表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
最後の一人編
278/518

・休みが襲ってくる

・休みが襲ってくる



 ――臨時ニュースです。今日未明、神奈川県小田原市のとある住宅に住む一家が殺害されているのが発見されました。被害者は男性が二名と女性が一名、何れもこの家の住民とされていますが、警察の発表では次男の男性のみ姿が見当たらず、事件の重要参考人として引き続き行方を追っています。


「年の瀬ということもあって物騒な話が相次ぐね」

「こっちの歴史だと社会人が普通に銃持ってますし」

「嫌だわあ、アメリカみたい」


 とある十二月の一日。


 学園祭を無事に終えた俺たちは、部室でダラダラしていた。


 先輩はイラストの練習をしてるし、南はスマホをいじくってるし、俺は猫と戯れている。


 そんな折だ。先輩の点けたラジオから、オサレな音楽と共に、凶報が聞こえてきたのは。


「お前アメリカ人だろ」

「私日本人だから」

「このやり取りも久しぶりだなあ」


 でも内容に興味がないから直ぐ雑談に移った。最近は南がネタを、中々振ってくれなくなったからな。


 二重国籍系女子とか国際的に嫌われそうだが、あくまでこの時代のこの歴史の南は、日本人として潜入しているのであって、未来に帰ればアメリカ人ということが、最近になって分かった。


 正体がバレたとか種が割れたとかそんなもんだな。


「こないだも銃撃戦があったばっかりだよねえ」

「ホント世の中物騒よねえ」


 年に数回女性が強姦される事件のニュースと、起訴不起訴に関わらず、その後本人や親族その他による報復事件が、必ずと言っていいほど起こる。


 元の世界に比べるといいことなのだが、相手の家も武装したり護衛を雇っていたりと、完全に犯罪結社化しているので、罪を素直に認めないケースは、ほぼ確実に銃撃戦に発展する。


 そうして犯人が撃ち殺されたり、被害者が無念の全滅を遂げたり、或いは義憤に駆られた人たちによる、私的な制裁が後を経たない。


 まあ泣き寝入りや野放しよりはよっぽと自浄作用があるんだが、如何せんそういう社会だと、引き金が軽くなる。


 引き金が軽いということは、人倫に指を止める重さも固さも、期待できないということで。


 それはつまり、厳罰が却って人命を安くするという奇妙な反比例を、社会に齎すことになった。


「たまに誤射もあるけど、そのおかげで検挙率とか起訴の件数は、高水準で維持されてるんだから、世の中都合がよろしいもんだよな」


「そりゃ現実ってもんがあるからね、実際の動きが数字になって現れるから、何も無かったなんてことにはならないもんだよ」


「刑務所に入る奴も少ないし、命惜しさに司法も機能するし、何より盗人の種が減っていくのがいいわ」


「その際にやたら人も死ぬがな」


 石川五右衛門の辞世の句が、単なる負け惜しみになる日も近いが、まさかこんなに人が減るとはなあ。


 人間が多すぎるとは、昔は良く言ったものだ。


「そのおかげで一応は治安が保たれるから良いんじゃない。線路に飛び込むよりずっと健全」


「政治も日本人の日本人による日本人のための議会が開かれているし」


 ああ、こういう所は、大国式になっていくんだな。


 南が嬉々としているのは、日本の中身が英米化していっているからなんだろうが。


 こういう本質的にその人種である人間からすると、名前はどうでもいいんだろうな。未来でアメリカの名前がカナダになっても、中身がアメリカのままなら、それで構わないって所だろう。


「それに高齢化社会じゃないのもいいわ」


「それなんだが、どうも調べて見るとこの歴史、障害者が少ないんだな」


「どゆこと」


「晩婚化してないせいか胎児が障害持ちの危険性が、減っているのは勿論なんだが、第二時大戦前から戦直後辺りの時期に広まった、覚せい剤がぱったりと姿を消しているんだ」


「ああ、ヒロポンとか、類似商品とかの」

「そうそう。あと酒とタバコも控え目になってる」

「世代を越えて脳と遺伝子が保護されてるのね」


 それこそ名前は同じだが中身が違う。これは恐らく歴史改変にチャレンジした、異世界転生出戻り青年の努力の賜物だろう。


「言い換えるとだな、大陸では人口任せに健康な個体を抽出できていたものが、日本だとこういう動きになるということなんだな」


 言えない。あくまで知っている個人が、試行錯誤を繰り返した末だなんて言えない。


 だからそれっぽいことを言って誤魔化すしかない。


「平たく言うと、健康かつ優良な遺伝持ちとの出会いの母数が、圧倒的に足りて無いから、そのギャップを埋めるために、こうなっているってことだね」


「そうか。確かに歴史が変わっているということは、その転換点の前後にも、元の歴史に似通うための出来事や運動が、起きているはずなのよね」


 南は何かを思いついたのか、それとも単にメモをするためのなのか、鞄から手帳を取り出し、何やら急いで書き付けていく。


「逆に中国史を見て見ると、ある時点から旧イギリス人との結婚が盛んになってる」


「なんで」

「子孫へのアヘンの毒素が中和されるんだと」


 抗体を持っているはずだとかなんとか、というと二人は同時に拭き出した。現実の生き物はマイナス同士を掛け合わせても、マイナスの項目が増えるだけなんだけどな。


「……それにしても、小田原に殺人犯か」

「まだ容疑者じゃないでしょ」


 物事には順序がある。重要参考人から容疑者になり犯人となる。重要参考人はまだ見習いクラスなのだ。恐らくこの行方が分からないという次男が、近日中に容疑者になり、犯人として報道されることだろう。


 でないと怖い。


「もしもその犯人が近所に潜伏してたらどうする」

「どうするってどうもせんですよ」


 殺人犯ということは先ず無手ではあるまい。包丁やナイフやカッターやエアガンやスタンガンや睡眠薬や酒や煙草や最悪麻薬まで持っているかも知れない。


 仮に一人だったとして正直戦うとかない。しかもこの歴史だと銃を所持していてもおかしくない。もう体を鍛えているからとかいう次元ではない。


「相手が犯人と分かっていたら通報するし、向こうから襲って来ても逃げるわよね」


「先輩、この頃の拳銃って、マガジン一つ辺りに何発くらい入ってますか」


「え、15+1発くらい」


「つまり俺たちが死なないためには、最大で命が後16個は足りない訳です」


「そっかー」


 そう考えると春先のストーカー女、はそれ以上の弾数を延々ぶっ放していたのだが、俺たちよく一人も欠けずに生きてたものだな。


「サチコとみなみんは体鍛えてるんだしさあ、二人掛かりなら何とかならない?」


「お前はどうして俺らを凶悪犯と戦わせたがるんだ」


 先輩は不服そうだった。そんなこと言われても知ったことではない。俺もバイトが無い日は、南と稽古をするようになったが、仮に俺が魔法を使っても銃相手は辛いだろう。


 巨大化するのならまだしも、日常を失ってまですることではない。


「カンフー映画なら相手も乗ってくれたでしょうね」

「そこだよなあ」


 どこだよ。


「やっぱり銃は良く無いよな、面白くねえもん」

「文明の利器を駆使するいっちゃんらしくないわね」


「だってさあ、こう、対処のために要求される強さが跳ね上がる割りに、銃を使う人間はそれとはまた別の強さの物差しになってる訳じゃん、しかも銃自体がその意味を無くさせるっていうか」


「体の強さじゃなくて使い方の上手さですね」

「そう」

「基本的に自衛という概念が崩壊するのよね」


 殺害上手になるばかりで、身を守る手段に乏しい。防御なんて考えるだけ無駄みたいな感じ。近年の狙撃銃は射程が3kmあったりするからな。


 素人でも簡単に使えて、人を殺せる物を拡散し過ぎたせいか、今ではそんな簡単に使えない銃というのが主流になりつつあるのだから、本末転倒と言わざるを得ない。


「話せば分かるまで行かないもんな」


「つべこべ言わずにぶっ殺しゃあいいってのが、いかにも人類的で嫌だよ」


 そんなことを言いながら、俺たちはまたダラダラと過ごした。部室内は暖房が利いてなくて寒かったが、それでも心地よい空間だった。


「そういやお前らって冬休みどうすんの」


 俺は年末年始の予定がない。ミトラスと一緒にいるけど、それだけだ。海さんの『東雲』も閉まる。


 金は稼げ無いしその代わりゆっくりするか、或いは何かをみっちりやるしかない。


「私は冬コミの支度と、久しぶりに家族と過ごすよ」


 これが最後かも知れないし、と先輩は笑った。

 こちらとしては反応に困る。


「私も未来に帰るわ」


 南は気軽な様子で言った。

 むしろお前のほうが最後って感じなんだが。


「そうかあ、俺はどうするかなー。することないまま休みが終わりそうだ」


「去年もそうだったじゃん」

「あんたってそんなとこだけ普通なのよね」


 うるせえよ。


「あー。暇だなあ」


 まだそうと決まった訳ではないが。


 しかし俺の口からこんな言葉が出るなんて、果たしていつ以来だろうか。もしかして、初めて言ったまであるんじゃないか。


「一年の終わりくらい静かでいいのよ」

「そだね、下手に動いて殺人犯に遭っても難だし」

「引っ張るなそれ」


 そう、一年の終わりくらい、静かでいいんだ。


 それなのに暇だとか、物足りないとか思ってしまう辺り、これまでの人生が、如何に面倒事に毒されていたかを実感する。


 暇はいいことのはずなんだけど、でもなあ。

 なんか、落ち着かねえなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ