいうとね、力を溜めるのと同じように、魔力を溜める際に、溜めすぎると起こるのね。全力でパンチするのと、筋肉に力を思いっきり込めてから、殴るのとではちょっと違うでしょ」
「ああ、その感覚は何となく分かるようになったな」
拳を握り締めて殴るのと、腕の血管が浮き出るくらい力を入れてから殴るのとでは、確かに異なる。
魔法も魔力の溜め方があって、魔法を撃てる状態で更に魔力を込めたり、魔法を使用できる量以上の魔力を込めてから使ったりだ。
これをやり過ぎると中毒状態になるのか。なんとなく分かるような、分からんような。
「もう一つは消耗し過ぎた場合ですな」
「消耗してるのにか」
「出血してるのに血中の糖分や塩分が減って無いとどうなりますか」
「血糖値とか血圧が高くなっちゃうんじゃんないか」
「そういうことですね」
「いや分からんよ。どういうことだよ」
「一口に魔力と言っても色々あるのよ。魔力を消費すると言っても、それら全部を均等に消費してるわけではないから、沢山魔法を使っても、特定の魔力だけは手付かずで、残っている場合があるのね」
「なるほど、そうなると全体的に見ると魔力は減っているはずだが、だだ余りしてる魔力があると、それの比率が高まってしまうという訳だな」
「左様です。そして割合が高まり過ぎると魔力濃縮と同じような状態になり、中毒症状を引き起こすということです。不思議な不便さですな」
なんだか栄養失調なのに、特定の栄養だけ十分だと却って余計に体を壊すみたいな話だな。そう考えると均等に自分の魔力を使って魔法を使うのが無難で安全なんだな。
自分の魔力の種類なんて全く把握できないけど。
「これに気付くまでけっこう時間掛かったのよね」
「お前もしかして使い分けできるの」
「できるわ。神通力で魔法が撃てるし超能力で降霊術が使えるし」
うーん、魔法の分野では完全にこいつに先を行かれている。
俺が熱心じゃないから、それも止むなしだけど。
自分の魔力の系統とその振り替えかあ。
僧侶系呪文の回数余ってるから、魔法使い系の回数に回すとかできれば、確かに便利だ。
俺がパネルで取得した『精神力代替』は、あくまで魔力的な精神力が、不足してないといけないからな。その前から代用はできない。
「それじゃサチコさん、私先に上がるね」
「あ、はい、お疲れ様でーす」
俺たちが話していると、店のドアに『closed』と書かれた札を下げて、海さんが戻ってくる。
前は『閉店』だったような。そして彼女は別の席に突っ伏している客に近付くと『今日はもうおしまいですよ』と声をかけた。
最近常連になった男はむくりと体を起こすと、とても気分良さそうに謝った。悪いと思ってはいないのだろう。嬉しそうに金を払って、店を出て行った。
店の時間ももう遅いから本当は俺も帰りたい。ミトラスも待ってくれてるんだし。
でも今は帰る訳にはいかない用事がある。
「じゃあ私たちもそろそろお暇するわね」
「長居してしまいましたが、ご馳走様でした」
「いいんです。またのご来店をお待ちしてますね」
そうして今日のバイトが終わり、一旦お開きとなってから、俺たちは店の近くで落ち合った。
本音を言えば店の中でやりたかったが、一言二言で終わりそうにないので、止めにしたのだ。
幾ら俺でも友人の店を占有して、夜に長話をするのは躊躇われた。
「それで用件というのは、さっきの男性のことでよろしいんでしたな」
「ああ、どうだった」
「結論から言えば灰色ね」
夜中でもいやに明るくなった町を歩きながら、話を進める。さっきの男性というのは、海さんに起こされていた客のことだ。
最近この辺にやって来たという無職の男。
「警察が行方を捜してるから、犯人じゃないのか」
「それがどうも、お身内の方々がそのう」
「精神病持ちだったのよね」
二人からの内偵報告を聞きながら、自販機に寄る。温かい飲み物が要るな。はちみつレモンでいいか。
小銭と引き換えにホットで黄色い液体入りのペットボトルが出てくる。
「どういうことだ」
「そのままの意味よ。全員頭がおかしかったみたい。ただちょっと」
「彼以外は皆死んでいるのですが、誰が殺してもおかしくなかったようで」
男が一人で皆殺しにしたのではなく、殺し合いの末に共倒れになったという可能性もあるのか。人のことは言えないが不憫だな。
「一応聞いていいか。症状ってか、病名」
「認知症とうつ病と統合失調症です」
感情爆発で誰がいつ暴れ出してもおかしくないな。
「ニュースだと重要参考人については、伏せたままだけど、死んだ三人共に暴れた後があって、その状況から彼だけが、すっぽり抜け落ちているのね」
「それも不自然で本当かどうか分かりませんが」
「つまりこういうことか。家中の人間が容疑者だけど犯人を特定できる証拠がなく、家中の人間がおかしいから誰が犯人でもおかしくない」
「左様です」
「でもサチコさんは聞いたのよね、心の声」
「あんまり大きな声だったから本当に叫んでるのかと思ったぜ」
そう、冬休みでしかもクリスマスが目前に迫っているにも関わらず、俺がこの二人を呼んで、態々探偵の真似事を頼んだのは他でも無い。例の男性客の心の声が聞こえてしまったからである。
俺が覚えた超能力の一つである読心術は、使い出すと聞こえる分の際限が無くなり、頭が痛くなる。
だから普段は使わない様にしているのだが、余りにも相手の心の声が大きい場合は、俺の制限を突き破って聞こえてくることがある。
そして先日、例の客から『人を殺して良かった』という声が聞こえてきた。世の中知らないほうがいいことも有ると言うけど、これが正にそう。
能力で聞いてるから聞き間違いじゃないし、本人が心の中で殺人を喜ぼうが、現実との接点がなくては警察に通報しても無意味だ。
それ辺も踏まえて調べてもらったのだが。
まさか指名手配犯ではなく、つい最近の事件の人物だったとは。
「どうしたもんかな」
「とりあえず警察に通報だけでもしておいたら」
「それはそうなんだがなあ」
男の顔を思い出して見る。いつも疲れの色が濃く、顔色が悪い。オブラートというか、一般の人が持つ靄のかかったような距離感よりも、現実感が強く、近い雰囲気。
障害持ちで、頭のおかしい家族に囲まれて、あの年まで生きていた。どういう経緯かは知らないが、家族三人手にかけて、心の底から解放感に包まれて、毎日そこそこ幸せそうではある。
「身内に恵まれなかったってのは、同情できるんだよなあ。向こうに危害を加える気がないなら、そっとしておいてやりたいが、悩み所だな」
「サチコさん、それ本気で言ってるの。相手は殺人犯なのよ」
「人間は環境が整えば幾らでも罪を犯す。只でさえ体を壊してる上に、毎日頭のおかしい身内に囲まれてたら誰だって殺意を覚える。言い換えれば環境が整わなければ、犯罪には走らないってことだ」
「道理ですな。しかし通じますかな。相手は既に道を踏み外しておりますが」
「どうかな。殺人を正当化できれば、そこまで大きな意味は持つまい」
根拠はないが、そんな気がしてならない。本来の歴史なら俺は為す術無く死んでいたことが判明しているから、もしもはないが。
それでももしかしたら、俺もそうなったのではという思いが、内心にある。
「様子を見よう。成り行きでアレがお縄になるなら、それも良し。騒ぎも起こさず大人しくするなら、それもまた良しだ。何より俺はあの人とは、無関係な人間だしな。難ならお前たちが通報してもいいんだぞ」
「いや、私たちは別にいいけど……」
オカルト部部長が口ごもって目を逸らした。
こいつは面倒事に主体的に関わっていくことが凄く嫌なんだな。気持ちは分かるが薄情でもある。
「それにしても、こういうのに直面すると、人生感について考えちゃうな」
「サチコさん。人生というのはね、自分の代では見果てぬくらいの夢を追うのが、丁度良いんですよ」
ウルカ爺さんが静かに諭すように言ってくる。
この人の夢か、何となく想像つくが。
「ウルカ爺さんの夢って何だったんだい」
「恋の成就、でしたな」
やっぱりか。この人は千年近く前に人妻に懸想して失恋してるからな。
「人間も魔物も、そこは変わんないのか」
「愛が欲しいというのはね、一生の問題なんですよ」
愛を求めてと言うなら、俺もミトラスも同じようなものだが、それだとあの男はそれを求めていなかったのだろうか。いや、愚問だったな。
手に入らなくなったから、手にかけたんだろう。
「今日は付き合わせて悪かったな、助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして。何かあれば直ぐにお声がけください」
「くれぐれも慎重にね」
街を当ても無く歩いた後に、俺たちは今度こそ解散した。また厄介な問題に、首を突っ込んでしまった。この案件をどう処理したものか。
考えても埒が空かないので、俺は家路を急ぐことにした。普段は人もまばらな小田原の夜が、この時期は未だ騒がしい。
その騒がしさが、今だけは心強かった。
家族か。俺にも昔、そんなのがいた気がする。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




