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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
最後の一人編
282/518

・体重に増減なし

・体重に増減なし



※決して真似をしないでください。


「痩っせーろ! 痩っせーろ!」

「痩っせーろ! 痩っせーろ!」

「痩っせーろ! 痩っせーろ!」


 学校近くの安ボロアパートの一室で、俺は南と運動部部長から私刑にも似た暴行を受けていた。私刑ではない。暴行ではある。


「この短期間にお前の体型でくびれは無理だ!」

「でもウエストを縮めることはできるわ!」

「押忍、ごっつぁんです!」


 胸の下、下腹部のやや上、人に見せるのがやや恥ずかしい肉の付いた腹を、俺は友人たちに殴られたり蹴られたりしていた。


「部分痩せをするには寄せるのが効果的だ!」

「胸に寄せて上げる! 尻に寄せて下げる!」


 ジェンガのように俺の腹から贅肉を引き抜くのではなく、他のパーツの養分として足す。


 当初は既存の部分を減量するよりも、細い部分を追加したほうがいいのではないかという、俺をロボットか何かと勘違いしたよう案も出たが、結果としてこうなった。


 頑丈になった俺の筋肉を、殴る蹴るで解してから、運動部部長と南が『く』の字になった俺の体を抱え込み、上とか下に引い足り寄せたりしたところを、先輩がダクトテープをサラシのように巻いて絞る。なお脚と太股は既に締め付け済みだ。


 馬鹿馬鹿しいこと甚だしいがこれで効果が出ちゃったんだから困る。


「よおし! いくぞ、せーっのぉ!」」

「ぐん、ぬうう」

「ハイハイ堪えて堪えてー」


 非常に楽しそうな様子で、俺の体にテープを巻いていく先輩。ていうかダクトテープが万能すぎる。


 人体へのテーピングも可能とか優秀過ぎる。


「これで、はあはあ、上側は、ふうふう、終わりね」

「胸に寄せて上げるのはね、ふう、次は下だよ」


 冬だというのにすっかり汗まみれになった二人が、汗を拭う。俺の腹の脂肪はパネルで長所として取得しているので、その分は消せない。崩せない。


 それがまた無性に俺の羞恥を煽る。ミトラスが気に入っているから、この部分はどうしても残る。だから他の判定がグレーな横腹や腰、背中などに回し、最終的に尻に落とすことになる。


 これだと尻がでっかくなってしまうが、他は太股しかないので選択の余地がない。足が太いか尻がデカいかの選択、内臓脂肪とかに回せなかったのだろうか。それだと健康を害するか。


「サチコの腹の肉ってすこぶる頑丈なのよね」

「生物学的にみるとこれは立派な長所なんだが」

「お腹が丈夫ってことだからね」


 殴られようが刺されようが皮下脂肪は所詮皮下脂肪である。痛めたところでばい菌でも入らない限り重症化はし難い。

 

 古の剣闘士が、およそ太れるような生活でないにも関わらず、必死になって腹に肉を付けたがった理由である。外科手術なんてそこまで発達しておらず、していたとしても、治療を受けられるかは怪しい。

 

 そんな環境で切った貼ったをしようというのなら、使い捨ての部位を増やすのが、ベターな選択という訳であり、ちなみに俺は剣闘士じゃない。


「しかし前以外はなんとか引っ張れるわ」


「そうだね。私が後ろから腹持ち上げるから、南は前から掴んで」


「オッケ、サチコ、歯を食いしばって」

「すまん、頼む」


『せーの!』


 後ろから抱きついた運動部部長が、俺の腹下に両手を回して、全力で真上へと持ち上げる。


 肉が折り曲げられるのではないかという、痛みと恐怖に襲われる中、今度は南が床に膝を着き、前からに俺に抱き付く。そして運動部部長と俺の間に腕を差し込み、横と背中側の肉を押し下げようとする。


 体が、体幹が、腰から脊髄が抜けるのではという、危機感が全身を襲う。先輩がその様子を窺い、皮が伸び切った頃を見計らって再びテープを巻く。


 寄せて上げた肉が落ちて来ないように、ずり下げた肉が浮上して来ないように、ぎっちりとキツく縛ることで、本日のダイエットが完了する。


「ふう、ふう、これでよし」

「継続は力なりというが、斎、どうよ」


「では、願いましては……69cm!」

「うおっしゃあーー!」


 俺は思わず叫んでいた。

 ガッツポーズを取っていた。


 このボールを潰せば細くなるだろという侮辱と危険に塗れた部分痩せは、身長が伸び筋肉が増えたことにより、嫌が応にも体重もスリーサイズも、マシマシとなった体には確かに効果があった。


 運動部に効果的な部分痩せの方法はないかと尋ねた日に『要はその部位が細く見えてりゃいいんでしょ。圧縮すりゃあいいじゃん』という放言を真に受けた、或いは魔が差したことで試したコレの、最初の成果は僅か5ミリ。

 

 気のせいかと思いながらも、テーピングそのままに傷を癒してもう一度行ったところ、また5ミリ。俺の体が受けた変化をそのままにしがちな点が、こんな場面でも役に立ってくれた。

 

 おかげで四度目となるこの暴力エステにより、俺のウエストは夢の60cm代に返り咲いたのである。体重は依然秘密の領域を抜け出せないが。


「いやあ、こんな気違いじみたことでも、成果出ちゃうんだねえ」


「個人差があるということを見極めさえすれば、誰にでも成果を出せるよ」


 運動部部長がケロッとした顔で言う。怖ろしいやら頼もしいやら。


「サチコはそのお腹のお肉を取れたら一気に痩せそうだよね」


「そうね、それだけに惜しいわ」


「安易に腹筋にしないほうが維持し易いし、そのままがいいよ」


 先輩と南が残念そうに言って、運動部部長は諭すように言った。俺の脂肪は防具じゃない。


 だがこうしてスカートずり下げ、腹を丸出しにして恥ずかしい思いをした甲斐があったな。


 そう思いながら今日のダイエットを終えようとしていた時だった。部屋のドアをノックする音がした。


「あ、騒ぎ過ぎたか」

「大声出したものねえ」


 俺と南がしまったという顔をし、先輩が玄関のドアを開けて外の人に応対した。直後に先輩が硬直する。


 異変を感じて振り向けば、その表情は驚きに満ちていた。そしてこちらをちらっと振り返ると、少しして『どうぞ』と言った。


 え? なに? どうぞって。

 俺今ちょっと。人前には出せない姿なんだけど。


「ええとさっきね、ここでいじめが遭って、暴力が振るわれてるって通報があったんだけど君たちだけ? うん、そう。ちょっと話聞かせてもらっていいかな」


 現れたのは男性と女性、一組の警察の方々でした。


「じゃあ、あなたたちのしていたことは、本当に減量なのね」


「そうです。でもやり方がやり方だから、学校で見られたらマズイかなって」


 婦警さんが淡々と俺たちに質問を投げかけてくる。知っている顔ではない。


 聞けば少年課の所属だそうで、俺は服装の乱れを直しながら答えた。


「言い出したのは誰」

「俺がいいダイエット無いかって聞いて、風祭が」


「格闘技では打たれ強さを得るために、あえて殴らせることもあるからね」


 運動部部長が事も無げに答えた。


 自分が悪い事をしていないのだから、まるで悪びれるところがない。それどころか俺という成果物を前にして、自信さえ有るようだ。


「そこのあなたはどうして撮影してたの」

「はい、効果があるならそれを記録に収めないとと」


 先輩が没収されたスマホ内の、録画について説明をする。今考えるとこの世界にもスマホは発明されているんだな。縁が遠いから気にならなかったな。


「あなたは、どうして彼女への暴行に加担したの」


「サチコがいつも私の体見て羨ましがるから、使命感湧いちゃって」


 言わなくていいよそういうことは。婦警お前もなんとなく納得したように頷くんじゃない失礼だろ。俺は確かに女として南に負けてるが、そこはフォローをしてもいいだろう。


「それじゃあ、本当にいじめじゃないのね」


「本当です。これ止められたら俺、本当に痩せる手段失くなっちゃうから、できればその何ていうか、学校には言わないでおいて、欲しいんですけど」


「うん、いやね、気持ちは分かるの。でも体を痛めつけて無理矢理痩せるっていうのは危険だし、何かあったら他のお友達も犯罪者にしてしまうの。だからもう止めるように。もうじきクリスマスだから焦る気持ちがあったんでしょうけど、そこまでしなくていいの。分かった」


「はい、すいませんでした」


 そう言って婦警さんは事情聴取を終えると、もう一人の男性警官と共に引き上げて行った。


 彼女らが帰る直前に、南が久しぶりに『ピカっ』とする奴を使ったので、たぶん大丈夫だろう。


「しゃあない、バレちまった以上もうここではできないね」


「今度から誰かの家を借りるしかないか」

「手頃な閉鎖空間が必要ね」


 何故かまだまだ意欲に溢れた三名だったが、今日のところはお開きにした。折角金を払って一室を借りたというのに。


 しかし婦警さんはよく俺に彼氏がいることが分かったな。いや、一般論で言っただけか。


「あの」

「ん?」


 皆が去った後に、一人残って溜息を吐いていると、見慣れない男に声をかけられた。もしかしてこの男が通報したんだろうか。


 余計なことをしやがってとは思ったが、俺がいじめを受けていると思って、助けを呼んだらしいので彼が正しい。むしろ自分のことにばかり目が行って、いたずらに平和を脅かした俺に責任がある。


「すいません、勘違いして」

「いや、こっちこそお騒がせしました」


「喫茶店のお姉さんだと思ったら、高校生だったんですね」


 男は頭を掻きながら、弱ったような笑みを見せた。どうやら俺を知っているようだが、店、思い当た節がバイト先しかない。ああ、なるほど、こいつは客で、俺のことを覚えてたのか。


 それで通報してくれたのか。

 珍しい縁の繋がり方したな。誰だか覚えてないが。


「ああ、東雲によく来てる」

「よくお世話になってます」


 分からないけどリピーターという『てい』で話しかけたら、男は相槌を打った。


 そうか本当に常連か。でもなんだろう、変だな。

 思い出せない割りに。


 なんかどこかで会ったような気がするんだよなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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