・健康志向のレベルアップ
新章開始です。
・健康志向のレベルアップ
『アドレナリン放出』:致死性の抗原反応に対して体がアドレナリンを放出するようになります。また血圧が危険な域まで下がると血圧を上昇させます。
取得。
『毒物鑑定』:対象が毒を持っているか分かるようになります。直接対象に触れる必要はありません。
取得。
『魔力中毒回避』:魔力が濃縮し中毒を起こす濃度を超えた場合、ある程度体内の循環から外して保留することができます。
取得。
『毒見』:吸収・中和できる毒素の種類と量が増えます。
取得。
『アナフィラキシー緩和』:一部の抗原反応の重篤化を未然に防ぎます。
取得。ふう。
「見事に毒関係ばっかり増えたな」
「中には珍しいのもあったね」
俺の名はサチコ。隣の緑髪の猫耳はミトラス。時は十二月で今は日曜日の夜。俺はいつものレベルアップを済ませていた。
やはり経験が齎すものがあるのか、漫然と基礎的な能力を、向上させることが多かったこのパネル群に、新しいパネルが増えていた。
理由は先月うっかり食した毒キノコのせいだろう。食べた直後は何ともなかったのだが、血液中に解けた毒素までは無効化できず、塗炭の苦しみを味わうことになった。
おかげさまで結構有用そうなものが取れたと思う。基本的には成長点を3,000だ。今回はフリーの成長点も注ぎ込んで肉体・知能・魔法・特技の四つに加え、もう一度肉体のパネルを取得した。
これで今後毒になっても何とかなりそうだ。
毒そのものになり難くするためのパネルもあったのだが、今回はなった後に備えようと、こういう取り方になった。
人生は不測の事態ばっかりだ。ならないようにするよりも、なってしまった時に、どうにかできるほうがいい。
「足は伸ばさなくて良かったの」
「今伸びたら怪しまれるからな、先輩たちが卒業してから取るよ」
先月南との戦いで、やはり足を伸ばしたいなと思ってパネルを見ると、あるじゃあありませんか。『身体伸長』のパネルが。
俺自身も今は身長比的には短足ではなくなったが、やはり身近に長くて綺麗な足があると、羨ましいと感じる。感じるようになった。
不思議なことだが、嫌いな人間ばっかりだった頃は何ともなかったが、好きな人間が増えると、そいつの長所をいいなと思うようになってきた。
我ながら業が深い。
それともこれが人間本来の、欲望のあり方というものだろうか。
何にせよ、このパネルは保留だ。要求される成長点も高いし。だが時が来たら必ず取って、高伸長で足の長い俺になってみせるぜ。
「顔とかくびれとか、そういうのも欲しかったなあ」
「顔はともかくとして、くびれは鍛え方でしょ」
ミトラスの中では女子の腰のくびれは鍛えた末か、最初から華奢な女の子の肉不足でしか、発生しないものと思っているらしい。
適度に健康に痩せてという、中間層はないようだ。まあ、この世界で見た女子が俺と、その周りの人くらいだから、無理もないが。
「いや、むしろ止めておくべきか。背は高いし足も長いけど、なんていうか『けど』のポイントが、更に目立つ可能性もある訳だし」
そばかすだって消せ無いし、お腹周りもなあ。
シノさんのお札で痩せた際は、くびれ出来てたんだよなあ。顔も、ミトラスはこの顔を気に入ってくれているのが、また痛し痒しなんだよなあ。
「止め止め。俺が美容とかお洒落云々を考えるのは、似合わない」
「そんなことないよ。僕はサチウスにおめかしさせたいと、常々思ってるんだからね」
ミトラスが嬉しい事を言ってくれるけど、どうしても俺自身に芋っぽさというか、野暮ったさみたいなものが染み付いているから、素直に喜べない。
「僕は日曜日にやってる、女児用アニメの魔法少女の服を君に着せたいと」
「ヤメロー!」
こいつ今なんて言った?
プリティでキュアキュアなセーラー服を、登場人物が基本的に中学生の服を。
二十歳の高校二年の俺に着せるって言ったか。
身長160cm未満が平均の人の服を、それより30cmは高いであろう俺に着せるって言ったか?
前言撤回だよ。しかもなんだお前、その絵本どっから取り出した。
「お前頭か趣味のどっちかおかしいと違うか」
「僕の女性の好みは君だよ!」
「その俺にその服が似合うと本気で思ってるのか!」
「似合うように仕立てればいいだけでしょ!」
自分を指差してから絵本を指差すと、ミトラスが気勢も高らかに反論する。
ぐ、こいつ、なんて前向きで返答に窮する台詞を。
「難だったら僕がクリスマスに用意してあげるよ!」
「勘弁してくれお願いします」
何か、何か話題を逸らさなければ。こいつのことだから放置すれば本当に作るし、俺が条件を付ければ、達成した上で作るだろう。こいつがたまに服飾の勉強をしていたのは、このためだったのか。
嫌だと頑なに断ればいいが、それだとちょっと可哀想だ。ミトラスにゲロ甘な自分を殴って、目を覚まさせてくれる分身が欲しい。
駄目だ、もう一人の俺と取り合いになるだけだ。
「あ、そうだ。ていうかさ、お前浮かれすぎだろう」
「何が『あ、そうだ』なのかは置いとくけど何が」
よし、なんだかんだ分かった上で、付き有ってくれるからいい奴だよお前は。ここで上手く話を逸らせないと、俺のクリスマスプレゼントが決定してしまう。
伸長に言葉を選ぶんだ俺よ。
「ほら、あの、そう、えーっと、オカルト部の部長が言っててだろ」
「僕は聞いてないよ」
「あ、そうか。なんでも今回の青年団について、予知夢を見なかったって」
日本に都合の良いように改変された、この歴史をより強固なものにするため、俺は異世界に転生するはずだった七人の青年たちを、死なせない様に何かと尽力してきた。
のだが、それができたのもオカルト部部長の予知夢による、お知らせを受け取っていたからだ。
前の事件で人が死なずに済むと、次の予知夢を見るそうなのだが、今回はそれがない。
「だから、な、予測がつかないというか気が抜けないというか」
しかしミトラスは半目になって、こちらをじとっと見てくる。
「それ単純に時期が遠いか、歴史が変わったことで、死なないことが決定しただけなんじゃないの。ここまで六人死ななかったんだし、最後の一人くらい自動的に助かってても不思議はないよ。むしろ今まで僕たちが介入してたほうが不自然だったんだし」
いや、俺たちじゃないと、介入できないのほうが正しいのでは。そう思ったが、水掛け論になりそうなので止めておこう。
「そんなことはどうでも良くて、つまる所、今年のクリスマスは邪魔が入らないってことだよ!」
「うぐ!」
なんということだ。
今まであんなに望んでいたことが、ミトラスに変な服を着せられるかも知れないという危機感から、嬉しくなくなるだなんて。
せめてサンタのコスプレをして欲しいとか、それくらいの要望だったら、叶えてやろうと思ったのに。
男ってこういうの好きだよなあ、なんてまんざらでもない感じだったのに。
「どの道嫌がっても、必ずどこかで魔法少女服は着てもらうからね。それを考えたら節目に済ませてしまうほうが、賢いと僕は思うな!」
「節目にそんなことしたら黒歴史もいい所だよ畜生」
日々のどうでもいいときにやって、忘れるならまだしも、クリスマスに、しかも二人きりで、珍しく平和という初めての機会にそんなことしてみろ。
ブラックファーストもいいとこだ。
「どうしてそんなに嫌なの」
「恥ずかしいからだよ、似合わないから」
「いいじゃないか! 僕が喜ぶんだから、恥ずかしい思いをしてくれたって!」
…………。
上を見て。腕を組み、目を閉じて、俯く。
目を開けて、腕組みを解いて、顔を逸らす。
ミトラスが釣られて顔を動かすのに合わせてビンタする。
「痛い!」
「お前自分の女辱めようとかふざけんじゃねえぞ!」
「あーんやだやだやだやだサチコが顔を真っ赤にして恥ずかしがるの見たい!」
「死ね! 馬鹿! 死ね!」
その後翌朝まで着るか着ないかで泥沼の論争となったが、最終的にいつものように俺が根負けして、クリスマスにミトラスが用意した魔法少女の服とやらを、着せられることになってしまった。
俺が折れると分かっているから、こいつも何が何でも食い下がってくるようになってしまった。
しかも営み行為に対して、積極的なってくれるならいいかと思って、如何わしいことも黙認していたが、変な方向に尖ってしまった。
彼氏の育成、或いは子育て、他者を意のままに操ることは難しい。
「分かった……着る、着るよ……俺の負けだ」
「絶対だからね!」
おお、神よ、聖クラウスよ、俺はなるべく悪い子にしてるから、真っ黒い化身を遣わせたまえ。嫌がらせでミトラスの用意する服を、奪い去り給え。
そんなことを考えていると、師走のとある一夜が終わり、また一日が始まろうとしていた。
ああ、何なら、平和じゃなくてもいいです。
そうして俺はクリスマスの中止を願いながら、静かに昇る朝陽を、見つめ続けていた。
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文章と行間を修正しました。




